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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
放知技 01
掲示板「放知技」で、消費税は詐欺であるという真実を、見事に白日の下に晒した一連のスレがあった(以下)。我が国で3%の消費税が導入されたのは1989年4月1日、爾来、30年の歳月が流れた。その間、我々国民は騙され続けてきた、ということになる。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/749-758/

何故、消費税が詐欺なのかという答えは、じっくりと上掲の一連の投稿を読めば分かるので割愛するが、今日は>>757の虹ちゃんのスレを取り上げたい。小生、10年ほど前から虹ちゃんの投稿には注目してきた。それわ、虹ちゃんのユーモアとエスプリが凄いからである。最近の虹ちゃんの投稿にも、鋭い投稿があったんだが、それわ、「しとりごと」への投稿だ。

輝けるヌポンの明日を真剣に考える省庁など存在しない

と思われがちだが・・・決してそんなことわない

気象庁だけわ ヌポンの明日を真剣に考えておるのだ

なんせかんせ・・・言い訳できねえから

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16580696/153/


稀少庁、でわなくて気象庁を〝除く〟、各省庁をツーレツに皮肉った投稿になっているのだが、お分かりいただけるだろうか…? 本スレで消費税と詐欺省、もとい財務省を痛烈に皮肉ったmespesadoさんの上掲の投稿もさることながら、虹ちゃんの投稿もなかなか…

それにしても、放知技が織り成す人間模様は実に面黒い…、でわなくて面白い。政治の堺のおっさん、経済のmespesadoさん、エロ三人兄弟(堺のYさん、オマンゴロウさん、亀さん)、次世代の放知技を背負うであろう〝若者〟トリオ、すなわち、出世外人さん、猿都瑠さん、そして八戸のマタタビさん、さらにはアマゾネス三姉妹(suyapさん、ぎのご怪獣さん、ままりんさん)と、あまりにも多彩で豪華な顔ぶれに目が眩むことであろう。その他、飲尿獣医さん、この世は焼肉定食さん、Conganasさん、kenichi2409さん、たかひろさんと、実に個性溢れる面々が雁首を並べている。

あっ、放知技最強の反面教師を紹介し忘れるところだった…

小生が本スレの>>488にも書いたように、放知技の若い読者に、「人間、吾輩のようになってはイケマセン!!!!」と、貴重な人生訓を垂れてくださるmukuちゃんだ。定年後、暇を持て余しているmukuちゃんについて、最も的確に評していたのは以下の投稿だ。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/743/

面白かったのが、mukuちゃんを指して「マウンティングじじい」という言葉。偶然なんだが、今朝、NHKのワイルドライフ・シリーズで「アフリカケニアの高原 サバンナのヒヒ 気遣いが力に勝てるか?」つうのを放送、マウンティングされる(する?)ヒヒを見て、思わずmukuちゃんを思い出した次第でR(爆)

mukuちゃん、無知にも負けず、暇にも負けず、放知技の若い読者のため、反面教師としての〝カガミ〟であり続けてくれ(懇願)!!!

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若者は嫌いだ
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NHKで「シリーズ 山田太一の世界」という番組をやっていたので見た。山田太一作「男たちの旅路」の第一部(1~3)という、今から43年前のドラマの一挙放送であった。1976年2月28日に初回放送とあるから、小生が新宿の朝日新聞専売所で働きながら、昼間は専門学校に通っていた頃だ。雨漏りがしそうなオンボロアパートの一室で、テレビのない生活を送っていたこともあり、「男たちの旅路」という番組については、今日に至るまで全く知らなかった。ちなみに、当時の小生は23歳であった。

この「男たちの旅路」についての山田太一のインタビュー記事がある。以下に一部を引用する。

 「男たちの旅路」は昭和51~57年、NHKの土曜ドラマ枠で全13話が放送された。警備会社を舞台に、特攻隊の生き残りのガードマン、吉岡(鶴田浩二)と、陽平(水谷豊)や悦子(桃井かおり)ら戦後世代の若者たちの衝突や交流を描き、世代間のギャップや社会問題を浮き彫りにしていった。

吉岡(鶴田浩二)が葛藤しながら若者に説教したり、自身の思いを告白したりする場面が今も強烈な印象を残す。山田さんは脚本執筆前、鶴田の自宅を訪れ、熱心に特攻隊の話をする鶴田の姿を見て物語の着想を得たという。


