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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
民族性の違い
現在、来月16日締め切りの大量の仕事(翻訳)に四苦八苦している。本来なら、楽々締め切りまで終わるはずの翻訳量なのだが、今回はナント、頭の痛くなりそうな微分積分の公式がアチコチにwww

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亀さんの場合、仕事のほとんどを海外の翻訳会社から承っているが、仕事を引き受けるにあたって、自分の専門分野(自動車・機械・石油・電子機器・マーケティング)の範疇かどうか、じっくりと見極めるのを常としている。現在手掛けている翻訳は、最初の部分だけ原文(英語)にサーッと目を通し、電子機器にインストールするソフトが主テーマと判断、これなら楽勝だと思って承ったのだが、途中でナント微分積分の公式のオンパレード…。

それでも、一応承ったからには、最後までやり遂げなければならないつうのが翻訳者なのだ。かつ、今週末に和歌山県に出かけるので、「悪いけど、数日旅に出る予定があるんで、締め切りを少し延ばしてくんない」と頼んだところ、あっさりとOK、締切日を一週間も延ばしてくれた。だから、このように余裕をもってブログ記事を書けるつうワケなんだが、その仕事を依頼してきたのは南欧の翻訳会社で、結構大きな翻訳会社(多分、南欧では一番大きい)だ。

しかし、ラテン気質つうか、その翻訳会社で亀さんを担当しているのは、ナント30名近くのコーディネーター(翻訳を依頼してくる女の子)だ。流石に南欧の翻訳会社だけあって、時には一日あたり10名もの女の子が、ドーッと亀さん目がけて仕事の打診メールを送ってくる日もしばしば…。すべてを承るとパンクする(処理しきれない)ので、半分以上は断っているのが現実だ。また、マリアだのシルビアだのといった、同じ名前のコーディネーターが数名かいるので、頭が混乱したことも一度や二度ではない…。だから、時々訳出済みの間違ったファイルを送ったりして、お姉ちゃんたちに怒られたことも多い。

その点、西欧つうか中欧の翻訳会社のコーディネーターは、緻密かつ堅実だ。例えば昨年の11月、20万ワード(英語)前後の翻訳を今年の1月から3月にかけてお願いしたいと、ここ10年近くの付き合いのある、ドイツの翻訳会社のコーディネーターからメールがあり、亀さんは3ヶ月で一気呵成に翻訳を完了させるものとばかり思っていたところ、そうではなくて最初は用語集作成のため用語の翻訳、続いて略語解説の翻訳依頼という具合に、(翻訳の)同業者なら分かってくれると思うが、実に理想的な翻訳作業の進め方なのである。多分、半年以上の時間をかけて、全体で20万ワードを亀さん一人で翻訳するのだと思うが、その間に当方ではクライアントの主要製品について勉強したり、1ヶ月ほど海外(南米)に出かけるなど、余裕をもって仕事に取り組めるので実に有り難い。

それにしても、同じヨーロッパつうのに、こうも民族によって違うものなのか…。

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お付き合いのある翻訳会社のお姉ちゃんたち(米国)

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偉人はスケベー
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 南方熊楠

来月初めに南方熊楠縁の地、紀州田辺に行く前準備として、鶴見和子の著した『南方熊楠』(講談社学術文庫)を少しずつ読み進めているのだが、時々本から目を離して、南方の世界(南方曼荼羅)に思いを巡らす自分がいる。昨夜も、南方熊楠と『ノーツ・エンド・クィアリーズ』(Notes and Queries)について、色々と思うところがあった。

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一つには、人間、スケベーでなければ、ミニ南方熊楠にすら成れぬと悟った…(爆)。南方熊楠のような巨人には到底及ばぬとしても、ミニ南方熊楠を目指すにはスケベーであらねばならぬと心底思ったし、それくらいの〝遊び心〟がなければ、人間駄目だとすら思ったのである。遊び心、それこそが南方マンダラの結実に繋がったのだが、このあたりについては別の機会に書くことがあると思う。

