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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
河野太郎の天皇観
7月31日を最後に、一ヶ月近くブログ記事の更新が滞ったが、その間にも国際情勢は刻一刻と目紛るしく変わり、書きたいと思った米中衝突シリーズのテーマが次々と出てきた。だが、今や個人的に最も関心を抱いているのは、二ヶ月後に迫った大統領選だ。だから、数日前に行われた民主党大会と共和党大会の諸スピーチ、自分的には一通り聴いてみたいとは思っていたが、時間的な余裕がなく、忸怩たる思いをしていた。そんな折、ケント・ギルバード氏が民主党大会で行われたスピーチを、一通り聴いた上での感想を述べた動画をアップしていたので、以下に紹介しておこう。米国大統領選挙の行方を占い、今後の米国における潮流を掴む上で優れた動画であり、かつ民主党の正体を白日の下にさらした動画だと云えよう。


ケント・ギルバートが感じた『恐ろしい米民主党大会の裏側』

さて、今回のテーマとして、過日の河野太郎による皇室発言を取り上げたい。詳しくは、以下の産経新聞の記事を参照のこと。
河野防衛相が女系天皇容認論 次の天皇「内親王のお子さまも」

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掲示板「放知技」では、同テーマについての投稿は今のところないが、小生が登録している「世界のかわら版」の場合、以下のような感想を述べていた。


河野防衛大臣、女系天皇容認発言以上の発言

概ね、エドワード氏の意見には賛同するが、河野防衛相が斯様な発言をするのも、同氏の過去の歩みを鑑みれば、これは致し方ないことだと思う。そのあたりについて理解しておくことは、実は大変大切なことなので、以下に簡単な解説を試みておきたい。

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小生が二十代の頃、河野氏の父親である河野洋平の政治活動に、大変期待していた一時があった。河野洋平を熱烈に支持していた福島の親友に勧められて、『拍手はいらない―新しい政治を求めて』(河野洋平 PHP研究所)を入手して目を通したこともある。その親父の息子ということで、小生は河野太郎氏の政治活動のニュース等に時々目を向けてはいたが、所詮はその程度であった。だが、果然同氏の言動に注目し出したのは、2015年10月7日、第3次安倍第1次改造内閣において、国家公安委員会委員長、そして内閣府特命担当大臣として初入閣を果たした時からである。その後の同氏の言動については、概ね小生は好意的に捉えていたものの、一方で何処か「引っ掛かる」ものがあった。それは、同氏がジョージタウン大学卒(国際学部比較政治学)だったということである。

同大学のOBにビル・クリントン前米国大統領(民主党)の他、ロバート・ゲーツやジョージ・J・テネットといった、歴代のCIA長官が目に留まる。日本人では河野氏の他に、国連高等難民弁務官だった緒方貞子女史、前衆議院議員で現在は群馬県知事の山本一太氏らも、同大の卒業生であることはつとに知られている。加えて、拙稿「米中衝突と媚中派」で小生は、CSIS(戦略国際問題研究所)というシンクタンクを取り上げているが、CSISは1962年にジョージタウン大学が設けたシンクタンクであり、後に学外組織としてスピンアウトして今日に至っている。

その意味で、ジョージタウン大学卒である河野氏の言動については、なんとなく「引っ掛かる」ものがあったのであり、そのため一歩距離を置いて同氏の言動に注目していた次第だが、今回の発言(上掲の産経新聞記事)を読み、漸く今までの「引っ掛かり」の正体が明確に浮き彫りになった形だ。

その正体とは、ズバリ、河野氏の天皇観、すなわち日本観の底の浅さである。小生は拙稿「貴族の時代 03」で以下のように書いた。

この「平等」という思考行動様式が、日本人の民族気質になったのも、日本列島が北半球では唯一の温帯に属する列島だったからだと武田氏は語っていたが、このあたり、上掲のブログ記事で小生が主張した、「日本列島に答えを求めるしかない」と根底で繋がっているのだ。そうした他の地域にはない、「平等」という民族的気質を醸成した、日本列島に住む人たちの間から世界唯一の「天皇」が誕生した。つまり、世界の他地域で誕生した「王様」とは、根本的に異なるのが天皇なのである。


今でこそ、上掲のような天皇観を持つに至った小生だが、嘗てはそうではなかった。寧ろ、五十代前半あたりまでは今の河野氏と同様な天皇観の持ち主だったのである。ちなみに、河野氏は1963年1月10日生まれと、1953年生まれの小生とはちょうど十歳の年齢差がある、しかし、五十代後半以降の小生は、次第に河野氏のような天皇観から脱却できたわけだが、それは個人的な人脈が国際派の人たちから民族派の人たちへと、変わりつつあった時期と一致している。

ここで、河野氏と小生の若い頃について述べてみたいと思う。

河野氏も小生も十代の頃、アメリカでの留学生活を体験している。河野氏の場合は1981年(昭和56年)4月に慶應義塾大学経済学部経済学科に入学するも二ヶ月で退学、その後は渡米し、最終的には1985年12月にジョージタウン大学を卒業している(河野氏は途中でポーランド留学もしているのにも拘わらず、僅か三年ちょっとで同大を卒業しているのは意味深長だ)。小生の場合は卒業こそしなかったものの(貧乏だった上、卒業するだけの学力もなかった)、サンフランシスコ大学での留学を体験した後、帰国して民間の会社数社に務めた後、45歳を境にサラリーマン世界から足を洗い、独立開業の世界(翻訳)に飛び込んでおり、爾来二十年以上の時が流れた。

神計らいで、その後は民族派ジャーナリストの山浦嘉久さん、世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長といった、民族派とでも云うべき人たちとの知遇を得たことで日本文化に覚醒、今日に至るわけだが、一方の河野氏の場合はウィキペディアの「河野太郎」項に目を通せば分かるように、民族派の人たちとの交流は殆どなかったことが分かるのだし、今でも国際派の人たちとの交流が中心であること、容易に気づくはずだ。

個人的な体験から云えば、一度は多くの民族派の人たちとの交流の体験を持たないことには、その人の持つ日本観、ひいては天皇観が底の浅いままで終わってしまう恐れが高く、今の河野氏もその例外ではない。よって、河野氏の場合、外務大臣といった要職までは任せられるものの、とてもではないが総理大臣を任せたくない人物であると、今回の発言でつくづく思った次第である。