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何故に鶴田浩二は特攻隊にそれほど拘っていたのか? そのあたりを山田自身が語っている。

鶴田さんの演技には重みがあった。戦時中、同年代の特攻隊員が飛び立っていくのを間近で見ていた鶴田さんだからこそ、説得力があった。


特攻隊…、小生は数ケ月前に「知覧と特攻隊」と題するブログ記事を書いているが、その時に以下のようなことを書いた。

特攻隊を描いた映画は数多くあれど、「紙屋悦子の青春」より優れた特攻隊の映画はないように、個人的には思う。それは、当時の時代背景だけではなく、若くして散った青年らの心のうちを、余すところなく描いている映画だったからだ。


今日の平和な日本を思うに、特攻隊の若者たちを含め、外地あるいは内地で散っていた若者たちの心境を、今でも時折思うことがあるのだし、そのたびに胸が痛む自分がいる。それでもなを、戦争の実体験がある鶴田の世代と、その子供にあたる小生の世代との間に横たわるギャップは、途方もなく大きいと気づかされるのである。そして、この両世代間を較べるに、人間としての重みが全く違う。

たとえば、「男たちの旅路」に登場する、チャラチャラ感一杯の陽平演じる水谷豊を見ていると、やはり水谷が出演していた「傷だらけの天使」というドラマを思い出す(同ドラマについては、拙稿「兄貴ィ~」で取り上げている。)のだし、そうしたチャラチャラ男を演じる水谷を見るたびに、水谷と同世代である当時の自分を見ているような錯覚に陥ること、しばしばであった。

ここで、山田太一、水谷豊、桃井かおりが「男たちの旅路」を振り返るという、貴重なビデオが残されている。



自分が、友が、明日には確実に死ぬという、今の日本人には想像すら及ばぬ体験をしてきた鶴田浩二の世代が「大人」とすれば、鶴田の子供に相当する小生の世代は未だに「子供」である。そのあたりは、上掲のビデオに出てくる水谷の、「当時の鶴田さんと同じ五十代になったけど、未だに大人になったという実感がわかない」という言葉が如実に物語っている。それが、口から突いて出る言葉が甘っちょろい理想論ばかりの若者への、「若者は嫌いだ」という鶴田演じる吉岡の言葉となった。

戦争への悲惨さについて現実感が一層薄れた我々の子供世代の場合はどうか? そのあたりは、戦争発言で問題となった丸山穂高衆院議員が好例である。戦争体験のある親を持つ小生世代からみれば、そのまたこどもの世代に相当する35歳という丸山議員を見るにつけ、まさに戦争の悲惨さが一層薄まってきていることが感じ取れるのだ。
丸山議員の“戦争”発言に「ああ、きたか」 平成最後の夜、82歳のヤマタクが語ったこと

丸山議員のような戦争観を持つ若者は一部だけと願いたいが、今の平和は誰のお蔭なのか、平和な日本を当たり前のように受け止めている若者に、一度は鶴田世代の言葉に耳を傾けて欲しいと思う。
神風特攻隊――現代の若者たちはどうみているのか

小生は今の若者に対して、鶴田のように「若者は嫌いだ」などとは、口が裂けても言えない。何故なら、戦争観については今の若者と五十歩百歩と思っているからで、事実、実際に空自に三年間身を置いた下の息子の方が、小生よりも遥かに平和の尊さを身体で分かっているからだ。

ともあれ、令和の御代に突入してからというもの、世界の動きが急に慌ただしくなってきた。これは、戦争以上の壮絶な体験、文字通り五百年、千年に一度という大転換期が確実に迫っていることと無関係ではない。そうした大苦難を今の若者に乗り越えて欲しいと切に願うのだし、大変な時代を生きていくであろう若者のため、この上は飯山史観という一つの羅針盤を一刻でも早く遺さねばと思う。

【追加1】
戦争だけではなく、日本経済の実態についても、今の若者に深く知って欲しいと思う。その意味で、掲示板「放知技」の重鎮mespesadoさんの以下の投稿、日本経済の実態を一層深く把握するためにも、一度は目を通すといいだろう。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/587/

