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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
ウイルスと日本人02
昨秋から今年の二月末にかけ、ほぼ連日、十時間以上の仕事(翻訳)を強いられていたが、武漢コロナ渦(COVID-19禍)の発生で、先月の四月下旬あたりから皆無ではないものの、仕事量(翻訳)がガクンと落ちた。幸い、昨秋から四月中旬あたりまでに、ほぼ一年分近くの仕事をこなしたこともあり、今年一杯は仕事が激減、最悪ゼロでも大丈夫そうなのが救いだ。

ともあれ、時間的な余裕ができたことから、これからしばらくはブログ記事を数多く執筆できそうなのが嬉しい。また、飯山史観の執筆が大分滞ってしまったので、そろそろエンジンを全開にして精力的に筆を進めるつもりでいるが、その前に、一ヶ月ほど前に書いた「ウイルスと日本人」の続編を書いておきたい。

最初に、前稿の「ウイルスと日本人」のメインテーマであった、「日本では感染速度が遅い」理由だが、思い出していただく意味で、以下に羅列書きの形で再掲しておこう。

1.清潔感
2.和食
3.国民性


今回、追記するのは以下の項目だ。

4.日本列島
5.AI
6.油断大敵


日本列島
15101801.jpg

2015年10月10日、NHKの「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」シリーズで、「畠山重篤×宮崎学」が放送されたことがある。特に、日本列島の土壌について畠山氏と宮崎氏が語り合っていたシーンが、個人的に強く印象に残ったこともあり、小生は以下のような感想を書いた。

畠山重篤氏のトークも宮崎学氏のトークも実に素晴らしかった。宮崎氏の森と動植物の話は目から鱗の連続だったし、畠山氏の「東日本大震災後“十年は死の海だろう”と覚悟していた漁師たちは、わずか数か月で海が驚異の回復力を見せるのを目の当たりにした」という話は、咄嗟に広島長崎に投下された原爆以降を思い出したほどである。原爆投下後、数年は草木1本すら生えないと言われていたのに、翌年には嘗ての自然が戻っていたのだ。実はコレ、乳酸菌などの菌力豊かな日本の土壌だからこそ可能だったのである。
NHKの“気配り”


これが日本列島以外だったら、こうまで短期間に自然が復活するのは困難だったのではという気がする。欧米と違って、思いのほか武漢ウイルスが日本列島で大暴れしなかったのも、このあたりに理由を見出すことが出来るのではないか…。そうした日本列島の土壌をこよなく愛する日本人の一人に堺のおっさんがおり、放知技で最近、以下のような一連の投稿を行っている。

日本は武漢ウイルスと言う未知のウイルスとの共生を選択した。

自覚的かどうかはわからないが、結果的にそうなっていく。

まさに日本でなければできないことである。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/17003576/814-816/


それに対して、小生は以下のようにレスを書いた。

こうした「共生」という〝知恵〟、決して昨日今日に突然飛び出てきたものではないはずで、昨日アップした拙ブログ記事にも書いた、「日本の感染速度が遅かったのは、何も今回の新型コロナウイルスだけではない。過去にあったペスト、コレラ、スペインかぜの時も、日本列島での感染速度が遅かった」というのは、民族としての知恵だったのか何だったのか…。このあたりは飯山史観の執筆と絡め、今後の己れの課題にしたいと思います。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/17003576/817/


上掲の拙投稿で下線を引いた箇所、「日本の感染速度が遅かったのは、何も今回の新型コロナウイルスだけではない。過去にあったペスト、コレラ、スペインかぜの時も、日本列島での感染速度が遅かった」…、実は、拙ブログで既に回答を書いていたのだ。その拙記事は、「先人の知恵」…。

かつて幾度も東北は大津波に見舞われており、その都度神社が流されてきた。それらを教訓にした先人が絶対に津波が到達することのない高台に、新しい神社を建てたということなのだ。換言すれば、神社のある高台まで避難すれば津波から逃れられるという貴重な情報を、神社という形で後世に遺してくれたことになる。このあたりは以下のサイトに詳しいので、関心のある読者は一読されるとよい。
大地震後の津波の被害を受けない神社仏閣の秘密


古(いにしえ)の神社の位置と、「日本列島での感染速度が遅かった」、いずれも先人の知恵の賜物と云って過言ではない。つまり、「日本列島での感染速度が遅かった」ことが可能だったのも、一つには日本の風土、もう一つは先人の知恵によるものなのだ。そして、そうした「先人の知恵」が生まれたのも、日本列島だったからこそなのだろう。

■AI
何故、武漢ウイルスとAIなのかと、訝る読者も多いのではないだろうか。ここは、小生の下手な解説よりも、ネット大衆紙「ブルーカラー」が作成した、以下の動画を紹介するに留めたい。


新型コロナ|NECが快挙!AI技術を駆使・ワクチン設計図を作成

天気予報などでスパコンを活用しているのは知っていたが、ウイルスにスパコンを利用するとは思いもよらなかっただけに、将来においてAIがどのように展開していくのが、実に興味深い。

■油断大敵
上掲の動画作者は、再陽性というテーマの動画も作成している。


新型コロナの謎|再陽性増加|未知の特性?