では、来年の九月に任期を終える安倍総理の後継者に、誰がいるかと改めて問われれば、一人だけいると今のところ答えるしかない。それは、安倍晋三その人である。そのあたりは、日本の大手マスコミが決して取り上げることのない、最近のインドとの交渉に向けた成果からもそのように確信できるのだし、日本観・天皇観についても、安倍総理のそれは本物なので、安心して日本を任せられると云えよう。
2020年9月にモディ首相と日印首脳会談

ちなみに、安倍一族は現在の皇室よりも格が上であること、脳裏に刻んでおこう。
安倍晋三のルーツ

【追補1】
以下は、某国際コンサルティング会社のホームページに掲載された拙稿である。14年前(53歳)当時の己れの日本観が赤裸々なのは恥ずかしい限りだ。

最終章 思い出のサンフランシスコ
西漸運動が盛んだった19世紀のアメリカ。当時の若者たちの血をたぎらせたスローガンに“Go West, young man.”(若者よ、すべからく西部へおもむけ)がある。その言葉を地でいくが如く、グレイハウンドのバスに乗ってニューヨークを発った私はひたすら西を目指した。4日目の朝、バスがベイブリッジを渡った時、一ヶ月ほど前に数日間滞在しただけの街なのに、妙な懐かしさを覚えたのは何故だったのだろうか。

そのサンフランシスコには一年半近く暮らした。最初はアダルト・スクールという、アメリカに移民して来た人たちを対象にした無料の英会話学校に通った。そのアダルト・スクールには世界中の国々から若者達が集まっていた。殊に中南米の若者が多く、半年間にわたって中南米を旅した私は瞬く間に彼らと友達になったのであり、今では良い思い出だ。当時の筆者はサンフランシスコの中心街に近いアパートに住んでいた。そして、折りあるごとに中南米の友人をアパートに招待しては、ニューヨークで覚えた日本料理の腕ふるいご馳走を振る舞ったのである。彼らとは喧嘩をしたこともあるし、情熱的な中米の女の子と恋に落ちたこともあった。

その後、ふとしたきっかけでサンフランシスコ大学の今村茂男教授と知り合い、同大学に通うことになった。同時に、新聞の求人欄を見てハウスボーイ(簡単な家の手伝いをする代わりに、部屋を提供してもらって学校に通う青年の意)の仕事を探した。何軒目かの家に電話を入れ、ようやくハウスボーイとしてアメリカ人の老夫婦の家に住み込むことが決まった。場所はサンフランシスコの街全体を眺望できるツインピークスにあった。サンフランシスコ大学へも近いので都合が良かった。講義のない日は家の回りの簡単な芝刈り、家の中の掃除を行った。老夫婦との日常会話は当然英語であり、ここでかなり英語力、特にヒアリングが伸びたように思う。その家の娘さん夫妻が時々里帰りしてパーティを開いていたが、その時に知り合ったアメリカ人の友人たちとは今でも毎年クリスマスカードの交換を行っている。

サンフランシスコ大学時代の今村先生は、残念なことに8年ほど前の1998年に姫路市で76歳の生涯を閉じている。その今村先生が遺した本に『神風特攻隊員になった日系二世』(今村茂男著 大島謙訳、草思社)というのがある。同著の書評を書いた他の読者も異口同音に述べていることだが、同書で一番印象的な下りが「命を賭ける価値のある争いなんて、どこにもない」という今村先生の「遺言」だろう。最近の日本は重苦しい閉塞感に覆われており、いつか来た道に戻りつつあるのではと危ぶむ声が多く、ブログ『きっこの日記』でも「このまま行けば、今の小学生が高校生くらいになったころには、韓国みたいに徴兵制度が導入されて、16才以上の国民には召集令状が届くようになるだろう」と書いている。
トンデモ法案炸裂!

また、国際政治コメンテーターの藤原肇氏も自著『小泉純一郎と日本の病理』の中で、「もし、中国と本当に衝突するようなことになれば、アメリカは近代装備した日本の軍事力を利用して、アジア人同士を戦わせるに決まっている」(P.260)と述べているのだ。

1970年代初期は日の出の勢いであった日本であったが、長引く平成不況のため今の日本は本当に元気がない。あの当時の輝きは何処に行ってしまったのだろうか。人々は不満の捌け口戦争に求めるのだろうか。これでは何時か来た道に逆戻りすることに他ならないではないか。街頭インタビューで、「戦争になった日本のために戦う」と簡単に口にする若者たちを見るたびに、やりきれない気持ちになるのは筆者だけだろうか。今後は己れの腕一本で生活の糧を得ていかねばならない時代に生まれた今の若者には、日本の通貨である円の信用が未だ残っているうちに世界を旅するなり、海外の大学で研鑽を積むなりして、広い世界で武者修行をして欲しいと切に願うのである。そして、そうした若者たちこそが戦争への歯止めとなってくれるような気がしてならない。筆者もブログ【教育の原点を考える】で清沢洌の『暗黒日記』の書評を書くなどして、ブログを訪れる一人でも多くの若者たちに日本脱藩のすすめを説き続けていきたいと思う。
「暗黒日記」

ともあれ、筆者は無事に1974年の暮れに日本に帰国した。一年間続いた拙稿をきっかけに、一人でも多くの若者が今の日本を「精神的」に脱藩し、清沢の云う「広汎なる総合的知識」を身につけてくれることを祈念しつつ筆を擱く。

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2006年6月吉日


【追補2】
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上掲の拙稿「最終章 思い出のサンフランシスコ」にも登場する、故今村茂雄先生はアメリカでこの世に生を享けているが、日米関係の悪化で両親と一緒に日本に帰国、若い頃は周囲よりも皇国少年だったという。今から思うに、小生が国際派から民族派に転向できたのも、ある意味、先生のお陰だったのではと今にして思う。以下はDuncan氏という人物のカスタマレビューだが、サンフランシスコ大学で大変お世話になった今村先生を思い出し、胸が熱くなったことを告白しておく。