ちなみに、mespesadoさんは文末で以下のように語っている。

今回の5月18日の山形県で行った講演の中身である。ただ、その講演は2

時間という長い講演だったので、オカネの誤解を解くためのエッセンスの部

分だけを抜粋したのが今回の書き込みの内容です。


mespesadoさんの講演が一冊の本になって上梓されているので、一度手に取っていただけたら幸いだ。

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【追加2】

運命を変える
二年前、NHKスペシャルの「人体」シリーズを取り上げ、「山中伸弥と巨大利権」と題した記事を書いたことがある。

その「人体」シリーズの続編ということで先週と今週にかけ、「人体II」シリーズが放送されたのだが、その主テーマは遺伝子であった。特に、「第2集・“DNAスイッチ”が 運命を変える」を興味深く見た次第である。ちなみに、同シリーズの内容がNHKのサイトで紹介されていた。

DNAが運命を決める―。そんな常識が今、「DNAのスイッチ」の発見によって覆されようとしている。なんと、このスイッチのONとOFFが一人ひとりの体質だけでなく、能力まで決めていることが分かってきた。さらに、がんや糖尿病などの病の発症までDNAのスイッチが左右していると言うのだ。最新研究は、DNAのスイッチを自在にコントロールすることを実現。人類の運命を大きく変えようとしている。

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上記の紹介文にある「DNAスイッチ」とは、DNAメチル化酵素を指しており、この酵素がDNAスイッチをオン・オフしているとのことだ。たとえば、ガンのDNAスイッチがオフになると、ヒトは途端にガンになる可能性が高まるらしい。だが、再びDNAスイッチをオンにすると、ガンの進行が止まるだけではなく、場合によってはガンが小さくなっていき、やがて消滅していったケースもあったとのこと。

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DNAスイッチオンの効果は、ガン、心筋梗塞、糖尿病、メタボといった病気だけに限らないようで、芸術やスポーツといったDNAスイッチをオンにすると、第二の羽生結弦、大坂なおみ、藤井聡太に、貴方もなれる鴨(爆)。

■記憶力アップ
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→ NHKはランニングを勧めており、どうやら運動が記憶力アップに良いらしい。尤も、ランニングに限らず、ヨガ、徒歩、ゴキブリ体操なども記憶力アップにつながるかもしれない…。最近の小生、記憶力がダウンしたのも、「もっと運動せよ」という天の声?

■音感アップ
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→ NHKはピアノの練習が良いという。番組を見た限り、どうして他の楽器では駄目なのかは分からずじまいであった。それはともかく、過去の記事で亀さんの歌は落語の域に達していると書いたが、そのあたりは今年の二月、数名の落語家の前で実証済み(爆)。だから、音感アップはホント、望むところwww

■精子の正常化
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→ 両親が過食気味であったり、メタボであったりすると、精子の過食・メタボといったDNAスイッチがオンになり、そののまま子ども、孫へと受け継がれていくのだとか…。ということは、メタボ気味の男性はメタボDNAスイッチをオフにするためにも、運動が不可欠ということになる。将来、本当に「精子トレーナー」という職業が誕生する鴨…

また、DNAスイッチは非常時にオンになることが判明したという。スコット宇宙飛行士が一年近く宇宙ステーションに滞在した後、同飛行士のDNAスイッチを調べたところ、ナント、何千ものDNAスイッチがオンになっていたという。これは、危険な宇宙線を浴びてDNAが傷つきかねない、宇宙飛行士の身体を守るためのようだ。また、無重力の状態で長期間にわたり滞在するので、どうしても骨が脆くなる。それを防ぐ手段として、骨の強度を維持するDNAスイッチが入るらしい。思っていた以上に、我々の身体は凄い適応能力を秘めていることを知った。

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ここで、記憶力アップや精子の正常化に、適度な運動が良いとNHKは語るのだが、それなら何故にガンといった病気で頼れるのは薬だけと説明するのか…。このあたり、「病院に行くと殺される!」や「医は算術」を書いた身として、腑に落ちないんだがー。

阿弥陀堂だより
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昨日、NHKで放送された映画「阿弥陀堂だより」、幸い本日の仕事は早めに終わったので先程まで鑑賞していたが、実に心洗われる映画であった。