再陽性以外にも、武漢ウイルスは低酸素症という、不思議な症状を伴うことがあるようで、そのあたりは放知技でもmespesadoさんらが警鐘を鳴らしている。
コロナ「突然重症化した人」の驚くべき共通点

どうやら、人類が武漢ウイルスと「共生」していくには、もうしばらくの時間がかかりそうな気配だ。

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ウイルスと日本人
今の世界は新型コロナウイルスの対応に大童であり、掲示板「放知技」もその例外ではない。しかし、冷静に現実を把握している掲示板の読者も一部におり、嘘と欲さんもその一人だ。その嘘と欲さん、実に興味深い動画を紹介していた。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16358898/70/


【武田邦彦】政府がこの事実を公表できないのは●●だからです!

同動画を観ていた時、新型コロナウイルスで小生が漠然と抱いていた疑問、「どうして、日本では感染速度が遅いのか」について、武田氏が言及していたので思わず身を乗り出した。

日本の新型コロナウイルス感染速度は 世界の二十分の一です。


何故、そうなるのか… ここで、世界の主要国の感染速度を比較したグラフがあるので、ご参考までに紹介しておこう。

20040301.jpg
Coronavirus Disease (COVID-19) – Statistics and Research

上掲のグラフ眺めればお分かりのように、アジア諸国、たとえば日本、シンガポール、香港の感染速度が遅く、また一時は感染速度が猛烈な勢いであった中国や韓国も、最近は落ち着きを取り戻している。一方、欧米における感染速度は凄まじいの一言に尽きる。

それはともかく、何故にアジア諸国では感染速度が遅いのか…、そのあたりの背景は各国によったまちまちだ。たとえばシンガポールの場合、ごみをポイ捨てしたり、唾や痰を吐いたりすると忽ち罰金を取られるという具合に、厳しい取り締まりがあり、今回のウイルス騒動でも新法が成立、違反した場合、禁錮刑と共に最大で1万シンガポールドル(約76万円)の罰金が科せられるという。
シンガポール、新法で対人接触を抑制 違反なら禁錮6カ月も

ここで我が国を振り返るに、日本で感染速度が遅いのは、一つには日本人の持つ清潔感にあると小生は睨んでいる。たとえば、以下のブログ記事を参照されたい。
150年前の幕末・明治初期日本

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150年前の日本人の生活を浮き彫りにした、古写真集についての記事である。古写真と云えば、昔の話になるが小生は元慶応大学の高橋信一先生と共同で、フルベッキ写真について追及していた一時期がある。そして、当時の成果は旧ブログ「舎人学校」にも公開した。
フルベッキ

当時は実に数多くの古写真に接したし、古写真の専門家とも交流を重ねたものである。そして古写真を数多眺めているうち、脳裏に浮かんだものの一つが日本人の持つ清潔感であった。ちなみに、同ブログのオーナーは、渡辺京二の『逝きし世の面影』を一読しているのを知り、一層の親近感を抱いたものである。

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また、同ブログは弘前市の人が執筆しているだけに、今東光をテーマにした記事も実に興味深い。

それから、ブログ【文殊菩薩】でも野崎晃市博士が、「熱めのお風呂で新型コロナを防ぐ」で述べているように、風呂好きであるという点も日本人の清潔感を示す好例と云えよう。

ところで、上掲のグラフには台湾が載っていないが、同国の新型コロナウイルスに関するニュースで容易に想像がつくように、世界でも日本同様に感染速度が極めて遅い国の一つになっている。

20040302.jpg
台湾における新型コロナウイルス感染者、累計298人に

台湾の感染速度が遅いのは複数の要因が考えられるが、その一つが、今年の正月に台湾を訪れた時に感じた、清潔な国というものがある。

今回の訪台で最も印象に残った光景がある。それは、滞在先のホテルから北投温泉行の地下鉄駅に向かう途中で目にした、あるビル前の歩道で目撃した光景で、一人の老婆が歩道を清掃していたのである。日本では当たり前の光景なのだが、それを台湾という異国の地で目撃した時は、心から感動した自分がいたのであり、咄嗟に脳裏に浮かんだのが同じ台北に居を構える李登輝であった。
台湾と西田哲学


