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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
鬼塚英昭の天皇観
先週の日曜日(4月21日)、久しぶりに上京してTOEIC時代の同僚と赤羽で呑んできた。二年ぶりだったので多くを語り合ってきたのだが、特に印象に残ったテーマは、同僚の一人である先輩が取り上げた「孝明天皇暗殺説」だった。今の小生は巷で噂になっている、孝明天皇暗殺説を全く信じていないので、念のため先輩に「情報源は?」と訊いてみたところ、案の定「鬼塚英昭」という答えが返ってきた。その一言で、先輩の孝明天皇観が手に取るように分かった次第である。

落合莞爾や飯山一郎といった先達は、孝明天皇は暗殺されたのではなく、「お隠れ」になったと主張しており、小生もその通りだと思っている。鬼塚氏については、旧ブログの「『瀬島龍三と宅見勝「てんのうはん」の守り人』」と題した記事で取り上げているが、同氏の孝明天皇観は鹿島曻が著した、一連の書籍を根拠としていることは、同記事で簡単に紹介した。

また、孝明天皇は伊藤博文に暗殺されたという噂は、故鹿島昇氏の『裏切られた三人の天皇 明治維新の謎』が噂の出所となっており、ネットでの孝明天皇暗殺説もほとんどが同書に由来していると云っても過言ではない。当然ながら、鬼塚氏も鹿島昇天皇観から一歩も出ていない。小生も長い間にわたって鹿島昇天皇観に囚われていたが、それを打ち破いてくれたのが落合莞爾氏であった。ともあれ、孝明天皇暗殺などと根本から間違えているため、鬼塚氏の田布施に関する記述についても眉唾物であると云わざるを得ない。

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それから、上掲の拙記事にコメントを寄せてくれた國體奉公衆という人が「田布施」について言及しているので、併せて一読されるとよいかもしれない。田布施については、いずれ飯山史観カテゴリで取り上げる予定である。

先輩と分かれた日の翌日、お礼も兼ねて電話を入れたのだが、その時に『飯山一郎最終講義』を贈ると約束し、以下のように電話口で述べた。

小生は鬼塚の語る「孝明帝暗殺説」は信じていません。近く、そのあたりについて近く二人で語り合いましょう。その事前知識として、『飯山一郎最終講義』を贈りますので一読していただければ幸いです。

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そして、以下のようなことも付言しておいた。

同書は主に金正恩についての本なのですが、実は孝明天皇といった皇室の話にも根底で繋がる内容です。

金正恩の母親は巷で噂になっている高英姫ではなく、拉致された横田めぐみさんであり、そのめぐみさんの母親・横田早紀江さんに流れる、高貴な血こそが拉致の真相です。単刀直入に言えば、金王朝を樹立するためでした。金正恩は凡人には到底理解の及ばぬ政事家であり、そのあたりは故飯山一郎さんが「金王朝の “深い謎”」で実証済みです。


先輩も初耳の話ばかりだったためか、「ホォ…」、「エッ!」と、受話器の向こうで非常に驚いている様が手に取るように分かった。小生は普通、金正恩について人前で語ること滅多にない。話しても信じてもらえないし、時間の浪費になることが分かっているからだ。このあたり、「海面下に沈む氷山を観察しないことには、大手マスコミが流す表層的な国際政治しか目に見えて来ず、本当の世界の潮流が分かるはずもない」と、前稿「米中の新冷戦?」にも書いた通りである。

しかし、先輩とは付き合いは35年以上に及んでおり、TOEIC時代の同僚の中では最も人物として信頼がおけ、多様な世の中の意見・意見を一旦は受け止め、その上で咀嚼して己自身の血肉にする人なので、最終的にどのような孝明帝観に至るのかは分からないものの、飯山史観を編集していく上で何等かのヒントが得られると思い、近く幾度かお会いすることにした次第である。

さて、肝心の飯山史観の編集、ここのところ大分滞るようになってしまった。そのあたりを反省し、再び編集作業に注力していきたいと思う。

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古墳時代 09
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大彦命

欠史八代という言葉がある。ウィキベテアによれば、「欠史八代とは、『古事記』・『日本書紀』において系譜(帝紀)は存在するがその事績(旧辞)が記されない第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人の天皇のこと、あるいはその時代を指す」とある。それはともかく、欠史八代最後の天皇である開化天皇の兄に、大彦命なる人物がいるが、その大彦命が安倍氏族の始祖ということになる。

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ちなみに、大彦命の生年や没年は不明のようだが、弟の開化天皇の場合、誕生が孝元天皇七年(紀元前208年)、そして崩御が開化天皇60年(紀元前98年)とある。つまり、大彦命は〝弥生時代〟(縄文時代)の人である。

この安倍氏族だが、『日本人なら知っておきたい名字のいわれ・成り立ち』という本に、「開化天皇」あるいは「安倍晋三」が登場している(赤線)ので注目していただきたい。ちなみに、同書はグーグルが全文を公開している。

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昨年の三月上旬に故飯山一郎さんに再会した折も、開化天皇(の兄)が安倍氏族の始祖と聞き及んでいるので、このあたりは間違いないだろう。

ここで、時計の針を一気に南北朝時代に進めるが、掲示板「放知技」に飯山さんが投稿した、以下の記述に注目していただきたい。

東京皇室よりも京都皇統の高貴な御意思が優先される…

このことを↑↑新天皇になられる御方は熟知しておられるので…

天皇家(東京皇室)は安泰でしょう.芽出度いことです.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16422161/896/


