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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
秋元才加という女優
「もっと、スミカスミレについて書いて欲しい。ネタ切れでしょうか?」というメールが、読者の一人から昨日届いた。そこで、その読者の期待に応えるべく、スミカスミレ関連の記事を一本アップさせていただこう。

亀さんがスミカスミレに出演した女優で注目したのは、松坂慶子と秋元才加の二人である。松坂慶子については幾度か取り上げてきたので、今回は秋元才加について取り上げてみよう。

最初に、松坂慶子と秋元才加が共通していることの一つは、ともに赤貧洗うが如しの子ども時代を送っている点だ。松坂慶子が困窮した子ども時代を送ったことは、拙稿「松坂慶子を女優にした「事件」 その2」にも書いた。

大竹しのぶは1957年7月17日生まれなので、1952年7月20日生まれの松坂慶子とはほぼ5歳違いだ。その大竹しのぶも含め、松坂慶子、そしてシルビア・クリステルは、全員が全員、子ども時代は赤貧洗うが如しの生活を体験している。だから、同じように子ども時代は貧乏だった亀さんなので、三人の女優の生い立ちに深く共鳴するのだ。


秋元才加の場合、貧乏だった子ども時代をテレビで語っている。



その秋元才加、最近のNHKの「バリバラ」にゲストとして登場、番組のテーマは「“外国ルーツ”の子どもたち」であった。同番組での秋元の発言も良かったが、最も感動したのは高校生の女の子の発言で、「私のように日本語で苦労している、子どもたちを助ける仕事がしたい。日本と中国の懸け橋になりたい」には、グッと来るものがあった。

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東京帝国大学文科大学長だった外山正一が、「君は何の為に勉強するのかね」と、新入生の新渡戸稲造に問うと、「我、太平洋の架け橋とならん」と新渡戸は答えたという。その新渡戸の言葉を引用しつつ、亀さんが私淑する同時通訳の泰斗・國弘正雄が、「架け橋は無理でも、せめて橋桁の一つになりたい」といった旨のことを、本か何かに書いていたのを今でも思い出す。亀さんの場合、橋桁にすらなれずに一生を終えそうだが、それでも、せめて橋台の一つになりたいと思う、今日この頃である。

【別報】
以下は5月15日付の東京新聞夕刊の記事で、日比国際児が来日、実の父との面会を果たすという、心温まる記事だ。

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日本で演じる心の葛藤 「日比国際児」フィリピンに数万人

考えてみれば、アジアの貧しい子どもたちのために活動している、映画監督の四ノ宮浩氏、元テレビ番組制作会社社長、後に八戸大学教授に就任した大谷真樹氏といった人たちが、亀さんの周囲にいるのを思い出した。

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朋あり遠方より来る
一週間にわたり、仕事の締め切りに追われていたが、それも漸く一段落した昨夕、地球の裏側のパラグアイから、一人の朋友が飯能を訪ねてきた。掲示板「放知技」の常連の一人、vagabundo1431さんである。3時間ほど多岐にわたり語り合ったが、時折、脳裏に浮かんだのが論語の「朋あり遠方より来る」で、この格言の持つ重みを改めて噛みしめたものである。

 多くの友人があっても、趣味が一致しているとか、おなじ志で一筋に生きている人と掛合うチャンスは稀であり、折角出合いがあっても、いろいろの事情で、遠隔の地に住まなければならないことも少なくありません。そのような遠い場所から訪ねて来た親友と久しぶりに近況を報告し合ったり、意見を交換したりするのは、人生の大きな楽しみであると同時に、人生そのものを豊かなものにします。


その意味で、vagabundo1431さんは、物の見方・考え方が亀さんとほとんど一致する、数少ない朋友の一人である。だから、フクイチの現状と乳酸菌+あらびき茶による免疫力アップ、プーチン・習近平・安倍晋三の人物評、その他多くの点で一致をみた。

vagabundo1431さんは、今回の帰国で当面は祖国に根を下ろし、飯山一郎さんのいる志布志市を訪問、何等かのお手伝いをしたいと語っていたが、これは是非に実現して欲しい。下の息子は来春から大学に通いながら、日本を含むアジアを拠点に起業の準備を考えていることもあり、帰宅してからvagabundo1431さんと語り合った内容を伝えたところ、自分も会いたかったと、羨ましそうな表情を浮かべたので、受験の終わった来春にでもvagabundo1431さんに泊まってもらい、いろいろと話を聞いたらどうかと言うと、今度は表情がパッと明るくなった(笑)。