スケベー…、たとえば『南方熊楠』のp.52、「ワイン・グラスと擂り鉢」に目を通しただけでも、スケベー心ならぬ遊び心の大切さを感じるのである。この小節は、「ユダヤ人の結婚式で花婿が最後にワイン・グラスを割る」ことの由来について、ユダヤ系イギリス人が『ノーツ・エンド・クィアリーズ』誌上で、神学などを引用しつつ侃々諤々の議論を展開している様を描いたもので、その中を割り込んだ南方、以下のように言い放ったものだ。

ワイン・グラスを割るのは、擂り鉢を擂りこぎて割るのと同じで、グラスは処女のシンボルではござんせんか。


詳細は同書で確認していただくとして、友人の紀州田辺あたりでは、結婚の宴が終わって花嫁が初夜を迎えるという時、会衆が擂りこぎで擂り鉢を割り、「割れた! 割れた!」と歓声をあげる風習があるとか…。でも、東京で結婚式を挙げた紀州田辺の友人の時は、そんなことをやっていなかったぞぉ…。今でも、こうした風習が残っているのかどうか、来月初めに友人と再会したら確認してみよう…(爆)。

それから、鶴見の『ノーツ・エンド・クィアリーズ』についての行を読みつつ、脳裏に浮かんだのが掲示板「放知技」であった。『ノーツ・エンド・クィアリーズ』の場合は編集者が、これはと思う寄稿を載せているので読み応えがあるが、一方で放知技の場合、誰でも投稿できることもあり、時には「蛆虫」が発生したり、「空気が読めぬ輩」が登場することが多い。また、方や英語、方や日本語という違いもある。こうした違いはさておき、多分、現時点において和製『ノーツ・エンド・クィアリーズ』と、胸を張って云えるのは「放知技」くらいのものだろう。

なを、『ノーツ・エンド・クィアリーズ』における南方熊楠の立ち位置について、鶴見は以下のように表現した。

南方の『ノーツ・エンド・クィアリーズ』への投稿を、その前後の問答の脈路の中において捕らえ直すと、かれが西ヨーロッパの学者、知識人の間にあって、卓越した知識と、特異な照合能力と、独自の分析法をもって、国際的な知的世界に寄与していたことがわかる。


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本当は本稿で曼荼羅、すなわち、「宇宙の真実の姿を、自己の哲学に従って立体または平面によって表現」(p.82)しようと思い、「南方マンダラ」の続編を書くつもりでいたのだが、仕事の締め切りが気になって、なかなか筆が進まない。このあたりは紀州田辺から戻り、仕事を片付けてから腰を据えて書こうと思っている。今年の12月23日の忘年会(於飯能市)でも、午前の部の勉強会で主テーマの一つにしたいだけに、尚更だ。

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最後に、暫くは南方熊楠という森を彷徨い、南方熊楠という世界を大凡掴んだ後、今度は岡潔という森を彷徨ってみたいと思う。岡潔と云えば、まほろば会の林廣同志を思い出す。林さんは生前の岡潔と深い交流があっただけに、いろいろと岡潔の人物ついてのエピソードが聞けそうだ。

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岡潔

【グリコのおまけ1】
南方熊楠は『ノーツ・アンド・クエリーズ』誌をどのように利用したか? : 邦文論考との関係から

【グリコのおまけ2】
平成の今東光こと、飯山一郎


朝日vs.産経
準ネオコン紙の東京新聞をストップしてから早十日、お陰様で心穏やかな日々を過ごせるようになった。そんな折、山崎行太郎氏のブログにアクセスしたところ、以下のようなことを書いているではないかwww

朝日新聞は、産経新聞に比べれば、まだマシだ!「月刊日本」を読みましょう!
山崎行太郎Blog『毒蛇山荘日記』


朝日と産経の話なのに、どうして「月刊日本を読みましょう!」ということになるんだろうと一瞬戸惑ったが、どうやら山崎氏、朝日イコール月刊日本だと言いたかったのかもしれない。

