fc2ブログ
プロフィール

亀さん

Author:亀さん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

kamesan

人生は冥土までの暇潰し

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
古事記に学ぶ
古事記を初めて手にしたのは、高校の卒業式が間近に迫った1971年3月だった。同級生の間では最後の高校生活ということで、多くが日本各地へと卒業旅行に出かけていった。だから、小生も彼らの刺激を受け、卒業旅行をすることにしたのである。そして、できるだけ遠くに行きたかったということもあり、最終的に選んだのが九州だった。旅立ちの日、ガイドブックを片手に東京駅へ向かい、西鹿児島行の夜行列車に飛び乗った。そのあたりについての詳細は、旧ブログにも書いている。
『古事記』序

二週間にわたって九州の主な観光地に足を運んだわけであるが、訪問先の一つとして選んだのが高千穂であった。神話の地を訪問するということで、小生は岩波書店の文庫本『古事記』を街中の書店で購入、出発の前日まで通読しておこうと張り切ったものの、上掲のブログ記事にも書いた通り、当時の自分には古事記は珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)な書物だったこともあって、早々と通読を諦めてしまったという苦い思い出がある。


高千穂神楽 手力雄の舞

実は、旧ブログには古事記について以下の記事も書いている(本ブログでも古事記についての記事を33本書いているが、ここでは割愛)。たとえば・・・
古事記 深奥の世界

上記のブログ記事で小生は以下のように書いた。

己れの身に明日、明後日、そして将来にわたって、何が起きるかを知ることが肝心です。譬えで云えば、暗礁に乗り上げないように航海を続けていくことが、長い人生を生き抜く上で大切なのです。よって、自身だけではなく自身の身の回りで起きている出来事、すなわち国際政治・経済の正確な潮流を掴み、それに基づいて己れの行動指針を決定していかなければなりません。そして、世界の動向を知るための最大のヒントが、実は古事記に隠されており、ここに世界のリーダーたちが必死になって古事記の解釈に取り組んでいる所以があります。


つまり、これから自分に起こることを識り、どのように生きていくべきか、対処していくべきかという、人生の指針、羅針盤となるのが古事記なのだ。このあたりを念頭に、以下の動画を観ていただきたい。


日本の秘密は古事記にある!小川榮太郎さん

動画を観れば、綿々と続いてきた日本文化というものが、今や絶滅の危機にあるという現実が分かるだろう。これは、小川榮太郎氏も語っているように、日本列島に住む人々の民度が下がったからに他ならない。

ともあれ、小川氏の語る古事記観に耳を傾ければ、己れとは何者か、何処へ行こうとしているのか、朧気ながらも見えてこよう。それには日本文化、すなわち日本の秘密について、古事記から学ぶことが肝心である。

【追加動画】

【古事記の真相】祖先が現代人に残したメッセージ/ウマシアシカビヒコヂ|小名木善行

スポンサーサイト



最澄と空海
菩提寺が真言宗(智山派)ということもあり、小生が子どもの頃は寺が檀家の子どもに、真言宗の教えを説いたマンガ本を配布していたので、子ども心にも空海は身近な存在であった。高野山へは高校の修学旅行で一度訪れたきりだが、機会があれば再訪してみたいと思っているし、足腰が丈夫なうちに四国八十八ヶ所の霊場を目指し、在りし日の母同様に巡礼の旅をしてみたいとも密かに思っている。

ちなみに、拙ブログでは空海を幾度か取り上げており、たとえば、「飯能と明治神宮」といった記事をアップしている。

空海と並び日本仏教の開祖と云えば、もう一人に最澄がいる。この最澄と空海を取り上げた書籍は汗牛充棟の如くあり、とてもではないが全てを読み通すことはできない。以下はその最澄と空海を取り上げた動画だが、同動画を観ながら改めて思ったこと、それは、小生が十代の頃に世界を放浪したのも、もしかしたら空海に背中を押されたためかもしれないと、ふと思うことがある。


最澄と空海、その違いが一気にわかる|小名木善行

最澄は後漢最後の皇帝であった献帝の末裔であり、一方で空海は佐伯氏の出である。「佐伯氏とは何者か?」あたりを読めば。佐伯氏は「日本古来の種」であることが分かるだろう。そして、小名木善行氏は上掲の動画で以下のように語っている。

