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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
素直な心
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昨日の早朝は-4℃と、今冬一番の寒さだった。それでも、酒のつまみを買い出しに車で行くつもりでいたら、昨夜は雪が降ったのかフロントガラスが真っ白・・・。結局、雪が溶け出して払いやすくなった、11時頃に漸く出かけることができた次第だ。買い出しに行く途中、近所のスタンドに寄って満タンにしてもらうと同時に、灯油も4缶(1缶あたり18ℓ)買った。このように、車を極力満タンにしたり灯油をまとめ買いするのは、エネルギー高騰が頭にあるからで、備えあれば憂いなしということでR。


【中東情勢】原油価格はほぼ2倍になる! 米英機雷部隊ペルシャ湾へ侵入! ホルムズ海峡&バブエルマンデブ海峡W封鎖

越境3.0の石田和靖氏、エネルギー価格が高騰しそうだと語っている。小生が昨日の買い出しで灯油を購入したのも、最悪の事態、すなわちホルムズ海峡閉鎖を考えてのことなのだが、ここ数年WTI原油先物を毎朝追っている身として、最近は70ドル台で原油価格が安定しているのには釈然としていなかった。そんな折の英米によるイエメン空爆、イエメンのフーシ派にはイランが控えているだけに、近日中に米英とイランの本格的な戦争に発展して、世界的なエネルギー危機勃発の恐れがあると考えるのが普通なのに、何故、未だに原油価格が安定しているのか? そのあたりのヒントになりそうなのが以下の動画である。


【中東】英米がフーシ派を空爆!ホルムズ海峡封鎖のリスクについて解説!

このチャンネルの制作者モハP氏は現役の投資家であり、今回の英米によるイエメン空爆を精確に分析しているのが分かるのだし、小生は同氏を筋金入りのファンダメンタリストであると思っている。並行して、以下の動画もお勧めだ。


【サウジアラビア】原油販売価格を大幅値下げ!OPEC混乱で厳しい状況に直面!

サウジアラビアに肩入れしている越境3.0の石田氏とは異なり、モハP氏の場合は実に冷静かつ客観的に現在のサウジアラビアを把握しているのが分かるだろう。だから、石田氏の動画だけを見ていると、順風満帆に見えるサウジアラビアの将来を楽観視するかもしれないが、モハP氏が「サウジは莫大な親の遺産を使って現状を維持している上、大した技術も無い」と語っているのに注目するべきだ。また、サウジアラビアが中国と組んだことについてだが、中国自体も大した技術力は無い、より正確には中国は他国の技術を盗んでいる、パクリ国であることに思いを致せば、そんな中国に技術面で頼るサウジアラビアの未来は危うい。

ともあれ、なんとかしてイランを戦争に巻き込みたいということで、あの手この手でネオコンがイランを嗾けているものの、イランは大人の対応というか静観の構えを貫いているのが分かる。加えて、そのイランにはロシア、すなわちプーチンが控えていることも忘れるべきではない。

2024年にいたって、夜明けも近いことを個人的にヒシヒシと感じているが、果たしてどのような最後をネオコンが迎えるのか、そしてプーチンがネオコンにどのような止めを刺すのか、小生は期待と不安の入り交じった気持ちで日々のニュースを追っている。

最後に、本稿の表題を「素直な心」とした理由については、以下のコーヒーブレイクで確認いただきたい。

コーヒーブレイク

馬渕睦夫〜2024年最初のひとりがたり〜【保守とは何を守るのか】大和心ひとりがたり28回(2024.1.9収録)
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ユダヤとツラン
ハマス・イスラエル紛争がエスカレートしていく中、ユダヤ人についての興味深い動画を立て続けに二本観た。


ユダヤ系グローバリストがイスラエルを叩き、ウクライナに固執するワケ

深田萌絵さんは、「ソロスといったユダヤ系グローバリストが、ウクライナを支援している一方で、イスラエルを叩くのは何故?」という疑問から、中東の専門家と語り合う中、深田さんが専門家に意見を述べたところ、その専門家も同意見だったという。深田さんの話を要約すれば以下のようになる。

今のウクライナには褐色の肌をした中東系の人々が住んでいたが、そこへトルコ系遊牧民が侵入してハザール国を建立、その支配は6~11世紀に及んだ。そのハザール国の支配層は無宗教の人々であったが、キリスト教やイスラム教を国教とする、周囲の諸国から国教を選べと迫られたため、そうした周辺国に対して〝角が立たない〟ように、縁も所縁もないユダヤ教を深く考えることもせずに国教にしたことにより、周辺国の圧力を回避できたという。そして、支配層であったトルコ系の人々の中でも白人系のハザール人は、ユダヤ教を信仰し、ユダヤ人の故地はイスラエルであると信じていたシオニスト派、そして無宗教でイスラエルを故地とは思っていない反シオニスト派(後のグローバリスト)に分裂した。


こうした過去があるからこそ、グローバリストのソロスらが故地であるウクライナを支援し、一方でシオニストのネタニヤフ率いるイスラエルを非難、ハマスに資金や武器を提供しているというのが、深田さんと中東専門家の見解ということになる。


#144 イスラエル、シオニスト、ヒトラー・・・謎が解けました

イタリア在留主婦さんが取り上げている、イタリア人ジャーナリスト・ガブリエル氏は、シオニストはユダヤ人やユダヤ教を利用している秘密結社で、その背後にいるのがロスチャイルドだと考えているようだ。

シオニズム=ロスチャイルド=イスラエル国ということになる。現在、イスラエル国民の多くがシオニズムに染まっているのは、シオニストによるプロパガンダ攻勢によるものだという。そして、シオニストは戦争を起こすにあたってイスラエル国民の同意を得るため、テロリストを利用しているとガブリエル氏。だから、シオニストたちは自分たちを批判する人々を、反ユダヤ主義と言いくるめて潰してきた暗い歴史を持つ。そして、シオニストの最終的な狙いは世界統一政府だと言う。しかし、世界でパレスチナを擁護するデモが多発していることからも分かるように、世界の人々も目覚めつつあるのが現実だ。その象徴的な出来事とも言えるのが、11月11日にサウジアラビアで開かれた、イスラム圏の57ヶ国が一堂に集結した首脳会議だとガブリエル氏は主張している。


う~ん、ハザールの視点が欠落しているのは残念!