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一方、掲示板に上のようなイラストを貼っている飯山一郎さんの場合、以下の記事に目を通せばわかるように、山崎氏とは真逆の見方だ。
田嶋陽子:腹が立つほどの分からず屋

主題に田嶋陽子女史の名前が出ているが、記事内容は朝日と産経を比較したものになっている。それにしても、山崎氏と飯山さんの主張を読み比べてみて、水と油とは正にこのことだワイと思った次第(爆)。

以下、山崎氏のブログ記事を魚拓として残しておこう。

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【グリコのおまけ】
上のブログ記事に適菜収氏が登場しているが、適菜氏と言えば一時、掲示板「放知技」で話題になったことがある。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16155707/373/
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16155707/369/

海老蔵の今
拙稿「都議選の陰にネオコン」を先日アップしたが、亀さんの本文よりも【追報】で紹介した、渡辺正次郎氏の以下の記事に関心が集まったようだ。
巨大スクープ①!安倍総理、政権を麻生太郎副総理に禅譲決意!!北鮮の血を引く進次郎厚相などあり得まえせん!!

そこで、本稿では渡辺氏の別の最新記事を取り上げてみたい。
海老蔵クン、自称霊能者に頼るな!!私が力に!!「殴られてふた皮剥けて海老飛翔」。海老蔵くん、お詫びに力になる。

■海老蔵の今
麻央さんが6月22日に逝去してから、今日で二週間以上が過ぎた。仕事に追われていたこともあり、海老蔵のその後を追っていなかったのだが、最愛の妻を亡くしたことで、海老蔵は一皮も二皮も剝けた歌舞伎役者になるだろうと、漠然と思っていた。しかし、芸能情報では日本でも五指に入る、渡辺氏の以下の記述を読み、海老蔵の今に一抹の不安を感じた。

 気丈に振る舞ってきた海老蔵だが、麻央さんの密葬が営まれた26日前後から、自身にも変化が現れているのだ。

 こうした変化について精神科医で日向野クリニック院長の日向野春総氏は「喪失感」を挙げる。

 「闘病生活の長さにかかわらず、大切な人を失うと喪失感が生まれる。そして、それが『なぜ自分がこんな思いをしなければならないのか』という怒りに変わる。アルコールなどに逃げるケースもあるが、一番いいのは泣くこと。海老蔵さんも会見で涙を流したことはよかった」

 ただし、危険なのはこれからだという。「生活上、うまくいかないことや、これまでと違うことが出てくるようになり、それがうつへとつながっていく」

 その期間は「人それぞれだが、1週間から10日で出てくる」。症状は「頭の回転が悪くなり、集中できなかったり、記憶力が落ちたりする」とされる。海老蔵も次の舞台の台本がなかなか頭に入らないとブログでつづっているが、日向野氏は「兆候かもしれない」と危惧する。


大歌舞伎役者になるか、あるいは消えていくかの瀬戸際に、今の海老蔵は立たされている。そうした中、救いの手を差し伸べた渡辺氏の気持ちが、何等かの形で海老蔵に伝わればと切に願う。

■関東連合
海老蔵と言えば、読者は2010年11月25日未明、麻布の会員制バーで起きた、「市川海老蔵暴行事件」を覚えているだろうか。このあたりの経緯は以下の記事に詳しい。
市川海老蔵の暴行事件の真相に迫る!

当初、警察もマスコミも、海老蔵に怪我を負わせた犯人を割り出せなかったのだが、やがて犯人が出頭してきた。「関東連合」傘下のスペクターの頭・伊藤リオンである。実は、独自のルートで犯人を割り出した渡辺氏は激怒し、以下のように認めたのであった。

「伊藤リオン、出頭せいッ!匿っている暴力団も許さん!!」
関東連合創設者・初代最高顧問・渡辺正次郎


こうした渡辺正次郎の人物は、拙稿「芸能人、ヤクザ、政治家は弱い者イジメが大好き」に詳しいので、関心のある読者は一読していただきたい。また、渡辺氏が関東連合を創設し、初代最高顧問に就いた経緯が、同書に詳述されているので、関心のある読者は同書を手に取ってみるといいだろう。