空海は日本の神道的な考え方をする。あらゆる自然のものは全て尊重されるべきものである。人間と自然は共存すべきものである、人と人が仲良くしなければいけない。これらが空海の根底にあった。


動画の終わりに小名木氏は、「空海は時代の異端児」と喝破、「絶対に正しい。これだけを真っ直ぐに生き続けた。実践し続けた。そういう人物であった」と空海の人物を語っていることからも分かるように、空海について小名木氏には語りたいことが山ほどありそうで、今後の動画が楽しみである。

22092101.jpg
四国八十八ヶ所霊場巡りのお遍路さんたち

内なる霊
本ブログの開設時、「ブログ開設のご挨拶」と題する記事をアップ、その時に小生は神棚について以下のように書いた。

自宅の神棚の小社を昨年末の大安の日に、産土神社の宮司にお清めをして戴き、新しい小社に取り替えて新年を迎えました。


早いもので、神棚も間もなく十年目を迎えようとしている。その間、海外旅行など家を空けた日を除き、一日も欠かさずに毎朝神棚にお供えし、二拝二拍一拝を行ってきた。これを習慣化できたのも、世界戦略情報誌『みち』の執筆者と読者が集う、まほろば会のお陰である。よって、本稿では神道に纏わるテーマを中心に筆を進めてみたい。

■神棚の起源
神棚が今のような形となったのは、江戸中期と比較的新しい。そして以下の動画を観ればお分かりのように、〝神棚〟を初めて祀ったのは天照大神だった。


9割の日本人が忘れてしまった神棚の起源|窪寺伸浩×小田真嘉

■神棚と日本精神
小生は毎朝神棚の前に立つわけだが、神様にお願いをしたということは、今までに一度もない。だから、神様に語りかけるのは、専ら誓いを立てる時である。たとえば、「日本を良くするため、この一年を過ごします」といった具合にである。ちなみに、小生が二拝二拍一拝のお手本としているのは、畏れ多いことだが上皇陛下である。何年か前、漠然と古神道に関するテレビ番組を観ていたら、何処の神社か今では忘れてしまったが、上皇陛下が二拝二拍一拝をされている御姿を、その背後から撮影したシーンが放送されたことがあった。一度観ただけではあったが、何故か今でも脳裏に焼き付いている。だから、今でも時々、その時のシーンを思い出しつつ、神棚の前で二拝二拍一拝を行っている次第だ。

さて、以下は神道とGHQについての動画だが、通しで観ることにより、神棚を家に祀ることの大切さを教えてくれる動画でもある。


GHQの政策?日本人はなぜ神棚を祀らなくなったのか|窪寺伸浩×小田真嘉

■内なる霊(ひ
最後に、はせくらみゆき女史の動画を紹介したい。はせくら女史はイタリアに滞在時、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に、足蹴く通っていた時期があった。そして、教会のある席に座ると、いつも場あるいは空気とでも言うのか、〝気配〟を常に感じたという。

小生も十代の頃にロンドンで生活していた時、ある日ウェストミンスター寺院を訪れたことがあり、その時に体験したことは今でも忘れられない。寺院の中に足を一歩踏み入れた瞬間、全身を打たれたような感覚とでも言うのだろうか、荘厳な何か、換言すれば人智を超えた何かが、自分を包み込んでいるような感覚に陥ったのである。これは、はせくら女史が謂うところの〝気配〟と相通じるものだったのではないかと、今にして思う。そのウェストミンスター寺院で明日の19日、エリザベス女王の国葬が執り行われる。


学校では教えない日本人にとっての神様とは?|はせくらみゆき×小名木善行

ここで、はせくら女史は「令和ルネサンス」について言及、これは、人間に本来備わっている「神性が復帰する」ことなのだと云う。そのあたりを女史は絵画で表現したわけだが、小生も多少の絵心があったこともあり、ロンドン滞在時に最も熱心に通ったのが美術館だった。今にして思えば、それが日本精神を追い求めてきた、自分の原点だったと気づかされたのである。その意味で、同じく絵画を通じて日本文化の神髄に迫った、はせくら女史の気持ちが良く分かったものだし、同時に優れた日本文化の解説動画にもなっていた。

■大祓詞
最後に、出口王仁三郎の天津祝詞を以下に掲げておこう。王仁三郎については、いつの日か記事にしたいと思っている。


【出口王仁三郎・奇跡の肉声】天津祝詞

天皇と伯家神道
今朝、エリザベス女王死去の訃報に接し、英国に滞在した十代の在りし日を懐かしく思い出すと同時に、同国の未来に思いを馳せた。そして、同時に思いを馳せたのが天皇、そして伯家神道だった。

何故か?