■ユダヤ人とは誰か
以上、ユダヤ人を単純に一括りにはできないということが、解っていただけたと思う。ここで、拙稿「流浪の民」で紹介した動画を以下に再掲しておこう。


田中英道×茂木誠◆ユダヤ人考察/アシュケナージ・スファラディ・ハザール etc.『日本とユダヤの古代史&世界史』

この動画では、茂木氏がユダヤ人を以下のように三分類しているのに注目していただきたい。

A.アシュケナージ
B.スファラディ
C.オリエント・ユダヤ


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ユダヤ人は三系統に区分できる

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ハザール国のアシュケナージ

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国教をユダヤ教にしたハザール国の行動を、茂木氏は「アクロバット的」と表現した


ここで、茂木氏がアーサー・ケストラーについて言及しなかったのは、時間的な制約があったからだと思うが、できれば同氏のケストラー観を一度聞いてみたい気がする。その意味で、ケストラーについて言及している松岡正剛氏の記事に目を通すといいだろう。
ユダヤ人とは誰か

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広隆寺の弥勒菩薩

それにしても、いつも思うのだが松岡氏の読書量には圧倒されるし、万巻の書を読破していく松岡氏には舌を巻く。

そのケストラーが来日し、一人の某日本人を訪ねている。そのあたりについては、拙稿「神の正体」に書いているが、以下に再掲しておこう。

『還元主義を超えて』(一九六九年)でニュー・エイジ運動の旗頭となったハンガリーに生まれた亡命ユダヤ人、アーサー・ケストラーが来日したとき銀座内科に藤井さんを訪ねてきて歓談を尽したというエピソードは、藤原肇・藤井尚治『間脳幻想』(東興書院、一九九八年刊)で読んだことがある。


ともあれ、『ユダヤ人とは誰か』(アーサー・ケストラー 三交社)を下敷きにした、ケストラーについての松岡氏の考察、長文だが実に示唆に富む記事なので一読をお薦めしたい。

■ツランとアシュケナージ
先にハザールはトルコ系の国と書いた。トルコ系ということはツランの仲間、日本人にとっては身内のようなものだ。換言すれば、アシュケナージから派生したグローバリストは、ツラン同胞ということになってしまう。かつて、このあたりについて飯山一郎さんに訊かれたことがあり、それに対して小生は掲示板「放知技」で回答している。その時の投稿は拙稿「文明の原郷ツラン」に載せた。

このあたり、世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長も困惑していたものである。しかし、最終的にアシュケナージはツランではないという結論に至り、安堵したのを昨日のことのように覚えている。確かに、日本精神が欠如しているグローバリストが、ツラン同胞であるはずがない。

それから、小生は「文明の原郷ツラン」に以下のようなことも書いた。

今後の「文明の原郷ツラン」シリーズの展開を期待しよう。また、天童さんが『みち』に著したツラン関連の記事は、巻頭言の赤文字で示した記事を参照されたい。


そのシリーズは、「巻頭言」で読むことができる。

コーヒーブレイク

【馬渕睦夫の言霊対談001】大和心とはなにか?【ゲスト:佐波優子氏】

明示録の世界
小生は拙稿「最後の審判」で、「■一神教同士の争い」という小項目を設け、一神教についての入門編の話に加えて、個人的に体験した一神教との関わりについて述べたが、同稿で紹介した一神教の動画に追加して、以下の動画も紹介しておこう。


ユダヤ教の歴史と世界を狂わす2つの思想|羽賀ヒカル

この動画で大変気になったシーンがある。

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拙稿「最後の審判」の小節「■ハヌカの祭り」の催行期間(12月8日~15日)と、羽賀ヒカル氏が主催するという大神神社でのセミナー、そして参拝の日程(12月9日~10日)が重なっているではないか・・・。ハマス・イスラエル紛争という一神教同士の紛争から、多神教や神道をも巻き込んだ、第三次世界大戦にエスカレートするかどうかの瀬戸際に、我々は立たされるのではと小生は身震いした。何故なら、これは明示録と黙示録の対立に他ならないからだ。

ここで、日本列島に御座します八百万の神々について、藤原源太郎(山浦嘉久)さんの以下の論文を、眼光紙背に徹して読み取っていただきたい。

明示録の世界(日本神道)

藤原源太郎

★黙示録の世界

 聖書・コーラン・タルムードなどに代表される世界宗教のユダヤ教・キリスト教・イスラム教は「黙示録」の世界である。唯一絶対の創造主が信奉されるが、その創造主は明確に語らず、暗黙の内に考えや意志を示すのみである。

 それゆえ、神の言葉を預かる預言書、預言者による指針が重要な役割をなす。しかし、最後の審判者は、唯一絶対の創造主以外にはありえない。そこで、信ずる神の怒りを買わぬよう信仰を守るためには、様々な律法、生活の隅々に至る細かな規則、各時代の新たなる指針を示す聖職者の存在が必要となる。

 黙示録宗教の特徴の一つは、人間以外のすべての生き物、自然界に存在するあらゆる物質は神が人に与えたものであり、それらを人間が支配し好きなように使うことを許すという点である。人間による自然支配の必然の過程として、聖書学・哲学に始まる多くの演繹体系的学術を発展させた。特に自然科学の分野では目覚ましい発展を成し遂げた。現在の世界を取り巻く環境問題は、征服的自然観の負の遺産として、人類の生存を脅かす根本問題となっている。

 演繹的思想・理念の当然の帰結として、使命感・正義感と相まって、救済と布教がこの黙示録世界の人々の欲求となるのは、自然の流れである。ただし、ユダヤの民は同族至上の観念が強く、自らのアイデンティティを頑なに守ることに専念するため、布教には熱心ではない。

 黙示録の宗教の布教は、とうぜん軋轢を他の世界の人々にもたらすとともに、彼等の内にあっても、葛藤をもたらす。

 言葉には文明の特質が染み込んでいる。つまり、言葉は信仰的・神学的あるいは哲学的な由来をもっている。このことに配慮することなく、異なる文明の言葉を単に記号として翻訳理解することは、自らの文化・文明の独自性を守るという利点はあるものの、相手の文明の本質を深く洞察することには欠けがちである。

 日頃わたしたちが馴染んでいる英語の例で考えてみよう。BECAUSEは、WHYに対する答えとして、ふつう「なぜならば」と訳されている。そして、ほとんどの場合、わたしたちはTHE REASON WHYの意味で使用している。しかし、本来のBECAUSEはCAUSE(大義、神の心)をBEにより強調している。つまり、この場合の「なぜならば」は、自分の言い分の方が互いに祀ろう神の御心に叶っていることを強調するための「なぜならば」なのである。

 その反意語はOTHERWISEである。「さもなければ」と翻訳されているが、この語には本来OTHERS(異教徒、異端分子)のWISDOM(知恵、考え方)、つまり「我に同意できないということは君は異教徒か」という主張が含まれているのである。

 智・演繹・論証・体系などを重視する黙示録世界は「正・反・合」の弁証法的思考に見られる「3」と「父と子と精霊」の三位一体の霊縛を示す「3」とを合計した「6」が象徴数である。ダビデの星は端的にそのことを示している。

★暗示録の世界
 仏典・ヨーガ・老子・荘子・孔子に代表されるもう一方の世界宗教である仏教・道教・儒教などの東洋の教えは「暗示録」の世界である。唯一絶対の神を設定するのではなく、天神地祇の存在をそれとなく教える世界である。

 指月という言葉がある。指の方向の先にはまちがいなく月が光り輝いているが、その月を見るには指だけ見ていてはダメで、自分が指差し示す境地に至らなければ、月は見えないことを教えたものである。仏典にはこのような例話、比喩がいろいろと出てくる。すべて真理は、解る者にしか解らないことを説いた話である。

