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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
台湾と西田哲学
本日の1月11日、台湾で総統選が行われる。多くのマスコミが蔡英文総統の圧勝を予測しており、小生も1月5~7日にわたって訪台しているが、同様に蔡総統の圧勝という空気を感じ取ることができた。

今回、久方ぶりに台湾を再訪したのは、台北の中心から電車で30分ほどの所にある、北投温泉の湯に漬かりたかったからだ。そして、せっかく台湾を再訪するのだから、旅のお供にということで一冊の本を旅行バッグに詰めたのだが、それは『李登輝の偉業と西田哲学』(柏久 産経新聞出版)という本であった。

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昨年の10月25日に上梓されたという同書の存在は、旅立つこと二日前、台湾関連の情報入手にネット検索していた折に知り、即アマゾンに注文、届いたのは訪台前日の午後ギリギリであった。だから、初めて同書のページを開いたのは成田空港へ向かう車中だったのだが、やがて同書の世界に没頭していく自分がいた。結局、同書を読了したのは三日後、成田空港に着陸する一時間ほど前で、久方ぶりに青線や赤線で一杯の本となった。読了に時間がかかったのは、幾度も同書を閉じて思索を重ねることが多かったためである。中でも、深く思索を重ねたのが著者である柏久氏の哲学観、そして親鸞であった。

■柏久氏の哲学観
柏久氏の哲学観を一言で言い表すなら、「死と使命」ということになろうか。柏氏は同書の中で以下のように述べている。

西田のフィロソフィーレンに影響された李先生(李登輝)、その使命は公儀に尽くして台湾の人々を幸せに導くというものだった。またわが父祐賢の使命も、より良い農学の実現によってより良い農業、延いてはより良い社会を導く、ということだったと言える。いずれにしろフィロソフィーレンは、人生における最大の苦悩である死の恐怖を克服するための道を導くだけではなく、この世において自らに与えられた使命を自覚させてくれるのである。
『李登輝の偉業と西田哲学』p.126


最初に「死」。昨年の12月17日、長期入院中だった母(享年92歳)が静かに息を引き取った。親戚や近所の助けもあり、滞りなく喪主としての務めも無事に終えた今、現在は2月1日に執り行う忌明けの準備に大童の日々を送っている。こうした身内との別れを体験した直後の訪台だっただけに、柏氏の語る死生観に思うことが多かったのだろう。

実は、西田幾多郎、柏祐賢(柏久氏の父)、李登輝の三者に共通するものが身内の死であり、三者とも各々最愛の長男に先立たれている。これは偶然という言葉で片付けられるようなものではなく、人間世界の不思議さを感じたものである。だからこそ、人が最も恐れている死についての柏久氏の言葉には、鬼気迫るものを感じたのも道理であった。

西田の場合、長男のみならず、妻をはじめとする他の身内も時期を前後して亡くしているが、西田の場合、こうした具体的な形の悲哀だけに留まるものではなかった、と柏氏は語るのであった。

人間にとっての一回限りのこの世(此土)での人生が有限であること自体が悲哀であるというのである。宇宙が無限であるのと比すれば、人の一生など無きに等しい。現実を対象的・物質的に見る限り、それは紛れもない事実である。しかし人生とはそれだけのものなのであろうか。もしそれだけのものなら、ひとは救われない。そこで宗教というものが出てくることになる。
『李登輝の偉業と西田哲学』p.116


この柏氏の言葉、自分も実母を亡くした直後だっただけに、一層身に染みた行であった。

次に「使命」。柏氏は哲学と使命についても以下のように述べている。

愛知すなわちフィロソフィーがもたらすものはひとそれぞれで異なるであろうが、それは、阿弥陀仏すなわち宇宙の理によって与えられた此土(この世)における「使命」なのだと、私は考えている。
『李登輝の偉業と西田哲学』p.124


自分も、一昨年の夏にアルゼンチンを訪れ、友人宅に一か月ほどお世話になっていた時、今後の己れの生き方についての思索を重ねたものであり、以下のようなことを小生は書いた。

今振り返るに、アルゼンチンでの一ヶ月間は、冥途までの暇潰しを決定付ける旅となったようだ。
アルゼンチンで思ふ(8)


すでに、「飯山史観」というカテゴリに書き連ねてきた同史観編集の作業日誌、記事総数が60本に達しており、飯山史観完結までに最低でも150本の記事を書くことになると思うので、60本ということは漸く三分の一強を終えたことを意味している。

完結した暁には一枚のPDFファイルに纏め、掲示板「放知技」の同志に配布、最終的なチェックを依頼した後、アマゾンあたりから電子出版の形で出したいと思っている。それにより得た収益は、志布志市に飯山さんの石碑を建立したいという、堺のおっさんの提案に賛意を示していることもあり、その建立資金に役立てて欲しいと思う。

飯山史観を完成させた後の話になるが、健康体である限り、一年の半分は日本、残り半分は海外で生活するという、大雑把な人生計画を立てている。旅行資金に関しては、ノートパソコン一台あれば世界の何処でも仕事ができるので(アルゼンチンで体験済み)、特に心配はしていない。無論、単なる物見遊山の旅や長期滞在で終わらせるつもりは毛頭なく、思索の旅あるいは滞在にしていくつもりだ。これは、拙稿「」に示した井筒俊彦の「東と西の生きた思想的対話の場」、という言葉の実現を念頭に置いたものであり、これは、柏氏が同書で述べる以下の結語にも相通じるのである。