以下は伯家神道についての記事だが、故山浦嘉久さんを中心に、まほろば会では多角的に語り合われたテーマであり、2013年2月に行われたまほろば会の報告書にも、小生は伯家神道についての記事を紹介している。
伯家神道が予言する 2012年 天皇家の終焉

単刀直入に言えば、この記事内容は伯家神道の予言についてであり、その予言とは天皇家が終焉を迎えるというものだ。そして、2012年当時の山浦さんは、その予言通りになるだろうと語っていた。

一方、伯家神道の予言は単なる都市伝説だとする識者もいる。八幡書店の武田崇元氏だ。


これが伯家神道や

山浦さんと武田氏、お二方とも古神道について造詣の深いこともあり、どちらの考えが正しいのかは読者に委ねるとして、小生自身は山浦さんの意見に与する。

もし、山浦さんの言うとおりになるとすれば、果たして本当に皇統は滅びるのだろうか・・・。それに対して、否と答えているのが保江邦夫氏だ。


衝撃!今、明かされる令和の天皇の秘密 物理学者・保江邦夫

羽賀ヒカル氏が冒頭で語っているように、「神社チャンネル史上、最もぶっ飛んだ話」とのことであり、伯家神道の予言を知らなかった読者からすれば、俄には信じ難いというのが正直なところだろう。

ともあれ、保江氏の語っていることの真偽はともかく、小生は伯家神道の予言が本当であろうと、そうでなかろうと、どちらでもよいと思っている。そう思う理由は、何万年という時間を経て日本人の血肉となった、日本民族のDNA、日本人の物の見方・考え方であり、万一仮に皇統が途絶えたとしても、日本精神は不滅であり、そのあたりについて小生は放知技にも書いた。

何等かの〝事件〟により、仮に秋篠宮家が天皇を継承できなかったとしても、また旧宮家の男子の誰も皇室に入らなかったとしても、小生は全く心配していません。
https://grnba.bbs.fc2.com/reply/17349208/333/


心配するに及ばないという理由の一つとして、光格天皇の件を小生は取り上げたが、この例からも解るように、仮に現皇室が途絶えたとしても、日本人の血肉となった日本精神(日本の心)は微動だにしない。だから、日本精神が消えるとすれば、日本列島が沈没するか、世界の言語のルーツである可能性の高い日本語が消えた時だろう。

しかし、この点も心配には及ばない。そのあたり、以下に転載した飯山さんの投稿を一読すれば納得いただけよう。

ところで,日本の天皇だが…,今上陛下は決して孤独ではない!

『日本書紀』や『古事記』を編纂されて「日本の形」を示した天皇家のまわりには,草莽の志士!
といわれる無数の人間の集団が何層もの階層構造を成しているからだ。

この『草莽の志士』たちこそが,じつは,皇統奉公衆・御庭番・草・草莽群として全国に散らばり,
“(天皇を中心とする)日本”を守護し,“日本文化”を形成してきたのです!

https://grnba.bbs.fc2.com/reply/15662298/455/


怪しい彼女
『あんどーなつ』という漫画がある。過去に何本か『あんどーなつ』についての記事を書いた記憶があったので、念のため検索して確認したところ、ナント26本も・・・。最近、『あんどーなつ』がテレビで再放送されていることもあって、久しぶりに漫画本を読み返してみたのだが、思うところが多々あった。

22081501.jpg

左上に赤下線を引いた「他から来た物を上手に取り入れた」、小生が放知技に投稿した以下の行とも相通じるものがある。

そうした概念が「日本列島」に人が定住し始めてから、気の遠くなるような時間をかけて、今や日本人のDNAの一部にすらなっているように思えます。
https://grnba.bbs.fc2.com/reply/17349208/333/


対象が漫画本の場合は和菓子、放知技の場合は皇統という違いはあるにせよ、そこには日本列島に住む我々の祖先たちが獲得したDNA、つまり日本の心とも呼ぶべきものが読み取れるのだ。