 また道教は、宇宙・人生の森羅万象を陰陽の変化によって説明し、予言する教えを基としている。

 悟り・覚醒・瞑想・修行・解脱など、個々人の心の置き方、在り方を重視し、先達の導きを通じて真理に到達することを教えるのが暗示録の世界である。聖者・覚者・仙人・儒者等々の先達の実践智に学ぶことが第一義とされる。

 それゆえ、その思考回路は帰納的である。自然・天然と人間の間に垣根をつくらず、戒律も厳しくなく、家族主義的な秩序社会を志向する。戦闘的布教を好まず、異種文明とも調和しやすく、原理原則より実利的な溶け混みをする傾向が強い。自然を尊び、天然の理に従うべく努力する。神秘的思考の深まり、美と幻想の追求にその特長を見いだすことができる。「温故知新」の世界である。

 真理の発露が、厳しい論理思考に依拠しないゆえ、主観が優先され、法治より人治による社会秩序づくりを得意とする。それゆえ、指導層にとっては、正統性が常に第一義となる。階層・階級・序列が社会規範として成立しやすい。

 心・悟り・帰納・神秘・占断などを大切にする暗示録の世界は八卦に代表される「8」が象徴数である。暗示録世界の国々の国旗には星が多く使われる。

★明示録の世界
 日本神道は日本および日本人以外には、まったく無縁な世界である。つまり、世界宗教とはほど遠い位置にあるが、日本神道は「教示録」あるいは「明示録」の世界である。

 前二者の世界のような明確な宗教的指針を示す神典をもたず、教義・戒律に囚われることもない。つまり、学術的な範疇の宗教性をもたない。汎神論的宗教観に裏打ちされ、戒律も哲学も必要とせず、また演繹・帰納いずれの体系的思考にも呪縛されない。

 しかし「黙示録」や「暗示録」の型を見極め整理することになんの障害も感じない。預言的指針や強力な指導者が存在せずとも、心の在り方を律する厳しい戒律がなくとも、社会の安寧秩序を維持することになんの不安も感じない世界である。先人の知恵に則り、衆議をこらすことにより「今」を大切に心がけ、常に生成発展を目指す先験的叡智を秘めた世界である。

 伊勢神宮は「唯一神明造り」といわれている建物である。すなわち、ただ一つ、神を明らかに示している造りである。それは、数・向き・削ぎ型・組み合わせ・名の表示などで、拝観に訪れる人々の器量に則し明示・教示してくれる。その大いなる特質は、天然・自然を恐れることなく、おもねることなく、支配・征服の眼で見ることなく、天然・自然とともに語り、教え学び、笑い涙し、慈しみ慈しまれ、永遠なるものと今との調和・融合を表すのである。

 伊勢神宮は、神と今世の人間の間に、永遠の生命の息吹を注ぎ、生成発展を促し、生命意志の本源を覚醒させてくれる場である。

 「言霊の幸ふ国」が日本である。伊勢神宮に見られる型示しと言霊の教えに「明示」と「教示」のすべてが秘められているゆえに、わが国は神国という。

 伊勢神宮の内宮正面のお宮の鰹魚木の数は「10」である。その右側のお宮の鰹魚木は「6」、左は「8」である。この「明示」をいかに捉えるか。6<2>+8<2>☆=☆10<2>というピタゴラスの定理の定理たる所以を、ここに垣間見ることができる。

 つまり日本神道は、「はじめに言葉ありき」の、「6」を象徴数とする論理・演繹思考の黙示録世界と、八卦の数を基とし「8」を象徴数とする、悟り・帰納思考の暗示録世界を統合・融和しうる在り方を「教示」・「明示」している。「教示録」・「明示録」の世界の象徴数は「10」であることがおのずから会得できる。「古事記」が示す「三貴子」すなわち天照大神(10)、須佐之命(6)、月読之命(8)の神々の物語とも照合する。

 天皇陛下が「スメラミコト」のお立場にある所以はここにある。「大嘗祭」は、新たに「スメラミコト」の御位にお就きになられた新天皇が、ユキ(悠基)殿(8)と、スキ(主基)殿(6)を設営し、その両者を統べる神格(10)を示し、内外に無言で宣命する祭りごとなのである。

 古事記などに記された日本の神話・古典・詔を「言霊の幸ふ国」の眼で読み切り、民話・伝承の類に大いに心を寄せ、伊勢神宮を始めとする数々の型示しに接することにより、神々の「教示」を日本人であるかぎり得ることができる。

*文明の本質を洞察する歴史認識の必要性
 わたしたち日本人の祖先は、支那文明の精華である「漢字」を輸入しつつも、「記号」として上手く取り込むことにより、アジア周辺諸国(特に朝鮮)のように支那儒教文明に汚染されることなく日本文明を守り通した。 明治維新を契機に黙示録の世界観に裏付けられた西洋文明がどっと我が国に流入してきた。殊に戦後は、アメリカ文明に席巻されたかのような日本ではあるが、日本の根幹は決して根腐れすることなく息づいている。アメリカかぶれや西洋かぶれたち、つまり黙示録の世界の本質を見ることなく、その表層のみに振り回され、その下僕となることになんの疑問も感じない日本人が跳梁跋扈して、わが国の指導層を汚染している。

 しかし、このような「かぶれ」人種たちは、みずからの内部矛盾をまもなく露呈させるであろう。なぜなら、彼我の言葉のもつ文明の本質に対する問いかけが必要な時代に入ったからである。奇しくもこのことは、ハンチントン教授の「文明の衝突」論が黙示録世界から提起されたことによっても反証されている。 明治の先達が、「サイエンス」を科学「科(とが)の学」と訳した先験的な英知に感謝し、その英知の源をわたしたちは学び取らなければならない。

 日本人は「教示」の域に達した先達を神として祀り、その業績を後世に伝え、「明示」の型を「みち」・「道」として指針を積み重ね、後世に語り伝えるのを常としてきた。

 このような日本の神と黙示録世界のGODとを、同格に論じるのは過ちである。この過ちを是正する営為にまでさかのぼらなければ、今日の日本に内在する諸矛盾や日本と世界が直面している問題を、乗り越える知恵は出てこない。

 黙示録の世界観に律せられた憲法に呪縛され、先人の業績を否定したままで、自らの基盤を確たるものともせず、暗示録の世界に活路を見いだすような、場当たり的対処法で事に当たっても、日本および日本人の叡智が発露されることはありえない。

 今世紀末は、黙示録の世界では、終末・ハルマゲドン・メシアの再臨の時であり、暗示録の世界では、末法・弥勒下生の時である。終末あるいは末法という脅迫的呪縛とは無縁にして、常に生成発展の教えがもたらす「教示録」・「明示録」の世界に住む日本人にとって、その真髄が問われる時代である。つまり、古事記にいう「言向けやわす」の教示をいかに世界に具現するかが、今こそ日本人に求められているのである。