ここで、「東京皇室」あるいは「京都皇統」といった言葉に、戸惑う読者も一部におられるかもしれない。このあたりについては、落合莞爾氏が余すところなく本に書き尽くしているので、数冊目を通すとよいだろう。要は、雲上人の世界は〝二系統〟があるということだ。ここで謂う「東京皇室」とは、今月退位される天皇陛下、そして翌日即位される皇太子殿下と、日本人なら誰もが知る皇室を指す。一方の京都皇統だが、一般のマスコミにはその存在が全く公開されていないので、京都皇統に関心のある読者は、落合氏の本に当たるといいだろう。

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この東京皇室と京都皇統だが、世間には「家格」という言葉があるように、雲上人の世界も「皇格」とでも言うべき違いがある。どちらの皇格が上かという点については、飯山さんの以下の記述の通りである。

日本の天皇家が百済王朝の末裔であることは確かなことであり…

百済王家の「序列」で言えば…

南北朝の乱→下甑島→田布施→大室家→明治天皇→東京皇室よりも

百済王家→大内藩→長門→安倍家→安倍晋三のほうが「上列」という意識が安倍晋三にはあるようである.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16117851/756/


つまり、東京皇室は後醍醐天皇の南北朝以降の流れを汲むのに対して、安倍氏族は大彦命を始祖にもち、その後は百済王家、すなわち天武天皇の生きた飛鳥時代以降の流れを汲んでいるということだ。こうした点も含めて、安倍氏族の方が現皇室よりも、〝皇格〟が上ということになるわけであるが、このあたりについての話は、現在の古墳時代シリーズを終えてから本格的に筆を進めることにしよう。

【追補】
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阿倍仲麻呂、安倍晴明も安倍氏族の一員…

【もふもふさんへ】

裏コメント、ありがとうございました。ここ数年、大変な時期を過ごされたようですが、気を強く持って、これからの人生を歩んでいってください。愚生も毎朝目が覚めると、今日も生かされていることを天に感謝するのだし、もしかしたら、明日は二度と目が覚めないかもしれないと、今日が我が人生最後の日のつもりで生きています。それでも、飯山史観を完成させ、下の息子が専門学校を終えるまでの、後三年ほどは頑張って生きていきたいと思います。死…、飯山さんの投稿を思い出しました。

飯山一郎,人生の晩年に…

 大好きなニッポン,ニホン,日本…

 その日本の秘密を解き明かさない限りは…

 しねない!と…

 悲壮な気持ちに打ち震えながら…

 洪城郡一帯を,これから,歩き回ります.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16034724/311/


古墳時代 08
今日(3月18日)は春の彼岸入り、明日あたりから再び仕事に追われる身なので、本日中に菩提寺へ行ってくるつもりだ。この「墓参り」だが、飯山(一郎)さんが実に興味深いことを書いている。

仏教とは無関係の”墓参り”

……中略……

 では、この“墓参り”という宗教行事は、一体どんな宗教なのか?
 この意味を本当に知っているのは、実は、美智子皇后であると思う。

 ★”お盆”を考える


お盆と彼岸は違うものの、同じ墓参りということで取り上げてみるのだが、同記事で注目すべきは、「墓参りは仏教と無関係」という飯山さんの言葉だ。ならば、墓参りは何の宗教と関係があるのか、というヒントが上掲記事の結語、「美智子皇后」という言葉に隠されている。

墓参りと関係する〝宗教〟について、飯山さんと直接語り合う機会はなかったものの、多分、その宗教とはシャーマニズムのことを指しているはずだ。そのシャーマニズムについては、以下の拙稿で輪郭を掴んでいただければと思う。
巫女・雅子妃

■『日本書紀』の背景(コンテキスト)
前稿「古墳時代 07」で約束した通り、『日本書紀』の背景について筆を進めてみたい。昨秋発売された『飯山一郎の最終講義』に、飯山さんが『日本書紀』について少しだが、触れていたのを朧げに思い出したので再読してみた。

■『日本書紀』は世界一!
  さて……、人が文章を書くのは動機や目的があるからですよね? 落書きだって、それを書く動機や目的があるワケで。
  であるから、文章を読むときは、「この文章を書いた動機は何か?」「この文章を書いた目的は何か?」とチェックしながら文章を読み進める。
  すると、文章の表面に書かれた美しく耳ざわりの良い話が、実は読者をダマすために創作された「感動の物語」だった!なんてことが見え てくる。
  その「読者をダマすために創作された物語」の〝見本〟として、世界一壮大な「物語」が、じつは、日本にある。
  それは、いったい何か?
『日本書紀』だ。『日本書紀』というのは、当時世界一の大帝国だった〝大唐帝国〟を見事にダマしきった、壮大な「歴史物語」なのです。

『飯山一郎最終講義』p.11

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下線で示した「見事に唐帝国を騙しきった『日本書紀』」という、飯山さんの結語を理解するには、飯山史観、特に天武天皇の正体について識る必要がある。天武天皇については、今の古墳時代シリーズを終えた後に筆を進める予定だが、一足先に飯山さんの大まかな天武天皇観だけでも確認したいのであれば、「飯山一郎の古代史」に掲載されている、天武天皇に関した記事に目を通すといいだろう。たとえば、「天武天皇は,済州島の御方である!」といった記事だ。

『飯山一郎最終講義』で、注目して欲しい行がもう一ヶ所ある。

『日本書紀』の表面ヅラの文章(テキスト)は流し読みしながら、『日本書紀』を書いた動機や目的、そして当時の国際環境や背景(コンテキスト)を徹底的に分析しながら『日本書紀』を読み進める。その結果、飯山一郎は、『日本書紀』の秘密だけでなく、古代の日本人が「日本国」と命名した、その国名の秘密をも知ることができました。
『飯山一郎最終講義』p.17