結局、人間にとってもっとも根源的な問題である死を乗り越え、「いかに生きるべきか」を教えること、使命感を植え付けることなのである。
『李登輝の偉業と西田哲学』p.135


ここで、柏久氏の本には、ヨーロッパの若者の間で西田哲学ブームが起きていることを匂わす記述がある。

西洋の若者二〇人ほどが案内人に先導され、熱心に展示物や流れる音声に耳を傾けているのに出会い、いかに西欧において西田哲学が注目されているのかもわかった。
何故いま西田哲学に注目しなければならないのか?
科学主義イデオロギーの席巻によって、人間を「物」としてしか見ることのできなくなっている現状は、こころを失った人々が不幸の道を転げ落ちている状態だからである。

…中略…

いまや世界には一国主義、拝金主義がはびこり、「正義」が滅びた感がある。それに気づきはじめた一部の西洋人は、主観と客観を分離することなく、現実をありのままに捉え、主体的に生きる道を示す西田哲学に注目しはじめたのである。そこには対立ではなく、調和を導くヒントが隠されているからである。

『李登輝の偉業と西田哲学』p.126~127


また、拙稿「日本人は何を考えてきたのか」でも、小生は以下のように書いた。

改めて西田幾多郎の凄さを再認識し、現在世界で西田哲学が見直されつつあることを知った。


■親鸞
『李登輝の偉業と西田哲学』を通読して、最も驚いたのが親鸞についての行であり、その行を目にするまでの自分は、西田幾多郎の哲学に最も大きな影響を与えたのは、禅宗だろうとばかり思っていた。しかし、そうではなかったことを知った時、愕然としたものである。その親鸞と西田幾多郎の繋がりを語る柏久氏の言葉には重みがあり、かつ、西田哲学の真髄に触れることができたことから、柏氏には心から感謝したい。

西田の宗教が禅ではなく親鸞だ、ということに私が気づいたのは、二人の学者との出会いがあったからである。決定的であったのは、維摩経を研究する宗教学者橋本芳契との出会いであり、橋本との出会いを導いたのは、京都学派に属する哲学者大嶺顕との出会いであった。
『李登輝の偉業と西田哲学』p.101


■日本精神
今回の訪台で最も印象に残った光景がある。それは、滞在先のホテルから北投温泉行の地下鉄駅に向かう途中で目にした、あるビル前の歩道で目撃した光景で、一人の老婆が歩道を清掃していたのである。日本では当たり前の光景なのだが、それを台湾という異国の地で目撃した時は、心から感動した自分がいたのであり、咄嗟に脳裏に浮かんだのが同じ台北に居を構える李登輝であった。こうした光景が今でも台湾に残っているのは、李登輝の偉業であると云っても過言ではなかろう。その後、読み進めていた『李登輝の偉業と西田哲学』の中で、以下の記述に出会った。

李(登輝)氏は,「(例えば)ゴミひとつ落ちていない社会、日本のそういう秩序が台湾の国づくりに欠かせない」という。「公」よりも「私」が優先された国民党政権時代の教育の残滓が、現在でも色濃く残る「中国人化」した台湾社会に影を落としていることは確か。このことが国際社会における「台湾自立」のための足かせになっていると李氏はいいたげだ。
李氏は、危機をバネに困難を克服、成長を遂げようとする日本人の根底に「哲学」「秩序」があると肌で感じ、その「力」を台湾に応用するべく思いをめぐらせているようにみえる。同時に「日本人」を原風景とする李氏は、いまの時代を生きている「日本人」にも、そのことを伝えようとしているに違いない。

『李登輝の偉業と西田哲学』p.147


帰国後、「■日本精神」について筆を進めていた時、脳裏に浮かんできたのが黄文雄氏であった。黄氏の日中比較文化論は一読するに値するが、そのあたりを如実に物語っている行があり、この機会に紹介しておきたい。それは、黄氏の著した『日本人の道徳力』の第4章「善悪とは何か」である。殊に、第5節「仏教の明快な善悪の判断基準」に親鸞が登場しているのに注目していただきたい。また、同章は優れた日中文化比較論というだけではなく、我々日本の大人が日本のみならず、世界の若者に伝えていくべき、ある種の指針ともなり得るものだと思った次第である。だから、海外に長期滞在の折には、現地の若者と積極的に交わり、黄文雄の云うところの「日本人の道徳力」について、彼らに語り聞かせたいと密かに思っている。

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生涯一書生
道友の猿都瑠さんが、最近入手したという本を紹介していた。
『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』

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猿都瑠さんが入手したという本の題名を目にして、脳裏に浮かんだのが数学者・望月新一、続いて自然定数だった。

最初に、望月の凄さはアマゾンの「商品の説明」を覗くだけで想像できよう。

京都大学の望月新一教授によって構築された論文は、「未来から来た論文」と称されるなど、数学界のみならず、世界に衝撃をもたらした。

この論文は、世界で理解できるのは多く見積もっても数人、といわれるほどの難解さであり、論文の発表から6年以上たった現在もなおアクセプトに至っていない


望月について関心のある読者は、『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』にあたっていただくとして、今回の主テーマは望月ではなくて自然定数だ。