 そのためには、各文明の本質に対する歴史認識が不可欠であり、真実の歴史の解明と、先人の叡智とみずからの意志に基づいた言葉の発信とが、もっとも急務なのである。


最後に、山浦さんは「伊勢神宮に神は居ない」と、まほろば会で度々明言していた。このあたりについては、以下の記事も参照のこと。但し、下掲記事の記紀改竄説については同意できるものの、卑弥呼についての主張に小生は同意していない点を申し添える。何故なら、卑弥呼は遼東半島の出と小生は確信しているからである。
伊勢神宮参拝  神はいないしいたこともないテーマパークであるとわかっていても、話のついでに行ってみたいのが人情である

コーヒーブレイク

【直言極言】IAEA衝撃報告!イラン原爆3個分の濃縮ウランを保有、その時イスラエルは?[桜R5/11/16]

野におけ蓮華草
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やはり野に置け蓮華草

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掲示板「放知技」でsuyapさんと貴香さんが、萩生田光一政調会長(左)と深田萌絵さん(右)との間で、繰り広げられている〝抗争〟について投稿、並行して以下の記事について言及していたのでアクセスしてみた。
萩生田光一政調会長VS深田萌絵氏の抗争勃発! 原因は「売り込み失敗」?

上掲記事の筆者は、LGBT法案を巡っての荻生田氏と深田さんの二人を主に取り上げていたので、最初に萩生田氏について簡単に触れておこう。この萩生田氏、LGBT法案の強行成立以外にも腑に落ちなかった行動が過去にも幾つかあり、個人的に今でも心に引っ掛かっているのだが、それは以下の二件だ。

萩生田氏、土壇場で「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を検定不合格にした(文科相時代)
萩生田氏、TSMC誘致に〝尽力〟した(経済産業相)


萩生田氏は自民党本部を構成する一人ということもあり、何かの機会があれば取り上げてみたい人物だが、今回は上掲記事で展開されている深田萌絵さん評について私見を述べておこう。

■深田さんの日本精神
さて、深田さんのことだが、上掲の記事では深田さんが政界入りを狙って云々と書いている。しかし、果たしてそうか?

もし、この筆者が馬渕睦夫元ウクライナ大使の云う、君民共治(日本精神の精神とは何かを識った上で、深田さんの過去の動画を追っていたとしたら、深田さんが政界入りを狙うような女性ではないことが分かったはずだ。事実、彼女は過去数ヶ月の動画で政界入りについて、少なくとも現時点では考えていないと明確に述べているし、そんな彼女に対して政界入りを狙っていると書く上掲記事の筆者、下衆の勘繰りもいいところだ。

深田さんの過去動画を観ていれば分かることだが、彼女が同年代の友人らの生活苦に心を痛めているのが分かるのだし、半導体や家電業界だけではなく、自動車業界すらも大勢の社員が職を失う恐れがあることで、心を痛めているのが手に取るように分かるのだ。そんな深田さんの気持ちが、過去の動画で筆者には全く伝わらなかったようだ。

さて、LGBT法案を巡る一連の彼女の動画で、小生にとって一番印象に残ったのが下掲の動画だ。


萩生田氏か? 自民党から警告文「活動をやめろ」法的措置を示唆

いつもは朗らかで、ニコニコ顔の深田さんだが、上掲の動画では鬼気迫るものがあった。放知技の>>979でsuyapさんがLGBT法案を巡って、「命令の出どころが駐日米大使」と指摘していたが、その通りであり、詳細はブログ「Malt Whisper」の記事に目を通すといいだろう。
広島サミット・LGBT理解増進の裏で進む新たな原爆~原爆は2発、ワクチンはどこまでも~

■深田さんを護っている叔父様たち
深田さんに日本精神が宿っていると断言できるのは、深田さんを支援するお二方の支持者がいるからである。お二方とは松本道弘先生と稲村公望さんのことで、武士道の精神(日本精神)を己れの行動指針としている先達だ。三年ほど前の2020年9月9日、衆院第一議員会館で深田さんを中心に、スパイ防止法の講演会が開催されているが、当然乍ら深田さんと志を一にする、松本道弘先生と稲村公望さんも応援に駆けつけている。以下、お三方が顔を合わせた講演会の動画である。

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【講演 稲村公望 氏 スパイ防止法で公安警察を応援したい!
外国人よりも手引きする日本人を見張れ!】


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【講演 松本道弘氏 日本一の同時通訳者・深田さんの英語を鍛えたい!】

また、深田さんも一時間近い講演を行っている。

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【講演 深田萌絵 氏 スパイ防止法の制定について】

蛇足ながら、電力の鬼・松永安左エ門は、人間形成の上で大きく影響するものが三つあるとしている。それは、「投獄」「倒産」「大病」なのだが、ナント! 松本先生は四つ目を付け加えており、小生も全く以て同感でR(爆)。そのあたりに関心のある読者は、直接動画でご確認いただきたい。

今後、深田さんの考えが変わって、将来政界入りすることがあったとしても、彼女の人生なので傍からとやかく言うのは野暮というものだ。ただ、冒頭に掲示した蓮華草、やはり彼女は庶民という名の野原で咲く、一輪の蓮華草であり続けて欲しいと、小生は密かに願うのでR。

最後に、本稿の主題である「野におけ蓮華草」という言葉、これは小生が気に入っている言葉の一つで、私淑していた柴田錬三郎も自著の中で使っていた言葉だ。半世紀ほど前に読んだ本なのだが、何故か今でも記憶に残っている。ちなみに、この言葉は江戸時代中期の俳人・滝野瓢水の句である。- 手にとらで矢張野に置け蓮華草 -

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俳家奇人談・続俳家奇人談(岩波文庫)

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【グリコのおまけ】

日本発祥の風呂文化!江戸時代の暗闇風呂とは|小名木善行

本物の混浴というものを知らない読者は、必見でR(笑)


科学から紐解くLGBT問題|武田邦彦

天性の歌声
映画「あやしい彼女」で披露された多部未華子の歌、まさに天性の歌声と呼ぶに相応しく、特に感動したのが「悲しくてやりきれない」だった。


悲しくてやりきれない

それ以外にも同映画で多部は、「見上げてごらん夜の星を」、「真っ赤な太陽」、「帰り道」を歌っており、それらはすべてUta-Netで楽しむことができるので、一度アクセスしてみるとE-。特に、まほろば会の仲間は「見上げてごらん夜の星を」のシーンで、〝山浦嘉久〟さんが登場しているので、さぞかし驚くことだろう・・・。

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ところで、クラシック。「厳選クラシックちゃんねる」というYouTubeのチャンネルがあり、クラシックをメインにしていることから、小生お気に入りのチャンネルの一つだ。たとえば・・・


J.S.バッハ【生涯と名曲】意外と知らない?クラシック音楽界の大巨匠の人生と名作を解説(G線上のアリア/平均律クラヴィーア/マタイ受難曲など)