前稿にも書いたことだが、「コンテキスト」を把握することの大切さが、この飯山さんの文章で改めて確認できよう。

それにしても、コンテキストを読み抜き、誰にも真似のできぬ分析力(インテリジェンス)を発揮し、驚くような数々の結論を示してみせた飯山さんには、過去のHP記事や放知技への投稿などを読み直すたびに舌を巻くのだし、まさに巨人という形容が相応しい先達であった。そして、巨人と謂えば、堺のおっさんや小ボンボンさんの投稿を思い出す。

多くの教えを残した飯山氏の功績は、時間の経過とともに薄れるばかりか

いっそう深く、より鮮明になりつつある。

巨人を理解するには時間が必要なのである。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16492748/998/


>飯山先生の巨人ぶりがどのように形成されてきたのか

確かなことは…常人とはつねに真逆の道を進んで歩んだ。この一言に尽きると思います。

また、ろくに学校に通わずともほぼ独学で、渉猟した書籍の数は3万冊にも及んだとも。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16507984/210/


再び『飯山一郎最終講義』に戻るが、小生が寄稿した飯山さんへの追悼文の題は、「飯山史観を後世に遺す」というものだったが、これは単に過去の物語として『飯山史観』を遺すということだけではなく、現在、さらには将来に向けた一種の羅針盤、見取り図にしたいと思ったからだ。その意味で、以下の飯山さんの文章、目に見えぬ形で愚生の背中を押してくれているような気がする。

歴史とは、過去と現在と未来のために生かしてこそ価値を発揮するのであり、それこそが本物の歴史観です。
『飯山一郎最終講義』p.17


そうしたニュアンスを込めて、小生は掲示板「放知技」に投稿した。

堺のおっさんやmespesadoさんによる放知技への投稿、あるいは野崎博士によるブログ記事は、国際政治・経済の優れた解説になっていることから必読で、これらを丁寧に追っていくことは、あたかも大海を航海する上で不可欠な羅針盤を手に入れたようなもの、つまり、今後の世界の潮流をほぼ確実に見通すことができる、見取り図を手に入れたに等しくなります。
だから、「現在」についての見取り図は「放知技」、特に本スレで、「将来」についての見取り図はブログ【文殊菩薩】で、「過去」についての見取り図は飯山さんが遺してくれた過去の記事や投稿、殊に飯山史観に関係するものを、それこそ眼光紙背に徹して(行間を読むつもりで)いけばE-のではないでしょうか。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/12492283/355/



古墳時代 07
前稿「古墳時代 06」で、亀さんは以下のように書いた。

飯山史観の古墳時代という「料理」を作る前に、昨日集めた記事や投稿という「食材」から、どのような「料理」ができるのか、今から楽しみだ。


ところが、未だに何の「料理」を作ろうかと、具体的な「料理」を決められないまま、三週間が流れてしまったwww。それはともかく、以下のpdfファイルは、放知技で検索した古墳時代についての投稿から、これはと思うものをピックアップしたものだが、これに飯山一郎さんから直接受けた講義内容と組み合わせつつ、思いついたテーマを徒然なるままに書き連ねていきたい。
http://www.nextftp.com/tamailab/etc/houchigi_kofun.pdf

ここで、上掲のpdfファイルを見た読者は、「検索に使ったキーワードが少ないのでは?」、あるいは「仲哀天皇、北魏、馬韓、卑弥呼、シャーマニズムといった、他にも重要なキーワードがあるのに、何故使わないのか?」と思ったことだろう。しかし、放知技の投稿すべてが古代史についてのものではないし、意外とpdfファイルに示す若干のキーワードだけで、重要な投稿が相当数ヒットする上、ダブっている投稿も多いのだ。ともあれ、飯山さんの頭の中にあった古墳時代観については、上掲のpdfファイルに挙げた飯山さんの投稿で大凡がわかると思う。

それから、拙稿「古墳時代 05」では、古墳時代について以下のようなテーマを取り上げたいと書いた。

・外圧と占領
・応神天皇の出自
・墳丘墓(クルガン)と古墳
・武士の誕生
・志布志ハブ港
・唐仁古墳群
・原田古墳
・横瀬古墳
・ツランの影響
・太陽信仰と聖方位
・熊襲と隼人
・知覧 


上掲の一部のテーマに加えて、その後思いついた様々なテーマについても筆を進めていこう。そこで、今日のテーマは「熊襲と隼人」。

■熊襲と隼人
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「熊襲と隼人」というテーマに基づいて古墳時代に思いを巡らすと、飯山さんの投稿(2018年1月4日)が脳裏に浮かぶ。つまり、『日本書紀』の「応神天皇紀」以前は「熊襲」と呼んでいた集団が、いきなり「応神天皇紀」以降は「隼人」と呼称するようになったという飯山さんの投稿である。しかし、それ以上に重要なことは、「仲哀天皇を射殺したのは譽田別尊(ホンダワケのミコト)を酋長とする熊襲族」とする、同投稿にある飯山さんの記述だと思う。

大隅半島まで熊襲征伐に遠征して来た仲哀天皇を「賊矢」で射殺したのは…
譽田別尊(ホンダワケのミコト)を酋長とする熊襲族であったことは間違いない.