それにしても、どうしてvagabundo1431さんと物の見方・考え方が、多くの点で一致するのか? それは、二人とも世界放浪の体験をしているからで、相手の膚の色は違っても、同じ人間として接することができるからだと思う。この点、飯山さんも同様であることは、中国の青州にある飯山事務所で確認済みだ。

飯能駅まで戻り、「来年は泊まりがけで来てくれ」と約束、後ろ髪を引かれる思いで家路に就いた。

【別報】
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日曜日の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(15)。


魔性の女
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近所のコンビニへ行き、〝最後〟のビッグコミックを買いに行った。〝最後〟と言うのは、今号を最後に、同誌の購読を止めるつもりで買いに行ったのだ。同誌は一週間も前に発売されていたが、なかなか買いに行く気が起きなかったのである。最近の同誌が、面白くなくなったのが最大の理由であり、姉妹誌のビッグコミックオリジナルも、「あんどーなつ」が突然終わってしまったことから、購読を止めている。爾来、二年近くが経つ。

ところがである、帰宅して同誌に目を通しながら、もうしばらく購読してみようと、気が変わった…。

その理由は幾つかあるんだが、一つは、「荷風になりたい ―不良老人指南―」(原作/倉科遼 作画/ケン月影)の以下のシーンに、グッと来たからだ。

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銀座の女と付き合うに上での大切なこと、まさにその通りだと亀さんも思う。

嘘をつかない
何事も正直に


ところで、この漫画は永井荷風が主人公だが、今東光は以下のように荷風を評している。

荷風は本当に変人だったのか?
よく永井荷風氏のことを、世間では変人とかケチとか言って悪い評判ばかリだが、本当に変人だったのか?
私は永井氏の幅広い教養と、欧米通でありながら、日本の外務省のように欧米崇拝などしないで「我らいかやうに外国の感化を受け候ても要するに日本人たリと申す一事に御座候」とはっきり言う態度に敬服している。ご意見お聞かせ願いたい。

(川崎市高津区パウロ)

まさにその通り。変人で人嫌いでどケチ。ケチを通りこして河内風に言うとどケチ。それでど平で箸にも棒にもかからん人だけれども、しかし教養は和漢洋にわたり、その文章のうまさは素晴らしいものだし、大変なもんだ。あくまでもフランス語はうまく、英語も達者。アメリカヘ行けばすぐアメリカの女と同棲しているし、フランスではフランスの女と同棲してね。“至る所青山あり”で暮らしてるほど語学も達者だけど、日本人の誇りを一歩も崩してない。それでいて日本人が大嫌い。前の質問で言ったあれだよ。嫌いだからこそ愛さずにはいられないんだ。
荷風のそれらの性格を悪いと言っていることがそもそもおかしいんだよ。ケチで変わり者で交際しない……。これを志賀直哉と比べるとよくわかるんだ。志賀って奴は何となく子分をこしらえる。芸術院会員の番人でな。本当にイヤな野郎だよ、閥なんかこしらえて。それで“神様”だとか何とかゴマすられて……。
こんなのに比べたら、イヤな奴は志賀直哉で、潔癖で高潔無比なのはむしろ荷風の方だ。
世間の評判なんてものは、それくらい的を外したでたらめなもんでね。

『最後の極道辻説法』p.117~118


禿同!

その他、今号のビッグコミックは、実に、男女の機微をうまく描いていた。例えば、「黄金のラフ」の以下のシーン…。

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しかし、最も感動したのは、「ゴルゴ13」の以下のシーンだ。これを見て、もうしばらく同誌の購読を継続すると、亀さんは心に決めた。何故か? 直に同号で確認していただきたい。

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【追記】
一年半ほど前になるが、天童竺丸さんが『みち』(2016年1月15日号)の「巻頭言」で、稲村公望さんの「前方後円墳」について取り上げていたことがある。

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今号のビッグコミックの「レインマン」を読んでいたところ、、ナント! あの宗像先生が登場、前方後円墳を取り上げているではないか…。

