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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
諦めない心
日本中がテレビの前で釘付けになった昨日の千秋楽、稀勢の里が照ノ富士に本割で勝ち,さらに続けて決定戦でも勝つという、奇跡としか言い様のない事が我々の目の前で起きた。


2017年大阪場所 千秋楽 稀勢の里vs照ノ富士 優勝決定戦

「本当に諦めないで最後まで力を出してよかった」と、稀勢の里がインタビューで語った〝諦めない心〟は、日本列島を覆っていた閉塞感を、払拭するだけのパワーを秘めていたし、必ずや後世語り継がれるに違いない。


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http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032600507&g=spo

実は稀勢の里の大勝負の前に、亀さんは録画しておいた「NNNドキュメント'17」、「女優たぬき~末期がんと闘い伝えたこと~」を見ているが、稀勢の里が土俵の鬼とすれば、まさに女優たぬきは舞台の鬼だと思った。末期がんで入院している時でも、舞台に立ちたいという執念は衰えることがなかったし、それが「まだ逝けない」という言葉となった。彼女の最後まで諦めないという舞台魂に、稀勢の里の土俵魂と相通じるものを見たのである。

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しかし、もう舞台には立てないことを悟った女優たぬきは、母の背中を見て同じ俳優業の道を歩むようになった、息子の晃吉に全てを託した。そして、母の期待に応えるかのように、晃吉は見事に演じ切って見せたのだった。舞台の後、大勢の観衆の前に車イスで登場した女優たぬきは、静かに最後の言葉を語った。それは、彼女が舞台の終わりに必ず観衆に向けて語りかけていた、「平和をつくる者は 幸いです」(マタイの複音書第5章9節)であった。

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稀勢の里関、そして女優たぬきこと美佐子さんには、諦めない心、そして勇気をもらった。ありがとう。


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花嵐の剣士
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旧ブログ「舎人学校」で、元慶応大学の高橋信一先生とフルベッキを研究、それが「フルベッキ」というカテゴリの形で残った。フルベッキについて、高橋先生は各地で講演会を行っており、亀さんも幾度か顔を出している。そうした講演会の一つが、東京都日野市で行われたことがある。日野市は土方歳三の出生の地であり、また新撰組の聖地の一つとしても知られている。講演会は松盛堂で行われたのだが、主の峯岸さんも熱心な新撰組ファンであった。その峯岸さんと名刺交換を行っているので確認したところ、日付が2009年12月20日とあり、7年以上前のことだと分かる。その時、他にも大勢の新撰組のファンの方にお会いしているが、なかでも印象に残っているのが、土方歳三の子孫である土方愛さんだった。彼女は土方歳三の兄・土方喜六から、数えて6代目の子孫にあたるという。

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その後も高橋先生の講演会に幾度か顔を出しているが、そのたびに熱心な新撰組のファンの方々にお会いしている。そんなおり、NHKが今年の1月に放送したという、「花嵐の剣士」の再放送があったので見てみた。主人公は中澤琴という、幕末から昭和を駆け抜けた新撰組の女剣士である。中澤琴は群馬県利根郡沼田市にて1839年(天保10年)頃に出生、1927年(昭和2年)に生涯を終えている。ちなみに、主人公である中澤琴を演じたのが黒木メイサだったのだが、女剣士として様になっていたのには驚いた次第である。殊に、彼女の太刀捌きには思わず唸った。

黒木メイサについては、NHKの「八重の桜」等に登場していたので、女優であるという程度は知っていたが、俄然注目するようになったのは、NHKドキュメンタリー「黒木メイサ 魂の踊りと出会う旅」を昨年の夏に見て以降で、考え方のしっかりした、なかなか芯の強い女(ひと)だと思った。「花嵐の剣士」で見せたあの見事な太刀捌きは、フラメンコの修行で培ったものなのかもしれない。

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【グリコのおまけ】
先日、飯能市と縁の深い牧野富太郎について調べていたのだが、その時、牧野は1862年5月22日(文久2年4月24日)に出生、亀さんが4歳だった1957年(昭和32年)1月18日)に逝去していることを知った。