ホンダワケは,政治と軍事は武内宿禰(タケノウチの宿禰,弥五郎どん)に任せ…
高麗人,百濟人,任那人,新羅人らの来朝時は,権威的な外交を行っていた.
河内王朝の統治構造は,仁徳天皇陵の如き「権威」を高揚させる政治であった.
しかし,その河内王朝を打ち立てた「軍団」が,熊襲族であったこと!
このことを↑↑『日本書紀』は巧妙に隠しているが…
応神天皇紀からは,「熊襲」が一切出てこず,代わりに「隼人」がデビューしたことは…
ウラ側の事情(「熊襲隠し」)が,逆に,ミエミエになっているwww

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/49/


念のため、日本書紀全文のデータベースで確認したところ、「熊襲」でヒットしたのは、「景行天皇~成務天皇」、「仲哀天皇紀」、そして「神功皇后紀」の3件のみだった。以下は、最後の「神功皇后記」に登場する熊襲についての記述である。

然後、遣吉備臣祖鴨別、令擊熊襲國、未經浹辰而自服焉。


次に、「隼人」で検索すると8件ヒットした。最初にヒットした「神代下」を除き、続く二件目の「履中天皇~反正天皇」から先は、全て応神天皇の御代から以降である。そこで問題は、応神天皇の御代以前について書かれた「神代下」の以下の記述である。

始起烟末生出之兒、號火闌降命。是隼人等始祖也。


因みに、手許の『日本書紀』(宇治谷孟 講談社学術文庫)を紐解くと、同書p.59に登場する「隼人」に注(2)と記されており、p.89には以下のような解説があった。

(2)隼人 大隅・薩摩の地方に住んでいた種族で、宮門の警護や歌舞に従事することが多かった。


飯山史観について多少なりとも知る読者であれば、「神代下」にある「隼人」、もしかしたら当初は「熊襲」と記してあったのでは…、といった勘が働くことだろう。そうした読者であれば、上掲の飯山さんの投稿の冒頭にある、以下の記述が理解できるはずだ。

>応神天皇(ホンダワケ)が、実質的な日本の国家構造を作られた


という堺のおっさんの発言に対して、飯山さんは以下のように応えている。

このことは↑↑『日本書紀』と『古事記』を,眼光紙背,注意深く読めば見えてくるはずだ...


「眼光紙背」…。この言葉に接すると、飯山さんの別投稿(2017年9月16日)を思い出さずにはいられない。

世の中,ほとんどの人々は,文章(テクスト)の表面の意味にとらわれて,文章の背
景(コンテクスト)を読まない.
だっから,テクストだけでなくコンテクストをキチンと読める人だけがE~おもいを
するワケで.www

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16216140/411/


次稿では、コンテキストと絡めて、『日本書紀』が成立した背景について少し言及してみよう。

金正恩の肚 03
一昨日の午後、一仕事終えてテレビをつけてみたところ、昼食会と共同声明署名が中止になったという報道が流れていた。それを耳にしたのはトランプの記者会見直前で、一瞬、「交渉決裂か」という最悪のケースが脳裏をよぎったものだ。幸い、予定の午後2時(日本時間 午後4時)を大分過ぎて始まった記者会見でのトランプは、「合意には至らなかったが、引き続き交渉を進めていく」と明言、また口調も普段とは違って穏やかなものであった。

その後、テレビの各局が今回の米朝首脳会談についての特集を組んでいたが、どの局もアメリカの制裁解除と北朝鮮の非核化に加えて、日本の拉致問題に終始していたのが印象的であった。『飯山一郎最終講義』、飯山HP記事「ビビンバ! 北朝鮮!」、あるいは「金王朝の “深い謎”」に目を通している読者であれば、テレビに登場していた識者が言及していなかったことは何か、すでにお気づきのことだろう。

■北の非核化
テレビに登場してい識者のほとんどが、「(最終的に)北朝鮮は非核化すべし」と、異口同音に主張していたが、これは、イラクやリビアなどで起きたカラー革命の実態を知らない者の言うことで、核を放棄すれば、イラクのフセイン大統領やリビアのカダフィ大佐と、同じ運命を金正恩がたどるのは火を見るよりも明らかだ。カラー革命のため、フセインやカダフィが悲惨な最期を迎えたことを知り尽くしている金正恩。そうした金正恩の心のうち、恐怖心を知ってか知らずか、カラー革命について言及する識者は皆無だったが、このあたりがテレビに登場する識者らの限界である。

一方、カラー革命について熟知していたのが故飯山一郎さんであった。

カダフィやフセインをアメリカが真っ先に殺したのは,民族をバラバラにして,国家全体を収奪するためでした.

実際に,国家統合の象徴を失ったリビアとイラクはバラバラになり,国家は崩壊し,国民は不幸のドン底に突き落とされたまま.

金正恩という存在あるかぎり…,北朝鮮と韓国は,リビアやイラクのようにはならないでしょう.

好き嫌い・善悪は別にして,こ~ゆ~↑↑認識をもたないと,朝鮮半島情勢は何も見えなくなる.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16457818/356/


ご参考までに、カラー革命についての拙稿を以下に紹介しておこう。
韓国のカラー革命

■米の制裁解除
会談が流れた直後の記者会見でトランプが、「北朝鮮が全面的な制裁全面解除を要求してきたため、会談が流れた」と答えていたのに対して、北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は、「要求したのは一部の解除だ」と反論している。このあたりは、制裁のコアとなる石油や海産物の全面解除を、北が要求したあたりにヒントが隠されていそうだ。尤も、ここで瀋陽軍区の存在を思い出せば、北朝鮮にとってさほど深刻な問題ではない。

それはさておき、飯山さんの以下の投稿を改めて再読していただきたい。

金正恩の目論見は…

米・中・韓・朝だけでなく,露・日・英・独・仏をも巻き込んだ一大経済プロジェクト(経済特区)に他国を巻き込み…

主導権は,悪魔でも金正恩王朝が握る!と,そのような固くて柔軟な構想を練り終わったようです.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16422161/623/