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亀とアルコール
一昨日の5月27日、飯能市の主催するツーデーマーチ10kmコースを歩いてきた。掲示板「放知技」の同志7名が集まってくれ、実に充実した一日を過ごせた。当日の思い出だけでも沢山の記事が書けそうだが、取り敢えずは最初の一発といこう。続稿は気が向いたら書こうと思っている。なお、参加してくれた同志の一人、てくのぱぱさんがツーデーマーチの報告を書いてくれたので、詳しくは以下を参照していただきたい。
飯能新緑ツーデーマーチに参加した

道中、同志の一人一人と多くを語り合った。たとえば、てくのぱぱさんとも多岐にわたり語り合っているが、てくのぱぱさんも見たという、TVドラマ「スミカスミレ」が話題になった。そして、亀さんは同ドラマに惹かれた理由について以下のように説明している。

TVドラマ「スミカスミレ」を見てからというもの、亀さんは45年という時間を常に意識するようになった。45年前といえば、日本を飛び立った年だ。それだからというわけでもないんだが、何故か今年は人生二度目の旅立ちの年になりそうな予感がする。
旅立ち


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同じレストランで働いていた日本人の女の子と(1972年5月)


ここまで書いて思い出したんだが、亀さんは参加者の一人、八戸の高橋さんに対して以下のように忠告した。

飯山さんのHPや亀さんのブログばかり読んでいると、●●になるで…!


●●の答えは本稿の最後で確認してもらうとして、亀さんが「●●になる」と、幾度も繰り返すモンだから、移住希望のお母ちゃんが呆れ顔で、「しつこいなぁ、モー」。これで思い出したのが、TVドラマ「スミカスミレ」の以下のシーンだ。

大学を卒業し、希望していた映画会社に就職した如月すみれ(桐谷美玲)、ある日、会社の先輩に合コンに誘われる。そして、ナント男性側の一人に、元恋人だった真白勇征(町田啓太)が…

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すっかり動乱してしまったすみれに、真白と辻井の先輩が質問してきた

先輩 真白と辻井は、どんなだったの、如月さん?

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すみれ 真白くんは、いつだって一所懸命で、誠実で、人の痛みがわかる人でした。ですから、ゼミのみなさんから慕われていて…、

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ここで、すみれは焼酎をゴクリ。

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すみれ 一所懸命ですし、誠実ですし、人の痛みがわかる人で…。

黒い服の女性が話を遮り…

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先輩の友人 同じことを繰り返しているけど?


移住希望のお母ちゃん、飲みすぎですた。同じことの繰り返し、スミマセン m(._.)m

【答え】
●●=skivvy

【別報】
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昨日の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(14)。

自衛隊明記
今年の憲法記念日の翌日、亀さんは以下の記事を書いた。
首相の戦略と戦術

同記事のなかで、安倍首相のビデオメッセージを紹介しているが、安倍首相が自衛隊について言及していたのが印象に残る。

9条の1項と2項を維持し,自衛隊の存在を明記する。


それに対して、世間ではどう反応したか? そのあたりは以下のページが参考になる。
安倍首相が提案した「憲法9条への自衛隊明記による加憲案」、上々の評価を得ていることが各世論調査で明らかに

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亀さんは基本的に、上記のページの内容に同意するものである。なお、敬愛する今東光和尚も、自衛隊について多くを語っているが、そうした発言の一部を、拙稿「和尚の自衛隊観 6」で紹介している。

自衛隊は憲法違反だとか、税金の何だのとバカなことぬかしている奴らこそ、オレらの税金の中でのたのたと暮らしているのかと思うと、もう腹が立って「くたばれ!」と言いたくなるんだ。無駄飯食いは死んでもらいたいよ。


自衛隊と云えば、清水精一三部シリーズで紹介した『サンカとともに 大地に生きる』(河出書房新社)に、山窩という集団に存在する〝自衛隊〟について、以下のような記述があった。

最も健康体のものは小屋の中でゴロゴロ遊んで過ごすときがある。すこぶる不生産なことだが一朝事の起こったとき闘争の第一線に立って自己の団体を防禦するのである。そう起るものでは無いがそうした時もある。陸海軍の如きもこれを生産関係だけから見ればすこぶる不生産のようにみえるが、一朝事のある時最も大切なものであるように、乞食の集団にもこうした存在が必要とされているのである。地上にそうした必要もない世界まで浄化されねばと思うが、なかなか求めても無理なものであろう。したがって陸海軍の軍人に等しき役目に当たるものはあまり多く物貰いに出ないのであり、出てもあまり効果はないのである。
『サンカとともに 大地に生きる』p.161