ここで、各国版の映画「怪しい彼女」に目を転じてみるに、改めてそうした思いを強くした自分がいる。拙ブログで日本版「あやしい彼女」について、過去において4本の記事を書いているが、今回は他国版の「怪しい彼女」について取り上げてみよう。

22081502.jpg

小生は日本版「あやしい彼女」を観てからというもの、思うところがあってオリジナル版である韓国版「怪しい彼女」、続いてベトナム版や中国版も観てみた。基本的にオリジナルである韓国版の「怪しい彼女」が、各国版の下敷きになっているわけだが、それぞれの映画に各国の国民性が滲み出ており、個人的に実に面白かったと思っている。

日本版も他国版同様、オリジナル版である韓国版を下敷きにしつつも、上掲の『あんどーなつ』の言葉にもあるように、実に上手く日本の心を表現していたと思うし、ある意味、まったく別の映画になっていると個人的に思ったほどである。ここに、他から来た物を上手に取り入れてみせた、日本版の制作スタッフによる匠の技を見るのだし、日本人の琴線に触れる映画になっていた。

以下、四本の映画を見比べた上での簡単な小生の感想である。

■お天道様
日本語版では「お天道様」という言葉が幾度か登場している。また、「お天道様」と題するブログ記事も書いたこともあり、ここに、日本の心を見る思いをしたものだ。

22050102.jpg
あー、駄目、絶対駄目! 二度とお天道様の下を歩けなくなるよぉ・・・


他国では同シーンがどのように演じられたか、比較の意味で画像を並べておこう。

22081505.jpg
地獄で閻魔様に脅されたって、いけないよ・・・ (韓国版)

22081503.jpg
ダメだよ・・・ (ベトナム版)

22081504.jpg
無理・・・ (中国版)


■歌
天性の歌声」と題した拙稿で、大鳥節子(多部未華子)が歌った「悲しくてやりきれない」を紹介した。歌に関して言えば、ベトナム版や中国版の歌も良かったが、個人的に最も聞き惚れたのが、オ・ドゥリ(シム・ウンギョン)の「雨水」だった。


『雨水』(字幕追加版)シム・ウンギョンさんShim Eun Kyeong

■家族
4ヶ国の「怪しい彼女」を見終えて思ったことは、主テーマは「家族」と断言できるということだ。拙稿「子は親を選ぶ」でも、個人的に最も感動したシーンとして紹介している。

22050601.jpg
お前がいたから、私はお母さんになれたんだ。

その点、韓国版の同シーンも良かったと思うが、個人的に最も感動したのは、以下のシーンだった。

22081508.jpg
いい夢を見たよ。あんなに楽しい夢は初めてだった・・・

自分が元の姿に戻ってしまうというのに、歌手になった夢を棄てることになるというのに、胸を高鳴らせた恋人を失うというのに、血を分けた孫の命を救うため、躊躇うことなく孫に輸血するオ・ドゥリ、そんな彼女の胸中を一掬の涙で表現したシーン、実に見事である。

まとまりのない記事になってしまったが、小生の映画関係の友人や知人、今回の拙稿を読んでどう思ったのか気になる。ここは、感想の一つや二つを寄せてもらえたら有り難い。

人生百年
今回の参院選(7月10日)で注目した点の一つが、参政党、殊に吉野敏明候補(落選)の健康論だったが、健康と言えば気になったのが、炎天下で全国を演説していた、御年79歳(1943年6月3日生)の武田邦彦氏だった。ところが、「【参政党】武田邦彦7/11今回の選挙で釈然としない強く思った事が有ります」(9:30~)で、「身体はむしろ元気になったような気がする」と語る武田氏の言葉に思わず耳を傾けた。そのあたりは、武田氏が元気に数々の演説を見事にやり抜いたことからも分かる。どうして、それが可能だったのかをつらつら考えるに、「真剣な仕事」と武田氏は表現していたあたりにヒントがある。この言葉は、「志」という言葉に置き換えることができよう。つまり、「日本を良くしたい」という志が、武田氏をして二ヶ月間をやり通せた、元気の素だったのではと思う。