旧ブログでクラシックについての記事を書いたこもがある。
クラシックのすすめ

クラシックと言えば、最近は歯科&音楽ウォッチャーさんからの便りがない。元気でいるとは思うが、そろそろ新しい便りを送って欲しいところだ。そのウォッチャーさんとメールでやり取りしていた時、JINMOさんの「精神核」が話題になったことがある。小生はブログで以下のように書いた。

気になるのはウォッチャーさんの以下の言葉…

もう一人。大事な共演者が、見えないところにいる

咄嗟にJINMOさんの最新記事(『みち』9月15日号)を思い出した。いつの日か、JINMOさんとウォッチャーさんを引き合わせてみたい…。どのような音楽論が飛び出すんだろうかと、今からワクワクする。

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精神核


心のしがらみ
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2月1日に発売された『ザ・フナイ』(3月号)に、安西正鷹さんの「時間とお金の関係を読み解く」シリーズが掲載された。自動車の大量生産方式(フォード・システム)と、チャップリンの映画「モダン・タイムズ」を取り上げたもので、小生は半年ほどだったがホンダの狭山工場で、自動車組立ラインを経験していたこともあり、安西さんの新記事を貪るように読んだ次第である。以下は、米国メーカー「フォード」についての安西評だ。

「作業の標準化」と「ベルトコンベア・システム」を核として、「フォード・システム」は生産効率の著しい向上を実現し、大量の自動車を低コストで生産することを可能にしました。


一方、この大量生産システムには負の面もあり、安西さんは「人間疎外」という言葉を用いていた。日本の自動車工場の実態については、鎌田慧氏の著した『自動車絶望工場』(講談社文庫)に詳しい。

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ところで、大量生産システムの負の面を、如実に示した映画を安西さんは紹介している。それは、チャップリンの映画「モダン・タイムズ」だ。


チャールズ・チャップリン ~ モダン・タイムス | Modern Times 1936年 ‧ ドラマ/コメディ

安西さんは同映画について、以下のように評している。

1936年に制作されたこの喜劇映画は、チャップリンの代表作のひとつであり、彼自身が監督・製作・脚本・作曲を担当しました。資本主義社会や機械文明を題材にした作品で、労働者の個人の尊厳が失われ、機械の歯車のようになっている世の中を笑いで表現しています。


このチャップリンだが、以下の動画に注目していただきたい。


【今、世界はどうなっている?】林千勝×水島総 第3回「ロスチャイルド家の手練、コロナとチャップリンのプロパガンダ戦略」[桜R3/6/19]

チャップリンの裏の素顔が分かり、実に興味深い動画だと思う。

最後に、掲示板「放知技」の常連の一人である、mespesadoさんの最近の投稿を取り上げておきたい。
https://grnba.bbs.fc2.com/reply/17332230/248-249/

特に、248の以下の結語は注目に値しよう。

 「新しい時代が来る」とは、既に物理的には可能になった現代において、

あとはその「心のしがらみを捨てる」ことができたとき、現実にもそれが可

能になるわけで、その「心のしがらみを捨てたとき」が、イコール「新しい

時代の到来」ということに他ならない。


mespesadoさんの謂う「心のしがらみ」とは、どういうことか? 放知技でmespesadoさんの投稿を追ってきた読者なら、詳しい説明は不要かと思うので割愛するとして、mespesadoさんの過去の投稿を読んだことのない読者は、以下のmespesadoさんの講演ビデオを一度観ておくことをお勧めしたい。そうすれば、朧気ながらもmespesadoさんの謂う「心のしがらみ」とは何かが分かるはずだ。


mespesadoさん講演録「本当のオカネと経済の話 」

【チャップリン追加情報】

【林千勝先生㊶】麻〇太〇は現代の松方正義?チャップリンの正体

花の銀座
先週末の土曜日(6月20日)、まほろば会に久方振りに顔を出した(最後に出席したのは、東京一郎会のあった昨年の7月20日)。今年二度目の上京だったのだが、前回は1月21日、千葉県市原市に行った時で、東京は通過しただけだった。しかし、当時は東京都の外出自粛前だったこともあり、マスク姿の人は殆ど見かけなかったのを思い出す。しかし、今回は道行く人たちの殆どがマスク姿であり、久方ぶりに上京した自分には大変異様な光景に映って見えた。だから、コロナ禍以降における日本人の日常行動が、大きく変化をしている様が手に取るように分かったものである。ともあれ、まほろば会の会場が池袋から銀座に変更されたのは昨年末、だから、初めて銀座で開催されるまほろば会に出席したことになる。

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歌舞伎座

会場のある建物の前に到着し、ふと来た道を振り返ると、歌舞伎座の正面玄関が目に飛び込んできた。一度は歌舞伎を鑑賞したいなぁと思いつつ、会場のある建物の方に振り向き、中に入ってエレベーターを待っていると、池袋時代からの古友、高橋さんが建物に入ってきたので一緒に11階へ向かった。到着するとJINMOさんの奥さんが、「(嬉しそうに~)あっ、亀さん、お久しぶり!!!!!!!!!!」と、温かく迎えてくれたのだった。そして、誰一人マスクをしている者はいない…。漸く、コロナ禍以前の世界に戻れたので、ホッとした次第でR。

池袋時代の会場の場合、世界戦略情報誌『みち』の編集室で行われていたこともあり、いつも四方を取り囲む本や雑誌に圧倒されていたが、銀座の新しい会場は、ミュージシャンのJINMOさんの根城というだけあって、意外と室内はすっきりとしており、また外からの日差しも明るくて、池袋時代と違って開放感に満ち溢れ、寛げる空間が広がっていたのは嬉しかった。むさくるしかった池袋とは大違い(爆)。

高橋さんに誘われて早急に早速テーブルの席に腰を下ろし、ワインを飲み始めて開始を待った。大分酔いも回って心地良くなった頃、全員が起立、神棚に向かって二礼二拍手一礼。次に、まほろば会謹製「大祓祝詞」を全員で奉読、その後は初参加者による教育勅語の奉読、マリアさんによる和歌講話の後、安西正鷹さんの講話が数時間にわたって行われた。その後は神棚に供えた御神酒を金杯(本物の 24KGP!!!!)に注ぎ、全員で「弥栄」。後は和やかな直会《なおらい》と続いた。猿都瑠さん特製のカレー、流石は料理のセミプロフェッショナルだけあって、実に美味であった。


池袋時代のように、安西さんの講話はお金の話になるのかと思っていたら、安西さんが主テーマに選んだのはコロナウイルス。今後は暫く武漢ウイルスの話になるとのことで、今回は第一回目としてコロナウイルスの総括的な話となった。実に多岐にわたるコロナウイルスの話の中で、特に印象に残ったのが安西さんの結語であった。

 「意識が現実を創る」ことは、妄想でも迷信でも、単なる希望的観測でもない。それは量子力学というれっきとした科学の法則であり、森羅万象に等しくはたらく宇宙の法則でもある。恐怖や不安という重苦しくて波動の低い意識は、病気を創り出すもとになる。「病は気から」という諺は、先人がこの宇宙の法則を十分理解していたことの証であり、彼らが体得した英知を後世に語り継ぐために編み出した言葉である。