一ヶ月ほど前、弟が所沢の駅前で、「戦争反対、自衛隊反対」と叫ぶデモ隊に遭遇した時、面と向かって「お前ら阿呆か」と怒鳴ったという話をしてくれた。胸のすく思いであった。

【連絡 1】
放知技にも書きましたが、本日ツーデーマーチが開催されます。参加者の皆さん、よろしくお願いいたします。
第15回 飯能新緑ツーデーマーチ

【連絡 2】
まほろば会の那岐一堯さん、お問い合わせの件、回答が遅くなり申し訳ありません。話題に出た暴走族・関東連合を昭和47年、警視庁交通執行課と共に創立した初代最高顧問、渡辺正次郎のブログは以下のとおりです。
正次郎のNewsToday

関東連合設立の経緯は、同氏の近著に詳しく書かれています。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-927.html

シング
拙稿「寅さんのことば 51」で亀さんは、十代の頃にニューヨークのレストランでバイトをしていた体験談を披露している。

1972年の年末と言えば、亀さんは半年ほどかけて中南米を放浪、そのため所持金が底を尽きかけ、日本に帰る飛行機代すら無くなっていた頃だ。だから、慌ててメキシコシティからニューヨーク行きの飛行機に飛び乗り、何とかニューヨーク空港の税関を突破して、日本人の無銭旅行者が巣喰っていると言われていた、マンハッタンはバンコホテルという所に潜り込み、仕事を探して帰国する資金を稼ごうと思っていたんだ。

だから、飛行機がニューヨークに着き、税関の係員に入国目的を拙い英語で伝えたんだが、万一仕事が目的で入国すると知れたら、即入国を拒否されるのが目に見えていたから、もう必死だった。幸い(?)、亀さんの思いが伝わったのかどうかは知らないが、最後には係員が3ヶ月の入国ビザをポンと押してくれた時、心の中で思わず〝万歳!〟と叫んだもんだよ。

そしてバンコホテルに無事に着き、その日から職探しが始まったのだが、所得金も確か2~3万円しか残っていなかったもんだから、一日でも早く仕事にありつけないことには、帰国はおろか、ニューヨークで路上生活者しなければならなくなる。だから、亀さんの生涯の中で、あの時ほど必死に生きたことは無かったと思う。その後の続きはドラマチックな展開になるんだが、別の機会に書こう。


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1972年冬のある日、バンコホテルで


旧ブログにも書いた。

中南米を半年ほど放浪した頃、旅行資金も底をつきはじめたので、メキシコシティから一路ニューヨークへ飛んだ。ちょうどクリスマス前だったため、寒空の下でマンハッタンに点在する日本料理店を一軒一軒回って仕事を探したことになる。当時、一週間が過ぎてもなかなか仕事が見つからず大変焦ったものだが、今では懐かしい想い出だ。そして、確か8日目だっただろうか、その日も1日歩き回ったのに成果がなく、がっかりしてホテルに戻ろうとした帰り道、たまたま「江戸」という看板の日本レストランが目に入ったので寄ってみた。すると、メガネをかけたインテリ風の支配人が「あっ、ちょうどいい。在ニューヨークの日本人向けにおせち料理を作っているんだが、人手が足りない。早速頼むよ!」と言うではないか。その支配人の言葉を耳にした時は咄嗟に言葉が出ず、頷くのがやっとだった。結局、その日本レストランでは8ヶ月ほど働き、かなりの旅行資金を貯めた。その後、2ヶ月弱アメリカとカナダを長距離バスで一周し、続いてサンフランシスコで1年半ほど大学生活を送り、日本に帰国している。
日本脱藩のすすめ


江戸レストランで働き始めた最初の3ヶ月ほどは、無銭旅行者の日本人の若者が屯するバンコホテルに住んでいたのだが、レストランで働いていた他の無銭旅行者が辞め、レストランの屋根裏のベッドが一人分空いたことから、今度は亀さんがそのベッドで寝起きをすることになった。宿代が浮いたこともあり、大変嬉しかったのを今でも覚えている。その後は同レストランを辞める8月頃まで、亀さんの屋根裏生活が続いたのである。

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屋根裏生活が始まって間もなく、毎朝ラジオから決まった時間に、心地よい歌声が聞こえてくるようになった。後で知ったのだが、カーペンターズの「シング」であった。ウィキペディアで確認したところ、「シング」がレコード化されたのが1973年とあり、発売されて間もなくの「シング」が毎朝耳に聞こえてくる頃、亀さんは目を覚まし、寝ぼけ眼で仕事に取りかかっていたのだ。だから、今でも「シング」を耳にすると、あの懐かしい江戸レストランでの日々を思い出す…。

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日本人が愛したカーペンターズ~天才兄妹秘められた物語」NHK「アナザーストーリーズ」

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すみれ 沢山あるんです、思い残してきたことが…。

千明 え?

