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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
古代の天文学
寒さ暑さも彼岸までという慣用句があるが、今年の春分は3月21日、久方ぶりに御先祖様の墓前で手を合わせてこよう。

ところで昨日、現代天文学の間違いを拙稿「ビッグバン説の嘘」で指摘したが、この機会に我々の遠祖である古代人の知恵(天文学)も取り上げておきたい。

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三内丸山遺跡

最初に観ていただきたいのは、以下の動画である。


科学が明かす古代人の驚くべき真実! 小名木善行&羽賀ヒカル

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この三内丸山遺跡の六本柱の並びは、動画が示しているように夏至や冬至の日出と日没、春分や秋分を表している。

自然の懐に抱かれつつ、日々の生活を営んできた古代人には、上掲シーンのように天文学の智慧を垣間見るのだし、これは何も三内丸山遺跡だけではなく、秋田県にある大湯の環状列石、さらには海外に目を向ければ、英国のストーンヘンジにも見い出せるのだ(拙稿「縄文の息吹」および「古代精神に帰れ!」参照)。

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今回取り上げた動画でも、春分と秋分あるいは夏至と冬至が主テーマとなっている。そして、我々の遠祖は今の我々よりも遙かに優れた、天文学の智慧を身につけていたと言っても過言ではない。

動画では古事記も取り上げている。小生は毎晩、風呂に浸かりながら古事記を暗唱しているが、太極と陰陽について風水師の珪水さんと、やり取りしたのを思い出した。そのあたりは、拙稿「風水師から見た福島の光景」に書いている。

■太極から陰陽へ
『古事記』の冒頭に「天地の初發の時、高天原に成りませる神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神」とあるが、その三柱の神に相当する太極と陰陽を巡ってあらゆる話に及んだ。


また、小生は「プーチンと六韜」で六韜を取り上げ、太極と陰陽について言及している。

軍勢第二十六

武王問太公曰、攻伐之道奈何。太公曰、勢因敵家之動、變生於兩陳之間、奇正發於無窮之源。故至事不語、用兵不言。且事之至者、其言不足聽也。兵之用者、其状不足見也。倏而往、忽而來、能獨專而不制者兵也。聞則議、見則圖、知則困、辨則危。

故善戰者、不待張軍。善除患者、理於未生。善勝敵者、勝於無形。上戰無與戰。故爭勝於白刃之前者、非良將也。設備於已失之後者、非上聖也。智與衆同、非國師也、技與衆同、非國工也。

事莫大於必克、用莫大於玄黙、動莫大於不意、謀莫大於不識。夫先勝者、先見弱於敵而後戰者也。故士半而功倍焉。聖人徴於天地之動。孰知其紀。循陰陽之道、而從其候。當天地盈縮、因以爲常。物有死生、因天地之形。



聖人は天地の動きに徴す、孰れか其の紀を知らん。陰陽の道に循いて、其の候に従う。天地の盈縮に当りて、因って以て常と為す。物に死生有るは、天地の形に因る。
故に曰く、未だ形を見ずして戦わば、衆と雖も必ず敗れん。善戦う者は、之に居りて撓れず、勝ちを見れば則ち起ち、勝たざれば則ち止む。
故に曰く、『恐懼する無かれ、猶予する無かれ。兵を用うるの害は、猶予、最も大なり。
三軍の災は、狐疑より過ぎたるは莫し』と。



聖人は天地自然の動きに順応して行動します。凡人はだれもその条理を知りません。聖人は陰陽の道に従い、その季候に従い、その変化の状況に従います。天地における満ち欠けの法則を把握して従うのを常法とします。万物に生と死とがあるのは、天地の満ち欠けの法則によるのです。
ですから『その形勢を見ないで戦えば、味方が多数であってもかならず敗北する。巧妙に戦うものは、どんな場合でも乱されることがなく、勝機とみれば兵を起こし、不利と思えばただちに戦いを止める』というのです。
また『恐れるな、猶予するな。兵を用いるとき、最大の害はぐずぐずと猶予することだ。軍には狐疑躊躇が最大の災禍である』ともいうのです。


本当に六韜は、地の利を活かしての喧嘩に役立つ(笑)。

それから、太陽系という視座で古事記を解説してくれたのが栗原茂さんで、栗原さんを囲んだ古事記の講義は数年に及び、その時に入手したのが『太陽系大地図』(小学館)だった。