同映画のロケ地は長野県飯山市。新緑が眩しい五月から、フキノトウが芽を出す翌年の早春まで、飯山市の美しい自然をアクセントに物語は展開する。医療の最先端で活躍していた上田美智子(樋口可南子)は、パニック障害を病んで夫である上田孝夫(寺尾聡)の古里に引っ越し、阿弥陀堂という小寺で独り生活する、おうめ婆さん(北林谷栄)との心温まる交流を重ねていく…。以下のサイトにアクセスすれば、飯山市の自然の織り成す美しさと、同映画の粗筋を同時に味わうことができよう。
シネマ紀行

所々のシーンが脳裏に焼き付いたが、特に印象に残ったのがラストシーンで、44歳にして子供を授かった美智子が嬉しそうに夫に報告する姿を見て、おうめ婆さんの姿が浮かんだ。「人の一生」や「今を生きる」を書いた身として、96歳のおうめ婆さんと、これから生まれてくる新しい命、どこか心に迫りくるものがあった。

数々の珠玉の言葉も忘れ難い。特に、小百合(小西真奈美)の以下の言葉…

小説とは、阿弥陀様を言葉で作るようなものだと思います。




【男はつらいよ】
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上掲の映画を観ながら、脳裏に浮かんだのが「男はつらいよ」であった。「阿弥陀堂だより」に出演した俳優の多くが、「男はつらいよ」にも出演している…

「寅次郎夕焼け小焼け」 寺尾聡
 元気だった頃の寺尾の父・宇野重吉と岡田義子の共演は、山あり谷ありの人生を歩んできた人間ならではの名演技だったと、今にして思う。

「寅次郎恋愛塾」 樋口可南子
 1985年8月3日に公開の作品なので、当時の樋口可南子は27歳、思わず見蕩れてしまう美しさである。一方、「阿弥陀堂だより」の樋口は44歳になっていたが、年齢とともに滲み出る内面的な美しさを見事に出していた。

「旅と女と寅次郎」 北林谷栄
 佐渡の民宿・吾作のおばあちゃんを好演しており、実に味わいあるシーンだった。都はるみが民宿で歌う「矢切の渡し」も強く印象に残る。

「寅次郎春の夢」 香川京子
 拙稿「寅さんと翻訳」参照。

「望郷篇」 井川比佐志
 井川の出た「望郷篇」は、拙稿「寅さんのことば 第2部 24」でも取り上げているが、むしろ、同じ山田洋次監督の撮った「家族」(1970年)の方が印象に残る。あれは、実に良い映画だった。

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「浪花の恋の寅次郎」(1981年)~「寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」(1997年) 吉岡秀隆
 諏訪満男役だった吉岡秀隆も今年で48歳(1970年8月12日生)、子役時代のイメージが強いので、モー五十路も目の前かと、何んだか信じられない気分だ。

戦意高揚の歌?
ロシアのスプートニク紙に載った、以下の記事に目に留まった。
明治天皇の歌引用、首相「正当」 戦意高揚、反平和主義批判に反論

この短い記事は、安倍総理が今年1月の施政方針演説で、日露戦争時の明治天皇の御製、「敷島の大和心のををしさは 事ある時ぞあらはれにける」を引用したことに対して、立憲民主党会派の小西洋之氏が、「日露戦争で国民を鼓舞した歌」と批判したという内容であった。その小西議員に対して安倍総理は、「平成は災害が多く、困難に直面したが、皆で頑張っていこうとの趣旨だった」と反論を述べている。

言いだしっぺは、天皇陛下在位30年記念式典に党として出席しない旨表明した、共産党の志保和夫委員長のようで、このあたりの背景は以下の記事が詳しい。
https://twi55.com/abe20190129/



この明治帝の御製だが、旧ブログで記事にしているので、関心のある読者に一読してもらえたら幸いだ。
ををしさ

目を転じて昨今の国会中継を眺めるに、共産党や立憲民主といった野党には呆れるばかり…。そのあたりについて、亀さんは掲示板「放知技」で以下のように書いた。


一昨日の夕方、仕事を終えたのでテレビをつけたら、国会中継をやっていたので見たんだが、国会という公も公の場で質問していた女性議員、タコにもイカにもふてぶてしい態度、だらしのない仕草、言葉遣いも乱暴、礼儀作法のレの字も知らなそうなオバさん…、よく見ると森裕子だったwww 阿保らしい質問の連続なので、途中でチャンネルを変えたものでR。