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亀さんが生まれた頃も、江戸時代の空気を吸ったことのある、日本人が生存していたことを知り、途端に江戸時代に生まれた日本人で、最後の生存者は誰だったのか知りたくなった。調べたところ、河本にわさんというお婆さんで、1863年9月17日(文久3年8月5日)に出生、1976年(昭和51年)11月16日)に逝去とある。つまり、亀さんが23歳の頃まで、江戸時代生まれの日本人が生存していたのだ。江戸末期や明治という時代を身近に感じるのも、このあたりにあるのかもしれない。

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クズ記事
前稿「木を見て森を見ず」で、NWO信者のカレイドスコープ氏(ダンディ・ハリマオ氏)について書いたが、その後、同氏がアップした以下の記事の酷さには驚いた。
財務省を中心とした官僚たちの「安倍おろし大作戦!」

カレイドスコープ氏の政治を見る目は、まさに「木を見て森を見ず」の典型的な例だが、それ以上に目を引くのは、同氏の感情剥き出しの書き方(赤文字)である。以下、数例だけ挙げてみたが、読者はどう感じるだろうか?

それが、自民党の副幹事長だ。この人格破綻者を、とっとと精神病院入れてしまえ!

この国を、ひたすら貧乏にして大勢の国民を殺す安倍晋三クルクルパー総理と彼の犯罪閣僚すべてを日本から追い出すまで続く。

「問題ない」の日本語しか知らない白痴官房長官・菅義偉が運命から受けとる反動は大きいだろう。


世の中には、ジャンクフードという、不味い上、健康にも悪い食べ物が存在するが、これは何も食べ物に限った話ではない。新聞やブログといった記事にも当てはまることで、ジャンクフードならぬ、クズ記事が確実に存在するのだ。特に、今年に入ってからクズ記事が多くなったように感じるのは、気のせいだろうか…。

かつて、カレイドスコープ氏と黄金の金玉氏(ふぐり玉蔵氏)の間で、大喧嘩になったことがある。
素人ブログが凶器となる日-その1

その後の経過を見れば、どっちもどっちであり、「カレイドスコープ」も「黄金の金玉」も、タコツボブログの典型であることに変わりはない。彼らのクズ記事を読むよりも、柴錬三国志を読んでいた方が、遙かに精神衛生上良い。

以下、劉備玄徳の諸葛孔明評…。

劉備玄徳は、他界するにあたって、孔明を呼び、
「軍師、御辺の大才は、魏王曹丕に十倍する。あと十年の歳月があれば、御辺は、天下を統一することもできよう。しかし乍ら、太子の劉禅には、天下を統べ治める才に乏しかろう。軍師には、劉禅が、補佐するにあたいせぬ非才と、みてとったならば、その時は、御辺が、自ら、成都のあるじに代わられるがよい」
と、遺言した。

『英雄生きるべきか 死すべきか』(上)p.186

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東北さくらの旅
昨日の午後2時46分、一分間の黙祷を捧げた。忘れもしない2011年3月11日、パソコンに向かって仕事をしていた時、急にグラッと来たので、すぐに地震だと分かった。しかし、いつもの地震と違い、なかなか揺れが収まらない…。これは只事ではないと思ったので、急ぎ茶の間に降りてテレビのスイッチを入れたのだった。すると、目の前には想像を絶する光景が映し出されていた…。

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冬の上坊牧野の一本桜(岩手)

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そして、春

あれからちょうど6年が過ぎた昨夜、NHKで「東北さくら旅」という番組を放送、録画しておいたので先ほど見てみた。東北に生きる人々と桜を取り上げた、なかなか見応えのある番組であった。特に、以下のシーンが印象に残る。

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場所は岩手県釜石市根浜、そこには30年前に植えた桜並木があった。しかし、今回の津波で全滅したものと誰しもが思っていた。ところが、一本の枯れ木から芽吹いたのである。その奇跡の桜のもとを訪れた女(ひと)は、銀閣慈照寺で花方教授を務める佐野珠寶さん。生き残った一本の桜と東北人の逞しさとが、重なって見えたという。