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しずかちゃん
読者の皆さんは子供時代、『ドラえもん』に夢中になった一時があったのではないだろうか。また、主人公の野比のび太が好きだったクラスメイトの女の子、しずかちゃんという女の子を今でも覚えているはずだ。

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しずかちゃん

小生、しずかちゃんを今でもテレビで目にすると、時々だが思い出すもう一人の「しずかちゃん」がいる。元代議士の亀井静香(かめい・しずか)氏だ。

「お前はどうして、可愛いしずかちゃんと、おっさんで寅さんのような四角い顔をした、亀井静香なんかを一緒にするのだ」と、しずかちゃんファンの読者には怒られるかもしれないが、実は二人に共通するものがあるのだ。それは、「人情」。「任侠」と言い換えてもよい。

元警察庁長官官房調査官であり、自民党の元政務調査会長を務めた亀井静香氏、小生は同氏の講演に二回ほど足を運んだことがあり、生の同氏の醸し出す人間性に直に触れている。

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亀井静香氏の左側に座る二人、何処かで見たような…

上掲の写真は、『月刊日本』主催のパーティで撮られたものだが、写真に写る亀井氏、何処にもいそうなおっちゃんに見える。その亀井静香氏を掲示板「放知技」の常連さんの一人、はぐらめいさんが記事に取り上げていた。
大量の国債発行と自由に使える地方交付税を!(亀井静香)

はぐらめいさんが同記事で紹介していた、FNNプライムオンラインによる亀井静香氏のインタビュー記事、やはり放知技の常連さんの一人、mespesadoさんも同記事を読んで、「何と、今回は凄まじく善いことを言っていました」と感想を述べているが、小生も同感でR。

小生は毎朝、首相動静に必ず目を通しているが、二~三ヶ月に一度のペースで、亀井氏は安倍総理と毎回30~40分ほど、差し(本音)で語り合っている。もし、近く総理と再び差しで語り合うようなことがあれば、是非、「大量の国債発行と自由に使える地方交付税」を、総理にも強く訴えて欲しいと思う。


亀井静香代議士の「お母さん」

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男と女
前稿「800年周期」にも書いた仕事部屋の大掃除、昨夕、漸く終わった。今回はコロナ禍もあって、時間的な余裕があったことから、単に本や書類の整理だけではなく、不要な本、あるいは良書でも残りの人生の時間を考えると、多分今後において読むことはないだろうと判断した本など、次々に(思い切って)ボール箱に入れていった。お陰様で、大分書架に空白スペースができたことから、当面は書架スペースを気にせずに、安心して次の書籍を購入することができそうだ。

段ボールに仕舞う本、書架に戻す本とに仕分けしていた時、ふと目に留まった二冊の本があった。それは、『枕草子』と『徒然草』…、両書が仲良く並んでいたのだ。小生は、あまりの偶然の一致に唖然…

と言うのも、実は本の仕分け作業の少し前、以下の記事を読んでいたからでR。
もし「清少納言」が「兼好法師」と語り合ったら

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記事の筆者は、イザベラ・ディオニシオさんというイタリア人で、母国の大学で日本古典を専攻した女性だ。現在は日伊の翻訳を生業にしているようで、同じ翻訳者として彼女の翻訳観に関心を持ったことから、同記事に目を通し始めたのだった。そして面白いと思ったのは、彼女は日本の古語(古典)を今風な現代語、しかも超意訳の日本語に訳していたことだ。たとえば、以下は兼好法師が赤裸々な女性観を述べている行…。

かく人に恥ぢらるる女、いかばかりいみじきものぞと思ふに、女の性はみんなひがめり。
人我の相深く、貪欲甚だしく、ものの理を知らず、ただ迷ひの方に心も早く移り、詞も巧みに、苦しからぬことをも問ふ時は言はず、用意あるかと見れば、また浅ましきことまで問はず語りに言ひ出だす。深くたばかり飾れることは、男の智慧にも勝りたるかと思へば、そのこと後より顕るるを知らず。素直ならずして、つたなきものは女なり。


イザベラさんは、以下のように超意訳していた。

イザ流圧倒的意訳
オトコがオンナに対して気を遣わないといけないというけど、じゃあその肝心なオンナってのはすごいかと言えば、全然逆で、もう最低で最悪、みんな性格が腐っている。我が強くて、欲も深くて、非合理的で、くだらんものにだけ飛びつく。口が達者だが、せっかく聞いてやっているのにくだらないことでも言わない、そのくせに黙っているかと思ったら、聞かれもしないことをペラペラとしゃべる。企んだり、ごまかしたりすることに関してはオトコよりも一枚も二枚も上手だけど、いざバレると気づきやしない。素直なところが一つもなく、つまらん存在、それがオンナというものだ。


う~ん、まさにその通りだわい、と小生は思った(てなことを書くと、放知技の女性読者に張り倒されそうなんだがwww)。

それにしても、イザベラさんが取り上げた二冊の古典、『枕草子』と『徒然草』、長年にわたって仕事部屋の書架に仲良く並んでいたのは、果たしてコレ、偶然だったのだろうか、と暫し考え込んでしまった次第…。

ただ、これだけは言える。小生は吉田兼好のような生き様に共鳴している。というよりは、法師のような生き様を自分も歩んできたようなところがあるのだ。だから、上掲の法師の言葉を読みながら、「いいねぇ、法師、そして、その生き様」とつくづく思ったのだ。

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ふと、ドラマ「深夜食堂」を思い出した。マスター(小林薫)が開いている「めしや」に、みゆき(田畑智子)という売れない若い演歌歌手が、猫まんまを食べに来るようになった(第二話・猫まんま)。みゆきのポスターを店内にマスターが貼っていたところ、なじみ客の男連中が騒ぎだした…。それを見ていたお茶漬けシスターズ、そうした男連中を呆れたように見つめながら、「(女が)若けりゃ誰でもいいのよ。男は簡単ねぇ~♪)という台詞を吐くシーンを咄嗟に思い出した次第…(爆)。

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なんとも男に対する強烈なカウンターパンチwww イザベラさんが同記事の冒頭に、「男は火星から、女は金星からやってきた」と書いていたのも頷けるというものだ。

表題の「男と女」に目が留まり、「亀さんなら、スケベー満載の記事を書いたに違いない!!」と、本記事に速攻でアクセスしてきた読者の皆さん、実際は真面目な古典の話だったのでガッカリつうか、拍子抜けしたことだろう。ご期待に添えずに申し訳ない…(爆) 