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さて、伊弉諾尊と伊弉冉尊が最初に産んだのが、淡路島だったのは読者もご存知だと思うが、その淡路島にある伊弉諾神宮を起点とした、日本列島のレイラインの存在は、あまり耳にしたことはないはずだ。

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伊弉諾神宮 陽のみちしるべ

何故、斯くも見事なレイラインが成立しているのか、不思議に思う読者も少なくないと思うが、ここにこそ、小生は古代人の智慧を見る。

最後に余談になるが、今回取り上げた動画で唯一残念だったのは、 小名木善行氏も羽賀ヒカル氏も、何の疑問も抱かずにビッグバン説を盲信していたことで、実に残念だ。

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神話と女性
世界戦略情報誌『みち』において、15年もの長きにわたり掲載されている、安西正鷹さんの「人間の深層心理とお金」シリーズが今でも続いている。何故に、安西さんは「お金」について長期連載を続けているのか? その解は、『みち』の令和3年2月1日号にある(本稿の末尾参照)。

安西さんによれば、お金とは「知れば知るほど疑問は解消するどころか、次々に新しい疑問がわき出てくる」とのことであり、そのために安西さんは、「古今東西の悠久の歴史を書く必要がある」という境地に達したとのことだ。斯様に広大無辺な安西世界を隅々まで本稿で網羅することは、とてもではないが出来ない相談なので、「群盲象を撫ず」を地で行く形で、「女性」についてのみ焦点を絞って安西世界を覗いてみよう。

最初に、今年発行された「みち」(1月15日号)に目を通していただきたい。

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どうだろうか? 「女性も人間として一連の権利を持ち、一人の人間として尊重されるという表現は一切見られない」という行、西洋社会の本質を突いていることがお分かりいただけるだろう。ここで、拙稿「文化発祥の地」で武田邦彦氏の動画を紹介したが、その時に小生は以下のように書いた。

女性を最高神(天照大神)としたのは日本だけだという、武田氏の言葉に注目していただきたい。


「女性が最高神」が意味するところは深遠だ、ここに、武田氏ではないが、日本人の持つ女性観や道徳観は、西洋のそれよりも遙かに進んでいることが納得いただけよう。小生は長年にわたって日本文化というものを様々な角度から追究してきたが。武田氏の「日本は文化発祥の地」という言葉に接し、漸く長年にわたる疑問が氷解した思いをした。

【『みち』令和3年2月1日号】
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なぜ日本人は妻をカミさんと呼ぶのか?誰も知らなかった本当の理由|小名木善行

日本とトルコ
2月6日にトルコで大地震が発生して以来、ちょうど一ヶ月が経つ。産経新聞の報道によれば、死者数が5万1千人を超えたという。

一ヶ月前の小生は、仕事(翻訳)など様々な用事に追われていたため、トルコ大地震についてのネット記事を読んだり、動画を観たりするだけで精一杯だったが、その中で特に印象に残ったのが及川幸久氏の動画で、その時に「海難1890」という映画の存在を初めて知った。


海難1890 ダイジェスト特別映像PART2

ピンと来るものがあったので、早速DVDを取り寄せたのだが、なかなか同映画を鑑賞する時間が取れなかった。それでも漸く今朝、観ることができたのは嬉しい。

この映画は前編と後編の二編からなり、前編が1890年のエルトゥールル号、後編が1985年のテヘラン脱出で、これはテヘランに取り残された日本人の救出に、トルコ政府が手を差し伸べてくれたという実話である。

映画を見終えて思ったことだが、期待に違わぬ素晴らしい映画だったと思うし、特に個人的に感動したのが二シーンだった。一つは日本人救出に危険なテヘランへ飛ぶのを厭わない、パイロットの志願者はいないかと声をかけたところ、その場にいた全員が挙手するシーンだ。

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志願者を募ると、全員が挙手・・・

もう一つは、テヘランからトルコに帰国しようと、飛行場に殺到したトルコ人に向かって、一人のトルコ大使館員が日本人も搭乗させるように説得するシーンである。両シーンとも、久しぶりに感動を覚えたシーンであり、実に心が洗われるような思いをした。