「一大経済プロジェクト」という言葉に注目していただきたい。これが、前稿で紹介した堺のおっさんの発言につながる。

現段階では、俗にいうDSとトランプの路線に違いはない。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/71/


■北の外交力
最近の放知技の本スレで、思わず唸ったのが堺のおっさんの以下の発言だ。

世界の構図がすでに変わり始めていると私は思う。

事実、北朝鮮の問題は6か国協議などある枠組みの中で協議されてきたが

今は基本的には2国間で交渉が行われるという構図に変わった。


これはこれからの世界を考えていくうえで重要なポイントだ。

2国間交渉が外交の基本になるという方式は言うまでもなく

トランプと金正恩の功績だ。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/87/


なるほど、言われてみれば確かに…。その北朝鮮の交渉能力について、深い洞察を示したのが飯山さんの以下の投稿だ。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16457818/488/

一方、放知技で「OB」という御仁が以下のようなことを書いていた。

これで、米朝合意に至れなかったんだろ。ハードルが高くなったんだよ。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/89/


「OB」という御仁が引用したFNNPRIMEというメディア、他のニュースの見出しをサーッと眺めただけで、同メディアの思想的傾向というか〝正体〟が透けて見えてくる(嗤) まぁ、野崎博士の『飯山一郎最終講義』ていどは一読して、最低限の大局観を「OB」という御仁にも身に着けて欲しいところだ。なお、FNNPRIMEの思想的な偏向は、すでに堺のおっさんが論破済みであり、殊に辛辣なのは以下の堺のおっさんの言葉だ。

一番肝心の、ロシアとのつながりが証言できなかった。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/90/


このあたり、放知技との付き合いの深い読者にとって、先刻承知のことなんだが、ホストがbbtec.netの「OB」という御仁、全く気付いていない…(嗤)。

ともあれ、今後の米朝交渉の進展は時間がかかるとは思うが、じっくりと見守っていこう。

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金正恩の肚 02
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前稿「金正恩の肚」で飯山(一郎)さんが著した、『横田めぐみさんと金正恩』の出版を巡っての不思議な動きを書いたが、もう一冊紹介しなければならない本がある。それは、佐藤守氏の著した『金正日は日本人だった』である。佐藤氏はUFOの存在を信じているといった具合に、亀さん的にはついていけないところがあるものの、少なくとも『金正日は日本人だった』は、内容的に本物であると確信している。

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その証として、金正恩の出自について言及した動画の削除といった動きだけではなく、前稿で紹介した「国母・横田めぐみの登場」を記事にした山浦喜久氏、数年後に自身の横田めぐみ説を否定するようになったことからして、金正恩の出自を巡る闇の深さを窺い知ることができるからだ。ちなみに、山浦氏が最後に『月刊日本』(2018年四月号)に寄稿したのは、「神は死なない」と題する記事、以下に引用しておこう。

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明らかに、前稿「金正恩の肚」で紹介した、山浦氏本人の記事「国母・横田めぐみの登場」とは、まったく逆の観点で書かれた記事であることが分かる。横田めぐみさんは国母、すなわち金正恩の生親は横田めぐみさんであるとする記事を書いていた山浦氏、6年が経った2018年の『月刊日本』(四月号)では、横田めぐみさんが金正恩の母親である〝という言説がまことしやかに囁かれている〟と、まるで他人事のような書き方である。

その山浦氏が佐藤守氏と行った特別講演会、「金正日は日本人だった」の動画も今では削除されており、肝心な『金正日は日本人だった』も絶版で入手不能だ。

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こうした圧力は誰がかけたのか? そのあたりについては、最後まで金正恩の生母が横田めぐみと確信していた、飯山さんの放知技への投稿を読めば大凡推測できよう。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16439363/165/

ところで、今朝からテレビの全チャンネルを回しているのだが、本日、世界で最も注目すべき米朝首脳会談を特集で取り上げている局はゼロ…。そこで、以下に亀さんなりに思うところをサーッと書いておこう。

■同じ釜の飯を食い、酒を酌み交わすと…
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人は同じ釜の飯を食い、酒を酌み交わすことで、初めて腹を割って語り合えるという体験をした読者は少なくないはずだ。これは、我々のような一般人には窺い知ることのできぬ政治の世界でも同様であり、やはり直接相手国の指導者に会い、働きかけることで、初めて国際政治というものが動き出すのである。8ヶ月前にシンガポールで行われた第一回目の米朝首脳会談、それはトランプと金正恩の顔合わせという側面が強かったのだが、今回の第二回目は最重要課題である「終戦宣言」への第一歩となるはずだ。しかし、一気に事が運ぶわけではない。そのあたりは、今朝の読売新聞の記事に目を通せば納得できよう。

 Q 終戦宣言だけで戦争は終わるのか。

 A 朝鮮戦争を正式に終わらせるためには、米軍主体の国連と北朝鮮、中国の間で1953年7月に結んだ「休戦協定」を「平和協定」に替える必要がある。しかし、そのためには、韓国と北朝鮮を隔てる軍事境界線や非武装地帯、在韓米軍の扱いなど協議する項目が多く、膨大な時間がかかる。

 そこで、休戦協定から平和協定に至る途中段階の政治的な宣言としてこのアイデアが生まれた。韓国と北朝鮮の敵対関係の解消を確認し、次の段階につなげる意味合いがあるとされる。


■戦争か経済か
昨日の拙稿「金正恩の肚」を書いた後、道友の堺のおっさんが貴重な投稿を「放知技」で行っていた。特に、以下の結語は頭の片隅に置いておくべきで、流石は堺のおっさんだと、つくづく感心した次第である。

現段階では、俗にいうDSとトランプの路線に違いはない。


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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/71/

飯山さんも過去に同様のことを、幾度か書いている。例えば…

なお,NY株式市場の暴騰は,トランプ大統領が受諾した「米朝首脳会談」によって,世界が戦争と戦争経済からやっと脱却できるであろうことに,大なる希望をもったからである.
かくして2018年…
世界は(特にアジアは)新たなステージにワープすることになる!