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■『空海に教わる親子学』
上記の渡辺氏の最新記事を読み、ハッとしたのが以下の記述だ。

空海の幼名は『眞魚(まお)』です。発音は麻央さんと同じですね。“運命”だと思われたのでは。。。そして、あなたの友人が西麻布に開店させたお寿司屋に、あなたが「眞魚」と名付けたことを知って、やはり…と。


上記の渡辺氏の指摘で、空海の幼名である眞魚と、麻央さんのよみが同じであることに、今頃になって気づいたという次第である。その渡辺氏は『空海に教わる親子学』を著しており、亀さんは同書を入手している。菩提寺が真言宗智山派であることも、同書を入手した理由の一つだったが、『空海に教わる親子学』は積ん読のまま…、折を見て、読み進めてみよう。

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■残された二人の幼子
拙稿「悲喜こもごも」にも書いたことだが、他人事ながら残された麗禾ちゃん(五歳)、そして勧玄君(四歳)のことが気になる。それだけに、以下の渡辺氏の言葉に温もりを感じた。

海老蔵くんは歌舞伎界の至宝です。背負う物は重いです。しかも二人のお子さんもまだ幼い。どうしていいか判らない。。。お子さんで困ることはあなたのお母さん、麻央ちゃんのお母様に遠慮なく頼ることです。

 自分一人で背負うなど無理です。


そして、海老蔵のブログに子を思う父親の心境が赤裸々に綴られているとあり、胸を打たれた亀さんであった。

 26日には、日本テレビで放送された追悼特番を見ながら「まお、あいたい、あいたいよ」とぽつり。さらには長男の勸玄くん(4)が朝、突然泣き出すなど、母親を失ったことに傷ついていることに途方に暮れる心境も明かしている。



清水精一の人生
拙稿「山窩と生きる」で紹介した、『サンカとともに 大地に生きる』(清水精一 河出書房新社)を読了した。己れ自身の人生について、深く考えさせられ.る本であった。ここで、読後感を書きたいと思うが、どうにも本稿だけでは収まりそうにない。よって、以下のように本稿を含め、三稿に分けたいと思う。

清水精一の人生
清水精一と山窩
清水精一に学ぶ


上記の三部シリーズで取り上げる山窩は、清水精一の目を通して見た山窩なので、本稿では清水の人物についてラフスケッチを試みた。読者に大雑把な清水精一の人物を掴んでいただけたら、次稿の「清水精一と山窩」では、山窩と三年半過ごした清水が何を山窩から学んだか、換言すれば、山窩が清水の物の見方・考え方に、どのような影響をもたらしたかについて示したいと思う。最終稿の「清水精一に学ぶ」では、自動車やパソコンに取り囲まれて暮らす、われわれ現代人には到底理解の及ばぬ、山窩の物の見方・考え方を、どのように今のわれわれの生活に反映できるか、考察してみたいと思っている。

最初に、清水の歩んできた道を一言で言い表すとすれば、「求道」という言葉に尽きると思う。以下、「清水精一師の略歴及び思想の概要」を叩き台に、亀さんなりに清水師の人生のラフスケッチを描いてみた。

清水は明治21年(1888年)、大阪市三島郡(大阪府高槻市)で地主の長男として生を享けた。恵まれた家庭環境の中で育った清水ではあったが、ある日、近所の地主が二名、小作人によって殺害される。自身も地主であった清水の父親は、次は自分の身に及ぶのではと恐れ、逃亡、これが清水の心に深い傷跡を残した。それからの清水は、「人間はいかに生きるべきか」と、道を追い求めて生きていくことになる。

最初、清水の求道は知識の獲得から始まった。京都帝国大学の経済学部で河上肇、続いて哲学科で西田幾多郎に学ぶが、学問で清水にとって納得のいく答えは得られなかった。やがて、清水は酒に溺れるという人生を送るようになる。そんな清水を見かねた父親が、清水に会社を興させ、会社の運営をさせようと試みた。しかし、経世済民を信条とする清水と、金儲けしか頭にない他の役員とは平行線のままに終わり、ついに清水は出資者に会社を追い出されてしまう。