ここで、日本人の平均寿命だが、厚生労働省のHPが示すとおり、敗戦から二年が経った昭和22年(1947年)、日本人の平均寿命が有史以来初めて男女とも50歳を超え、今日では男女とも八十歳を超えている(2020年の日本人の平均寿命は男性が81.64歳、女性が87.74歳)。

しかし、平均寿命という概念の盲点は、二点あると個人的には思っている。

一点目として、たとえば男性の平均寿命81.64歳が意味するところは、その時点で既に半分の男性が亡くなっているということだ。そして81歳以降は高齢化も手伝って、死者数が激増しているのも、当然と言えば当然である。

22081101.jpg
どんな先見性のある人も見落としがちな人生の死角とは【仏教の教え】
(※150人というのは、70歳の時点で亡くなった人が千人あたり150人ということ)

二点目は健康寿命の視点が抜け落ちていることだ。厚生労働省の定義によれば平均寿命とは、「0歳における平均余命」であるとしている。一方で健康寿命は、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と同省では定義している。ちなみに、2016年の健康寿命は男性72.14歳、女性74.79歳。

以上を念頭に、武田邦彦氏が寿命について、ユニークな持論を披露していたので紹介しておこう。


【武田邦彦】朗報!トンデモない事が起きた!スグにこの2つを準備してください!

武田氏は日本人の平均寿命が、男女とも80歳を超えるようになった今、各々の人生設計を見直すべきだと主張している。つまり、誕生してから50歳までを人生の第一ステージとし、50歳から100歳までを人生の第二ステージとすることで、二つの人生計画を立てようと主張しているわけだ。

では、第一と第二の人生ステージの大きな違いは何か? 上掲の動画を観て個人的に思ったこと、それは責任、つまり、五十代に突入するあたりまで、人には家族を路頭に迷わせないという責任があるということだ。たとえば生命保険を例に挙げれば、子どもたちの教育費、特に大学にかかる費用は莫大なもので、学資を稼ぐべく父親は四十代から五十代にかけて馬車馬のように働かなければならない。だから、自分に万一のことがあった場合、家族が路頭に迷うことのないよう、充分な生活費を遺すべく保険をかけるが、六十代以降は自分の葬儀代ていどを遺しておけば、別に生命保険に加入する必要もなくなるのだし、県民共済あたりに入っておけば、医療制度の充実した日本でなら充分だ。人間ドックにも行く必要がないし、一日一食、玄米を充分に咀嚼し、おかずは味噌汁・梅干し・漬け物、そして時には焼き魚の一つもあれば充分だ。だから、食費も大してかからない。

以下の動画(前編・後編)で武田氏が語っていることだが、同期の仲間よりも武田氏が元気なのは、日本のため、つまり日本を良くしていこうという志があるからだ。一方で、早くに定年を迎え、毎日が日曜日で時間を持て余している同窓生は、一気に老いているのが分かる。


【死生観】「今日一日がんばろう!」はやらない…江戸っ子精神が後悔しない生き方??前編【政党DIY→参政党 赤尾由美×武田邦彦】


【死生観】お金が先行した人生というのは日本的ではない!富貴を求めすぎると不幸になるメカニズムとは 後編【政党DIY→参政党 赤尾由美×武田邦彦】

以上、50歳を過ぎてから考えるべきは三点だけで、それは、健康・お金・人間関係だと言う。ともあれ、仮に100歳まで生き長らえたとして、50歳からの第二ステージのお手本は無いので、手探りの状態で我々は前に進んでいかなければならないのが現実だ。

それから、上掲動画の主テーマは死生観だが、赤尾由美さんは東大の医学博士(矢作直樹)に、「人間は事故や病気で亡くなるんではなく、持って生まれた寿命で亡くなる」と言われたという。

死生観・・・。小生は昨秋、背骨を骨折して長期の入院をしたが、入院時に医者から、「死ぬかもしれない」と脅されたものだ。しかし、その時の小生は別に動揺することもなく、「あぁ、そうですか」ていどに聞き流したものである。一方、付き添いをしていた家人は、言葉が出ないほど呆然としていたのをありありと思い出す。

最後に、以下に仏教関連の動画を紹介しておこう。


70歳からの「幸せな過ごし方」【仏教の教え】

上掲の動画では、真の幸せは身近にあること、そして七十年という人生体験を、後生に遺すことの大切さを語っているのだが、来年は古希を迎える身として全く以て同感だ。これからの日本を背負う若い世代の日本人のため、今後もできるだけブログ記事を書いていきたいと思った。