黄金比やフィボナッチ数列という言葉に接した読者は多いと思うが、なんとなく神秘的な響きがあり、つい、自然定数の一つではと勘違いしそうである。しかし、違うのである。

最初に、小生は旧ブログで『虚数の情緒』という本の書評をアップしているが、その中で以下のような書評を残している。

筆者(亀さん)が『虚数の情緒』を評価している理由の一つは、黄金比およびフィボナッチ数列について、さわり程度ではあるものの、真面目に言及している点です。


今となっては、上記の記述を削除したい気持ちで一杯だ。それは、『栗本慎一郎最終講義』に書いてあった、以下の記述による。

黄金比や黄金分割が人の感覚にとって美しいものと働きかけたという証拠はない。根拠も皆無だ。むしろ、作業の都合上楽なようにと、人が悪い頭を絞って考案したということが容易に想像出来るのである。完全に人知の及ぶ範囲内にあって、その意味で少しも面白くない。

だからなぜ決まっているのか分からない多くの自然定数(光速c重力Gや電子の質量meなど)とも、もちろん違うのである。これらの自然定数は、社会よりもいくつかの上位の層において決められているものだろう。

『栗本慎一郎最終講義』p.44

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詳しくは、黄金比とフィボナッチ数列について言及した、『栗本慎一郎最終講義』の小節「冬至線、聖方位と黄金比は違う」(p.41~44)に目を通していただくとして、栗本の文章を目にして、黄金比・フィボナッチ数列についての見方を、根底から変えなければならないということに気づかされたのである。世の中には、「フィボナッチおじさん」という具合に、黄金比・フィボナッチ数列の信者が大勢おり、栗本の本を読むまでは小生もそうした信者の一人だった。しかし、栗本に言わせれば、黄金比やフィボナッチ数列は神秘でもなんでもなく、単に、「人が悪い頭を絞って考案した」モノに過ぎないと、バッサリとフィボナッチ数列信者を斬り捨てている。この栗本の文章を目にした小生は最初、暫く考え込んでしまったのだが、やがて、「なるほど、言われてみれば、確かにその通り」と、漸く納得した次第である。

では、フィボナッチ数列といったものと対極をなす自然定数とは何か、ということになるわけだが、上掲の栗本の言葉(下線)、「自然定数は、社会よりもいくつかの上位の層において決められている」が示すように、人智の及ばぬ次元の神数こそが自然定数なのだ。自然定数こそ神の数であり、何故にかかる自然定数が存在するのかという答えは、小生が生きている間に解けそうにない。

拙稿「天武天皇 05」で、地元の同窓生M君と偶然街中でバッタリと会い、近くの喫茶店で多くを語り合ったことを書いたが、久しぶりの語り合いの最後に、小生は以下のようにM君に語った。

我々が、あと10年あるいは20年生き永らえたとしても、どれだけ体験を重ねたとしても、どれだけ多くの本を読んだとしても、知り得ることはホンの一部だろうね。九牛の一毛を知っただけで、この人生を終えるのは間違いない。


それが分かっていながら、知的好奇心が些かも衰えないのは何故なのだろうか…。苦労して真実・真理を追究し、やがて、「あっ、分かった」と思った瞬間、さらなる未知の世界が眼前に広がっていることに気づかされるのである。そして、再び追究していくということを、今までの人生で幾度繰り返したことか…。吉川英治ではないが、まさに「生涯一書生」ということなのだ。思えば、「なぜ、夕陽は赤いの…?」と、物心がついたころから小生は書生だったし、いまでも書生の身であるが、こうした生き方を悔いたこと、一度もない。
人生如白駒過隙

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【追記】
神計らいで、録画しておいたNHKドキュメンタリーの「超AI入門特別編 世界の知性が語る パラダイム転換」を見た。AIは放知技でも時折だが話題になっており、かつ『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』に関連しそうなだけに、興味深く同番組を見た。

同番組で最近進歩が著しい将棋ソフトを取り上げていたが、ここで渡辺正次郎の以下の記事にも目を通していただければと思う。
羽生善治氏はいい事言うなぁ!!

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マックス・デグマーク

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宇宙と数学

祝サイクル安打!
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6月14日(米国現地時間6月13日)、大谷翔平選手が日本人メジャーリーガー初のサイクル安打を達成、小生も最後の打席で単打を大谷が打つ瞬間をテレビで興奮しつつ見た。NHKのアナウンサーが「日本人初のサイクル安打」と、ドジャースの元投手で解説者を務める斉藤隆に伝えると、「そうですかぁー!」と斎藤は驚きの声を上げていた。小生もすでにイチローあたりが達成していたものとばかり思っていたので、斎藤同様に驚いたwww 早速ネットで確認してみたところ、サイクル安打にリーチをかけた日本人選手が過去に大勢いたのを知った。
サイクル安打にリーチをかけた日本人メジャーリーガーは10人。大谷翔平は2度目のリーチで達成