大学で身につけた知識が、まったく役に立たないことを思い知らされた清水は、天龍寺で禅の修行に入る。しかし、結局は煩悩から抜け出すことができず、新たな道を求めて、三年半いた天竜寺を後にした。

次に清水は、二年近く深山に籠もった。しかし、やがて人間への思慕の念を抱くようになり、再び人間(じんかん)に身を投じる決意をするのであった。

山を下りて最初に行ったのが、21日間の断食だった。次に清水は 貧民窟に住むようになる。そこでの清水は、底辺に生きる赤裸々な人間の姿を見た。ある日、一人の乞食の少年と出会い、山窩との交流が始まる。そして、ついには山窩と三年半にわたり、暮らしをともにすることになった。

その後の清水は、山窩の社会同化(トケコミ)を目指し、洗心館、続いて同朋園を立ち上げている。長年にわたり同園の運営に心血を注いだ清水は、五十代の頃、北海道での開拓農耕にも身を投じた。

没年不詳。


清水師の人生については、前述の「清水精一師の略歴及び思想の概要」が詳しいので参照されたい。

ところで、「清水精一師の略歴及び思想の概要」に、以下のような記述がある。

昭和最大の怪物」と呼ばれた大正・昭和期の黒幕的政治家矢次一夫(1899-1983)は清水師を回顧して「僕は色んな人を歴訪して教えを乞うた中では、この人が一番偉いという印象を受けたことを今も忘れません」と語っている。

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矢次一夫


次稿「清水精一と山窩」に続く。

【別報】
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昨日の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(13)。


驕る者は久しからず
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NHKの「SWITCHインタビュー 達人達」で、上橋菜穂子(作家)と齊藤慶輔(獣医師)の対談を見て、強く印象に残ったのでブログ記事にしようと思っていた矢先、3日前に発売された世界戦略情報誌『みち』の最新号(4月1日号)に、天童竺丸さんの「上橋菜穂子が成就した「異類婚姻譚」革命」と題する記事が巻頭言を飾った。そこで、急ぎ上橋女史が登場した同インタビューを取り上げることにしよう。

最初に、天童さんは以下のように上橋女史を評した。

上橋が放った「異類婚姻譚」における第一次・第二次の革命は上橋の作品が小説としてばかりでなく、ラジオ・ドラマや漫画、アニメ、映画の原作として使われ、多くの人々が上橋の思想に触れれば触れるほど、国民意識の深いレベルに浸透していくことだろう。


天童さんの謂う「第一次・第二次の革命」とは。具体的にどのような革命を指すのかは、直接『みち』で確認していただくとして、上原の対談相手となった齊藤獣医は、まさに動物の〝心〟を知り尽くしていることが、テレビの画面を通じて伝わってきたのである。

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さらに、「異をとなえる人間 止めようという努力」という斎藤の発言は、野生動物、殊に北海道に生息する猛禽類を滅亡に追いやっている、愚かな一部の人間に対する警鐘なのだが、そうした斎藤の姿勢は、プーチン・習近平・トランプ・安倍晋三というリーダーを筆頭とする、好戦派ネオコンと対峙する人たちの姿勢と重なるのだ。

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その後、二人の対談が単行本となって出版された。

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http://uehashi.com/blog/2017/01/switch.html

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【別報】
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昨日の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(8)。

幼子の命を救う男
3月27日、栃木県那須町で起きた雪崩で、8名もの若い命が奪われたかと思うと、その前日には千葉県我孫子市の排水路脇で、ベトナム国籍の女の子(9歳)の遺体発見されるという具合に、立て続けに痛ましい事件が起きた。こうした一連の事件が起きたこともあり、若い命について思いを巡らせていた時、ふと思い出したのが、10日前に録画しておいたドキュメンタリー番組、「まだ救える〜小児救急医 いのちの記録〜」であった。

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ドキュメンタリー番組の主人公は野澤正寛氏、小児科医から救急医へと転身を図った、37歳の若い医師だ。