すみれ  これまでの、65年間の人生のなかで…。だけど、どれだけ思い残しても、時間は戻せない。今の自分を嘆いていても仕方がないって諦めて…。そのうちに、思い残しているという気持ちにフタをして、目を向けないようにして、生きてきたんです。

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すみれ だから、もし奇跡が起きて、時間が戻せるなら、今度は、ゼッタイに後悔しないように、自分の思うように生きてみようって思ったんです。
お節介爺さんと婆さん


亀さんの場合、我が青春で思い残してきたことは、ない。



受験は博奕
先月下旬に弟が久しぶりに顔を出し、世界の政治・経済について多くを語り合った。話が一段落した後、いつものように賭博や任侠の世界について、あれこれ語り合っていると、予備校での授業を終えた息子が戻ってきた。彼は高校を卒業して数年、社会人としての生活を体験していく中で、自分が学びたい学問を見出し、大学への進学を決めている。その息子も交えて、大学受験について多くを語り合ったのだが、弟から色々と面黒い話を聞いたので一部を紹介しておこう。

弟の末娘は現役で都内の私立大学に合格している。世界情勢戦略誌『みち』の発行人、藤原源太郎さんの母校である。彼女はそろそろ受験勉強を始めなければということで、高校三年生の夏に予備校を探していたところ、ある予備校の窓口担当者に、「無料にするので、私どもの学校の受講生になってください」と話をもちかけられ、通うことにしたのだという。無料になるカラクリは、東進を叩き続けているMy News Japanの記事に詳しく、例えば以下の最新記事の場合、東進という予備校の舞台裏を暴露している。
現役東大特進スタッフが解説 “デキる生徒のためにデキない生徒がカネを払う”東進の低偏差値生搾取のカラクリ――「塾としてどうなのか?と、正直思います」

ちなみに、弟の末娘が通った予備校は東進ではない。

また、受験生である亀さんの息子に弟がしてくれたアドバイスも、実践的なものであった。たとえば…。

受験テクニックに徹せよ
弟に云わせれば、予備校は学問を学んだり、勉強の基礎を身につけたりする場ではない。徹底的に受験テクニックを身につける場だとのことで、まさにその通りだと思った。

山を張れ
ギャンブル人生を送ってきた弟らしいアドバイスである。たとえば、弟の末娘は日本史を受験科目に選んでいるが、弟は過去の出題傾向を分析し、末娘の受験の年は明治維新について出題される可能性大と睨み、徹底的に明治維新についてやらせたという。そして、弟の勘が的中、彼女は見事に合格を果たしている。


一通り当世の受験事情を語った後、弟がポツリと言った。「大学なんか行く価値は無いんだけどね…」、亀さんも即、「その通り!」と同意した。息子は、ただただ苦笑するのみ…(笑)。

現在、『サンカとともに 大地に生きる』を読み進めているが、同書を著した清水精一の小伝ページに以下のような記述がある。

1906(明治39)頃  18歳頃

   創立間もない京都帝国大学に入学。

   自分が迷いから抜け出せないのは知識が不足しているせいであろう、疑問の解決にはやはり
   知識を求める以外にないのではないかと考え、知識を獲得するために大学に進んだ。
   人類の生命が正しく生かされるためにはまず経済の根本の解明が不可欠であると考えて
   経済学部に入学。マルクス経済学者河上肇に学ぶ。
   しかし知識の道はそれが深くなればなる程、迷いもまた深くなった。
   「いかに生きるべきか」の根本問題はいよいよ深刻さを増すばかりであった。

1910(明治43)頃  22歳頃

   経済学のみではものの判断がはっきりしないと考えて哲学科に再入学。京都学派の創始者
   西田幾多郎に学ぶ。しかしながら満足は得られず、益々分からなくなった。
   「知識の世界は無明の迷いの世界であり、智慧の世界に入らなければ光明の安心は無い」、
   というのが仏教の教えであるが、当時はまだそういうことは分からなかったため大いに煩悶した。