嫌な気分にさせられたので、気分直しに久しぶりに三原じゅん子の動画を見て、スカッとした(爆)
https://www.youtube.com/watch?v=1wXKmgHDR7M

暫くして再び国会中継にチャンネルを回すと、今度は堀井巌という議員が質問をしていたが、各大臣の答弁が終わるごとに「ありがとうございます」と、礼儀正しかっただけではなく、背筋を伸ばし、質問の内容も真っ当なものだった。なによりも、民衆のことを心から思っているのが分かるのだし、そうした質問の連続だったのには大いに好感を持てた。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/137/




村田らむ
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大分前から、東洋経済に寄稿している村田らむ氏に注目している。それは、拙稿「釜ヶ崎」でも紹介したような、社会の底辺に生きる人間像を描く、同氏の筆が実に冴えているからだ。たとえば、「20代無職の男が大阪・釜ヶ崎で見出した希望」といった記事だ。むろん、それだけではない。サラリーマンから起業した人たちのルポも面白い。

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こうした多様な男女の生き様を読むにつれ、新しい元号に切り替わる次の時代こそ、婆娑羅の時代になるのではという予感がする。それまでは、『東光のばさら対談』の記事を一読してもらえたら有難い。

柴田錬三郎
井上ひさし
戸川昌子
野坂昭如
平岩弓枝
瀬戸内寂聴


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なを、婆娑羅と言えば楠木正成だが、この正成を今東光は高く評価していた。その意味で、今東光と奈良本辰也の対談も、南北朝に関心のある読者にとって必読だ(下線は亀さん)。
今東光×奈良本辰也対談 1

奈良本 日本の最初の歴史哲学は『愚管抄』ですよ。歴史の発展は道理の経験だということをいって一本通している。これもやっぱり慈円が比叡山の上におって、関東の荒武者どもが入ってきて、今まで立っておった貫主の地盤がみながらがらと崩れていくのを見ながら書きあげたのが『愚管抄』ですからね。歴史というのは、やっぱりそれで書かれたやつは本物なんです。これまでの一切の知識をばーっと吸い出されるんですね。太平に慣れていると昔やったことを忘れているけれども、そういう時になってくると、やっぱし出てくると思うんだね。
今東光×奈良本辰也対談 4

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奈良本辰也(左)と今東光


また、毎晩少しずつ和尚の『毒舌日本史』を再読している。それは、現在編集中の飯山史観で南北朝を扱うからだ。殊に、楠木正成についての和尚の筆は鋭く、大変参考になる。ともあれ、今東光和尚の楠木正成観、「飯山史観」の南北朝編で取り上げる予定だ。

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大野和士×原田マハ
NHKの「SWITCHインタビュー 達人達」、気にいっている番組の一つということもあって大方は録画しているが、如何せん普段は仕事に追われていて、せっかく録画してあるのに殆ど未だに鑑賞していない有様だ。幸いにして、先週末あたりから仕事も一段落したこともあり、せめて最近録画した分だけでもと見始めたのだが…。

先週土曜日(2月16日)に放送された「大野和士×原田マハ」、思わず身を乗り出したほどであった。と言うのも、対談者の一人である原田マハ女史が元学芸員だったからで、実は亀さんの従姪夫婦も二人揃って学芸員だ。だから、学芸員とはどのような仕事をするのか、日頃から興味を持っていたのだし、それが同番組を見始めるきっかけとなった。そして、原田女史が「学芸員」とは「プロデューサーのようなもの」と語るのを聞くに及んで、なるほどと思った。

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学芸員から作家に転身した原田女史、数多ある彼女の作品の中で、代表作ともいえるが『楽園のカンヴァス』という作品のようで、天才画家のルソーとピカソの二人を登場させている。

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対話が進み、やがて「言葉」についての話題に移ったのだが、その中で原田女史は以下のように語った。