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以下は先進13ヵ国を対象にした年齢別死亡率のグラフだが、日本の医療の状況を各年代別に見ると、先進国の中でも概ね死亡率が低い。しかし、何故か1~4歳の幼児のみ、死亡率が高くなっているのが分かる。

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幼子が死亡する原因として、事故や先天的な疾病が主なものとなる。そして、この年代層だけ死亡率が高くなっているのは、幼子の救急患者数が圧倒的に少ないこともあり、十分な医療設備が不足していること、また、救急医の体験不足も、もう一つの原因となっている。そうした医療現場の現実を知った野澤氏は、幼子の命を救うべく立ち上がったのである。

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このように、幼子の命を救おうとする医師を応援している亀さんだが、一方、医学界、殊に医療マフィアに対しては批判的である。医療マフィアを批判した拙稿「御三家」)を、この機会に再読してもらえたら幸いだ。なお、森友学園問題で話題になった教育勅語、そして小保方晴子さんの著書『あの日』も、「御三家」)で取り上げている。

【別報】

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さくら像建つ

諦めない心
日本中がテレビの前で釘付けになった昨日の千秋楽、稀勢の里が照ノ富士に本割で勝ち,さらに続けて決定戦でも勝つという、奇跡としか言い様のない事が我々の目の前で起きた。


2017年大阪場所 千秋楽 稀勢の里vs照ノ富士 優勝決定戦

「本当に諦めないで最後まで力を出してよかった」と、稀勢の里がインタビューで語った〝諦めない心〟は、日本列島を覆っていた閉塞感を、払拭するだけのパワーを秘めていたし、必ずや後世語り継がれるに違いない。


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http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032600507&g=spo

実は稀勢の里の大勝負の前に、亀さんは録画しておいた「NNNドキュメント'17」、「女優たぬき~末期がんと闘い伝えたこと~」を見ているが、稀勢の里が土俵の鬼とすれば、まさに女優たぬきは舞台の鬼だと思った。末期がんで入院している時でも、舞台に立ちたいという執念は衰えることがなかったし、それが「まだ逝けない」という言葉となった。彼女の最後まで諦めないという舞台魂に、稀勢の里の土俵魂と相通じるものを見たのである。

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しかし、もう舞台には立てないことを悟った女優たぬきは、母の背中を見て同じ俳優業の道を歩むようになった、息子の晃吉に全てを託した。そして、母の期待に応えるかのように、晃吉は見事に演じ切って見せたのだった。舞台の後、大勢の観衆の前に車イスで登場した女優たぬきは、静かに最後の言葉を語った。それは、彼女が舞台の終わりに必ず観衆に向けて語りかけていた、「平和をつくる者は 幸いです」(マタイの複音書第5章9節)であった。

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稀勢の里関、そして女優たぬきこと美佐子さんには、諦めない心、そして勇気をもらった。ありがとう。


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花嵐の剣士
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旧ブログ「舎人学校」で、元慶応大学の高橋信一先生とフルベッキを研究、それが「フルベッキ」というカテゴリの形で残った。フルベッキについて、高橋先生は各地で講演会を行っており、亀さんも幾度か顔を出している。そうした講演会の一つが、東京都日野市で行われたことがある。日野市は土方歳三の出生の地であり、また新撰組の聖地の一つとしても知られている。講演会は松盛堂で行われたのだが、主の峯岸さんも熱心な新撰組ファンであった。その峯岸さんと名刺交換を行っているので確認したところ、日付が2009年12月20日とあり、7年以上前のことだと分かる。その時、他にも大勢の新撰組のファンの方にお会いしているが、なかでも印象に残っているのが、土方歳三の子孫である土方愛さんだった。彼女は土方歳三の兄・土方喜六から、数えて6代目の子孫にあたるという。