◆平成30/03/10(土)2  ニューヨーク株式市場,見事に復活


今後も引き続き「放知技」に注目していただきたい。

金正恩の肚
今夜、ベトナムのハノイにおいて第二回米朝首脳会談が行われる。

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上掲は、ウィキペディアの「悪の枢軸」という項目に掲載されているイラストだが、「闇の国家」あるいは「影の国家」と日本語に訳出されているDS(The Deep State)に対して、プーチン・習近平・トランプ・安倍晋三・金正恩を代表とする国家指導者が対峙しているという構図が、今の世界であるということを念頭に置けば、さまざまなメッセージが読み取れよう。

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ここで、掲示板「放知技」にアクセスすると、上掲の画面が最初に目に飛び込む。これは故飯山(一郎)さんの最後のメッセージとなったのだが、赤線を引いた「今後も金正恩は世界をリードする」という文句に注目していただきたい。そう、今後の世界の動向を考察するにあたり、金正恩に「目が離せない. 深い考察と議論が必要」なのだ。

その「深い考察」を行うには、「飯山史観」を全体的に把握していることが必要で、そのあたりをズバリ指摘しているのが、堺のおっさんの投稿である。

朝鮮にとって、自立とは歴史的悲願。それも、2000年に及ぶ悲願。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/69/


また、以下の堺のおっさんの発言にも注目したい。

北朝鮮の強みとは…

①地政学的な強み。特に旧瀋陽軍区との関係強化で南北朝鮮の統一は

朝鮮自立の客観条件を保証する。

②豊富な地下資源がこれからの国家戦略として巨大な武器となる。

宇宙開発にも不可欠な資源も豊富である。

③自立路線の金正恩が親中路線の金正男派を排除して戦略のぶれがなくなった。

④ロシアのプーチン、アメリカのトランプ、この二人にとっても自立した

統一朝鮮は対中国戦略上もカギとなる政治局面の鮮明化。

こうした中で北主導の南北統一が進められようとしている。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/68/


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こうした歴史の大きな流れを把握するには、『飯山一郎最終講義』の通読が必須となるが、同時に『横田めぐみさんと金正恩』にも目を通しておきたいものだ。

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『横田めぐみさんと金正恩』の出版を巡っては、複雑な背景があったのだが、そのあたりの一端を示す記事が『月刊日本』(2012年3月号)に書かれているので、当時の記事のコピーを本稿の最後に掲載しておこう。

また、「金王朝の “深い深い謎”」と題して、旧ブログにも同書について取り上げたことがある。久しぶりに、「月刊日本 山浦嘉久氏 日朝関係を語る 1旧宗主国としての自覚」、あるいは「特別講演会 金正日は日本人だった 7 山浦嘉久3 何故?何故?の発想」の動画を見てみようと思ってアクセスしたところ、すでに削除されていた。このあたりに、深い闇を垣間見る。

ともあれ、飯山さんの遺言「今後も金正恩は世界をリードする」、頭の片隅に置いたうえで、今日と明日の米朝首脳会談に注目していこう。

【補遺】
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古墳時代 06
人類誕生から見取り図(新天皇以降)に至るまでの流れを、どのように編集していくかという、飯山史観の編集方針がほぼ固まってきたことは、前稿「古墳時代 05」にも少し書いたが、これからいよいよ古墳時代に本腰を入れて取り組んでいく。差し当たり、人類誕生から応神天皇の御代に突入するあたりまでを、一枚のPDFファイルに纏めるという作業を進めつつ、並行して青州・大阪・〝志布志〟で受けた飯山さんの講義を核に、てげてげHPと掲示板「放知技」から、これはと思う飯山さんの投稿(ピース片)を探しつつ、一日でも早く飯山史観の古墳時代編(ジグソーパズル)を完成させていきたいと思う。

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昨日、さっそく放知技の検索フィールドを活用して、古墳時代について言及した、飯山さんの投稿全てに目を通してみた。この検索フィールドは、一つのキーワードを巡って、どのような投稿が過去に行われたのかを確認する上で、極めて便利なツールだ。ちなみに、昨日検索してみたのは以下のキーワードであった。

応神天皇
武内宿禰
神功皇后
八幡宮
古墳
豪族
北燕


検索フィールドを使うと、一ページあたり30件の投稿が表示されるのだが、検索前に抱いていた漠然としたイメージでは、「応神天皇」という言葉を含む投稿だけでも、おそらく数百件はヒットするだろうし、大変な作業になりそうだなと勝手に想像していたのだが、実際に検索してみたところ、「応神天皇」をキーワードにしても三ページのみ、投稿数にして70件程度であった。意外と少ないというのが第一印象だったし、他のキーワードにしても一ページで収まるものもあったのには拍子抜けした。

それはともかく、最初に飯山さんの投稿だけを中心に、古墳時代の史料に使えそうな投稿を、一つ一つコピーしつつ、それを終えた後は、気になった他の投稿者の文章にもサーッと目を通してみた。そして分かったことは、飯山さんを除く他の投稿者で、キラリと光る投稿を行っていたのは、今のところ二人の投稿者ということだった。一人は堺のおっさん、もう一人は小ボンボンさんである。堺のおっさんと言えば、国際情勢や日本の政治に関する投稿が多いというイメージが強いのだが、意外と古代史に関するテーマも数多く投稿しており、飯山さんの投稿同様、熟読すべしと思った次第である。