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日本人のため、道をあけてくれたトルコの人々

ここで、同映画はトルコが親日国家である理由として、エルトゥールル号事故を取り上げていたが、実はもっと深い由来がある。それは、日本民族もトルコ民族もツラン、つまり元々は同じ民族だったということだ。

トルコといえば、道友であるトルコ人のシナンさんを思い出す。彼は日本史を研究に来日、東大や早稲田に籍を置いた。小生は彼と幾度となく接しているが、実に好感の持てる漢だった。12年ほど前の2011年1月23日、小生の地元である飯能で開催した新年会にも来てくれたことがある。彼以外には、栗原茂さん、山浦嘉久さん、天童竺丸さんといった面々も集ってくれ、実に貴重な一時を過ごせたと思う。お開きの後、栗原さんと林廣さんは地元の大松閣という鉱泉宿に投宿、翌日の小生はお二人を車に乗せ、飯能市内を案内している。

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大松閣の皇太子殿下(平成16年4月28日(水))

それにしても、シナンさんは下手な日本人よりも、実に優れた日本語を書いていたのを思い出す。論より証拠、近衛武というペンネームで世界戦略情報誌『みち』に寄稿していた一時期があったが、以下はその一部である。どちらかと言えば、息子たちと年齢も近かったこともあり、二人がトルコに来たら歓迎してくれるとのことだった。

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文化発祥の地
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NHKで「人類誕生・未来編」というシリーズが、3回にわたり放送されたので観てみた。以下は第1回目の解説文である。

アフリカのか弱い生き物に過ぎなかったサルが、なぜ700万年の間にヒトへと進化できたのか?驚きと謎に満ちた人類進化の壮大な物語を、最新科学で解き明かす3回シリーズ。第1集は、ヒトが生まれるまでの“奇跡の物語”。ヒトに至る人類の進化は常に絶滅と隣り合わせの過酷な道程だった。次々と迫り来る危機をいかにして乗り越え、進化の階段を上がったのか?ヒトに至るまでの幸運と偶然に満ちたドラマを描く。


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この番組では、人類の誕生から現在に至るまでの壮大な物語を描いており、いかにもNHKらしい内容だった。そして、同時に思いを馳せたのは、今や滅亡したとされているホモ・エレクトス(ジャワ原人や北京原人)、ネアンデルタール、そして我々ホモ・サピエンスが、同時代を生きていた一時期があったということである。

小生は過去において人類学についての記事を何本か書いている。たとえば、7年前に書いた以下の記事・・・
人類、そして日本人はどこから来たのか

上掲の記事でも触れたように、日本人の場合はネアンデルタール人の遺伝子が入っているということは、広く知れ渡った周知の事実であるが、ホモ・エレクトスの遺伝子も、我々ホモ・サピエンスが引き継いだ可能性がある。ウィキペディアの「ホモ・エレクトス」項でも、以下のように書いていた。

ホモ・サピエンスとの混血は、種の分化が50万年前であるため、可能性は残っている


小生は「日本精神」について多角的な記事を書いているが、数年前から気になっていたことがあり、それは文化発祥の地が日本列島だったのではということだ。この点については、最近の研究で正しいだろうということが、次第に明らかになりつつある。そのあたりについての詳細は、武田邦彦氏が以下の動画で述べているので耳を傾けてみよう。


【第12回 幸せ砂時計サイエンス】幸せの科学:日本のルーツから探る

武田氏は3回のシリーズで文化・遺伝子・日本語の視座から、日本人のルーツについて解説してくれるというので、今から大変楽しみである。その第一弾が上掲の動画というわけで、日本こそが文化発祥の地だったという話になっている。そのあたりは武田氏の動画で確認していただくとして、個人的に特に注目したのが武田氏による神話の話だ。武田氏は、日本の最高神である天照大神は女性神だが、女性が最高神とされているのは日本だけだと語る。

はぐらめいさんがホツマツタヱについて、5回に分けてブログ記事を掲載していたが、ホツマツタヱの場合は天照大神は男性だったとしているのは面白いし、天照大神が男性神か女性神かといったあたりは意見の分かれるところではある。それに関連して、小生は「神話と女性」(仮)といったテーマで、いつかブログ記事を書いてみたいと思っている。その切っ掛けとなったのは、世界戦略情報誌『みち』のお金シリーズの一環として、安西正鷹さんが執筆している「人間の深層心理とお金」で、その刺激を受けたからである。