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大谷と言えば、日本ハム時代から同投手を見守り続けてきた身として、160kmを超す剛速球を投げる投手としての印象が強いのだが、昨秋、肘手術をしていたこともあり、今季は打撃一本に絞っていた大谷、復帰した当初こそ不調だったものの、六月に入って徐々に本来の調子を取り戻しつつある。そんな大谷を見ていると、つい投手としても凄いということを忘れてしまうほどだ。斯様に小生が大谷の活躍に注目しているのも、投打で活躍する大谷の凄さもさることながら、息子たちが同年代であることも、大谷に関心を抱くようになった理由の一つだ。そして、何よりも岩手の田舎出であるだけに、素朴で人間性も素晴らしい。

そんな大谷を的確に評している野球評論家として、最初に頭に浮かぶのが三冠王を三度達成した落合博満だ。小生は落合の一匹狼的なところが気に入っているのだが、野球を見る目も確かなものがある。以下、落合の大谷評…



もう一人、的確に大谷を評価している野球解説者に、ノムさんこと野村克也がいる。野村も小生の好きな元プロ野球選手の一人だ。そのノムさん、最初は「野球を舐めている!」と、大谷の二刀流に猛反対していた。ところが、しばらくして大谷が投打で本物であることが分かると、親子以上の年の差がありながら、「大谷さん、すみませんでした」と頭を下げたあたり、なかなかできることではなく、改めてノムさんを見直した次第である。



どうやらノムさん、同じく元プロ野球選手の張本勲とは犬猿の仲のようだ。そのノムさんについて言及した面白いツイッター記事をメスペサドさんが本スレで紹介していた。

禿同!

知覧と特攻隊
先月、サンフラワー号で志布志に向かっていた時の話である。酒を酌み交わしつつ、話が盛り上がっていた時、堺のおっさんが急に、「知覧へ行こう」と切り出してきた。そして、亀さんも「行こう!」と、即座に応えている。

亀さんにとって、知覧と言えば特攻隊である。知覧と特攻隊について知るようになったのは、十年以上前で、『ビッグコミックオリジナル』に連載中だった、「あんどーなつ」を見て以来だ。

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『あんどーなつ』第6巻 p.68~69

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『あんどーなつ』第6巻 p.86~87

本記事を書くため、久しぶりに同漫画をパラパラと捲ってみたところ、主人公である安藤奈津と一緒に知覧の地を訪れた、老人の心の呟きが胸に突き刺さった。それは、赤線で示した「いまの日本は、平和です」という行で、過日の皇太子殿下のお言葉を髣髴とさせるものがある(下線は亀さん)。

陛下がおっしゃっているように、平成が戦争のない時代として終わろうとしているわけですが、戦後長く続いてきた平和な日本の社会において、この国の未来を担う若い人たちが、夢を大切にしながら自分の能力を発揮できる環境が整ってきたことの証(あかし)であると思います。私も、これまでいろいろな場で若い方々と御一緒する機会を大切にし、その熱意や息吹を感じて心強く思ってまいりましたが、これからも若い世代の活躍を願いつつ、見守っていきたいと思っております。
https://www.sankei.com/life/news/190223/lif1902230005-n6.html

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特攻隊を描いた映画は数多くあれど、「紙屋悦子の青春」より優れた特攻隊の映画はないように、個人的には思う。それは、当時の時代背景だけではなく、若くして散った青年らの心のうちを、余すところなく描いている映画だったからだ。

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それにしても、当時の特攻隊隊員は十代から二十代前半だったと聞く。彼らの年齢に達した二人の息子を持つ身として、当時の親の気持ちが痛いほど分かった…

収穫の多かった今回の志布志への旅で、知覧特攻平和会館行きが実現できなかったのは残念だったが、飯山史観の最終編集段階で同地を再訪し、今度こそは同会館を訪れてみよう。



響堂雪乃のメッセージ
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2~3日前、NHKのBS世界のドキュメンタリーで、「プーチンの復讐(前編)」を再放送していたので、途中からだったが見てみた。ちなみに、同番組はネットでも公開されており、どのような内容の番組か知りたいのであれば、以下にアクセスしてみるといいだろう。
https://www.dailymotion.com/video/x6gf0ub

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同番組は典型的なネオコン寄りのプロバガンダ番組だったので、一緒に見ていた下の息子には、いつものように同番組のプロバガンダぶりを亀さんは解説している。仕事部屋に戻り、念のため同番組のホームページを確認したところ、この番組を見たという、三名の人が上掲のコメントを寄せていた。二名の投稿は「こんなものかな」と思ったていどだったが、ちゃんママさんという人のコメントを読み、分かっている人もいるのだなと、心強く思った次第である。そして、ふと脳裏に浮かんだのが、響堂雪乃氏の『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』(白馬社)だった。

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この本は、著者である響堂氏から送呈していただいた本で、亀さんは拙稿「滅びゆくニホン」で以下のような書評を書いた。

一読して、日本の十代あるいは二十代の若者には是非読んで欲しい本だと思ったし、同書を手にするかどうかで、その人の人生が大きく左右されるだろうと、直感的に思ったほどである。


飯山一郎さんが逝去してからというもの、最近の放知技は面白くない、という声もチラホラ聞こえてくるのだが、なぁに、堺のおっさんやmespesadoさんがいるのだし、亀さんはまったく心配していない。