最後に、今日のテーマを書きながら、親しくしていただいた故宍戸幸輔翁が謹呈してくれた、『摩訶不思議な男と女の関係』を思い出したことを告白しておく。ちなみに、宍戸翁は渡辺格博士とは無二の親友であった。
渡辺格博士と宍戸幸輔翁

女優魂
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久しぶりに「男はつらいよ」を楽しんだ。鑑賞したのは「浪花の恋の寅次郎」…。同作品を久方振りに見ようと思ったのは、録画してあったNHKのSWITCHインタビュー達人達シリーズ、「松坂慶子×秋吉敏子」を見たことによる。登場する松坂は昔と比べて大分ふくよかになっていたが、その松坂の口を衝いて出る言葉の端端に、七十年近くを生きてきた一人の女の生き様が滲み出ていたように思う。だから、親子ほどの年齢差のあるジャズピアニスト、秋吉敏子との対話も含蓄あるものになったのだろう。

その松坂に小生が初めて接したのは二十代後半の頃で、そのあたりは拙稿「胸を張って厚かましく生きろぉ!」にも書いた。

最後に、主演の松坂慶子。亀さんはメルシャンの勝沼工場長と親しかった中野さんというバーテンダーと一緒に、ブドウ狩りの季節に同工場に幾度かお邪魔しているのだが、ある日松坂慶子が何かの催しに来ていた。遠くから見ても透き通るような肌の美しい松坂慶子を見て、亀さんはすっかりファンになってしまった。時期的には松坂が「男はつらいよ」の第27作、「浪花の恋の寅次郎」が上映された1981年あたりだったと思う。当時の松坂は29歳、最も美しかった時期だったのではないだろうか。


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その松坂の生い立ちだが、小生は少しだけ松坂の生い立ちを拙稿「松坂慶子を女優にした「事件」 その2」に書いたことがある。

大竹しのぶは1957年7月17日生まれなので、1952年7月20日生まれの松坂慶子とはほぼ5歳違いだ。その大竹しのぶも含め、松坂慶子、そしてシルビア・クリステルは、全員が全員、子ども時代は赤貧洗うが如しの生活を体験している。だから、同じように子ども時代は貧乏だった亀さんなので、三人の女優の生い立ちに深く共鳴するのだ。


さて、今までは松坂の生い立ちの事実について、書くのを躊躇っていた自分がいたが、NHKのSWITCHインタビュー達人達シリーズを見て、もう書いてもよいだろうと思い、少しだけ松坂の生い立ちの事実に触れておきたい。

前述の男はつらいよシリーズの「浪花の恋の寅次郎」では、マドンナ役を演じたふみ(松坂)が芸者を辞めて結婚を告白するシーンが登場するが、その嫁ぎ先が対馬…。同映画が公開された1981年当時は遠いところに嫁ぐんだなあ程度にしか思っていなかったのだが、12年後の1993年、『娘・松坂慶子への「遺言」』という衝撃的な本が出版された。執筆者は松坂の両親である松坂英明と松坂つね子…。小生は同書に目を通したことはないので、実際に同書に目を通したという一読者の読後感を以下に引用しておくが、父の祖国に近い対馬でのロケ地で、松坂はどのような気持ちで撮影に臨んだのかと思うと、胸に迫るものがある。

松坂慶子さんのご両親が1993年に書いた本です。
戦中朝鮮半島から渡ってきたお父さんと戸籍のなかったお母さんの生い立ちや、戦後慶子さんが生まれてから女優として活躍する現在までの家族の日々や葛藤が事細かに描かれています。

https://www.mercari.com/jp/items/m28380426418/

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こうした松坂の生い立ちが、松坂の女優魂を昇華させたといっても過言ではあるまい。

日本で活躍している外人タレントの一人に、サヘル・ローズさんというイラン人女性がいる。小生、彼女については以前から注目しており、彼女に関する記事も過去に数本書いてきた。たとえば…

施設で育った私
素顔のイラン


そのサヘルさんが、最近立て続けに二本の番組に登場していたのだが、両番組とも実に優れた内容であった。

砂浜に咲く薔薇(ばら)のように
イスラムに愛された日本人 知の巨人・井筒俊彦

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どのような番組だったのかは、実際に観ていただくとして、今回は井筒俊彦に焦点を当てたい。何故か? それは、はぐらめいさんが自身のブログで、幾度か井筒俊彦について取り上げていたからだ。最近も井筒俊彦について、以下のような記事をアップしておられた。

100分de名著「善の研究 西田幾多郎」

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特に印象に残ったのが、はぐらめいさんの以下の記述である。

若松英輔氏が三島由紀夫に惹かれることはない。井筒俊彦にしても、西田幾多郎にしても、「自己を垂直的に深める」ことが第一義であった。三島はといえば、ひたすら「知識の海」を泳いでいたように見えてしまう。


「自己を垂直的に深める」という言葉から、咄嗟に脳裏に浮かんだのが、小生が18歳の時に体験した座禅である。これは新入社員研修の一環として、禅宗のとある古刹で他の新入社員50名ほどと一緒に、同寺の宿坊で草鞋を脱いだ時のことである。それから半世紀の時間が経過、その間は一度も禅寺に足を運んだことはないが、考えようによっては、毎朝座禅を組んでいると云えなくもない。何故なら、毎朝実践しているハタヨガ、ハタヨガは身体のストレッチと世間では思われているが、実はヨガの始めと終わりのポーズは、ある意味、座禅と共通するものがあるのだ。

ともあれ、座禅とは無の境地、すなわち大悟徹底を目指す修行なのだが、井筒俊彦も子供時代、父親から厳しく座禅の修行をやらされていた。それが、後の「自己を垂直的に深める」という、井筒俊彦の生き様に繋がったと云えよう。

ところで、上掲の「イスラムに愛された日本人 知の巨人・井筒俊彦」を観つつ、己の人生を集大成する上で、井筒俊彦の哲学を採り入れることができるのではと、ふと思った。以下、己の人生を振り返るにあたり、是非に振り返ってみたい幾つかのテーマである。