そして、もう一人キラリと光る投稿を行っていたのが小ボンボンさんだ。投稿数こそ少なかったものの、他の投稿者には無い、思わず考えさせられる独特の視点の投稿だと分かるのだし、これからの飯山史観の編集に小ボンボンさんの投稿も欠かせそうにない。

一方、読むに値しない投稿も数多くあった。そうした人たちの投稿はすべて、投稿者名をチラッと確認しただけで、後は読まずにスルーするか、読み飛ばした。

また、てげてげHPに載っている、古代史に関する飯山さんの記事のピックアップを試みたが、すべて過去の拙「飯山史観」カテゴリで取り上げたものばかりであった。よって、これに加えて、「飯山一郎の古代史」を参照にすれば、ほぼ完璧だろうと今のところ思っている。ともあれ、飯山史観の古墳時代という「料理」を作る前に、昨日集めた記事や投稿という「食材」から、どのような「料理」ができるのか、今から楽しみだ。このあたりの進捗具合については、作業日誌風に都度、拙ブログに書き連ねていきたい。

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古墳時代 05
本シリーズでは既に4本の記事を残しているが、記事の核となっているのは飯山(一郎)さんから直接受けた講義であり、2016年10月3日から6日にかけて中国の青州で第一回目の講義を受け、続く2018年3月3日~4日に第二回目を大阪で受けている。そして、『飯山一郎最終講義』(飯山一郎・野崎晃市共著 銀河書籍)への寄稿「飯山史観を後世に遺す」にも書いたことだが、本来であれば第三回目、すなわち飯山さんが全部で三回あるよと仰せだった講義の最終回を、今年あたり志布志で受けるはずであった。

亀さんには、青州、そして今回の大阪と、私の古代史観を伝えてきたが、これで終わりではありません。もう一回会う必要があります。そうすれば、亀さんに伝えたい私の古代史講座は完結します。だから、今度は志布志市でお会いしましょう!!!!!
『飯山一郎最終講義』p.147


しかし、2018年7月20日に飯山さんが逝去、最終講義は幻の講義になったと、当初は思っていた。ところが、野崎晃市博士が飯山さんが逝去した当日受けた最終講義こそ、飯山さんが亀さんにも受けてほしいと思っておられた最終講義であったことが、今年の1月下旬に志布志市を初訪問したことで追認できたのである。その意味で、飯山さんによる最終講義を志布志で〝受けることができたのは、多忙であったのにも拘わらず、案内していただいた在志布志の同志のお蔭であり、ここに心から感謝の意を表したい。本当にありがとう。

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当初の飯山史観の編集方針として、応神天皇、天武天皇、そして南北朝を中心に、飯山さんが遺してくれた膨大な飯山HP(てげてげHP)の記事や、掲示板「放知技」の飯山さんの投稿を、一つずつ丹念にチェックしていく作業を進めることで、飯山史観という巨大なジグソーパズルを完成させるつもりでいたのだが、応神天皇、天武天皇、そして南北朝だけではなく、南北朝から現代に至るまで、否、新天皇の御代になって以降の日本についての見通しも書かねばと、先月の志布志訪問で痛切した次第である。何故なら、「飯山史観を後世に遺す」ことで、5月1日以降がどのような時代になるのか、そして我々はどのように生きていけばよいのかという見取り図を示すことで、初めて「飯山史観を後世に遺す」という作業が完成すると思うに至ったからである。

新天皇となるべき御仁には,畏れ多いことながら,「バサラ(婆娑羅)」をお許しになる“徳”の深さが垣間見える.

来るべき新時代は,旧時代とは一味(ひとあじ)違った躍動感あふれる「ダイナミック・ニッポン」といった様相を呈するはずである.

◆平成30/02/18(日)  「匠(たくみ)」の熟練された神ワザは…


ここで注目すべきは、誕生日会見における皇太子殿下のお言葉である。

この国の未来を担う若い人たちが、夢を大切にしながら自分の能力を発揮できる環境が整ってきたことの証であると思います。

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ともあれ、当面手掛けていかなければならないのは応神天皇だ。膨大な飯山HPの記事や放知技の投稿から、ジグソーパズルの一部となる「応神天皇」関連のピースを一つずつ探していき、これはと思うピースをはめていく作業に、これから本格的に着手していきたい。無論、その間も本業(翻訳)に追われていない限り、拙ブログに飯山史観や他のテーマを、今まで通り書き連ねていく所存である。

ちなみに、この古墳時代シリーズだけでも、書きたいテーマが以下のようにある。

・外圧と占領
・応神天皇の出自
・墳丘墓(クルガン)と古墳
・武士の誕生
・志布志ハブ港
・唐仁古墳群
・原田古墳
・横瀬古墳
・ツランの影響
・太陽信仰と聖方位
・熊襲と隼人
・知覧 


まだまだ書きたい古墳時代のテーマが続々と出てきそうだが、その都度、作業日誌として記事にしていくつもりだ。

志布志の旅 04
志布志滞在二日目、宿泊したホテルをチェックアウト後、志布志市埋蔵文化財センターを訪問、特に印象に残ったのが原田地下式横穴墓から出土したという、軽石製組合石棺の実物であった。しばし石棺の前で時を忘れて立ち尽くしたほどで、当時の古人の心のうちに思いを馳せた次第である。