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つまり、読者が頭にイメージできるような文章を、原田女史は常に心がけているのだという。その言葉を耳にして、我が意を得たりの思いだった。何故なら、亀さんも旧ブログを含め、いろいろとブログ記事を書いてきたのは、最初の頃は日本語力を向上させるという目的があった。だから、読者に自分の文章をビジュアルに頭の中で描いてもらえるだろうかと、考えながら推敲するのを常としてきたのである。ただ、未だに己れの文章力は未熟だと思うし、そのため画像ファイルというビジュアルの力を借りているわけだ。こうした方法で漫画チックなブログを15年近く書いてきた。ホームページ時代も含めれば、1998年にホームページ「日本脱藩のすすめ」を開設して以来、かれこれ20年以上にわたってネットにあれこれ書いてきたことになる。そうした地道なことを続けてきたこともあり、最近は漸く人様に読んでもらえるような文章になってきたかなと思う。尤も、ここ数年は己れの日本語力を磨く為というよりは、次に続く若い世代のために〝遺言〟として遺しておきたい、という気持ちの方が強い。

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原田女史には、なかなか書く踏ん切りがつかなかった画家が一人いた。その画家とは、あのゴッホ…。それでも、漸くにして女史はゴッホの晩年の作品「星月夜」を叩き台に、『たゆたえども沈まず』(幻冬舎)という作品を世に出している。また、日本人画商の林忠正が登場しているということで、機会があれば手に取って読んでみたい本だ。

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次に指揮者である大野和士氏だが、2018年9月1日に新国立劇場の芸術監督(オペラ部門)に就任している。その大野氏がタクトを振る練習光景を新国立劇場で見た原田女史、流石は言葉のプロであるだけに、言葉にまつわる鋭い質問を大野氏に投げた。

演奏の仕方などについて大野氏が、オーケストラ楽団員に言葉で色々と伝える前と後では、明らかに異質の演奏になっていることに、原田女史は気づいたのだ。そこで、原田女史は大野氏に問うた。「楽団員に伝えた言葉、これは予め練りに練って考えてきたものなのか、それとも、インスピレーションで脳裏に浮かんだ言葉が口をついて出てきたものなのか?」と。それに対して大野は以下のように答えた。

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つまり、譜面に集中し、作者の心を掴もうと悩みに悩み、そして一心不乱にタクトを振る…。すると、作者の心、魂が大野氏に乗り移ったような体験をするのだという。その上で大野氏は、「(私は楽団員に)このように演奏して欲しい」と、一本の目に見えぬ糸のようなものが頭に浮かび、それが自然に言葉になって口をついて出てくるのだと語る。この大野氏の「糸」という言葉の持つ意味については、大野氏と原田女史の間で交わされた、ベートーヴェンから始まってタクトを振る練習に至るまでのシーンで語られている。

もう一つ、思わず身を乗り出した大野氏の言葉があった。それは、大野氏がクロアチア紛争中も、タクトを振り続けていたという話だ。また、紛争の間、大野氏と楽団員は一度も定期演奏会を休まなかったという。

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さらに感動したのは、紛争という大変な時期であったにも拘わらず、平和時よりも却って大勢の人たちが演奏場に駆け付けたという実話だ。この大野氏の言葉を耳にした時、咄嗟に脳裏に浮かんだのがフルトヴェングラーだった。そのあたりについては、旧ブログでも紹介した宇野功芳氏と中野雄氏の言葉を、ここでも再掲しておきたい。

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シューベルト《グレイト》ベルリン・フィル 1942年

・おそらく彼(フルトヴェングラー)の数多いレコードの中で最も、燃え切り、自己の内面を赤裸々にさらけ出したのは、ベートーヴェンの《第五》とこのシューベルトの《グレイト》であろう。(宇野功芳)

・(第二次大戦という状況下における)指揮者(フルトヴェングラー)と楽団員の明日なき思いが聴く者の胸を抉る。(中野雄)

クラシックのすすめ


さて、オペラ部門の芸術監督に就任した大野氏、本邦初の日本語によるオペラ、『紫苑物語』をプロデュース、先々月の1月31日に上演の運びに至っている。その『紫苑物語』、BSプレミアム「プレミアムシアター」で3月25日に放送されるとのこと。これは是非に録画し、鑑賞したい。何故なら、大野氏の作品は、日本のオペラに「革命」を起こすという予感がするからだ。