■言語
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小生が十代の頃だったと思うが、『20カ国語ペラペラ』(種田輝豊 実業之日本社)という本を入手、熱心に読んだ在りし日のことを思い出す。しかし、井筒俊彦の場合は20ヶ国語どころの話ではない。なんと、30ヶ国語以上をマスターしたのだという。

小生の場合、第一外国語は英語だが、それでも大した英語力には達しなかった上、肝心な母語である日本語ですら、未だに心もとない有様である。まさに、日暮れて道遠しとは、このことだ。

■宗教
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井筒俊彦は、ギリシャや中東を含めた、様々な東洋の宗教や哲学に共通する構造を見出し、上次元の東洋哲学という一つのものにようと試みた

宗教は、その人が信条としているもの、その信条が生き様に反映されているものだ。どの宗教が、その人にとって心の宗教になるのかと云えば、やはり生まれ育った土地、そして母親の子守歌を聞きながら身につけた母語で決定する。たとえば、上掲の「イスラムに愛された日本人 知の巨人・井筒俊彦」に登場する、以下のシーンが如実にそのあたりを物語っているのだ。サヘルさんは8歳の時に来日しているのだが、この年齢は既に母語が確定した年齢だ。そのあたりは、以下のシーンを見て一瞬で分かったものである。

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テヘランの街を見下ろす丘に腰を下ろしていたところ、どこからともなく聞こえてくるコーランに涙するサヘルさん

しかし、天童竺丸さんから一神教の正体について伝授された身として、東洋のみならず、さらには世界の統一という井筒俊彦の思想が、一神教をも飲み込むものだろうかと、ふと思った。このあたりについては、これから思索を重ねていくことで、今までに見たことのない光景が見えてくるのかもしれない…。

■人類
井筒俊彦は、東洋の諸哲学と西洋の諸哲学との間に横たわる、垣根を乗り越えようと試みていた。以下の写真は、当時一流の世界の哲学者が議論を戦わせているシーンである。

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毎年スイスのマッジョーレ湖で開かれていた、神秘主義の国際学術シンポジウムであるエラノス会議において、熱い議論を戦わせる世界各国の哲学者たち。井筒俊彦も数年(1967年~1982年)にわたり参加していた

ここで、未だに世界で紛争が絶えないのは、一神教徒が中心のDS(Deep State)の存在が大きいと小生は思っている。

それでも、一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)を信仰する人たち、一方で多神教を信仰する人たちとの間には垣根はないと、直観的に思うのである。東洋の様々な宗教・哲学・思想だけに限定すれば、各々が共通してくるところは深層意識、すなわち心の一番深いところのはずで、そこに至って初めて得られる境地があるのではないだろうか。そして、それは禅の道にも繋がる。

ともあれ、サヘルさんのインタビューで、中沢新一が語っているように、「最終的にヒューマニズムを目指す」というのが、小生が余生において常に念頭に置きたいものなのだし、今生の世で目指していきたいものだ。

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中沢新一

■無

以上、西田幾多郎や井筒俊彦といった先達の教えを受けつつ、今後は一層真剣に無の境地を目指したいと、改めて思った小生であるが、これは集団で行うものに非ず、独りでやるものであるのは言うまでもない。そのあたりが分かっていないのが、飯山陽女史だ。


つくづく、言葉は怖いものだと思った。飯山陽女史の『「誰にも認識できないものをオレだけが知っている」的研究』という言葉、同女史が西田幾多郎や井筒俊彦の云う無の世界に、無知であることを赤裸々に示す言葉になっているだけではなく、この二人の知の巨人には到底及ばぬ器であることが一目瞭然となっている。

ともあれ、はぐらめいさんに紹介していただいた、『100分de名著「善の研究 西田幾多郎」』にあった、若松英輔氏の書いた小節『「無心」の世界』(p.55~)、西田の「知意未分以前の統一」、あるいは鈴木大拙の「無心(霊性的直覚)」の域まで達するよう、今後は修行を積み、究極的には自他の「分別」が無くなるという境地に、あの世に行くまで到達したいものだと、心から思った。

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鎌倉にある井筒俊彦の自宅で、写真に手を合わせるサヘルさん

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遺影の横に供えられている皿に認められた「無」は、井筒俊彦自身の筆

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自宅近くの井筒の墓で手を合わせるサヘルさん

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座禅を組むサヘルさん

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井筒俊彦の遺言1

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井筒俊彦の遺言2

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井筒俊彦の遺言3

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井筒俊彦その人を理解する上で不可欠の書


大義
東日本を縦断した台風19号、死者75名に上ったという(読売新聞)。亡くなられた方々には、心よりご冥福をお祈り申し上げる次第である。加えて、未だに行方不明者16名というニュースには、もはや言葉もない。長野には知人・友人が何人かいるが、その内の一人から一昨日連絡があり、彼は崩れた千曲川の堤防から車で20分ほどの処に居を構えており、辛うじて難を逃れたと知らせてくれた。ただ、鉄道やバスの復旧の目途が立っていないとのことで、一日でも早い復旧、そして日常生活を取り戻せることを心より願う。

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さて、暫く仕事(翻訳)に追われていて、ブログ更新も滞っていたが、一段落した今、久しぶりに記事を一本書いておきたい。それは、「大義」である。この大儀だが、三年前に大義について著した『GHQが恐れた崎門学』(坪内隆彦著)を、小生は以下のように紹介している。

来年(2018年)は明治維新150年という大きな節目を迎えるわけだが、同書の優れた点は、維新後間もなくして急ピッチで進められた文明開化、すなわち西洋化による人心の退廃と功利追求がもたらした、弊害についてものの見事に抉り出してみせ、さらには〝大義〟を重んじ、西洋化に抵抗した在野の先達が居たことを、改めて我々に思い起こさせてくれた点、現代を生きる日本人にとって必読の書と云えよう。
GHQが恐れた崎門学


「明治維新」という言葉から、『明治維新という過ち』という本を著した原田伊織氏なる人物を思い出したのだが、坪内氏は上掲の自著のなかで、原田氏のことを徹底的に批判している。そのあたりを如実に物語っているのが、『GHQが恐れた崎門学』のp.246~256なのだが、幸い、YAMINABEというブログが全文を引用しているので、関心のある読者は目を通すといいだろう。
【転載記事】歪んだ「明治維新否定論」を糺す──────「見直し」の名を借りた有害無益な妄説を斬る≪前編≫
【転載記事】歪んだ「明治維新否定論」を糺す──────「見直し」の名を借りた有害無益な妄説を斬る≪後編≫