 感染予防やワクチンの開発といった物理的な解決手段を見つけることは、確かに大切である。しかし、それ以上に我々の意識変革の方がもっと重要だ。そこでカギとなるのが、恐怖を克服することなのである。

我々の良心がこの恐怖に打ち負かされてしまう時、身体や精神の抵抗力(免疫性)は極端に低下し、変性したウイルスのなすがままになってしまう 。せっかく「神の見えざる手」に守られていながら、自分でわざわざウイルスを凶暴化させることほど愚かなことはない。逆にいえば、ウイルスに感染しても己の恐怖心に打ち勝つことが出来れば、重症化や死に至ることはない。

 「恐怖に負けない」とは、無理に強がることではない。平常心を保ち、「自分だけは助かる」などというエゴと傲慢さも持たず、常に備えをし、出来得る万全を尽くして、自の良心に従って生きることである。

いま、世界中が金融バブルならぬ「恐怖バブル」で満ち溢れている。私は何も、恐れを 抱くこと自体がいけないと言っているのではない。恐怖は、自分の肉体的生命が危険に さらされていることを未然に察知し、その危険から逃れるために必要な感情であり、人間の本能として備わっているものだ。今回のコロナ騒動で人々が不安と焦燥に駆られるのも、生物としてはごく当たり前の反応である。だが、多くの人々は、本当に怖がるべきことを怖がらず、的外れな恐怖感を抱いてている。そして、杞憂が度を超すあまり必要以上に怖がり過ぎている。そこが問題なのだ。

 「恐怖と不安の克服とそこからの脱却」。今回のコロナ騒動はわれわれに、人々が先送りしてきた積年の課題の総決算を求めている。それなくして、我々は新文明建設の担い手となることはできない。


【追記01】
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船井総合研究所が出している『ザ・フナイ』に、安西さんの「お金」シリーズが長年にわたって掲載されている。安西さんの処女出版となった『お金の秘密』(成甲書房)をベースにしたもので、『お金の秘密』については拙ブログでも時折取り上げているが、書店に寄ることがあれば一度手に取っていただきたいと思う。そして、『ザ・フナイ』の連載も、いずれ一冊の本になることを期待したい。

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【追記02】
掲示板「放知技」でも、武漢ウイルスについて多くの意見が交わされている。特にお勧めは、ハリー・今村先生主催の「気が向いた時に有益そうな健康法を語るスレ」で、ほぼ連日のように今村先生の貴重な投稿が続いているので、一度アクセスしていただければと思う。

【追記03】
アメリカの外交専門誌『The National Interest』は、『Foreign Affairs』と並んでアメリカの二大外交専門誌の一冊だ。その『The National Interest』に最近、プーチン本人の筆による論文が発表された。内容的には、第二次世界大戦についての欧米史観を否定するもので、プーチンらしい格調高い論文である。今回の上京にあわせ、小生は論文をコピー、電車の中で貪るように読んだ。
Vladimir Putin: The Real Lessons of the 75th Anniversary of World War II

まほろば会で新しい参加者が教育勅語を奉読していた時、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」を耳にし、プーチン論文の以下の行が咄嗟に脳裏に浮かんだ。

This is why I am confident that one of the characteristic features of the peoples of Russia is to fulfill their duty without feeling sorry for themselves when the circumstances so demand. Such values as selflessness, patriotism, love for their home, their family and Motherland remain fundamental and integral to the Russian society to this day. These values are, to a large extent, the backbone of our country's sovereignty.


【追記04】
アフターウイルスについて語り合っていた時、食糧危機に見舞われる恐れがあり、最悪の事態に備えようとJINMOさんが語っていた時、参加者の一人が「水の確保」について質問してきたので、小生は拙ブログで紹介した『冒険手帳』の一読を勧めている。
え、ベストセラー第1位…?

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読者におかれても、万一に備えて食糧の備蓄を検討するとよいかもしれない。上掲の『冒険手帳』が参考になるはずだ。

また、拙ブログで「サバイバル」シリーズをアップしているので、気になる読者に一読していただけたら幸いだ。

サバイバル - 準備篇その1
サバイバル - 準備篇その2
サバイバル - 準備篇その3
サバイバル - 準備篇その4


忘れるところだったが、もう一冊紹介すべきサバイバル本がある。それは、『飯山一郎の世界の読み方、身の守り方』で、同書を推薦する理由は、拙稿「若者への遺言」に書いた。

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【追記05】
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六甲山
本日発行の世界戦略情報誌『みち』の校正を手掛けていたところ、村上学さんの深層潮流シリーズ第18話、「神戸の街と六甲山」に目が留まった。村上さんは六甲山について以下のように書いている。

六甲山の南側には、神功皇后が三韓征伐の帰途に直接指示して作らせたとされる長田神社、生田神社、住吉神社が並んでいる。光輝く禿山の南側に、まったく違う祭神の神社を三つ並べた理由は、神功皇后の大切な身内の中に、祀る神を異にする違う民族が三つあったということを意味する。どの民族も大切にする証として、それぞれの神を同等に扱ったのだ。そうすれば三つの民族はここにルーツを感じて争い事は絶対起こらない。ヒッタイトが支配地の民族をコントロールしたのと同じである。
世界戦略情報誌『みち』(令和二年六月十五日号)p.3


「ヒッタイトが支配地の民族をコントロールしたのと同じである」という記述から、咄嗟に連想したのが、ヒッタイトと日本が遠祖を一にしているツランである。拙稿「天武天皇 14」でも、ヒッタイトについて言及した記事を引用している。

大量に鉄を生産して強大な覇権を建てたのがヒッタイト、スキタイ、そして突厥だった。彼らはいずれも、古代ミヌシンスク文明の影響下にあり、いわばツランの末裔たちだった。
世界戦略情報誌『みち』(令和二年一月十五日号)p.1


同時に、「三つの民族」、あるいは「どの民族も大切にする」という村上さんの記述は、最近書いた拙稿「貴族の時代 03」を彷彿させるものがあった。

これは、日本列島に住む人たちが、彼らの中から一人だけ長(おさ)を選び、長以外の全員が「平等」であるという社会を、世界で唯一実現した国だったことを意味する。要するに、階級(身分)制度や奴隷といったものが、日本列島には生じなかったということ。これが、武田氏が言う所の世界唯一の「平等」の国として、日本列島を挙げる所以である。


「ヒッタイト」以外に、小生が注目したのは「石屋」という言葉である。

神功皇后の頃に、巨大な石の切断や加工が必要な用途としては、古墳や石棺くらいしか思い浮かばない。日本の伝統的な建築様式は、伊勢神宮がそうであるように、掘立柱を四方に立てた木造の米蔵建築である。ピラミッドや石造りの宮殿は無かったのではないか。石の文化は日本には無かったことになっている。