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その後、志布志市の山奥にある「かごしま ことば塾」を訪問、橋口満塾長のお話を半日にわたってお聞きした。橋口塾長は昭和22年の現曽於市大隅町生まれと、故飯山さんの一歳下だったが、亀さんから見れば人生の先輩である。その橋口塾長が多くを語り聞かせてくれた応接間に、ズラーッと並ぶ大量の日本全土の方言関連の書籍や資料に圧倒されたのだし、橋口塾長自身、鹿児島弁に関する多くの書籍を執筆しておられることを知った。中でも代表作は『鹿児島方言大辞典』(上下巻)だろう。橋口塾長が蒐集した鹿児島方言は、民俗に関するものが中心のようで、南方熊楠や柳田國男の民俗に関心を寄せる身として、橋口塾長のそうした着眼点に舌を巻いたのだし、民俗学的な視座から橋口塾長の語る話は実に興味深いものがあった。

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なかでも、驚愕したのが外域(とじょう)制度である。一般に鹿児島弁というと一つの方言程度の認識しかないのだが、人口に武士の占める割合の多かった薩摩では武士の麓(ふもと)集落ごとに102ヶ所ほどの外域に分け、かつ各々の外域ごとに方言が異なっていたのだと謂う。だから、他藩がスパイに一外域の方言を習得させて薩摩に送り込んだとしても、口から出る方言で忽ち余所者であることが簡単に見破られてしまっただろうし、そこに薩摩の動向を他藩がなかなか掴めなかった最大の要因があったことを今回知った次第である。なかでも、亀さんが長年にわたり注目してきた「加治木」という麓集落、今でも地名として残っているが、そこには西郷隆盛蘇生の家が今でも大切に保存されている。

同時に、加治木は島津家と深い関係があった。そのあたりは以下の史料に目を通していただくとして、皇統奉公衆と交流のあるさる筋から加治木について数年前、長時間にわたって話をきいており、島津家は無論のこと、西郷隆盛とも深い縁のある加治木とは何だったのかということで、さる筋の話を聞いた後に自分なりに調べたのだが、仕事に追われていたこともあって、その後は調査を中断していた。しかし、今回の橋口塾長の話を聞くに及んで、改めて島津家についての調査を再開したいと思う自分がいる。その意味で、もしかしたら飯山史観完成後の暇潰しの候補の一つになるかもしれない。
系図(島津氏<加治木島津家>)

橋口塾長のお話を聞きながら残念に思ったのは、鹿児島弁が消えつつあるという事実だ。橋口塾長の語るところによれば、鹿児島弁を話して理解できるのは、橋口塾長の世代が最後となりそうで、塾長の御子息や孫は標準語しか話せなくなっているという。50年近く前に知己になった友人が大阪や福島にいるが、古い大阪の友人は今でも関西弁丸出しだし、福島の友人の場合、小生の前では標準語で話してくれるものの、彼の祖母は福島弁そのままで、友人の祖母と話をするときは、都度友人に通訳をしてもらったことを昨日のことのように覚えている。だから、方言はそう簡単には消えてなくならないと今の今まで思っていたのだが、どうも鹿児島の場合は事情が異なるようであり、他所とは異なる土地のようだ。このあたりの真因は上掲の外域制度と麓集落にあると、亀さんは橋口塾長の話から思ったのだが、同塾長に再会することがあれば、じっくりとこのあたりについて塾長の意見を聞いてみたいと思う。ご参考までに、関西弁すらも、いずれ消えてなくなると、橋口塾長が語っておられたのを付言しておこう。そして、数百年単位で見れば、確かに橋口塾長の主張は正しかろう。

ともあれ、薩摩、すなわち島津家は文字通りの海洋国家であった。中国や琉球はもとより、多分英国とも交流が深かったはずだ。薩摩藩は下甑島へ渡航という名目で有望な藩士を一旦下甑に送り、そこから若い藩士を英国に留学させているが、そうした留学生の中から、たとえば森有礼といった人物が後に誕生している。ともあれ、海洋国と島津家、明治維新を解くキーワードの一つになりそうだ。

横道に逸れるが、絵画とは云え、西郷隆盛の風貌は南方系を髣髴とさせるに充分だ。もしかしたら、宮古島で発掘されたという縄文人がルーツかもしれないが、このあたりは近く調べてみたいと思う。

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(11)南方からやって来た縄文人

橋口塾長の話に時の経つのも忘れ、話も終盤に差し掛かって陽が傾きかけた頃、今回のミニ志布志一郎会の参加者の一人が、角田忠信博士の『日本人の脳』に絡めた質問を橋口塾長に問うた。これは面白くなるぞと思ったのだが、帰りのサンフラワー号の出航に間に合わなくなるおそれがあったので、時間切れとなったのは残念だった。再び橋口塾長に再会するようなことがあれば、塾長が大好きだという焼酎を酌み交わしつつ、以下の拙稿を紹介して意見を拝聴したり、さらには「下甑島」や「北朝鮮」について語り合ってみたいと心から思った。
北満州と日本列島 04 日本語の源流
ハンガリーと日本 「膠着語」「孤立語」「屈折語」、それぞれの違いについて
乳酸菌と漫画 日本語特有の擬声語(西洋で云うオノマトペとは異なる)


それから、橋口塾長が小生に問いかけた質問、「雪がしんしんと降る」のしんしんは、英語でどのように訳すのか、今でも亀さんは悩んでいる。山岸勝榮先生の「歌詞に見る美しい日本語―英語翻訳ができない1つの理由」と題する記事を再読しつつ、やはり「しんしん」の英訳は無理だなと、改めて思ったものである。

山岸先生の上掲の記事の他、以下の記事でも「雪がしんしんと降る」について言及しているので、関心のある読者は目を通すと良いかもしれない。
角田忠信『日本人の脳』(大修館書店)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

以上、今回を以て「志布志の旅」シリーズを終えることにしたい。そして、本シリーズに目を通してくれた読者に対しては、心から感謝の意を表したい。ありがとう。