さて、秩父山地の入口にある拙宅の庭に雪が積もりつつある。今から雪かきの準備を進めておこう。

古事記に学ぶ
古事記を初めて手にしたのは、高校の卒業式が間近に迫った1971年3月だった。同級生の間では最後の高校生活ということで、多くが日本各地へと卒業旅行に出かけていった。だから、小生も彼らの刺激を受け、卒業旅行をすることにしたのである。そして、できるだけ遠くに行きたかったということもあり、最終的に選んだのが九州だった。旅立ちの日、ガイドブックを片手に東京駅へ向かい、西鹿児島行の夜行列車に飛び乗った。そのあたりについての詳細は、旧ブログにも書いている。
『古事記』序

二週間にわたって九州の主な観光地に足を運んだわけであるが、訪問先の一つとして選んだのが高千穂であった。神話の地を訪問するということで、小生は岩波書店の文庫本『古事記』を街中の書店で購入、出発の前日まで通読しておこうと張り切ったものの、上掲のブログ記事にも書いた通り、当時の自分には古事記は珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)な書物だったこともあって、早々と通読を諦めてしまったという苦い思い出がある。


高千穂神楽 手力雄の舞

実は、旧ブログには古事記について以下の記事も書いている(本ブログでも古事記についての記事を33本書いているが、ここでは割愛)。たとえば・・・
古事記 深奥の世界

上記のブログ記事で小生は以下のように書いた。

己れの身に明日、明後日、そして将来にわたって、何が起きるかを知ることが肝心です。譬えで云えば、暗礁に乗り上げないように航海を続けていくことが、長い人生を生き抜く上で大切なのです。よって、自身だけではなく自身の身の回りで起きている出来事、すなわち国際政治・経済の正確な潮流を掴み、それに基づいて己れの行動指針を決定していかなければなりません。そして、世界の動向を知るための最大のヒントが、実は古事記に隠されており、ここに世界のリーダーたちが必死になって古事記の解釈に取り組んでいる所以があります。


つまり、これから自分に起こることを識り、どのように生きていくべきか、対処していくべきかという、人生の指針、羅針盤となるのが古事記なのだ。このあたりを念頭に、以下の動画を観ていただきたい。


日本の秘密は古事記にある!小川榮太郎さん

動画を観れば、綿々と続いてきた日本文化というものが、今や絶滅の危機にあるという現実が分かるだろう。これは、小川榮太郎氏も語っているように、日本列島に住む人々の民度が下がったからに他ならない。

ともあれ、小川氏の語る古事記観に耳を傾ければ、己れとは何者か、何処へ行こうとしているのか、朧気ながらも見えてこよう。それには日本文化、すなわち日本の秘密について、古事記から学ぶことが肝心である。

【追加動画】

【古事記の真相】祖先が現代人に残したメッセージ/ウマシアシカビヒコヂ|小名木善行

最澄と空海
菩提寺が真言宗(智山派)ということもあり、小生が子どもの頃は寺が檀家の子どもに、真言宗の教えを説いたマンガ本を配布していたので、子ども心にも空海は身近な存在であった。高野山へは高校の修学旅行で一度訪れたきりだが、機会があれば再訪してみたいと思っているし、足腰が丈夫なうちに四国八十八ヶ所の霊場を目指し、在りし日の母同様に巡礼の旅をしてみたいとも密かに思っている。

ちなみに、拙ブログでは空海を幾度か取り上げており、たとえば、「飯能と明治神宮」といった記事をアップしている。

空海と並び日本仏教の開祖と云えば、もう一人に最澄がいる。この最澄と空海を取り上げた書籍は汗牛充棟の如くあり、とてもではないが全てを読み通すことはできない。以下はその最澄と空海を取り上げた動画だが、同動画を観ながら改めて思ったこと、それは、小生が十代の頃に世界を放浪したのも、もしかしたら空海に背中を押されたためかもしれないと、ふと思うことがある。


最澄と空海、その違いが一気にわかる|小名木善行

最澄は後漢最後の皇帝であった献帝の末裔であり、一方で空海は佐伯氏の出である。「佐伯氏とは何者か?」あたりを読めば。佐伯氏は「日本古来の種」であることが分かるだろう。そして、小名木善行氏は上掲の動画で以下のように語っている。