   次第にデカダン生活へと流れて行った。
   酒を飲んで誤魔化す逃避の日々が続いた。
   酒に浸っていなければ生きて行けないほどの苦しさが半年程続いた。
   後日清水師は「何回か自殺も企てた」と回想しておられるが、それはこの頃のことであろうか。

清水精一師の略歴及び思想の概要

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河上肇(左)と西田幾多郎(右)


清水18~22歳の頃の話だが、その年齢に相当する息子も、彼なりの考えで大学への進学を決めたのだろう。今後、どのような道を歩むのかは分からないが、親として見守りつつ、陰ながら応援していきたい。

【別報】
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昨日の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(12)。


大義の人
BS朝日で先週の土曜日に放送された「ザ・インタビュー」に、鳥貴族の大倉忠司社長がゲストで登場していた。その大倉社長を見て脳裏に浮かんだのが、かの本田宗一郎であった。かつて、亀さんは一度だけだが本田宗一郎に接したことがある(拙稿「本田宗一郎の教え」参照)。

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大倉社長の「自分の身内を鳥貴族に入社させない」という、世襲を否定した信念は本田宗一郎のそれと共通しているものだが、さらに、もっと根本的なもの、経営哲学の核に相当するあたりで、二人は共通していた。それは、大義(人間として踏み行うべき最も大切な道のこと)である。大倉社長が考える大義について、「ザ・インタビュー」は以下のように紹介している。

“利益”だけで会社を経営してきた訳ではなく、ある使命と目的を実現させるためにやってきたからだ。それは、鳥貴族が営業中に掲げる看板に書かれている「うぬぼれ中」という言葉が指し示している。


「うぬぼれ中」という鳥貴族の看板を以下の写真に示すが、正確には「鳥貴族のうねぼれ」のようだ。これは、一般企業が掲げる社是に似ているのだが、美辞麗句で飾られただけの一般企業の社是と異なり、鳥貴族のそれは単なる美辞麗句だけでは終わっていない。鳥貴族は本気で、「鳥貴族のうぬぼれ」を行動に移しているのだ。

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以下は新卒や中途採用で入社した正社員の他、アルバイト社員も入社時に受ける「鳥貴族 うぬぼれ」研修のシーンである。

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大倉社長の言葉を借りれば、「仕事が社会貢献につながることが大切で、世のため人のためになるものでなければならない。単に自分さえ良ければ良いという、私利私欲のためだけに仕事をしてはならず、そこに大義が無ければならない」ということになる。

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大倉社長の語りに耳を傾けながら、本田宗一郎以外の人物が脳裏に浮かんだ。ロシアのプーチン大統領である。経営と政治は違うが、本田宗一郎や大倉社長の経営者としての大義は、プーチンの政治家としての大義とも相通じるものがある。そのプーチンの大義の真逆を行くのが、私利私欲しか眼中にないネオコンの連中であり、プーチンとネオコンの違いは大義の有無ということに尽きよう。

縄文人に倣う
人手不足か話題になっている。以下は、グーグルに「人手不足」と入力すると表示される、人手不足に関するトップニュースだ。

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人手不足の原因は、団塊世代の大量引退や若年人口の減少にあることは、大手マスコミも報道していることであり、国土交通省も「若者を取り巻く社会経済状況の変化」というデータを公表している。

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図表2 我が国人口の長期的な推移

ここで、同データに掲載された上図に注目していただきたい。2100年時点における日本の人口を以下のように予測しているのだ。

高位集計 6485万人
中位集計 4959万人
低位集計 3795万人


高位集計と低位集計の隔たりが大きい。亀さんは日本最大の問題を克服できたとしても、2100年の日本の人口は、江戸時代中期から幕末明治にかけての3000万人台に推移するだろうと見ている。

再び人手不足の問題に戻るが、一つ注目するべきなのはとAI(人工知能)である。最近の拙稿「未来を見通す目」で、亀さんは以下のように書いた。

味深い記事が日刊ゲンダイに掲載された。
AIで雇用崩壊 井上智洋氏「30年後働けるのは人口の1割

同記事によれば、亀さんが生業としている翻訳の場合、今から7~8年後(2025年頃)に、翻訳といった仕事はAI(人工知能)に脅かされ始めるとある。確かに、自動車・機械・コンピュータといった取扱説明書あたりなら、昨今の囲碁や将棋ソフトの著しい進歩から推測すれば、大いにあり得る話だ。