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その後も高橋先生の講演会に幾度か顔を出しているが、そのたびに熱心な新撰組のファンの方々にお会いしている。そんなおり、NHKが今年の1月に放送したという、「花嵐の剣士」の再放送があったので見てみた。主人公は中澤琴という、幕末から昭和を駆け抜けた新撰組の女剣士である。中澤琴は群馬県利根郡沼田市にて1839年(天保10年)頃に出生、1927年(昭和2年)に生涯を終えている。ちなみに、主人公である中澤琴を演じたのが黒木メイサだったのだが、女剣士として様になっていたのには驚いた次第である。殊に、彼女の太刀捌きには思わず唸った。

黒木メイサについては、NHKの「八重の桜」等に登場していたので、女優であるという程度は知っていたが、俄然注目するようになったのは、NHKドキュメンタリー「黒木メイサ 魂の踊りと出会う旅」を昨年の夏に見て以降で、考え方のしっかりした、なかなか芯の強い女(ひと)だと思った。「花嵐の剣士」で見せたあの見事な太刀捌きは、フラメンコの修行で培ったものなのかもしれない。

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【グリコのおまけ】
先日、飯能市と縁の深い牧野富太郎について調べていたのだが、その時、牧野は1862年5月22日(文久2年4月24日)に出生、亀さんが4歳だった1957年(昭和32年)1月18日)に逝去していることを知った。

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亀さんが生まれた頃も、江戸時代の空気を吸ったことのある、日本人が生存していたことを知り、途端に江戸時代に生まれた日本人で、最後の生存者は誰だったのか知りたくなった。調べたところ、河本にわさんというお婆さんで、1863年9月17日(文久3年8月5日)に出生、1976年(昭和51年)11月16日)に逝去とある。つまり、亀さんが23歳の頃まで、江戸時代生まれの日本人が生存していたのだ。江戸末期や明治という時代を身近に感じるのも、このあたりにあるのかもしれない。

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クズ記事
前稿「木を見て森を見ず」で、NWO信者のカレイドスコープ氏(ダンディ・ハリマオ氏)について書いたが、その後、同氏がアップした以下の記事の酷さには驚いた。
財務省を中心とした官僚たちの「安倍おろし大作戦!」

カレイドスコープ氏の政治を見る目は、まさに「木を見て森を見ず」の典型的な例だが、それ以上に目を引くのは、同氏の感情剥き出しの書き方(赤文字)である。以下、数例だけ挙げてみたが、読者はどう感じるだろうか?

それが、自民党の副幹事長だ。この人格破綻者を、とっとと精神病院入れてしまえ!

この国を、ひたすら貧乏にして大勢の国民を殺す安倍晋三クルクルパー総理と彼の犯罪閣僚すべてを日本から追い出すまで続く。

「問題ない」の日本語しか知らない白痴官房長官・菅義偉が運命から受けとる反動は大きいだろう。


世の中には、ジャンクフードという、不味い上、健康にも悪い食べ物が存在するが、これは何も食べ物に限った話ではない。新聞やブログといった記事にも当てはまることで、ジャンクフードならぬ、クズ記事が確実に存在するのだ。特に、今年に入ってからクズ記事が多くなったように感じるのは、気のせいだろうか…。

かつて、カレイドスコープ氏と黄金の金玉氏(ふぐり玉蔵氏)の間で、大喧嘩になったことがある。
素人ブログが凶器となる日-その1

その後の経過を見れば、どっちもどっちであり、「カレイドスコープ」も「黄金の金玉」も、タコツボブログの典型であることに変わりはない。彼らのクズ記事を読むよりも、柴錬三国志を読んでいた方が、遙かに精神衛生上良い。

以下、劉備玄徳の諸葛孔明評…。

劉備玄徳は、他界するにあたって、孔明を呼び、
「軍師、御辺の大才は、魏王曹丕に十倍する。あと十年の歳月があれば、御辺は、天下を統一することもできよう。しかし乍ら、太子の劉禅には、天下を統べ治める才に乏しかろう。軍師には、劉禅が、補佐するにあたいせぬ非才と、みてとったならば、その時は、御辺が、自ら、成都のあるじに代わられるがよい」
と、遺言した。

『英雄生きるべきか 死すべきか』(上)p.186

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