しかし、一方で亀さんが最近の放知技で気になっているのは、上掲の「ちゃんママ」さんのように、ネオコンの存在に気づいている投稿者が多いものの、「ネオコンよ、早く消えてくれぇ~~」、といった、単なる淡い期待の投稿が大方を占めていることだ。「ネオコンに対して、具体的にどうすればいいか?」、「どう生きていけばいいの?」といった、若者の真摯な疑問に対して、真正面から受け止めている投稿は、残念ながらゼロ、あるいはゼロに近い。

よって、若者には響堂氏の『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』を手に入れるか、すでに同書が手許にあるのなら、この機会に再読することを強く勧めたい。その上で、「僕は(私は)このように生きていきたい」といった投稿を、亀さんは若い読者に期待している。

その響堂氏の本で、未だに脳裏から離れないのは以下の行である。

支配寄港である多国籍企業に反逆して革命を起こすことなど不可能だ …
『植民地化する日本、帝国化する世界』p.15
EU離脱を採った英国


それに対して、亀さんは以下のようなことを上掲の拙稿に書いた。

とまれ、響堂氏の主張「支配寄港である多国籍企業に反逆して革命を起こすことなど不可能だ 」が、今後も続くのであれば、中露連合と雖もアメリカ(多国籍企業)に対する防波堤どころか、いずれ叩きのめされるということになるのだが、そのあたりの結論は意外に早く我々は知ることができるのかもしれない。


残念ながら、未だにネオコンはしぶとく生き残っている。トランプvs.ネオコン、安倍晋三vs.財務省、ロシアvs.米軍・NATO(ウクライナの艦艇拿捕など)といった具合に、今でも殺すか殺されるかという鬩ぎ合いが続いるのである。

鉄人を悼む
小学校高学年の時、母方の叔父に後楽園に連れて行ってもらったことがある。初めてのプロ野球観戦ということで朝から大興奮の亀さん、夕方出かけるというのに昼前から叔父宅に押しかけ、「早く行こう!」と叔父を困らせたものだった。そして、夢にまで見た後楽園で、王貞治が二本のホームランをかっ飛ばすのを目の当たりにして、またまた大興奮…。

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東京オリンピックがあった1964年当時の亀さんは小学校六年生だったが、当時は「巨人・大鵬・卵焼き」の時代で、プロ野球と言えば巨人のことを指し、亀さんも近所の悪ガキと暗くなるまで草野球をやっていたものだ。そして、近所の悪ガキはもちろんのこと、学校のクラスメートも男の子は全員と言っていいほど、巨人ファンだった。だから、思春期を迎えたころも亀さんは、相も変わらず巨人ファンだったのだが、それがいつの間にか中日ファンになっていた。

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その最大の理由は、中日に落合博満がいたからだったと、今にして思う。落合は一匹狼的な生き様を貫いた(今でも)男だが、やはり世界を三年間放浪したことで、一匹狼的な生き様を身につけた亀さんなので、落合のオレ流の生き様が重なったのだろう。その落合は選手(1987~1993年)として、また監督(2004~2011年)として、中日と最も関係が深かっし、また、落合の本(『なんと言われようとオレ流さ』)も読んだことがある。

しかし、いつの間にか落合への関心が薄れ、ふと気が付くと日本ハムと広島のファン、というよりは両球団に関心を持つようになった自分がいた。それは、両球団に共通する、「新人を大事に育てる」という球団方針に惹かれたからである。

つまり、若いころの亀さんは周囲が巨人ファンだからというだけの理由で、巨人ファンになっていたのだが、十代の頃に日本を飛び出して三年間世界を放浪したことで、落合のオレ流の生き様が身についたのだし、それが落合というオレ流の野球選手を知るに至って、次第に落合の生き様と自分の生き様を重ねるようになったというわけだが、さらに時を経るにつれて、亀さん自身はオレ流の生き様が影を潜め、次の日本を背負う若者に目が向くようになっていた。それが、拙ブログに「若者への遺言」というカテゴリを設けた理由だったし、飯山史観を後世に残すため編集を進めている最大の理由である。

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この日本ハムと広島カープの〝育てる〟という球団方針だが、日本ハムの場合はダルビッシュ有や大谷翔平といった、今やメジャーリーグを代表する選手を輩出しているし、広島カープの場合も黒田博樹や前田健太といったサムライを育て、メジャーリーグに送っている。

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その広島カープの鉄人と言えば、今年亡くなった衣笠祥雄を思い出すのだが、最近、NHKの「アナザーストーリーズ」が、衣笠の特集をやるというので見てみた。同番組を見終えて改めて思ったことは、衣笠のように、選手として一流だけではなく、人間としても一流に衣笠を育てあげた広島球団の凄さである。同番組で特に胸が熱くなったシーンは、敗戦間もない1949年に球団を設立した当時、スポンサーもついていなかった広島カーブに、地元の人たちが球団の為に寄付しているシーンだ。むろん、広島の人たちのカープ愛は今でも不変だ。