日本の場合、その他にも玄米・味噌汁・漬物といった伝統的な和食、今回のように外出を控えよと言われれば、大多数の国民が素直に従う国民性といった、複数の要因が絡み合っているのだろう。

そして、日本の感染速度が遅かったのは、何も今回の新型コロナウイルスだけではない。過去にあったペスト、コレラ、スペインかぜの時も、日本列島での感染速度が遅かったのであり、他国のように大惨事には至らなかったという武田氏の指摘は正しい。

20040303.jpg
新型肺炎が生み出す世界大転換

それにしても、フクイチ事故の時はノーテンキだった人たちが、今回の新型コロナウイルスでは大騒ぎをしているwww 小生にとって、フクイチ事故の時の方が遥かに深刻だったし、最悪の事態に陥った場合、祖国を捨てて生き残った日本人と一緒に、中国やシベリアへ移住しようとすら悲壮な覚悟をしていただけに、小生にとって今回のウイルス騒動なんぞ屁のカッパだ。

ヤップ島の石貨
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過日、掲示板「放知技」の本スレで、ヤップ島のsuyapさんに小生は以下のような質問を行った。

栗本の言うヤップ島の話が本当なのかどうか、お時間のある時でけっこうですので、suyapさんの率直なご意見をお聞かせください。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/713/


これは、栗本慎一郎が自著『パンツをはいたサル』の小節、「お力ネが、穣れを清める」(p.72~76)で、ヤップ島についてアレコレ述べていたので、栗本の書いていることが本当かどうかを尋ねたというわけである。すると、打てば響くようにsuyapさんが回答してくれた。そして、肝心な結論は…

残念ながら、栗本センセの話も、ブーッです(笑)
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/720/


放知技にわ、小生が恐怖心を抱く三人のアマゾネス…、でわなくて三人姉妹(suyapさん、ぎのご怪獣さん、ままりんさん)がいるんだが(花子さんつう、モー一人の姐さんも怖かったwww)、それだけに今回も、清水の舞台から飛び降りるつもりつうか、恐怖心に煽られながら(ビクビクしながら)質問した次第でR…(爆)。

なお、小生は後で無知、もとい鞭で叩かれないように、丁寧にsuyapさんに御礼の言葉を述べたことは言うまでもない。以下、小生の御礼レス…

mespesadoさん、フォーローありがとうございます。

さて…

>>717
> 「租税貨幣論」、破れたり!

加えて、

>>715
> 財務官僚はわかってんのかよ、コノヤロー!

普段は温厚な(?)mespesadoさんの言葉とは、トテモトテモ思えないほど過激www(爆)

mespesadoさんが貨幣の観点(経済学)で租税貨幣論を叩くのだとすれば、小生やsuyapさんは石貨の観点(人類文化学)で、主流派経済学を叩くつう戦法が成り立つかも…。いわゆる、「前門の虎、後門の狼」戦法…。蟷螂の斧ではあるけれども、〝連中〟(財務官僚・主流派経済学者)の正体、そして企みを暴き、白日の下に晒すのも、長い目で見れば決して無駄骨折りで終わらないかと…。人間、辛抱だ。

それにしても、「貨幣信用論」ならぬ「貨幣信仰論」とわ、けだし名言。


>>720
suyapさん、回答多謝!!! それにしても、せっかく南の島でのんびりしていたところ、しかも寝ようとしていたところ、急に叩き起こしてしまったようで申し訳ない m(.___.)m でも、お陰様で大変助かりました。近く、ブログ記事にして纏めるかもしれません。それだけ、貴重なヤップ島についての人類文化論でした!!

最初に、
__________
>栗本の言うヤップ島の話が本当なのかどうか、

残念ながら、栗本センセの話も、ブーッです(笑)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
やはり…。栗本慎一郎も目から鱗的な良いことを書いているんだが、飯山史観というフィルターに通すと、「アレ?」と思う記述が散見します。同様に、ヤップ島の石貨についての栗本の話も、suyap文化論というフィルターを通せば、「違う!」という記述も出るのではと思って(期待して)いました。

__________
石貨ファンタジーを抱いて訪れるツーリストやメディア、研究者への対応に、

ヤップ人もガイドの私もいささか辟易しています。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そうなるのも、西洋人とアジア太平洋の民の価値観が全く異なるからこそですね。

ここで我々の祖先を振り返るに、近代以前は文字で遺された中国や朝鮮の史書を通じて、東アジアの歴史習得に努めた日本人、一方、文字を持たなかったツラン民族の存在が欠落していた…。さら近代以降に及んで、今度は福沢諭吉の脱亜論が示すように、中国から西洋の価値観に飛びついて突っ走るようになり(欧米志向)、アジアの価値観から目を逸らす(アジア軽視)ことを旨としてきた。