石の文化は無くても、なぜか石屋の文化は古代から存在していて、今に引き継がれている。

世界戦略情報誌『みち』(令和二年六月十五日号)p.3


この「石屋」という言葉から、舎人学校での栗原発言を小生は思い出した。舎人学校とは、まほろば会とほぼ同じメンバーが集い、皇室情報に詳しい栗原茂さんを囲んで、月に二回のペースで開かれていた会合である。幸い、「ヒッタイト」と「石屋」に関する、栗原さんの発言メモ(2010年12月22日)が残っていたので、以下に一部引用しておこう。

・ヒッタイトと云えば、鉄である。しかし、現代科学が懸命に取り組んでいるのにも拘わらず、未だに解明されていないのが鉄という金属だ。鉄民族たるヒッタイトは、今までの青銅文明を壊して直ぐに消え去ったのは何故なのか…。

・ベネチア、ツラン、日本は三つ巴。(日本国内に目に見えぬベルリンの壁あり)

・草原の道をつくったのは、紀元前800年代のスキタイであり、日本ではサンカと呼ばれている民族である。彼らは天皇の墓つくりのプロ集団であった(石屋)。→ 現在の北鮮をつくったのが、日本のサンカである。


村上説では日本に鉄を持ち込んできたのがヒッタイト、栗原説ではスキタイという違いがあるにせよ、どちらも遠祖がツランという点で共通している。拙稿「天武天皇 14」でも紹介した、以下の記事を思い出していただきたい。

大量に鉄を生産して強大な覇権を建てたのがヒッタイト、スキタイ、そして突厥だった。彼らはいずれも、古代ミヌシンスク文明の影響下にあり、いわばツランの末裔たちだった。
世界戦略情報誌『みち』(令和二年一月十五日号)p.1


因みに、拙稿「蘇我一族 04」で栗本慎一郎の本から、スキタイについての行を一部引用している。

蘇我氏や聖徳太子はおそらくは、一般にスキタイと呼ばれる遊牧民の特定の一角にあった人たちでミトラ教的価値観を持つ人たちであった。
『シリウスの都 飛鳥』p.3


蛇足ながら、上掲の村上稿に「出雲」、「伊勢」といった言葉が登場しているが、上記の2010年12月22日の舎人学校でも、やはり出雲や伊勢についての栗原発言があった。今回の主テーマとは外れるので、以下に当時のメモに挟んでおいた二枚のイラストのみを以下に掲示しておこう。

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それから、村上さんの「六甲山」で思い出したのが、六甲山系の金鳥山、そしてカタカムナだ。旧ブログでも「謎のカタカムナ文明」と題する記事を書いている。

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久しぶりに『謎のカタカムナ文明』(阿基米得著 徳間書店)を紐解くと、第Ⅰ章「カタカムナ文献とは何か?」の冒頭が、以下の記述で始まっていた。

樋口清之氏も調査した金鳥山
 本書で論ぜられるであろうテーマの直接の起源は、槍崎皐月が兵庫県六甲山系の金鳥山近くの山中で体験したひとつの事件にあるとされている。この金鳥山は、高級住宅街として知られる阪急沿線の芦屋と岡本のちょうど中間あたりに位置する標高五百メートルの低い山で、一見したところ、この幻想小説じみたストーリーの舞台としては、はなはだふさわしくないようにも思われる。

 しかし、山の中腹には保久艮神社があり、平安時代に編纂された『延書式』の「神名帳」にも掲載されていることからすれば、いずれ由緒ある古社にはちがいない。この神社の社殿をとりまいて、巨石を環状に配置した遺跡が鎮座している。いわゆる〝磐境〟である。

 それは社殿などの形式が現われる以前の、神道の原初的段階における祭祀形式とされており、戦前には現国学院大学の教授、樋口清之氏も実際に調査にあたったことがある。また磐境の周辺からは銅鉾が、境内や山中からは土器や住居跡が発掘されており、いずれも弥生時代のものとみられている。

磐境については、単なる原始神道的な遺跡というよりは、何らかのオカルト的パワーと密接な関係があるとする確信が、一部のエキセントリックな郷土史家たちの間には根強くあるようで、なかなか意味深長であるとこじつけられなくもない。

 昭和二四年の一二月から翌二五年の三月にかけての六四日間、樽崎皐月は助手の青年数名とともに、この金鳥山中の狐塚とよばれる塚の近くに穴を掘ってこもっていたという。それは「大地電気」の測定という研究目的のためであった。

 ある夜のこと、彼らは一人の猟師の訪問をうけた。猟師は鉄砲をガチャつかせながら、恐い顔をしてこう言った。

「お前たち、なんのためにやって釆たんだ? 泉に妙なものを仕掛けるから森の動物たちが水を飲めなくて困っているじゃないか。すぐに取り除け。それから狐は決して撃つんじゃない。兎ならあるから、ホレくれてやる」と腰に下げたものを投げだして行ってしまった。「妙なもの」とは微動量検出のために取りつけた装置である。槍崎は言われたとおりに装置を撤去した。

 つぎの夜、またも猟師は現われた。今度はすこぶる上機嫌。

「お前さんたちは感心だ。穴居しなければ本当のことはわからんもんだよ」

とほめた上、お礼にと古い巻物をとり出して見せてくれたのである。それは江戸時代の和紙に筆写したとみられ、八〇個の渦巻状に、丸と十字を基本とした図象が記されていた。

『謎のカタカムナ文明』p.21~22


上掲の引用文にある猟師こそが、あの平十字(ひらとうじ)である。もしかしたら、平十字は村上さんのいう「祀る神を異にする三民族」のうちの一民族の末裔だったのかもしれない。

最後に、今回の村上稿で最も注目したのが、「神功皇后は三韓貴族の出身」という記述だった。当時(古墳時代)は朝鮮半島から続々と豪族が日本列島に渡来していた時代であり、神功皇后が三韓貴族の出身だったとしても不思議ではない。否、三韓貴族の出身だったからこそ、新羅征伐に半島へ乗り込んだということになろう。

なを、神功皇后時代を遡った話になるが、百済、高句麗、新羅が建国される以前の前三韓について、拙稿「天武天皇 09」で触れているので、再読していただければ幸いである。

無文字社会
掲示板「放知技」の「奇人と愚人の『座敷牢』」というスレッドで、パパリンさんという人の投稿をきっかけに、いつも楽しみにしていたスケベーな投稿が脇に追いやられ、ナント、〝高尚〟な芸術論が熱く展開中… (@_@)

これわ、パパリンさんが陶芸家の田崎太郎氏について取り上げたところ、オマンゴロウさんをはじめ、虻 soluteさん、出世外人さんといった、放知技の常連さんが自前の芸術論を展開するつう図になったワケだが、そんな中、>>291で岡本太郎が登場、ふと思い出したのが飯山さんの以下の記事だった。
文字・国家をもたない縄文人が形成した
地球規模の壮大なネットワーク空間のこと


岡本太郎と言えば、読者の脳裏に浮かぶのが火焔土器だろう。飯山さんは岡本太郎について、以下のように述べている。

「芸術は爆発だ!」の名セリフを残した日本を代表する前衛芸術家岡本太郎が、日本における唯一の優れた芸術と賞賛したのは「火焔土器」と呼ばれる縄文時代中期の土器であった。