兄貴ィ~
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現在、BS12で「傷だらけの天使」が再放送中である。ちなみに、初回の放送は1974年10月5日から1975年3月29日までの全26話だった。亀さんが三年間の海外放浪の旅を終え、帰国したのは1974年の暮れだったんだが、帰国して間もなく、テレビで「傷だらけの天使」を偶然見ている。その時、意味不明な会話がポンポン耳に飛び込んで来るので、大変戸惑ったものだ。三年近くも日本を離れていると、ニュース番組などで使われている標準的な日本語は別にして、俗語だらけの「傷だらけの天使」のような番組は、こうも分からなくなるものか…と、唖然としてしまったちゅうワケだ。それはともかく、「傷だらけの天使」で耳にこびり付いて離れないのが、弟分の水谷豊が兄貴分の萩原健一を呼ぶ時の、「兄貴ィ~」である。

当初、萩原健一の弟分として火野正平が最初に候補に挙がっていた。しかし、色々あって最終的には水谷豊が弟分をやることになったのだが、当時の水谷は「傷だらけの天使」で芽が出なかったら、故郷の北海道に帰るつもりでいたという。その「傷だらけの天使」、最初は思うように視聴率が伸びず、第3話あたりで打ち切りにしようという話も飛び出したほどだったが、結局なんだかんだで最終話では視聴率20%を勝ち取っている。その水谷が駆け出しだった高校生の頃、亀さんの近所の友人が高校の同級生の伝で水谷に会っているんだが(拙稿「座敷わらしとの〝再会〟」参照)、水谷にも売れない時代があったというワケだ。

時は流れ、今や水谷豊は押しも押されもせぬ大スターである。その水谷が出演している再放送の番組として、他に「相棒」がある。以下の写真は及川光博が相棒役を務めていた、2009年秋のseason8から2011年秋のseason10の間に撮ったものだ。水谷と亀さんは同い年なので、水谷56~59歳の頃の作品ということになる。流石に水谷も間もなく還暦を迎えるというだけに、「傷だらけの天使」に出演していた時のような、あのチャラチャラ感は消え、冷静沈着な様が画面から伝わってくる。役柄上とは云え、人間、変われば変わるものである。

それにしても、本来であれば俳優業を諦め、故郷の北海道に帰っていたはずの男が、このように大成したのを見ていると、こちらまで嬉しくなってくるのは何故だろうか…。

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「相棒」の水谷豊と及川光博(season8~10)

孤高のリアリズム
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アルバイシンの男 ~ミゲールの像~

1月22日(日)に放送されたNHKの「日曜美術館」で、「グラナダ 魂の画譜 戸嶋靖昌(としまやすまさ)孤高のリアリズム」という番組を放送していた。「日曜美術館」は美術好きな息子たちのため、毎週欠かさず録画しているのだが、今回は何となく気になったので亀さんも同番組を覗いてみた。そして、番組を見ているうちに戸嶋靖昌の人物に惹かれていく自分がいた…。

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左から二人目の白髪の男性が戸嶋靖昌、その隣で帽子を被っているのは俳優の奥田瑛二

拙稿「イチローズ」にも書いたことだが、若い頃の亀さんは漫画家を志していたほどであり、十代の頃にロンドンで生活していた時、仕事がない日や学校が休校の日は、決まって市内見学や美術館通いをしていたものである。それだけ美術には深い関心があったのだ。なぜなら、「イチローズ」にも書いたことだが、亀さんの母方の祖父は紋章上絵師、その息子(叔父)も紋章上絵師だったし、亀さんも小学生二年生の時、市が主催する展示会で入選して以来、さまざまな催しで入賞を果たしているのだ。