しかし、21世紀に突入したあたりから、それではいけいなと多くの人たちが気づくようになった。一万円札の顔が福沢諭吉から渋沢栄一に切り替わるのも、そうした一つの流れを示しているの鴨…(爆)

そして、最後にヤップ島の石貨ですが、

__________
さて、その使われ方ですが、西洋に毒された現代人が想像するマネー、おカネ

ではありません、キパッ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
御意。「おカネではない」という視座、それこそ、飯山史観に織り込みたい視座です。その意味で、以下は重要な指摘だと思いました。

__________
共生社会では、人と人の結びつきが何より大事です。

そういう結びつきを作るひとつのツールが石貨なのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ホリエモンに聞かせてやりたい…(笑) 「貨幣信仰論」に倣うとすれば、「石幣合体論」ということですね(浜崎伝助とみち子さんの合体つう具合に、アチラの意味の〝合体〟でわない)。


>>721

> 「人類学で「石貨銀行」と呼ばれる石貨置き場」は大勘違いです。

このあたり、ヤップ島に根を張ったsuyapさんだからこそ分かることで、この指摘がなかったら、小生を含め一般は栗本の言うことを、今でも鵜呑みにしていたことでせう。

ありがとうございました。でわ、ゆっくりお休みください…、てか、モー朝だ。



亀さん@人生は冥土までの暇潰し

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/725/

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その後、はぐらめいさんが自身のブログに、「オカネの起源」と題して小生の投稿を取り上げてくれた。感謝カンゲキ雨嵐!!!!

父母の恩
昨日の晴れ渡った昼前、徒歩で往復一時間半はかかる母の入院する病院へ、久しぶりに見舞に行ってきた。きっかけは、仕事の合間に見た以下の動画である。



上掲の動画を見つつ、仕事に追われて見舞いに行っていなかった自分に気づき、久しぶりに病院へ足を運んだというわけである。途中、菩提寺に立ち寄って御先祖様に手を合わせた。綺麗な花が飾ってあったが、御年86歳になる叔母だなと分かるので、手を合わつつ、心の中で叔母に感謝の言葉を述べた。

病院に到着、先月、92歳の誕生日を迎えた母は穏やかに寝ている。起こすのも可哀想なので、しばし母の寝顔を眺めてから病院を後にした。

帰り道、再び菩提寺の近くを通った時、39年前に57歳の若さで旅立った父の法要時、今は亡き方丈様が唱えていた経の言葉を思い出した。

父母の恩は、山よりも高し、海よりも深し…


39年経った意味でも耳に残る言葉なのだが、あれは『父母恩重経』だったのだろうか…。当時は27歳だった亀さんに方丈様は、「父母の恩を忘れるではないぞ」と、暗に伝えたかったのかもしれない。再来週は春の彼岸、再び墓前で手を合わてきたい。

【追加】


歌舞伎と遊女
歌舞伎の元祖は、お国(出雲阿国)という遊女であった。以下は、ウィキペディアの「歌舞伎」の項に載る、お国の画像だ。

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遊女については拙ブログでも、「峰不二子と遊女」をアップしたことがあり、その中で、網野善彦の著した『異形の王権』を取り上げている。実は、飯山(一郎)さんも「てげてげHP」で同書を紹介しており、中でも注目すべきは以下の記述だ。

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『異形の王権』(網野善彦著)に登場する魑魅魍魎とした「異形の者達」が社会変革を主導した後醍醐天皇の御代.

あの躍動的な時代が…,おそらく,新天皇の御代に,またもや復興してくる予感が,ワシにはある.

新天皇となるべき御仁には,畏れ多いことながら,「バサラ(婆娑羅)」をお許しになる“徳”の深さが垣間見える.

来るべき新時代は,旧時代とは一味(ひとあじ)違った躍動感あふれる「ダイナミック・ニッポン」といった様相を呈するはずである.


◆平成30/02/18(日)  「匠(たくみ)」の熟練された神ワザは…


神計らいで、数週間前に肆部合の石碑を訪れた。飯山さんの言う婆娑羅の時代が到来するかどうかについては、掲示板「放知技」の本スレの常連さん、すなわち堺のおっさん、mespesadoさん、Conganasさん、ままりんさん、そして猿都瑠さんの投稿を熟読すれば、自ずと世界が大きく変わりつつある兆候が読み取れるだろうし、その意味で、実に面白い時代に生まれたものよと、天に感謝したい気持ちで一杯になる。

さて、ウィキペディアの「歌舞伎」の項に戻り、歌舞伎の元祖お国が遊女だったかどうかはともかく、『異形の王権』に注目すべき記述がある。

鎌倉期までは「公民」に所属するものとして、また神仏に仕える女性として、天皇家・貴族との婚姻も普通のことであった遊女は、南北朝期以降、社会的な賤視の下にさらされはじめる。