もう一つ、同番組でつくづく思ったことは、若いころの人生の先輩との出会いの大切さということである。衣笠の場合、入団四年目に監督・コーチ陣の総入れ替えがあったのだが、監督に根本陸夫、守備・走塁コーチに広岡達朗、打撃コーチに関根潤三と、後に名伯楽となる三人が一度に広島に来たことで、衣笠という若者を大きく変えたことを知った。ここに、若いころに出会う人によって、その人の一生が決まるということに、改めて思いを致した次第である。その意味で、若者には積極的に、できるだけ多くの人生の先輩に出会って欲しいと心から願う。

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根本監督が若い衣笠に問うた言葉

スピーチは自己啓発の原点
息子の通っている専門学校が二ヶ月ほどかけて、校舎をリフォームするということで、二ヶ月にも及ぶ冬休みに入った息子と、久しぶりに街に繰り出して行きつけの中華料理店へ直行、酒を酌み交わしながら学校の様子について息子の話に耳を傾ける一方、亀さんも大阪で開催された「故飯山一郎氏を送る会」の様子や、来年は志布志とアムール川行きを考えているといったことを話した。息子の通っている専門学校は、就職率100%を謳い文句にしているだけに、バイトをする時間もないほど勉強に厳しい学校であることは、日々の息子の様子からしてわかる。国税庁に勤める弟にも支障のない範囲で教えてもらったが、数多ある専門学校の中でも、かなり評判が高い学校のようだ。

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その息子に大阪での亀さんの〝公演〟について話をしていた時、亀さんが強調したのはスピーチのすすめであった。なぜ、スピーチのすすめなのか? そのあたりの具体的な理由を知る上で若い読者に推薦したいのが、『話す力が身につく本』(高嶌幸広 PHP文庫)という本だ。この本は、書店に並んでいる一般のハウツー本と異なり、スピーチをすることで得られるものは何かについて、具体的に述べている珍しい本なのである。著者の高嶌氏自身も、同書の「プロローグ」で以下のように書いている。

話す力をつけることによって、潜在能力を開発しようとする本はあまりなかったはずです。
『話す力が身につく本』p.5


ちなみに、同書の大雑把な内容については、以下の書評が参考になると思うので、関心のある読者はアクセスしてみて欲しい。
「話す力」は自己啓発の原点

なを、スピーチ力を身につけるための通常のハウツー本だが、亀さんは過去に読んだ記憶はなく、ネット記事で十分だと思っている。よって、スピーチのノウハウを知りたいという若い読者に対しては、以下の記事を紹介しておくに止めたい。
聞き手を「前のめり」にさせるスピーチ・プレゼン・講演に必要なこと ~準備編~

さて、亀さんが大勢の人を前に、初めてスピーチをしたのは、確か二十代後半か三十代前半の頃だったと思う。そして、一番人が多かったのが、約千名の高校生を前にスピーチをした時だった。それから、今回大阪で行った講演は初めてプロジェクタを使って行ったが、改めてスライドのメリットを知ったのは収穫であった。尤も、亀さんはハイカラな機械は苦手で、プロジェクタにパソコンを繋げ、スライドの切替を操作する時も、すべてmespesadoさんに負んぶに抱っこ…(爆)

再び高嶌氏の『話す力が身につく本』に戻す。同書に書かれているスピーチを行うことによって得られるメリットを、昨夕の亀さんは息子に噛んで含めるように話したのだが、息子に限らず多くの若者に対しては、今後スピーチを行う機会があったら、買ってでも引き受けるべしとアドバイスしておこう。参考までに、以下はスピーチを体験することによって得られるメリットである。

1.自分の考えや思いを相手に明確に伝えることができる
2.話を聞いてあげることで相手から好意をもたれる
3.物事の核心を素早くつかむことができる
4.見違えるほど決断力がアップする
5.驚くほど頭の回転が速くなる
6.人間に対する強い興味がわいてくる
7.人の心の動きが手に取るように見えてくる
8.自信が生まれ積極性が出てくる
9.自分をさらけ出すことの大切さがわかる
10.自分自身のことがよくわかるようになる


健闘を祈る!
人間万事塞翁が馬
高校を卒業してから三年間にわたり、社会人として生きてきた下の息子、その後の一年間を頑張ったものの、志望していた大学には受からなかったという報告が一昨日あった。それに対して、以下のように認めた手紙を今朝、息子に手渡している。息子同様、自分はどのように生きるべきかと、苦悶している息子と同世代の若者にも、以下の手紙を読んでもらえたら幸いだ(一部伏せ字)。

合格すると思っていた○○大学に落ち、落胆している君に父から贈りたい喩えがある。それは、「人間万事塞翁が馬」。「人の幸不幸なんて時間が経ってみなければわからないこともある」というほどの意味だ。父も君の年の頃には大学進学を考えていた一時期があったが、結局は(当時の)夢を実現出来ずに終わった。だが、還暦を過ぎ今、人生を振り返ってみて感じることは、大卒と高卒の差は卒業証書という、一枚の紙切れに過ぎないということだ。むしろ、長い人生をどのように生きていくべきかと常に己れに問いつつ、毎日を真剣に生きていくことの方が遙かに大切だ。それも、出会う人間、出会う本によって、人生が決まることを忘れないこと。