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前後して、偶然だがNHKのアナザーストーリーズで、三島由紀夫のことを取り上げていたので、録画したものを見てみた(「三島由紀夫 最後の叫び」)。

三島事件の解説者として、元ラジオ局記者・三木明博氏、元サンデー毎日記者の徳岡孝夫氏らが登場していたが、あまりにも三島に対する見方が浅いのにはガッカリした。さらに呆れたのは、芥川賞を受賞した平野啓一郎氏を、「三島由紀夫の再来」と紹介していたNHKの姿勢だ。

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この平野氏だが、同氏の国際感覚をあからさまに示す動画があったので、以下に紹介しておこう。


日本の著名作家が判決文を読まずに煽るのは止めろとコメンテーターを批判!その前に、条約・公文書を読みましょう!!

同氏の国際政治についての音痴ぶり、呆れるほどである。この日韓外交問題だが、小生も掲示板「放知技」に少しだけだが書いているので、以下に再掲しておく。

小生が文在寅のことを「馬鹿じゃないかと思う」と書いたのは、徴用工訴訟で韓国最高裁が日本企業に賠償を命じたことに対して、当初の文在寅は最高裁の判決に介入しないというスタンスをとり、やがて同調する姿勢に転じたからで、これは明らかに国際法に違反していました。それでも、文は本当の馬鹿ではなく、青瓦台に巣食うネオコンに脅されているためだと、思うようにしていました。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16851868/210/


ここで、最近の拙稿「二・二六事件と現代」の【追補2】で、少しだけだが三島由紀夫を取り上げている。

■などてすめろぎはひととなりたまひし
今まで、三島由紀夫に関して二つの点で分からないことがあった。一つは、三島の著『英霊の声』の中で、三島は天皇に対する呪咀の声を書き残している。二・二六事件で刑死した英霊たちが裏切られたと、昭和天皇を呪ったのは分かるが、どうして特攻隊の英霊たちも昭和天皇を呪ったのかが分からなかった。もう一つは三島の遺した檄文である、政体を守るのは警察が、国体を守るのは軍隊であるべきで、軍隊が復活しないことには、2年以内に米軍の傭兵・あるいは米国の属国になってしまうという、内容の意味するものが分からなかった。


実は、この三島のことを快く思っていなかったのが、昭和天皇、上皇陛下、そして今東光である。最初に、昭和天皇の三島観は以下のようなものであった。

松本 昭和天皇が生涯、口に出したくないと思った三人の人物がいます。それは出口王仁三郎、北一輝、三島由紀夫の三人です。三島事件が起きた日に侍従長の入江相政は天皇に報告しています。そして、翌日呼び出された入江は、「天皇は三島のことも仰せだった」と書き残しています。このことも実録に出てきません。
『月刊日本』12月号 p.55
松本健一氏逝く


続いて、以下は上皇陛下の学友の言葉である。

僕はいろんな人から御進講を受けているけど、三島由紀夫さんのお話は聞かない。三島さんの思想は、八紘一宇、国民皆兵で、天皇は私的な一家の幸せを求めるものではないと考えているんじゃないかな。
日本人は何を考えてきたのか


最後に今東光和尚の三島由紀夫評。

★三島由出札夫について
 私は三島由紀夫の大ファンです。彼の作品はほとんど読みましたし、彼の生きざま、死にざまにも共鳴できます。先生は文壇で顔が広いので、きっと生前の彼にもお金いになったと思いますが、彼はどんな人柄の人だったのですか?  (大阪 大学3年 Y・U)
 オレは以前『稚児』という小説を害いたことがある。その中に珍本がでてくるんだが、これが実際比叡山にある門外不出の珍本で、足利時代の写本なんだ。オレは坊主をやってた関係上、それでもかろうじて見ることができたくらいのもんだが、そいつを三島由紀夫がそっくり引用しやがって、「見た」というようなことを書きやがった。オレと会った時「いや、今さんのあれから引用したと書くのを、原稿を急がされたもんだから書かずに渡した」なんてごまかしやがってな、あの野郎。オレはそれ以来、彼を作家としても、人間としても信用しないね。しかし、オレには非常に謝ってね、「本にする時にはちゃんとただし書きを入れます」なんていいながら死んじゃったんで、それもどこまで本心でいったのかわからんな。だからオレは、自分の本の中で、そのことを書いといたよ。三島由紀夫がこの珍本のことを見たように書いているが、あれは絶対にそんなことはあり得ない、あれはそっくりオレのを引用したんだってことを、もう、エゲツなく書いてあるんだ。後世を誤るからね。ま、世間じゃなんていうかしらないけど、オレはヤツを信用しとらんよ。

『極道辻説法』p.230


加えて、上掲の拙稿「二・二六事件と現代」を、はぐらめいさんに最近取り上げていただいているが、はぐらめいさんの記事にも三島についての記述があった。

三島由紀夫は「嫌いな軍人は誰ですか?」の質問に「真崎甚三郎」と答えたという。https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1464097474 大東亜戦争を主導した統制派に対するに、真崎らを首魁と見なされる皇道派、その真崎を貶めることで、大東亜戦争の真相が見えなくなる。三島由紀夫も例外ではなかった。
『近衛上奏文と皇道派ー告発 コミンテルンの戦争責任』(山口富永)


話は変わるが、上掲の拙稿「日本人は何を考えてきたのか」で、西田幾多郎を取り上げているが、拙ブログでも少しだけ西田について言及したことがある。

改めて西田幾多郎の凄さを再認識し、現在世界で西田哲学が見直されつつあることを知った。


幸い、NHKの100分de名著が「善の研究」を放送中で、今回の主テーマ「大義」と絡めて、一度取り上げたいテーマだ。

精神核
道友である歯科&音楽ウォッチャーさんの最新記事、「洞察歯観のすすめ(40)」をアップしているが、ウォッチャーさんの原稿をやり取りする時、いつの間にかウォッチャーが近状報告をしてくれるようになった。そして今回、上掲の新記事でやり取りしていた時、強く印象に残ったのが以下のウォッチャーさんの言葉だった。

7月に入り、JINNMO氏の「精神核」を入手し、移動のお供に、風呂のお供に聴いております。ミスター・クロウリーと王仁三郎の肉声を生成してつくりあげたという今回の作品、大変興味深く、そして心地良く聴いております。(遊び心なくしては出来ない作品と感じました)
クロウリーと王仁三郎の肉声を素材に・・・というより、両者とJINNMO氏の共演であろうと思います。ミスター・クロウリーと王仁三郎が、JINNMO氏を呼んだのかも知れませんね。更にいえば・・・もう一人。大事な共演者が、見えないところにいるのではないでしょうか・・・?