片仮名
神代文字(かみよもじ)というのがあり、ウィキペディアでは以下のように定義している。

神代文字とは、漢字伝来以前に古代日本で使用されたと紹介された多様な文字、文字様のものの総称である。


数ある神代文字の中でも、小生が特に熱心に追究したのがカタカムナであった。カタカムナについては拙稿「六甲山」でも少しだけ触れており、旧ブログでも「謎のカタカムナ文明」と題する記事を書いている。

20061501.jpg

カタカムナと云えば、カタカムナを世に知らしめた槍崎皐月氏、その直弟子であった宇野多美恵女史を紹介しないわけにはいかない。小生は、たまいらぼ出版の社長、そして光寺の住職でもある、玉井禮一郎さんとは親しく交流をさせていただき、玉井さんの依頼で「たまいらぼ出版」という、ホームページを制作して立ち上げたことがあり、今でも現存している。

22050701.jpg

その玉井さんもカタカムナに造詣が深く、上述の宇野多美恵女史とも親交があった。だから、玉井さんの光寺を訪れる度に、大量にあった宇野多美恵女史のカタカムナ文献を借り、読み終えたら再び訪れて返却、また別のカタカムナ文献を借りてくるという一時期があった。ちなみに、旧ブログでも宇野女史の著作について、書評の形で記事をアップしている。
『ゲーテの「ファウスト」と<カタカムナ>』

ゲーテと言えば、書架にゲーテの本が数冊眠っているのを思い出したので、現在通読している『プーチンの世界』を読み終えたら、今度は『ゲーテ形態学論集』あるいは『ゲーテとの対話』あたりを再読してみたいと思う。

話が横道に逸れてしまった。カタカムナの話に戻そう。

神代文字にはカタカムナ以外に、阿比留文字、ヲシテ文字(『ホツマツタヱ』)、出雲文字などがある。そして、神代文字は今の我々が用いている、片仮名と深い繋がりがあるということは、かなり昔に知っていたことから、自分なりに神代文字と片仮名について追究した一時期もあった。この度、片仮名が誕生した経緯について、思い出させてくれた下掲の動画を観たので紹介しておこう。読者の片仮名についての知識を、深掘りしてくれる優れた動画だと小生は思っている。


【謎に包まれた日本語の秘密】カタカナはどこからきたのか?|小名木善行

22050702.jpg

動画を観ながら、神代文字の追究を再開しようかなと思ったほどだった。なを、小名木氏のむすび大学などで、カタカムナについての動画を公開しているので、気になるのがあったら一度覗いてみることをお勧めしたい。

22050703.jpg


【追加動画】

古代文献・カタカムナはなぜ消されたのか?!天龍寺マコト×小名木善行


消された古文書?古代文献・カタカムナとは|天龍寺マコト×小名木善行


カタカムナの真相!原子力、反重力との関係。天龍寺マコト(三枝誠)先生にきく


カタカムナ継承者が語る日本語の秘密 天野成美先生


カタカムナが示す古代科学 天野成美先生


超古代文明?謎の古文書が示す古代日本の真の姿|羽賀ヒカル×小名木善行


日本で実際に消された古代文献の秘密に迫る|小名木善行


日本の歴史上から消された古代文献の恐るへ゛き内容|小名木善行

子は親を選ぶ
「子は親を選ぶ」とは、文字通り〝子どもは親を選んで生まれてくる〟、ということであり、本稿の主テーマだ。よって、本稿はスピリチュアルな話となる。

最初に、映画「あやしい彼女」で小生が最も感動したラストシーン・・・

若返った母親の新しい人生では、自分が病気だったため出来なかったことを、今度は精一杯やって欲しいと話す、小林聡美演じる娘の瀬山幸恵に対して、多部未華子演じる母親の節子は、「バカ言ってんじゃないよ」と返すのだった。そして・・・