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確かに、レヴィ・ストロースではないが、フランボワイヤン(燃え立つ炎)のように見えないこともない。しかし、京都造形芸術大学の石井匠氏は、以下のように書いているのだ。

 考古学者たちは、この不可思議なモノを「火焔土器」と呼んでいる。この異様な形と文様に、燃え立つ炎のイメージを重ねたのだろう。岡本太郎もまた、この土器に根源的な美をみたのだが、彼が想起したものは「火炎」ではなかった。太郎の秘書であり、養女でもある岡本敏子は生前、こんなことを私に言っていた。

 「岡本太郎さんはね、『火焔土器は深海のイメージだ』と言ってたのよ。」

 「深海ですか?」

 「そう。『縄文人は深海を知っていたんだ』ってね。」

火焔土器のイメージ


岡本太郎が縄文土器から想像したのは「火炎」ではなくて「深海」…。石井氏が岡本太郎の身内から聞いたのだから間違いないのだろうが、もしかしたら、それは深海ではなくて「心界」あるいは「神界」」だったのかもしれないと、愚生は愚考するのでR。まぁ、それはどちらでもよい。むしろ小生が注目したのは飯山さんの以下の言…

ここで注目すべきは、1万年以上もの間、豊かで高度な文明を花咲かせた縄文人は文字を持っていなかった、 ということである。しかも縄文文化は、日本列島のあらゆる地方に伝播して展開されたのである。エジプトのナイル文明にしても、中国の黄河文明にしても、チグリス・ユーフラテス文明にしても、いずれもがせいぜい5千年足らず。これに対して縄文文化は、実に1万年以上も継続して繁栄したのだ。しかも、くどいようだが文字はなかった。文字がないのに何故に高度な文化が広範囲にいきわたったのかという疑問は、ピラミッドがどのようにして作られたのかといった謎の比ではない、世界の文明史上、最大の謎であろう。謎のスケールがちがうのだ。


そこから、飯山さんは縄文文化が日本列島を基点に、広く環太平洋一帯に伝播していった話を展開しているのだが、このあたりは小生も以下の拙記事に書いたので、関心のある読者に一読していただけたら幸いだ。
海上の道
海上の道 02

それにしても、「文字がないのに何故に高度な文化が広範囲にいきわたったのかという疑問は、ピラミッドがどのようにして作られたのかといった謎の比ではない、世界の文明史上、最大の謎であろう」という飯山さんの疑問、小生も時折だが無文字社会とは何だったのかと考察したことがあり、上記の「海上の道」でも川田順造の著した『無文字社会の歴史』を紹介したほどで、改めて同書を再読してみたいという思いに駆られた。

思えば、先日(5月1日)に体験したJINMOさん斎行の寄絃乃儀も、言葉や文字は一切なく、すべて神岩が奏でる神音であった。このあたりに、無文字社会すなわち縄文時代を解く鍵が潜んでいるような気がする。そのJINMOさんと昨年の暮れに初めてお会いした時、世界戦略情報誌『みち』に言霊について執筆すると約束してくれたが、言霊について連載を開始した時に、明快なJINMOさんの答えを知ることができるかもしれない。

空間知性体と古事記
先日、「天上界の音」という拙稿をアップしたが、先ほど読み返してみたところ、二点ほど追記したいテーマが出た。それは「空間知性体」と「ふることふみ」(古事記)である。

■空間知性体
空間知性体とは何かということだが、最初に地球外知的生命体から考えてみよう。我々の銀河系だけで二千億もの恒星があることは承知の通りだが、そうした銀河系のような銀河が我々の宇宙には、これまた千億もあるとされている。ともあれ、銀河系だけでも二千億の恒星ということは、地球外知的生命体が我々の銀河系だけに絞っても、ほぼ確実に存在しているはずだし、NHKの「コズミックフロントNext」シリーズの一つ、「どこで会う!?地球外生命体」でも同様なことを述べている。

次に、それなら空間知性体とは何かということだが、世界戦略情報誌『みち』(平成31年4月15日号)に載った、JINMOさんの記事(p.15)からその定義を引用しておこう。

すでに物質的ハードウェアを捨て去った地球外知的生命体


要は、肉体から離れた知的生命体のことを指しているのだったが、小生は死後の世界や輪廻転生などについては、この世で一度も体験していないので、「そんなものがあるかどうか、分からねぇ」と、専ら答えるしかない。だが、一方で人智の及ばぬ世界があるだろうと、心の何処かで感じているのも確かだ。

さらに、JINMOさんは空間知性体について、以下のようなことも述べている。

神、仏、霊……、様々な呼ばれ方はするが、古今東西、あらゆる時代のあらゆる文明で、ヒトがその存在を、例え知覚できないとしても否定せずに、肯定的に期待し続けている超越的存在。


これは、小生が時々用いる「霊性」と重なるところが多い。この霊性と空間知性体について、今後取り上げていく予定である。

■古事記
次に「ふることふみ」(古事記)。令和初日、JINMOさんが斎行する寄絃乃儀の前に、八幡書店の武田崇元社長らの挨拶があった。そうした挨拶の中で古事記という言葉を耳にした時、思わず背筋を伸ばしたものである。細かい話の内容は忘れたが、幾つか印象に残る話があった。

古事記序
古事記の中で「序」が最も大切であるという主張があったが、その通りだと思う。2010年5月20日に行われた第45回目の舎人学校で、栗原茂さんも以下のようなことを述べている。

『ふることふみ かみよのまき』の「古事記序」に、「時に舎人有り、姓は稗田名は阿禮、年是廿八」の行がある。ここでいう28とは年齢のことではなく、稗田阿禮のような音による伝承者人28名のことを示す。なを、「古事記序」はシャーマン風の読み方でないといけない。


毎晩風呂の中で古事記を暗誦しているが、時折シャーマニズムについて思うこともあり、ある意味、これは空間知性体に向かう道程なのかもしれない。空間知性体とシャーマニズム、今後も思うところがあれば取り上げていきたい。

成ると鳴る
古事記の上巻(ふることふみ かみよのまき)の冒頭は、「天地の初發の時、高天原に成りませる神の名は…」で始まる。幸田校訂では「成る」となっているが、それは「鳴る」であるとの主張であった。なるほどと思った。ただ、「なる=鳴る」というのであれば、同行にある「並獨神成りまして、身を隱したまひき」を、「並獨神〝鳴りまして〟、身を隱したまひき」にすると、どうも文脈が合わないのが気になるが、これは今後の研究課題としよう。

【追記1】
最近見た銀河系関連の番組で優れていたと思ったモノ。
あなたと宇宙を結ぶストーリー 銀河大衝突
映像詩 宮沢賢治 銀河への旅 ~慟哭の愛と祈り~

【追記2】
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古事記序(幸田成友校訂)

【追記3】
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世界戦略情報誌『みち』(平成31年4月15日号)に掲載された、「精神核について 4」