……中略……

遊女もまた、ここに聖から賤に転落したのである。

『異形の王権』p.241


何故に「遊女もまた、ここに聖から賤に転落した」のか、このあたりを深堀すると、南北朝以降の時代背景と重なるであろう、新天皇の御代が朧気ながらも見えてくる。

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長々と遊女について書いてきたが、もう一つの主テーマである歌舞伎、最近放送されたNHKの「ファミリーヒストリー」で、六代目・中村勘九郎が登場していたので注目した。「ファミリーヒストリー」は、拙ブログでも幾度か取り上げているが、今回の内容も実に良かった。それにしても、毎回同番組を見るたびに思うのは、父から子へ、そして子から孫へと受け継がれていくDNAである。

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それから、六代目・尾上菊五郎の人物に惚れた。菊五郎は妾の子として生を享け、早くに父を亡くし、大変な苦労を重ねた歌舞伎役者だったが、それだけに、同じように早くに歌舞伎役者の父を亡くした、子供たちの後ろ盾となって支援したという生き様は、人として実に偉いと思った次第である。

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また、中村勘九郎の父であった十八代目 中村 勘三郎が、平成中村座を命を削って立ち上げたことを知るに及んで、今度公演があったら一度足を運んでみたいと思った。

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中村勘九郎の二人の息子の初舞台

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中村勘九郎本人の初舞台

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息子の初舞台を心配そうに見守る父の十八代目 中村 勘三郎

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十八代目 中村 勘三郎の初舞台と父の十七代目 中村勘三郎

半世紀ほど前、『歌舞伎の見方』(石田一良 講談社現代新書)という本を入手したものの、積読のままなのだ。平成中村座に行くことが決まったら、予め目を通したいと思う。

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ゆく年くる年
本日のオンライン記事をチェックしていたところ、食生活ジャーナリストである大久保朱夏女史の記事が目に留まった。
まだ「おせち」食べる?気になる正月の風物詩

『残念和食にもワケがある 写真で見るニッポンの食卓の今』(岩村暢子 中央公論新社)という本を取り上げた大久保女史、時の経過とともに変わりゆくおせち料理を取り上げており、興味深く読んだ。

ところで、目を引いたのは以下の行だった。

同書の編集を担当した主婦の友社の中島由佳子さんは、「小さな子どもがいる30代女性を意識して制作したが、おせち作りは男性が意外とハマるかもしれないとも思っている。男性は女性に比べて相対的に段取り上手で、ハレの料理が好き。一家の大黒柱がおせちを作る家庭が増えていく可能性があるのではないか」と話す。


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「おせち料理は男が作るもの」と、今は長期入院している母から、子供時代に幾度も聞かされていたのを思い出した。よしゃ~、今回の正月には間に合わないが、その次の正月にでも、おせち料理に挑戦してみるか…

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大久保女史の記事を読み進めていくうち、少しずつ昭和三十年代の記憶が蘇ってきたところで、今度は山岸勝榮先生のブログ記事にアクセスしてみた。
家族が一年で一番忙しかった日、12月30日

昭和三十年代初めあたりまでだったと記憶しているが、亀さん家では自宅で餅を突いていた。しかし、いつの間にか近所の米屋から半畳ほどの大きさの餅を数枚買ってくるようになり、現住所に引っ越してからは餅突き機を使うようになった。今でも、暖かい冬日の差し込んだ部屋で、母が突きあがった餅を切っていた情景が目に浮ぶ。家あるいは米屋さんの突き立ての餅の方が、スーパーで買うパック入りの餅よりも、はるかに美味かったものだ。

山岸先生の記事で、特に印象に残ったのが以下の行だった。

戦後の誰もが貧しかった時代、家族が揃って「歳取り」が出来ることは本当に幸せなことだった。


亀さんが子どもの頃は、大みそかには一家全員が集まり、年越しそばを食べながら、紅白歌合戦、続いてゆく年くる年を見るのが恒例だった。残念ながら、昭和三十年代のNHKのゆく年くる年の動画は見つからなかったが、代わりに以下があった。


行く年来る年 1959~1960

1960年の正月といえば、亀さんが小学校一年生の時なんだが、なんか100年前の動画を見ているような気がして、とても自分が生きていた時代の動画とは思えなかったwww 続いて、以下は紅白歌合戦で、やはり亀さん9歳の時のものでR。