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【追記】
音楽は心をつなぐ


釜ヶ崎
NHKの「新日本風土記」という番組、民俗学に関心のある身として毎回放送を楽しみにしている。しかし、時には社会の底辺を描いた番組も放送されることもあり、しかも内容的に実に興味深い。たとえば、「東京の夏」という番組を新日本風土記で放送したことがあるが、その中でテキヤが登場するシーンがあった。このあたりは拙稿「プロポーズを受けたら、二つ返事でOK…」で簡単に取り上げたことがあるが、今回の「釜ヶ崎」も実に良かった。

大阪市西成区にある通称・釜ヶ崎は、日本の経済成長を支えてきた労働者の街だ。その日暮らしをする人々、彼らを支える街の人たち……。冬の釜ヶ崎の今と、人情を見つめる。

釜ヶ崎の朝は日の出前から始まる。仕事をあっせんする手配師と呼ばれる人々と、その日の仕事を求める人たちとの交渉の様子を紹介。現場は? 賃金は? 50年以上続いてきた光景だ。いま街では高齢や体の不調で働けない人たちが多くなっている。そんな彼らを癒す憩いの場とは? 

また、人々の人生が詰まった貸しロッカーの中身も取材。その中に入っていたものとは? 厳冬の季節になると毎年路上で亡くなる人も。そうさせないために夜の街で行われている大人たちや子供たちの取り組みも紹介する。


西が釜ヶ崎なら、東の〝釜ヶ崎〟が山谷だ。そして、山谷という言葉に接すると、岡林信康の「山谷ブルース」を思い出さずにはいられない。



「人は山谷を 悪くいう だけど俺たち いなくなりゃ ビルもビルも 道路もできゃしねぇ」と歌う、岡林の言葉が胸に突き刺さる。「釜ヶ崎」でも以下のシーンが…。

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また、以下のシーンも強く印象に残った。

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釜ヶ崎ガイドツアー

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中年男性(53歳)が入社式に着ていく服を探していたところ、、100円のジャケットをゲット

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釜ヶ崎で生まれ育つ子供たちが、路上生活者に食べ物を配る…

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英語かたりの会
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今年古希を迎える人生の先輩が、ナント高座を務めることになったということで、両国の「お江戸両国亭」に行ってきた。

英語で落語…? そんなことが可能なのかと思いつつ、二時間半にわたって英語による落語を聞いてきたのだが、実に楽しい一時を過ごすことが出来た。受付でもらったパンプレットには、友人について以下のような紹介が書いてあった。

市川忠雄
劇作家、演出家の森田等主宰の「演劇娯楽部十人十色」のメンバー。銀座博品館劇場での朗読劇「マクベス」にて初舞台。英語落語家の鹿鳴家英楽氏と英語パフォーマンス「ワーズ オブ シェイクスピア」で共演、また現在は、日本の民話、小泉八雲作品、詩などの語りパフォーマンスを毎月各種イベント、学校などで精力的に行っている。




その後、先輩と一緒に落語家との打ち上げ会に参加させてもらい、大いに語り合ってきた。英会話学校の講師を務めているというアメリカ人もいたので、遠慮なく日本語で語りかけた。彼のガールフレンド(奥さん?)も隣に座っていたので、日本語で話しかけてみたのだが、やけに日本語が上手い…www。そこで、「失礼ですが国籍はどこですか?」と尋ねてみたところ、ナント生粋の日本人だという。彼女を含め、安倍昭恵さん似の市川さんの知人や、「めし田」さんというスタンダップコメディアンらと、楽しい語らいの一時を過ごした。殊に、隣に座っていた「めし田」さんの話は実に興味深く、めし田さんが舞台で話題に持ち出していたAI、思うところがあったので、いずれ記事にしてみたいと思っている。

最後に、打ち上げ会で小生の話に耳を傾けてくれた皆さん、小生が言及していたテーマの詳細は、以下の拙稿が参照になると思うので、時間のある時に一読していただければ幸い…。

●日本が奴隷国家から半奴隷国家になった運命の日
ワクワクする新時代
運命の週末

●先月、志布志を訪問して古墳群を巡ってきた背景
飯山史観

●明智光秀は天海…?
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16034724/469-472/
信長の正体

市川さん、そしてめし田さん、これからも頑張れ、ファイト~ォ!