つまり、現在の人手不足はAIの進展ぶりを見る限り、近未来には解決できる可能性が高く、現在は言わば過渡期にあると思っていいだろう。同様に、「日本なら人口が減ってもロボットで仕事を補完できる」と、英エコノミスト誌も指摘している。
日本は人口減少でも明るい未来を描ける

だが、欧米列強の宣伝係であるエコノミスト誌は、日本最大の問題について一切言及していない。日本最大の問題、すなわちフクイチ(福島第一原子力発電所)である。この点に関しては、拙稿「日露メディアの違い」にも書いたとおり、プーチンの強力な支援のもと、安倍首相がフクイチ問題の解決に向かって動くことが公になった。なお、北方四島という限られた空間での日露経済協力しか、日本のマスコミは書いていないが、日本の企業がシベリアに進出している動きから読み取れるように、シベリアという土地を舞台に、日本人、殊に日本の若者には巨大な活躍の場が用意されていると思ってよいだろう。

拙稿「古代マヤと日本」で亀さんは以下のように書いた。

一週間ほど前、「飯山一郎の縄文時代論」が飯山一郎HPに掲載、最も興味深かったのが丸木舟で太平洋を横断した縄文の人々であった。大洋を横断した舟は全長6~7メートル、食料は積まずに釣り針だけで魚を釣り、時々やって来るスコールで真水を縄文土器に溜めたということだが、大海を物ともせず、アメリカ大陸の各地に足跡を遺した我らのご先祖様は凄い。


そうした凄いご先祖様の子孫なのだから、「君たちも海外へ雄飛しろ」と、息子や息子の友人に発破をかけている今日この頃である。

近頃の若い者は
数日前、19歳の南谷真鈴さんという女子大生が、北極点到達を成し遂げたというニュースを耳にしたときは、「エッ!」と驚いたものである。それだけではない。あの植村直己にして実現できなかった、南極点到達も昨年(2016年)の1月に成功しているのだ。さらに凄いのは、若干19歳にして7大陸最高峰の登頂に成功していることである。その意味で、昨年掲載された「TABI LABO」のインタビュー記事は、そうしたスーパーウーマンの素顔を上手く引き出せているように見えた。

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http://tabi-labo.com/271474/marinminamiya

亀さんの周囲を見渡しても、息子の友人で逞しく自分の人生を切り拓いていこうとしている若者が何人かいる。そうした若者の一人、仮にA君としておくが、A君は親に頼ることなくバイトで資金を貯め、近く海外放浪の旅に出るのだという。亀さんも十代の頃に3年間ほど世界放浪の旅を体験しているだけに、「亀さんがエールを送っていた」と、A君に伝えるよう息子に頼んでいる。

このように、一時は森友学園問題で大騒ぎ(バカ騒ぎ)をしていたマスコミやブログと違い、こうした若者の生き様は爽快ですらある。そして、脳裏に浮かんできたのが「近頃の若者は」という常套句だった。この「近頃の若者は」だが、アンサイクロペディアが示す定義が面白い。

時代の変化というものに対し、若年者はすぐさま流れに乗るかのごとく追随するが、齢を重ねて年長者になると自分の人生経験という一定の杓子に固執してしまい、新しいものを受け入れるような柔軟性が失われてしまう事がある。それらの者が、「新しい時代」の先端を行くようなものを若者が行っているのを見た際、良くこの言葉が発せられる。当人も若年の時、年長者から同じ事を言われたのは全く覚えていないようで、それが現代に至るまでこの言葉が受け継がれている土台になっている。

現在ではこの言葉の使用も若年化が進んでおり、幼稚園の年長(5・6歳)も使用している。しかし使用する状況は同じで、年少・年中の新しい考えについていけなくなった園児が使用しているようである。


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ここで、「植村直己物語」という映画を読者はご存知だろうか。同映画については拙稿「私は、今でも植村が生きていると信じてます」でも少し触れているが、同映画を見て思ったことの一つがスポンサー探しの苦労である。大陸最高峰登頂や南極北極点到達を実現するには、莫大な資金が必要なのだ。このスポンサー探し、植村直己の場合には泥臭さを感じたものだが、南谷真鈴さんの場合はスマートさを感じる。これも、時代の違い、あるいは男女の違いにあるのかもしれない。

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