空海は日本の神道的な考え方をする。あらゆる自然のものは全て尊重されるべきものである。人間と自然は共存すべきものである、人と人が仲良くしなければいけない。これらが空海の根底にあった。


動画の終わりに小名木氏は、「空海は時代の異端児」と喝破、「絶対に正しい。これだけを真っ直ぐに生き続けた。実践し続けた。そういう人物であった」と空海の人物を語っていることからも分かるように、空海について小名木氏には語りたいことが山ほどありそうで、今後の動画が楽しみである。

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四国八十八ヶ所霊場巡りのお遍路さんたち

内なる霊
本ブログの開設時、「ブログ開設のご挨拶」と題する記事をアップ、その時に小生は神棚について以下のように書いた。

自宅の神棚の小社を昨年末の大安の日に、産土神社の宮司にお清めをして戴き、新しい小社に取り替えて新年を迎えました。


早いもので、神棚も間もなく十年目を迎えようとしている。その間、海外旅行など家を空けた日を除き、一日も欠かさずに毎朝神棚にお供えし、二拝二拍一拝を行ってきた。これを習慣化できたのも、世界戦略情報誌『みち』の執筆者と読者が集う、まほろば会のお陰である。よって、本稿では神道に纏わるテーマを中心に筆を進めてみたい。

■神棚の起源
神棚が今のような形となったのは、江戸中期と比較的新しい。そして以下の動画を観ればお分かりのように、〝神棚〟を初めて祀ったのは天照大神だった。


9割の日本人が忘れてしまった神棚の起源|窪寺伸浩×小田真嘉

■神棚と日本精神
小生は毎朝神棚の前に立つわけだが、神様にお願いをしたということは、今までに一度もない。だから、神様に語りかけるのは、専ら誓いを立てる時である。たとえば、「日本を良くするため、この一年を過ごします」といった具合にである。ちなみに、小生が二拝二拍一拝のお手本としているのは、畏れ多いことだが上皇陛下である。何年か前、漠然と古神道に関するテレビ番組を観ていたら、何処の神社か今では忘れてしまったが、上皇陛下が二拝二拍一拝をされている御姿を、その背後から撮影したシーンが放送されたことがあった。一度観ただけではあったが、何故か今でも脳裏に焼き付いている。だから、今でも時々、その時のシーンを思い出しつつ、神棚の前で二拝二拍一拝を行っている次第だ。

さて、以下は神道とGHQについての動画だが、通しで観ることにより、神棚を家に祀ることの大切さを教えてくれる動画でもある。


GHQの政策?日本人はなぜ神棚を祀らなくなったのか|窪寺伸浩×小田真嘉

■内なる霊(ひ
最後に、はせくらみゆき女史の動画を紹介したい。はせくら女史はイタリアに滞在時、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に、足蹴く通っていた時期があった。そして、教会のある席に座ると、いつも場あるいは空気とでも言うのか、〝気配〟を常に感じたという。

小生も十代の頃にロンドンで生活していた時、ある日ウェストミンスター寺院を訪れたことがあり、その時に体験したことは今でも忘れられない。寺院の中に足を一歩踏み入れた瞬間、全身を打たれたような感覚とでも言うのだろうか、荘厳な何か、換言すれば人智を超えた何かが、自分を包み込んでいるような感覚に陥ったのである。これは、はせくら女史が謂うところの〝気配〟と相通じるものだったのではないかと、今にして思う。そのウェストミンスター寺院で明日の19日、エリザベス女王の国葬が執り行われる。


学校では教えない日本人にとっての神様とは?|はせくらみゆき×小名木善行

ここで、はせくら女史は「令和ルネサンス」について言及、これは、人間に本来備わっている「神性が復帰する」ことなのだと云う。そのあたりを女史は絵画で表現したわけだが、小生も多少の絵心があったこともあり、ロンドン滞在時に最も熱心に通ったのが美術館だった。今にして思えば、それが日本精神を追い求めてきた、自分の原点だったと気づかされたのである。その意味で、同じく絵画を通じて日本文化の神髄に迫った、はせくら女史の気持ちが良く分かったものだし、同時に優れた日本文化の解説動画にもなっていた。

■大祓詞
最後に、出口王仁三郎の天津祝詞を以下に掲げておこう。王仁三郎については、いつの日か記事にしたいと思っている。


【出口王仁三郎・奇跡の肉声】天津祝詞

天皇と伯家神道
今朝、エリザベス女王死去の訃報に接し、英国に滞在した十代の在りし日を懐かしく思い出すと同時に、同国の未来に思いを馳せた。そして、同時に思いを馳せたのが天皇、そして伯家神道だった。

何故か?