紅白歌合戦 昭和38年

この紅白歌合戦、残念ながら全く記憶に残っていない…

さて、今日は仕事部屋の大掃除と庭仕事だwww

互助の精神
今週後半、紀州田辺の友人と久しぶりに再会するにあたり、現在『南方熊楠』(鶴見和子 講談社学術文庫)を読み進めているが、時折立ち止まって本のページを閉じることがある。昨夜も、南方熊楠の独創性は何処から来ているのかと、あれこれ考え始めたためページが進まなくなった。その時、目にしたのがmespesadoさんの投稿である。
■ 「自衛隊」の方が「軍隊」よりも「格が上」である ■

読み進めながら、ハッとしたのが以下の文章だ(一部改行)。

もともと生物は、通婚可能なグループの構成メンバーを「助け合う」ことにより、将来にわたる遺伝子の繁栄に有利になることから、「助け合いの精神」「利他の精神」というものが「本能」として組み込まれています。これは霊長類たる人類にも成り立つ原則なんですが、日本以外の世界では、異なる風俗習慣を持った民族がぶつかり合うことが多かったことから、日本以外の世界では、「ゲームの理論」で有名な「やったもん勝ち」のロジックが「利他の精神」より遺伝子の繁栄に有利になってしまったことから、この「利己的」あるいはキレイな言葉を使えば「個人主義」的な倫理が主流になってしまったわけですが、ひとり日本だけが霊長類本来の「利他的」本能を維持している、ということを述べました。


ここで、七年近く前、東日本大震災の直後だというのに、整然と列をなして並ぶ同朋を思い出したのである。

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東日本大震災の被災者たち 暴動・略奪なく「助け合いの精神」発揮

mespesadoさんの云う、生物が本来持っているという「利他の精神」については、最近も「狼の群れと暮らす」という記事をアップし、ロシアの動物行動学者のヤソン・バドリゼ氏の記事を紹介したが、実は同稿では紹介しなかったエピソードがもう一つある。それが以下だ。

ある時、オオカミたちに熊から身を守ってもらい、彼は彼らが利他的になり得ることの証人となった。人間を身内の一員と見なしたオオカミたちが熊を追い払い、科学者の命を救ったのだ。


この利他的精神という視座で軍隊と自衛隊を比較した、mespesadoさんの投稿は実に新鮮であり、お見事である。ここで、他者には無い物の見方・考え方を、どのようにmespesadoさんは身につけたのか、という素朴な思いが湧き上がったのであり、しばし独創性そのものについて、アレコレ考えを巡らせていた。

そして、ふたたび鶴見の『南方熊楠』に戻り、ページを捲っていく中で、幼年期に周囲の大人たち、殊に親が子の人間形成に及ぼす影響の大きさについての行を読むに及んで、古来から引き継がれてきた互助の精神、mespesadoさんの言葉を借りれば、「助け合いの精神」あるいは「利他的精神」が、未だに残る日本列島が脳裏に浮かんだのだった。

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大陸側から見た日本列島

【グリコのおまけ1】
改憲で自衛隊に感謝を示そう

【グリコのおまけ2】
涙腺崩壊寸前!震災時助かった赤ちゃんと自衛官が1年後に再会した写真が話題に


意と知
飯山一郎さんが管理人を務める掲示板「放知技」に、平気で土足で上がりこんできたケンコー法師こと、ムーの風を少し相手にしたところ、以下のようなカキコをしてきた。

17121701.jpg
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15507578/835/

これで、ケンコー法師の人間性があからさまになったので、一応の目的は果たせたと思う。あとは、何を言ってこようがスルーするつもりでいたところ、最近の投稿で今までとは全く異なる丁寧な言葉遣いに接し、もしかしたら靴を脱ぐ気になったのではと、一瞬思ったほどである。だが、そのあたりの見極めは、もう暫く様子を見守っていく必要がある。

さて、最近「副島隆彦の英語力」を書いた折、久方振りに山岸勝榮先生のブログに訪れたことを書いたが、ここ数日の先生の記事は、人生を真摯に生きてきた人物にして初めて書ける内容の記事の連続であった。たとえば、「忘年会、酒宴、女性…」という記事…。


我が国では、酒は女性を通じて神に捧げるものであったし、その女性から男性が分けてもらうものだった。


そして、思わず目が釘付けになったのは、「我が国」という山岸先生の記述で、「我が国」ではなく「この国」と言う人たちが主流を占める今の日本にあって、大変嬉しく思った次第である。このあたり、同様に「我が国」と言えと口を酸っぱくして説く、『みち』発行人の藤原源太郎さんを彷彿させるものがある。

ところで、昨日の飯山一郎さんのHP記事、「応神天皇(ホンダワケ)が祟る時代が来る…鴨」を読み、女性宮家創設の記述があったので注目した。そして、思い出したのが舎人学校での栗原茂さんの言葉であった。幸いメモに残しているので、一部を割愛の上、本稿の最後に転載しておこう。