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さて、戸嶋靖昌の番組が放送から一週間以上も経過した今日、ふと思いついてネットで確認したところ、『孤高のリアリズム』(執行草舟著 講談社エディトリアル)という題名で、戸嶋靖昌についての本が出版されていることを知った。アマゾンで同書を読んだという読者のコメントに目を通してみて、少々高いものの同書の購入を決めたんだが、アマゾンでは品切れ…。それならと紀伊國屋にアクセスしてみたんだが、紀伊國屋でも取り寄せとのこと。一刻も早く目を通したかったので、急ぎヨドバシカメラにアクセスしたところ、幸い在庫があったので即注文した。明日届くというので今から楽しみである。

ところで、アマゾンのコメントで特に目を引いたのが以下のコメントだ。同コメントを読みながら、咄嗟に思い出したのが飯山一郎さんの「手洗い」である。飯山さんのHPに書いてあったと記憶しているが、トレイの後は手を洗うものという世の中の常識に反して、飯山さんは「豚(トン)でもない! トイレの後は手を洗うべからず}と書いていたのだ。爾来、亀さんも家の者には、トイレの後は手を洗うべからずと言っているんだが、相手にしてもらえず、いつも嗤われている…。

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花札とトランプ
飯山(一郎)さんの最新記事「トランプの一言一句に一喜一憂し…」を読んだ。

花札トランプの親分は,猪鹿蝶(イノシカチョウ)を繰り出して,何か途轍もないことをヤラかす大統領になりそ~だ.


禿同! 亀さんもテレビで記者会見を見たが、まさに、「大統領というより,ヤクザ組織の親分の噴霧器」そのものだった(爆)。




その後、掲示板「放知技」に目を転じたところ、〝あの和尚〟が話題に…。

青森出身の もぅとっくの昔に

亡くなられた お坊さんの話を

よくされているが・・・

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15947645/696/


また、以下のような発言も…。

人生は人性
http://ameblo.jp/souainikki/theme-10033238223.html

オマンチンさんによく似た人がいるものだ。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15958132/310/


えっ、青森のお坊さんて誰かって? 

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何故か、記者会見のトランプと今東光和尚が、ダブって見えてしかたがなかったんだが…。

リハビリー・バンバン
前稿「親子の情愛」で2日前に同窓会を開いたことを書いたが、その時に親子の情愛以外のテーマとして、兄弟についても話題になっている。すぐ近所に住むY君の場合、遺産相続を巡って兄弟間で言い争いとなり、ついには法廷で争うに至ったという話をしてくれた。以降、一度割れた茶碗を元の状態に戻すことが出来るわけもなく、他の兄弟との絆は断ち切れたままだとY君は語るのであった。そうしたY君の赤裸々な体験を耳にし、Y君も人知れず苦労をしてきたんだなと分かったものである。

Y君らと酒を酌み交わしていた丁度その頃、BS朝日の「ザ・インタビュー」でビリー・バンバンがゲストとして登場、それを録画しておいたので翌日見たのだが、ビリー・バンバンも兄弟同士の諍いが過去にあったようで、一時は互いに一切口も利かなかったようだ。幸い、その後はお互いの蟠りも消え、ビリー・バンバンを再結成、今日に至っているようだ。そうしたビリー・バンバンの過去はともかく、亀さんは若い頃に耳にした「白いブランコ」、実に心に染みる歌だと思っているし、その他のビリー・バンバンの歌も同様の意味で好きだ。



再結成後は順調に見えた兄弟の人生だったが、2年前に弟の菅原進が大腸ガンで手術を受けたかと思うと、今度は兄の菅原孝が脳出血で倒れ、左半身不随になったということを今回初めて知った。その後の孝は懸命にリハビリに取り組んだこともあり、車イスの状態ながらもビリー・バンバンの復活を果たしている。「ビリー・バンバンじゃなくて、リハビリー・バンバンって言うんだよ」と弟の進が言った時、インタビュアの宮嶋泰子が思わず吹き出してしまったのが印象的であった。

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BS朝日の「ザ・インタビュー」は、毎週土曜日と日曜日の夕方に放送しているが、さまざまなジャンルの人たちがゲストとして招かれている。1時間近くのインタビューだけに、時にはゲストの人間性がモロに出ることもあり、人間を学ぶという意味で実に良い番組だと亀さんは思っている。