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音楽に関しては玄人のウォッチャーさんと違って、小生の場合、歌を歌わせれば本職の落語家すらも腹を抱えて笑うという、まったく音楽とは縁遠いのにも関わらず、実は小生も「精神核」をコッソリと入手して聴いた(爆)。しかし、何だね、よぅ分からんかった(大爆) それよりも、気になるのはウォッチャーさんの以下の言葉…

もう一人。大事な共演者が、見えないところにいる


咄嗟にJINMOさんの最新記事(『みち』9月15日号)を思い出した。いつの日か、JINMOさんとウォッチャーさんを引き合わせてみたい…。どのような音楽論が飛び出すんだろうかと、今からワクワクする。

【追悼】
長年大変お世話になった山浦嘉久さんの逝去を知った。JINMOさんのツイートで山浦さんとのスナップ写真を何枚か並べたツイートが、9月17日に投稿されていたので、「アレ?」と頭の中で引っ掛かっていたのだが、その後に至って山崎行太郎氏のブログ記事を読み、漸くツイートの背景が納得できた次第だ。


美に生きる
録画しておいたNHKの「SWITCHインタビュー 達人達」で、ともに82歳という左手のピアニスト舘野泉と、生命の研究に取り組む中村桂子の対談に耳を傾けながら、先週末のまほろば会で世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長が、〝〟に重きを置いた日本人の生き方について語っていたのを思い出した。

天童編集長の云う〝美的生き方〟とは、基本的に個人あるいは広範に解釈して日本人という、限定された民族の生き様について言及したものだったが、中村の語る「これが美しい」は生物全体を指していた。

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つまり、中村の言う「これが美しい」とは、細胞には次の世代に何等かを引き継ぎ、やがて死んでいくという、「死」というプログラムが予め組み込まれていることを指しているのであり、それこそが美しい生き物の姿だと中村は語ったのである。さらに、お二人の対談は深い話へと進展していったのだが、そのあたりは本稿では詳細は割愛するとして、これだけは記録として本稿に残しておきたいと思った中村の言葉がある。

違うものをつくって自分は死んで次へ渡すというやり方をすると、いまみたいに多様な生き物が生まれてつづいていく。


中村の話に耳を傾けながら我が身を振り返えるに、小生も次の世代に残せるものは何かと考えることが時々あり、それが飯山史観であったり、ブログであったりするわけで、これは、自分の背中(生き様)を子どもたちに遺しておきたいと思っているからだろう。だから、息子たちにも何十年か後に親父の書いたブログを、気が向いた時にでも目を通してもらえれば嬉しいと、時々だが伝えている。

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もう一点、お二人の対談で和ませていただいたのは、宮沢賢治が対談に登場した時だった。思えば、先々週の東京一郎会でも天童編集長が宮沢賢治について言及、「飯山さんは風の又三郎だ」と語っていたのが耳に残るのだが、舘野も中村も根っから宮沢賢治が好きなようだ。

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ともあれ、飯山さんは古希を過ぎたあたりから隠居生活に入ったし、古希の天童さんも間もなく引退生活に入る。お二人の先達を見倣うわけではないが、小生も前々から同様なことを考えており、あと3年したら、まほろば会や東京一郎会から身を引く。幸いにして、3年後も足腰が丈夫であれば、世界各地に散らばる古い友人を訪ね、友人宅で仕事をし、未だに訪れていない土地に行ってみたいと思っている。

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【グリコのおまけ 1】
mespesadoさんが、NHKについての貴重な投稿を放知技で行っている。小生は本稿でNHKの「SWITCHインタビュー 達人達」を取り上げたが、過去の拙稿を読み返してみるに、意外とNHKの番組について言及した記事が多い。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16851868/39/

だから、WOWOWのように、NHKがスクランブル放送を実施したら困るかというと、全然困らないだろう(爆)。たとえば昨夏、一ヶ月ほど日本を留守にし、アルゼンチンの友人宅でお世話になっているが、当然ながらNHKは映らないし、専らスペイン語あるいはCNNといった英語放送のみだった。だから、当時はNHKの存在すら忘れていたほどである。

また、帰国して一年が経ったが、録画してDVDに焼いておくべきだったと後悔している番組は、直ぐには思い浮かばないのだ。もし、DVDに焼いておくだけの価値ある番組を取り上げるとすれば、名画か優れたドキュメンタリーくらいのものだろう。それも、後でオンデマンドなどで見ることが可能だwww

加えて、政治や経済の解説番組や討論会の内容については、他のネット記事や動画で十分だし、第一、NHKのニュース番組は偏向しているので、おカネを払ってまで見る価値はない。尤も、NHKのニュース番組で一応は信用できるものもある。それは天気予報、外れることも多いけど…(爆)

【グリコのおまけ 2】
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就寝前の入浴の利点が発表される」という記事が、スプートニク紙に掲載された。

なんでも、入浴が温浴が実際に睡眠の質を高めたり、鬱病の予防になるとか…。小生も就寝前に30分近く入浴しているが、確かに睡眠の質が良くなったような気がwww 今までは、寝る前の焼酎が効いていたのかと思っていたが、入浴の効果は冷えた身体を温めてくれるだけではなかったようだ。

乳酸菌HP
このたび、久しぶりに新しいHPのプロトタイプ(原型)を立ち上げてみた。

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新HPを立ち上げた狙いは、故飯山一郎さんのグルンパと乳酸菌を世に広め、乳酸菌に関心を抱く日本と世界の仲間の〝絆〟、すなわち横のつながり(ネットワーク)を構築し、意見交換や情報提供の場にしていくためである。