13030701.jpg

栗原さんの話を耳にした直後、中川八洋氏の一連の著書に接したのだが、なかでも『皇統断絶』(ビジネス社)が印象に残った。本棚から同書を引っ張り出し、パラパラと捲ってみたところ、至る所に赤や青の線が引いてある。来年三月末まで続く今の仕事が一段落した後、改めて栗原さんが語っていた男系因襲論、そして中川氏の『皇統断絶』を再読し、何等かの形で記事にしてみたいと思う。ちなみに、中川氏の『皇統断絶』については、拙稿「皇位継承」でも少し触れている。


■平成22年度歌会始
1月16日に配布された栗原さんの玉稿の第4ページ目、「昭和天皇の御製 今上天皇選録の本年の意」に記載されている、「本稿一ページ目に記載の各お歌は、すべて今上天皇の御製に連れており、さらに右六首中の一首と照合するように詠まれており、たとえば、皇后陛下の歌は今上天皇との連歌となりながら、右二番目の御製に応じているのである」だが、昭和天皇の御製「西ひがし むつみかはして 栄ゆかむ 世をこそ祈れ としのはじめに」と絡めて、栗原さんから以下のような解説があった。

「西ひがし」は、西洋文明で云うところの東西を意味しているが(ユダヤ人の不幸は、南北を知らなかった事)、皇統譜と王統譜の違いをも示している。すなわち、皇統譜とは東西南北の真ん中に天が在る。しかし、王統譜には天は無く、かつ最初は東西だけで南北は無く、後に南北が出来ている。来月1日発行の『みち』(2月1日号)の栗原稿でエジプト王国が採り上げられているが、エジプト王国は典型的な王統譜であった。
また、皇統譜は男系因襲であり、王統譜は女系因襲である。つまり、皇統譜の男系因襲は、天皇という種を蒔く畑(女性)は誰でも良い、すなわち天皇の種を育てる畑であれば誰でも良いという考えである。これは女性を尊重していることを意味する。逆に、王統譜の女系因襲の種は何処の男でも良く、それをプリンセスと云う畑に蒔くという考えであるため、連続性が無く女性を見下している形である。
古事記の観点から見れば、蛭子(中世以降は恵比須として尊崇された。すなわち、商業の神、市場主義の神)は王統譜を現しており、皇統譜を現しているのが天照大神である。そして、蛭子を産んだのがオリエントであると、古事記は明白に述べている。
また、王統譜は三角形に喩えられる。すなわち、ピタゴラスのサイン・コサイン・タンジェントである。一方、皇統譜は五角形(ペンタゴン)に喩えられ、円を入れると三角形と比較して余白が少ない。
意の世界と知・情の世界の違いであるが、文字の世界は知の世界であるのに対して、音の世界は意の世界である。人間の五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)だけの世界が王統譜の世界を現し、一方で五感に閃きるあるいはインスピレーション(意)を加えたものが、皇統譜を現している。この閃きで今日まで来たのが皇統譜である。この第六感である閃きこそ、シャーマンのシャーマンたる所以がある。


平成22年1月25日記


民族の記憶
11月22日にアップされた飯山一郎さんのHP記事、『「国民あっての国家」 「国家あっての国民」』は、国家について改めて考えさせられる記事であった。特に強く印象に残ったのが、「国家とはイノチをつなぐ装置」という言葉…。何故にイノチをつなぐ装置なのかと戸惑った読者は、同記事で確認していただきたい。

飯山さんの記事がアップされた翌日の23日、NHKのBSプレミアムカフェが「千年の王宮 プラハ城~刻まれた民族の記憶」という、初回放送が2004年の番組を放送したのだが、最近希に見る優れた番組だった。何故なら、同番組を見るまでの亀さんのチェコ史の知識は、あたかも完成前のジグソーパズルのピースの如くバラバラだったのだが、同番組のおかげでチェコ史という、一つのジグソーパズル作品を完成できたからだ。

それだけではない。同番組を見ながら、自然と今の日本と較べている自分がいたのだし(たとえば、チェコを占領していたハプスブルク家を、最近まで官邸を牛耳っていたネオコンと重ね合わせる等)、国家とは何か、国家の中にあって国民はどうあるべきか、といった様々なことについて思索を重ねつつ、冥土までの暇潰しを如何に過ごすべきかについて、ある意味でヒントを提示してくれた番組となった。

以下、同番組で印象に残ったシーン…。

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水先案内人を務めた高校生のペトラ・トウショバーさんと、プラハ城ガイドのヤロミール・ボトゥーチェ氏

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チェコの礎を築いたヴァーツラフ1世(907 - 935)

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プラハの街を造ったカレル4世(1316 - 1378)