りりィ逝く
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1975年2月当時のりりィ、23歳

元シンガーで女優のりりィこと鎌田小恵子さんが、逝去したという新聞記事が目に飛び込んできた。1952年2月17日 (64歳)というから、ちょうど亀さんより一歳年上の姐さんだった。死因は肺ガンだったという。出演番組で最も印象に残っているのが、深夜食堂の第九話「アジの開き」で、ローズ美千代という粋な婆さん役で出演していた。

合掌。



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太田出版
映画脚本家・笠原和夫の考える昭和天皇および瀬島龍三について、今回取り上げるつもりでいたのだが、その前に『晩歌』を出版した太田出版、および翻訳者Yさんが提供してくれた人肉食の情報について、それぞれ筆を進めたい。最初に太田出版について取り上げる。

亀さんは昨日の拙稿「日本映画の悲惨な現実」で、以下のように書いた。なお、絶版本とあるのは、太田出版の『昭和の劇』(笠原和夫著)のことである。

1ヶ月前まではアマゾンなどで新刊を入手できたのに、どうして急に絶版になったのか、そのあたりの経緯は不明だ。


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実はこの太田出版、神戸事件の少年Aの手記『絶歌』の出版元でもあるのだ。そして、以下の記事を一読すればお分かりのように、最初は幻冬舎が出版するはずだったのに、急に太田出版が出版することになった、曰く付きの本でもある。1ヶ月ほど前に読んだ何処かのネット記事で、幻冬舎の見城徹社長が太田出版に圧力をかけ、『絶歌』を出させたとする記事を読んだ記憶があるのだが、『昭和の劇』のような硬派の本を出す太田出版らしくなく、何か裏がありそうだとその時は単に思ってやり過ごしていた。そこへ来ての『昭和の劇』の絶版、気になったので調べてみたところ、以下の記事を掘り当てたのである。
ナメクジだらけのHPよりもスゴい中身…少年Aが『絶歌』出版から逃げ出した幻冬舎・見城徹社長の裏切りを告発!

同記事は見城徹社長の人間を暴いた優れた記事であり、同時に見城社長は太田出版の岡聡社長と親交があることを知った。そして、何よりも亀さんが注目したのは以下の記述である。

 つまり、遺族の感情を考慮すれば絶対にあり得ない事件現場の写真掲載を、見城氏本人はノリノリで指示していた、ということになる。ちなみに、Aの手紙によれば、〈「これ(写真掲載)はやめたほうがいいな」と僕にアドバイスしてくださったのは、本当は太田出版の岡社長です〉という。


遺族の感情を慮る岡社長に対して、遺族の感情など念頭になく、少年Aの手記本を売ることしか考えていなかった見城社長とでは、人間として雲泥の差があることを見事に浮き彫りにした行である。

ともあれ、同記事を読んで見城社長の人間については、やはりなと思ったていどだったが、一方で岡社長はなかなかの人物と見た。だから、上からの圧力ていどで、『昭和の劇』を絶版にするはずがないことを、改めて確信したのである。だから、今回の絶版は単なる資金繰りの問題で、出版不況の今日にあって再版が困難なだけなのだろう。ちなみに、今朝アマゾンで確認したところ、昨日の拙稿「日本映画の悲惨な現実」で、『昭和の劇』取り上げたのが効いたのかどうか分からないが、ナント、ベストセラーになっていた…。

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、ここまでは、少年Aが神戸事件の犯人という前提で筆を進めてきたが、実は、少年Aは冤罪の可能性が極めて高いことを指摘しておこう。亀さん同様に冤罪だと確信しているのが、『神戸事件を読む』を著した熊谷英彦氏である。亀さんは同氏と幾度かメールのやり取りをしており、そのメールの一部を本人の了解を得た上で、以下に公開している。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/06/post_9f14.html

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なお、拙ブログでは数ヶ月前、『絶歌』について拙稿「堀の中の少年たちで紹介している。併せて一読いただければ幸いである。