君の場合、日本を拠点にアジアで起業するため、大学に進学するものとばかり思っていたが、昨夕君が打ち明けてくれた話で、大学の商学部か経済学部に進学する理由は、在学中に事業で資金を貯め、その資金を元手に趣味を追求したかったのだと知った。加えて、3月末に出る最終結果で全ての大学に落ちた場合、専門学校へ通って職人の道を歩むと話してくれたのは嬉しかった。それに対して父は、「人生は後戻りできない。思うとおり、悔いのないように生きろ」と言ったのを決して忘れないこと。

ここで、翻訳を生業とする一職人の父から見れば、君は商人よりも職人の方が向いていると思う。何故なら、君には人を思いやる温かい心があり、素直で決して人を騙してまで生きよう(金儲けしよう)という人間ではないからだ。ともあれ、職人としての何等かの技を身につければ、世界の何処に居ても仕事は続けられる。父も今回のアルゼンチン訪問中に、場合によってはノートパソコンで仕事を継続するつもりだ。ただ、職人といっても色々ある。調理人、プログラマー、アニメーター、仏像制作者等々(別紙参照)。

最後に、父が「最悪のケースを想定して生きよ」と幾度か語っていたのを覚えてくれていると思うが、全ての大学に不合格という最悪のケースとなった場合、次はどうするのか、さらに数年先、数十年先は…と、受験中で大変かと思うが、君なりに人生の青写真を描いておいて欲しい。

ともあれ、君の人生は長いし、これからなのだ。健闘を祈る。

2018年2月12日 父記す


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【別紙】

職人の世界

●アニメーター ●インダストリアルデザイナー ●イラストレーター ●イベントスタッフ ●環境カウンセラー ●植木職人 ●ハンドラー ●漆職人●ブリーダー ●SFXイラストレーター ●通信士 ●塗装工 ●映像エディター ●音響エンジニア ●光ネットワーク技術者 ●騎手(ジョッキー) ●環境計量士 ●特撮カメラマン ●エアラインパイロット ●鳶職人●気象予報士 ●タイムキーパー ●コピーライター ●振付師 ●中古自動車査定士 ●チーズ職人 ●シナリオデベロッパー ●左官 ●エディトリアルデザイナー ●クリーニング師 ●CADオペレーター ●すし職人 ●スタントマン ●花火師 ●二輪自動車整備士 ●グリーンコーディネーター ●マスタリングエンジニア ●造船技術者 ●バイオ技術者 ●宮大工 ●メカトロニクス技術者 ●考古学者 ●鉄道運転士 ●環境コンサルタント ●米国航空宇宙局NASA ●ステンドグラス工芸家 ●マニュピレーター ●バット職人 ●CATV技術者 ●機械組立技術者 ●映画監督 ●釘師 ●酪農家 ●特撮監督 ●俳優 ●造園師 ●衛生通信技術者 ●動物園の飼育係 ●彫刻家 ●清酒製造工 ●特殊メイクアップアーティスト ●ミキサー ●映像音響処理技術者 ●撮影監督 ●航空整備士 ●歌舞伎俳優 ●電気工事士 ●刃物職人 ●サーフボードシェイパー ●漁師 ●漫画家 ●動物カメラマン ●環境管理士 ●船員 ●テクニカルイラストレーター ●コレペティトゥア ●航海士 ●宝石鑑定士 ●ヘリコプターパイロット ●和菓子職人 ●船長 ●声優 ●靴職人 ●機関士 ●航空管制官 ●豆腐職人 ●自動車整備士 ●畳職人 ●録音技士 ●大工 ●板金工 ●水族館の飼育係 ●ボイストレーナー ●遊戯施設整備士
http://www.v-fish.net/work/w19.html


命の旅
半年ほど前、「旅をする“本”」と題した記事をアップしているが、これはプロカメラマンの星野道夫についての記事だった。その星野が遺した一粒種に、星野翔馬君という若者(23歳)がいる。その後の翔馬君は立派に成長して大学を卒業、今春は晴れて社会人としての第一歩を踏み出す。

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星野道夫と息子(翔馬君)

そんな翔馬君、実は就活で悩んでいた…。それは、どのような道に自分は進むべきかということであった。そんな折、一冊の写真集に遺された父の寄せ書きを目にする。

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父がアラスカで撮影した写真集の本だった。そんな父がアラスカにいた当時の姿を追い求めて、翔馬君は独りアラスカに飛び立つ。その様子をNHKが「父と子のアラスカ~星野道夫 生命(いのち)の旅~」と題して、ドキュメンタリーに仕上げたというわけである。

父が巡った場所を改めて息子が巡り、住民たちから歓迎されるその姿にとても胸を打たれました。道夫さんがその土地に住む人々の心の中で生き続けていること、過去の話を聴くことで息子もまた父に出会えたこと、込み上げてくるものがありました。
投稿者:らら


番組は星野道夫と交流のあったアラスカの現地の人たちが、どのように星野道夫という人物を見ていたのか、翔馬君が確認する形で番組は進行、以下は印象に残った数シーンだ。亀さんは今夏アルゼンチンに飛ぶが、それは45年振りに再会したい現地の〝親戚〟や友人が大勢いるからである。並行して、今春大学に進学して時間的に余裕のある下の息子も、一ヶ月ほど南米に連れて行くことにしたのだが、現地の〝親戚〟や友人たちが亀さんの十代の頃について、どのようなことを語るのかと、今から戦々恐々としている…(爆)。