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16世紀前半から20世紀前半までチェコを支配していたハプスブルク家、その一人マリア・テレジア皇后(1717年5月13日 - 1780年11月29日)

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チェコスロバキア共和国の独立を勝ち取った初代大統領トマーシュ・ガリグ・マサリク(1850年3月7日 - 1937年9月14日)

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チェコをドイツに編入したアドルフ・ヒットラー

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ドプチェク、そして高校生トウショバーさんの父トウッシュ

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1968年8月26日に起きたプラハの春

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ベルリンの壁崩壊を受けて起きた1989年11月のビロード革命

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1989年12月29日、プラハ城でハヴェル大統領就任式

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かつては学生運動家だった父と語り合うトウショバーさん

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プラハ城に掲げられている旗のチェコ語の意味は「真実は勝つ」


運慶
22日の衆議院議員総選挙を巡って、大手マスコミからは決して得ることのできない貴重な情報が、掲示板「放知技」で連日のように飛び交っている。そして面白いのは、公示日の数日前から流れが総選挙そのものから、次第に総選挙後というテーマへシフトしてきたことだ。また、「ネオコン(小池百合子)vs.民族独立派(安倍晋三)」という構図を念頭に置けば、明らかにネオコンの失策、殊に小池百合子の「踏み絵」事件が大きく響いたことが分かるのだ。ここで、ジャーナリストの田中龍作氏が、小池百合子の「選別と排除」の実態を示す、あからさまな文書を公開しているので以下を見ていただきたい。

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http://blogos.com/article/249859/

そうした折、東京国立博物館の運慶展(9月26日~11月26日)に歩調を合わせるかのように、NHKで「仏像ミステリー 運慶とは何者か?」というドキュメンタリー番組の放送があった(10月7日)。そして、番組を鑑賞して強烈なインパクトを受けたのが、無著と世親の両立像である。

NHKはナレーションで両菩薩について、以下のように解説している。

兄・無著の潤んだような瞳は、慈しみ深さとも悲しみとも受け取れ、 少し俯いた表情からは、経験を積んだ老人の思慮深い人柄まで伝わってきます。一方で、弟・世親は胸を張り、若く、肉付きの良い顔を上げています。現実を鋭く見つめるかのような眼差しから、強い意志や理想に燃える思いまで伝わるようです。


また、以下のナレーションも脳裏に焼き付いた。

仏の教えを大切にする心を 運慶はそれを無著と世親の姿を借りて語りかけたのだ。無著と世親という、ここまでの仏像を彫ったということは、運慶自身の精神性の高さを表している。運慶は只の仏子ではないと改めと思った。


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確かに、亀さんも番組で強く印象に残ったのが、運慶作の無著と世親の両立像であった。テレビの画面からだけでも、無著の静かだが海のように深い信仰心と、世親の荒々しくも山のように高い求道心が伝わってくるのだし、実物と対面した暁には両立像に圧倒されるに違いない。

番組の水先案内人は、ロボット専門家の石黒浩氏と女優の檀れいさんが務めた。「運慶が創る仏像も、自分がを創る人間そっくりのアンドロイドも、究極的には人間とは何かということの探求」と主張する石黒氏、なかなか含蓄のある言葉だったが、それ以上に目を見張ったのが檀さんの言葉であった。その檀さんは石黒氏と一緒に興福寺を訪問、同寺の多川俊映貫主の案内を受けたのだが、無著と世親の両立像の前で交わされた多川貫主と檀さんのやり取り、実に思うところ大であった。

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亀さんは二十代の頃に宗教、殊に仏教関係の書籍を多く読んでいるが、仏像に関してはNHKブックスの『仏像 心とかたち』と『続 仏像 こころとかたち』の二冊の他、講談社現代新書の『仏像に想う』(上・下巻)の二冊に目を通したことがきっかけとなり、京都・奈良を中心に多くの仏像と接してきた。

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爾来40年近くの歳月が流れ、檀れいさんのように仏、あるいは身近だった誰かに己れが観られている(見守られている)のではと思うことが、時々ある。以下は番組のワンシーンだが、興福寺北円堂に安置されている無著と世親の両立像と対面し、自然に手を合わせている檀さんとは対照的に、隣で手を合わせようとする素振りすら見せない石黒氏との違いは、仏について男性は頭で受け止め、女性は全身で受け止めるという差のように思えた。ともあれ、女性の檀さんが番組の最後で語った以下の言葉、還暦を過ぎた今、漸く納得できるようになった自分がいる。

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他人は騙せても、自分、そして仏様は騙せない。運慶は仏様に見られているという感覚を持っていた人だったように思います。


この檀さんの言葉を受け、全身全霊をかけて仏像に挑んだ運慶像が浮かんできた。