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一日一生
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先月21日に秩父山地の麓を発ち、22日から23日にかけての二日間、志布志を訪問してきた。そのあたりの詳細な報告は「古墳時代」シリーズで書くとして、今回は帰路の池袋で手した五木寛之の著、『百歳人生を生きるヒント』の読後感を簡単に書いておこう。

帰りに西武池袋線の池袋駅構内にある書店に寄り、五木寛之の『百歳人生
を生きるヒント』を入手しました。確か、飯山さんがHPに取り上げていた五木
の本は、これだったと朧気ながら記憶していたので、迷わず手にしました。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16557737/803/


帰宅後、故飯山一郎さんのHPを確認したのだが、五木の本は五木の本でも、上掲の『百歳人生を生きるヒント』ではなくて、『孤独のすすめ』であった。そこで、改めて飯山さんが五木について言及した箇所を以下に再掲しておこう。

まず考えられるのは,人には「何がなんでも生きていたい」という本能,“生存欲”があるからだが…

笑われるのを承知で言えば,私は「この世界がどう変わっていくのか,見ていたい」だけなのです.
日本だけでなく,アジアが,世界全体が,この先どのような変貌を遂げていくのかを目撃したい.知りたい.そのために長生きがしたいと思う.


上の青い字の文章は,五木寛之著『孤独のすすめ』からの抜粋ですが…,ワシも全く同じ気持ちです.

しかし,老いも若きも,基本はヘルシ~であること!これっきゃない.
身体だけでなく,心も,考え方も,行動も,ヘルシ~であること!
グズグズネチネチ 何事にも文句をタレるよ~なシトは不健康だ.
明るくて元気なこと.くよくよ心配しないこと.カネに拘らないこと.
あと,スケベであること.多読であること.しょっちゅう旅に出ること.
こんな人生を↑目指しましょう.
http://grnba.jp/more108.html#ai01171


五木の「この世界がどう変わっていくのか,見ていたい」という言葉に対して、飯山さんは「ワシも全く同じ気持ちです」と書いているが、それだけに突然のこの世との別れ、さぞかし心遺りだったに違いない。

その五木の『百歳人生を生きるヒント』を通読して、今回思ったことは以下の二つの言葉である。

■一日一生

私は一日一生という言葉や、明日のことを思い煩うな、という言葉に勇気づけられます。

ともかく、何があっても、今日一日を生き延びればいいんだ。明日は明日が勝手にどうにかしてくれるのだから……ここには何かを手放したような開放感が感じられます。

長い老後のために、いくら蓄えておけばいいのか、思い煩うこともしない。

『百歳人生を生きるヒント』p.180


雑誌系のネット記事の見出しを読むだけでも、「老後破産」、「老後に必要なお金」、「人生100年時代の健康法」といった類の文字が躍っている。しかし、老後のことをアレコレ心配しても、どうなるものでもなく、掲示板「放知技」にたびたび登場する、「グズグズネチネチ 何事にも文句をタレるよ~なシトは不健康」な輩に陥るだけだ。その意味で、「身体だけでなく,心も,考え方も,行動も,ヘルシ~であること!」と主張する飯山さんの言葉、この機会に改めて噛み締めておきたいものだ。

■見えない世界

生まれたばかりの赤ん坊は、見えない世界の感覚で、この世を生きています。それが歳を経るごとに、見える世界の部分が多くなり、もう見えない世界の記憶などまったく忘れてしまう。

それが人生の後半になると、いままで影を潜めていた見えない世界とのかかわりがふたたびはじまり、自分の中の、見える世界と、見えない世界との割合が逆転してくる。そして、軸足が徐々に見えない世界に移っていくのではないでしょうか。

『百歳人生を生きるヒント』p.207~208


読者が五十代に突入前の年代であればピンと来ないかもしれないが、人生も後半に差し掛かると、あれこれ見えない世界について考えることが多くなるのだし、今後は時折「見えない世界」について書きたいと思っている。

ともあれ、ここ一ヶ月ほどは仕事に追われ、ブログ更新どころではなかったのだが、漸く一段落した今、再びエンジンをかけて記事を更新していきたいと思っている。