小生は今月12日(金)、世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長と、在大連の野崎晃市博士を引き合わせている。話の流れで、無限のポテンシャルを秘めた乳酸菌について多くを語り合っていた時、日本や世界で乳酸菌農業を実践している者同士の横の繋がり(ネットワーク)が弱い、ということに話が及んだ。すると、世界戦略情報誌『みち』の天童編集長から、「亀さん、人を纏めていくのが得意なのだから、ホームページといった形で乳酸菌農業の関係者を繋げ、情報提供や意見交換の場を設けてみてはどうか」、という提案が出たのであり、小生は「やりましょう!」と、即答したのは言うまでもない。だから、HPのレイアウトを考え、15年ぶりに急ごしらえの乳酸菌HPを立ち上げたという次第である。無論、その場で野崎博士の同意も得ている。

今のところ、至ってシンプルなホームページなのだが、これを充実したものにしていくにあたり、一人一人の乳酸菌農業に取り組んでいる同志の協力が不可欠だ。完成の域に達するまで、小生なりにお手伝いをさせていただければと思う。

ここで、新ホームページの簡単な解説をしておく。

■ロゴマーク
乳酸菌ネットワークのロゴマーク(仮)として、左上の「乳酸菌ネットワーク」を取り敢えず作成してみた。緑色の文字にした理由は、前稿「人類激変の時代」で紹介した飯山さんの、「いつの日にか、きっと、タクラマカン砂漠か、ゴビ砂漠か、テングリ砂漠を地化し、森をつくって、ソコに大量の蜜蜂を飛ばすぞ!」が頭にあったからだ。

そして、「ネットワーク」という言葉、乳酸菌に関心のある人たち同士の〝絆〟、横の繋がりの場になって欲しいという願いを込めたつもりである。

■[ホーム]
このページは、新ホームページの〝顔〟だ。飯山さんの乳酸菌への熱い思いが込められたメッセージの数々から一つだけ選び、併せて飯山さんの著書の一冊の写真を載せてみた。

今後、このページには、「乳酸菌ネットワーク」(仮称)の新しい動き、ニュース、集いといった、「お知らせ」コーナーも設けていきたい。

■[乳酸菌]
乳酸菌の秘めた巨大なポテンシャルの解説記事など、グルンパや乳酸菌への理解度を一層深める記事、あるいは書籍を紹介したページとなる見込みだ。

■[仲間]
世界各地で乳酸菌農業に取り組んでいる仲間の紹介ページで、一人一人が目指しているもの、活動などが分かるページにしたい。ここから、お互いのネットワークが生まれてくれればと願っている。

■[掲示板]
堺のおっさんが立ち上げた掲示板「放知技」のスレッドの一つ、「乳酸菌・アミノ酸農業を語る」で、グルンパや乳酸菌についての意見交換、質問投稿、情報提供と、掲示板「放知技」でも活発なスレッドの一つとなることを期待したい。

なお、将来的には堺のおっさんや野崎博士といった、乳酸菌事業の中核リーダーに本ホームページを引き渡し、さらに良いホームページに育てていただければ、本ホームページの作成者として冥利に尽きよう。

放知技 01
掲示板「放知技」で、消費税は詐欺であるという真実を、見事に白日の下に晒した一連のスレがあった(以下)。我が国で3%の消費税が導入されたのは1989年4月1日、爾来、30年の歳月が流れた。その間、我々国民は騙され続けてきた、ということになる。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/749-758/

何故、消費税が詐欺なのかという答えは、じっくりと上掲の一連の投稿を読めば分かるので割愛するが、今日は>>757の虹ちゃんのスレを取り上げたい。小生、10年ほど前から虹ちゃんの投稿には注目してきた。それわ、虹ちゃんのユーモアとエスプリが凄いからである。最近の虹ちゃんの投稿にも、鋭い投稿があったんだが、それわ、「しとりごと」への投稿だ。

輝けるヌポンの明日を真剣に考える省庁など存在しない

と思われがちだが・・・決してそんなことわない

気象庁だけわ ヌポンの明日を真剣に考えておるのだ

なんせかんせ・・・言い訳できねえから

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16580696/153/


稀少庁、でわなくて気象庁を〝除く〟、各省庁をツーレツに皮肉った投稿になっているのだが、お分かりいただけるだろうか…? 本スレで消費税と詐欺省、もとい財務省を痛烈に皮肉ったmespesadoさんの上掲の投稿もさることながら、虹ちゃんの投稿もなかなか…

それにしても、放知技が織り成す人間模様は実に面黒い…、でわなくて面白い。政治の堺のおっさん、経済のmespesadoさん、エロ三人兄弟(堺のYさん、オマンゴロウさん、亀さん)、次世代の放知技を背負うであろう〝若者〟トリオ、すなわち、出世外人さん、猿都瑠さん、そして八戸のマタタビさん、さらにはアマゾネス三姉妹(suyapさん、ぎのご怪獣さん、ままりんさん)と、あまりにも多彩で豪華な顔ぶれに目が眩むことであろう。その他、飲尿獣医さん、この世は焼肉定食さん、Conganasさん、kenichi2409さん、たかひろさんと、実に個性溢れる面々が雁首を並べている。

あっ、放知技最強の反面教師を紹介し忘れるところだった…

小生が本スレの>>488にも書いたように、放知技の若い読者に、「人間、吾輩のようになってはイケマセン!!!!」と、貴重な人生訓を垂れてくださるmukuちゃんだ。定年後、暇を持て余しているmukuちゃんについて、最も的確に評していたのは以下の投稿だ。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/743/

面白かったのが、mukuちゃんを指して「マウンティングじじい」という言葉。偶然なんだが、今朝、NHKのワイルドライフ・シリーズで「アフリカケニアの高原 サバンナのヒヒ 気遣いが力に勝てるか?」つうのを放送、マウンティングされる(する?)ヒヒを見て、思わずmukuちゃんを思い出した次第でR(爆)

mukuちゃん、無知にも負けず、暇にも負けず、放知技の若い読者のため、反面教師としての〝カガミ〟であり続けてくれ(懇願)!!!

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