22050601.jpg

節子 お前がいたから、私はお母さんになれたんだ。

さらに節子が、「私は、何度生まれ変わっても、寸分違わずこの人生を生きるわ。そしたらまた、お前のお母さんになれる!」と言うと、娘は泣きじゃくる・・・。

22050602.jpg


このシーンは、何度観ても胸が熱くなる。

しかし、本当のところは、親ではなく子が両親を選んでいるのだ。小生は輪廻転生について若い頃から関心を抱いており、関連する書物を随分と漁っていた一時期もあった。だから、子は母親の胎内に宿る前から、自分を産んでくれる親を選んでいたのではと、漠然とながら思っていたのである。これは、実証できないことではあるものの、年輪を重ねていくにつれ、日増しに本当のことなんだろうなと思うようになった。

何故か? 人がこの世に生を享けたのは、己れの目的を成就させるためと思うからだ。そして、自分は何を目的に今の親を選んだのか、さらに、自分の子どもたちは何故、自分を親として選んでくれたのか、という長年の疑問が朧気ながらも分かってきたような気がする。

ネットで確認するに、「子は親を選ぶ」説に対して、肯定派と否定派とに分かれており、そうした数ある賛否両論のサイトから、肯定派である以下のサイトを紹介しておこう。
「子供は親を選べない」と言うが本当は子供は親を選んで生まれてくる!

このサイトのオーナーは、「私もかなり勉強しましたので(20年間、2000冊以上読破)、宇宙の仕組み上はそうなんだと思っています」と書いている。そして、「人は何等かの〝目的〟を果たすために生まれてくる」、というオーナーの視点は小生のそれと一致していた。また、同サイトにはコメント欄があり、賛否流論に分かれて活発な議論が交わされているあたり、なんとも賑やかなこと、この上ない。

上掲サイトのオーナーによれば、「オギャーと生まれた瞬間に、あの世のすべての記憶が消去されてしまいます」とのことで、我々は生まれ落ちてから手探りの状態で、己れの人生を切り拓いていくことになる。小生の場合、何を目的に生まれたのかについて考えるに、大凡の輪郭は掴めてはいるものの、ブログという公の場で堂々と発表するだけの自信が未だ無いので、確信を持てるようになった時点で公開したいと思う。

それから、以下は「子は親を選ぶ」というテーマから逸れるが、やはりスピリチュアル系の話となる。

■エピソード1
マドモアゼル愛氏は最近の記事「九州の旅」で、以下のようなことを語った。

すでに来る人が誰かわかっていて、その席には誰それが座る、、、とわかっていると言います。これは、私の数人の知り合いの超能力者も数か月も前から、この椅子に誰が座るか、わかっていた例を知っていたので、驚きませんでしたがそうしたことは本当にあるのだと思います。

私はどなたかが日ごろ座っている椅子に座ると、その人がどういう気持ちで日ごろ暮らしているかは、実はわかります。外れたことはないと思っていますが、尋ねるわけにもいきませんので、そのまま黙っていますが、これはわかるものです。みなさんも、日ごろどなたかが座っている椅子に座ってみるとわかると思います。


■エピソード2
十年ほど前になるが、天童竺丸さんと二人だけで語り合っていた時、ふと天童さんが、「俺たちは前世で交流があった。だから、現世でも再び再会できたのだ」ともらしたことがあり、「そうなんだろうな・・・」と、小生は言葉にこそ出さなかったものの、同意したものである。

お天道様
転がる石」と題する記事を書いた折り、小生は映画「あやしい彼女」を取り上げているが、今でも忘れられないのは、多部未華子演じる大鳥節子が、「お天道様」という言葉を三回にわたり発したことだ。

22050101.jpg
前夜、ミステリアスな写真館で73歳から20歳に若返った節子・・・。公園の滑り台で一夜を明かした節子は、目覚めて本当に若返ったことを悟る。「これは、このまま何も好きなことをしないで、老いさらばえるのを哀れに思ったお天道様の・・・」と感謝するシーン

22050102.jpg
レストランで孫と食事をする節子、自分が若返ったことを知らない孫に愛の告白をされるのではと勘違いし、「あー、駄目、絶対駄目! 二度とお天道様の下を歩けなくなるよぉ・・・」と叫ぶシーン

22050103.jpg
自分のあとを付け回す男をストーカーと勘違いした節子、手にしていたフライ返しで天を指しながら、ストーカーなんかするなと言わんばかりに、「お天道様は見ているよぉ~」と男に説教するシーン