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アラスカの寒村の村長だった当時のクリフォード・ワイオワナさん

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以下のシーンも記憶に残った…

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【グリコのおまけ】


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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/321/

掲示板「放知技」で、「敗戦間際の日本軍みたい!」とか名乗る「蛆虫」…、もといチンカスが上のような投稿をしていた(嗤)。

これは、飯山一郎さんの「渡辺京二氏:87歳の泰斗の明晰なる判断力」という記事を受けてのことだと思うが、マトモな頭で同記事を読めば、渡辺氏の凄さが納得できるはずなんだが、それを「己の権威付けのため、渡辺京二まで持ち出すチンカス」と書くあたり、「敗戦間際の日本軍みたい!」とやらは、渡辺氏の文章を判読できないという〝チンカス〟ぶりを発揮、お嗤いでR。

今後もIPアドレス「3bb.co.th」のチンカスというホーケイが、どのようなことをかいて…、ではなくて書いてくるか、楽しみに待とうではないか、皆の衆(爆)。

プロパガンダ誌
世界戦略情報誌『みち』は、執筆者と読者の集い「まほろば会」というのを月に一回のペースで開催している。亀さんは10年近くほぼ毎回出席してきたが、仕事で多忙なこともあって最近は欠席が続いている。それでも、まほろば会で中心となって講話を進めている安西正鷹さん、まほろば会の後で必ずレジメを送ってくれており、実に有り難い道友である。今月行われたレジメも届いており、メールには「引用の件はOKです。好きなところから取っていただいて構いません」とあった。流石に安西さんは度量が大きいと、改めて思った次第でR。

早速お言葉に甘えて、今月のレジメの中心テーマであった英国のEconomist(エコノミスト)誌の表紙について、思うところを書いておこう。

その前に、安西ファイルは【ポイント】と【私見】に別れており、【ポイント】では安西さんがネットや書籍・雑誌などから収集した記事の要約を箇条書きで並べており、【私見】では【ポイント】のテーマをベースに、安西さん自身の意見を述べていることを指摘しておく。今回、流石と思ったのは【ポイント】で以下を引用していることだ。

世界寡頭権力(ワン・ワールド主義者)たちはこの雑誌を通じて読者を洗脳しようしている。


出典が書かれていなかったので、何処のネット記事あるいは書籍・雑誌から引用したのかは分からないものの、エコノミスト誌はワンワールドの広告塔(プロパガンダ誌)という主張、全く以て同感でR。

次に安西さん自身の思うところを述べた【私見】で、最近号のEconomist誌の表紙の解説に注目した。

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以下は上の最新号(2018年)の表紙を、左から右に向かって上から順に安西さんが辿ったものだ。

雨と太陽、太った猫、撮影カメラ、幼児、自由の女神像、トランプ米大統領、スマイル、星が1つ欠けた欧州旗、杖を持った老人、無表情な顔、棒グラフ、車、ロケット、ペンデュラム、聖ワシリイ大聖堂、蚊、戦車、王冠、隕石、WiFi、北朝鮮の金正恩、ハンドバッグ、工場、山、ラクダ、きのこ雲、中国の習近平主席、インドのモディ首相、塔、ヘッドセット、花、自転車、戦闘機、ドイツのメルケル首相、クラシックギター、コーヒーカップ、ゴムボート、投票箱、柱、エッフェル搭、プーチン露大統領、吊り橋、ロボット、ピエロ、惑星、アフリカ、星付きの軍隊帽、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教のシンボル、本、DNA、トロフィー、ロック解除のスマートフォン、魚、フランスのマクロン大統領、傘、石油掘削装置、米国の国会議事堂、望遠鏡、旭日旗の上半分、スキー板、ドローン、電気自動車の給電ステーション、ギリシャ神話の神ポセイドン


今回の安西ファイルは、最下段中央の「旭日旗の上半分」の解説が中心だったが、上の【ポイント】にあるEconomist誌はワンワールドの広告塔という何処かの主張、安西さんも肯定しているのが文面(【私見】)から読み取ることができた。その具体的な言及については割愛するとして、安西さんの【私見】を読みつつ思ったことが二点ある。

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一つは、我が国の首相・安倍晋三の評論が一切無かったが、安西さん自身、どのように我が国の首相を評価しているのか知りたいと思った。もう一つは対談だ。対談とは、掲示板「放知技」で鋭い経済論を矢継ぎ早に投稿している、mespesadoさんとの対談である。このお二人が何処かの雑誌で対談をすれば、これは実に面白い企画になると思った次第でR。

亀さんの下の息子は何処かの大学の経済学部か商学部に進学するつもりで、現在は受験勉強の真っ最中だが、ドーセ大学の商学部や経済学部の教授なんて大したことないんだから、安西さんの『お金の秘密』(成甲書房)を読むなり、「放知技」でmespesadoさんの投稿を読む方が遙かにベターだと、受験勉強が終わったら伝えるつもりだ(爆)。さらに、飯山一郎さんの株関連の記事を読めば、マサニ鬼に金棒だとも伝えるつもりでR。大学卒業後は東アジアを拠点に、ビジネスを展開したいという下の息子にとって、長い目で見れば必ずや武器になると確信している。