お天道様・・・。最近はとんと耳にしなくなった言葉だ。それなのに、上掲の映画ではお天道様という言葉が出てくるのも、節子が73歳の戦中生まれという設定だったことも影響していよう。一方、この映画を観る人たちには戦後生まれ、それも平成生まれの若者が多いことを思うに、若者にお天道様を思い出させる、あるいはお天道様について考えさせる、良い機会になったのではと内心思っている。

ところで、お天道様という言葉は何処から来たのか・・・。このあたりは、「古本屋の殴り書き」というブログで引用していた、武田邦彦氏の発言がお天道様の一端を示している。

日本の宗教観というのは「自分をつくったもの」が神様。だから「お天道様の下では嘘をつかない」。お天道様がなければ自分は存在できないから。お天道様、海、山、川、全部が神様なんだ。
武田邦彦「日本人の宗教は自然と祖先」


そう、太陽、すなわちお天道様が無かりせば、そもそも地球に生命は発生していない。だから、太陽という存在は、偉大などといった、単なる形容詞で言い表せるようなものではない。太陽があるからこそ、我々は命を繋げることができるのだ。

こうした太陽のもたらす恵み、「自分をつくったもの」の大元として、「お天道様」という概念が生まれたのだし、それが何等かの形で我々の奥底に宿っている、感謝の念と云えよう。

お天道様については、以下の動画も紹介しておきたい。


特番『”お天道様”が見ている、日本の歴史からひも解く政治家に求められる資質とは?』ゲスト:国史啓蒙家 小名木善行氏

小名木善行氏の言葉に耳を傾けることにより、一層お天道様が心に蘇ってきたのではないだろうか。

息子
昨秋は背骨を骨折したものの、ここに来て大分回復したようで、現在は年末できなかった大掃除をしている。幸い、ここ三ヶ月ほど多忙だった仕事(翻訳)も一段落、再び忙しくなる前に片付けておきたいと思う。しかし、二階にあった仕事部屋を家族に協力してもらいつつ、一階に仕事部屋を移したこともあり、もう数日の時間を要しそうだ。


山田洋次『息子』 予告編

昨日も新しい仕事部屋を整理していたら、映画「息子」が出てきた。山田洋次監督の作品で、7年ほど前に記事にしたこともある(寅さんのことば 第2部 48)。懐かしくなって、大掃除の合間に久しぶりに観た。

小生は記事で、以下のようなことを書いており、

永瀬正敏演じるバカ息子の浅野哲夫が、あまりにも亀さんの若い時にそっくりなので、初めて同映画を観たときは唖然としたものだった。


今でもそう思っている(苦笑)。

それはともあれ、小生は以下のようなことも書いた。

今では哲夫よりも三國連太郎演じる父親の浅野昭男に、寧ろ感情移入するようになった自分がおり、改めて映画「息子」の上映から四半世紀近くの時間が流れていることを思い知ったのである。


久しぶりに同映画を観て、哲夫の父親は言葉にこそ出さなかったものの、その胸の内が今の小生に痛いほど伝わってきた。

22042501.jpg

昭男 一人で死んでも仕方ねぇと思っているんだ
長男妻 そんなこと言わないでくださいよ、お義父さん・・・


岩手の山奥に住む、父親を心配する子どもたちを見ながら思い出したのは、小生の長男が「お父さんが倒れたら、僕が面倒を看る」と言ってくれた時のことであり、その時は心から嬉しく思ったが、「死ぬ前の日まで元気に仕事をし、眠るように(苦しまずに)あの世に行きたい」と、小生は答えている。実母が脳梗塞で倒れ、その後の大変さを身を以て知っただけに、昭男同様、子どもたちには絶対に迷惑をかけまいと心底思う。

22042502.jpg

昭男 いつまで俺に心配かけたら気が済むんだ?


小生は子どもたちに昭男のような言葉を吐いたことはないが、二人の将来を心配をしているのは同じだ。人の親となって、初めて父母の気持ちを理解できるようになった。

22042503.jpg

22042504.jpg

昭男 そうですか・・・、そうですか・・・


「この子(哲夫)の嫁御になってくれますか?」と問う昭男に対して、和久井映見演じる川島征子が頷くのを見て、「そうですか・・・、そうですか・・・」と呟く昭男に、三年ほど前に長男から結婚の報告を受けた時のことを思い出した。

さて、今日も仕事部屋の整理に取りかかるとしよう。