以下は伯家神道についての記事だが、故山浦嘉久さんを中心に、まほろば会では多角的に語り合われたテーマであり、2013年2月に行われたまほろば会の報告書にも、小生は伯家神道についての記事を紹介している。
伯家神道が予言する 2012年 天皇家の終焉

単刀直入に言えば、この記事内容は伯家神道の予言についてであり、その予言とは天皇家が終焉を迎えるというものだ。そして、2012年当時の山浦さんは、その予言通りになるだろうと語っていた。

一方、伯家神道の予言は単なる都市伝説だとする識者もいる。八幡書店の武田崇元氏だ。


これが伯家神道や

山浦さんと武田氏、お二方とも古神道について造詣の深いこともあり、どちらの考えが正しいのかは読者に委ねるとして、小生自身は山浦さんの意見に与する。

もし、山浦さんの言うとおりになるとすれば、果たして本当に皇統は滅びるのだろうか・・・。それに対して、否と答えているのが保江邦夫氏だ。


衝撃!今、明かされる令和の天皇の秘密 物理学者・保江邦夫

羽賀ヒカル氏が冒頭で語っているように、「神社チャンネル史上、最もぶっ飛んだ話」とのことであり、伯家神道の予言を知らなかった読者からすれば、俄には信じ難いというのが正直なところだろう。

ともあれ、保江氏の語っていることの真偽はともかく、小生は伯家神道の予言が本当であろうと、そうでなかろうと、どちらでもよいと思っている。そう思う理由は、何万年という時間を経て日本人の血肉となった、日本民族のDNA、日本人の物の見方・考え方であり、万一仮に皇統が途絶えたとしても、日本精神は不滅であり、そのあたりについて小生は放知技にも書いた。

何等かの〝事件〟により、仮に秋篠宮家が天皇を継承できなかったとしても、また旧宮家の男子の誰も皇室に入らなかったとしても、小生は全く心配していません。
https://grnba.bbs.fc2.com/reply/17349208/333/


心配するに及ばないという理由の一つとして、光格天皇の件を小生は取り上げたが、この例からも解るように、仮に現皇室が途絶えたとしても、日本人の血肉となった日本精神(日本の心)は微動だにしない。だから、日本精神が消えるとすれば、日本列島が沈没するか、世界の言語のルーツである可能性の高い日本語が消えた時だろう。

しかし、この点も心配には及ばない。そのあたり、以下に転載した飯山さんの投稿を一読すれば納得いただけよう。

ところで,日本の天皇だが…,今上陛下は決して孤独ではない!

『日本書紀』や『古事記』を編纂されて「日本の形」を示した天皇家のまわりには,草莽の志士!
といわれる無数の人間の集団が何層もの階層構造を成しているからだ。

この『草莽の志士』たちこそが,じつは,皇統奉公衆・御庭番・草・草莽群として全国に散らばり,
“(天皇を中心とする)日本”を守護し,“日本文化”を形成してきたのです!

https://grnba.bbs.fc2.com/reply/15662298/455/


怪しい彼女
『あんどーなつ』という漫画がある。過去に何本か『あんどーなつ』についての記事を書いた記憶があったので、念のため検索して確認したところ、ナント26本も・・・。最近、『あんどーなつ』がテレビで再放送されていることもあって、久しぶりに漫画本を読み返してみたのだが、思うところが多々あった。

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左上に赤下線を引いた「他から来た物を上手に取り入れた」、小生が放知技に投稿した以下の行とも相通じるものがある。

そうした概念が「日本列島」に人が定住し始めてから、気の遠くなるような時間をかけて、今や日本人のDNAの一部にすらなっているように思えます。
https://grnba.bbs.fc2.com/reply/17349208/333/


対象が漫画本の場合は和菓子、放知技の場合は皇統という違いはあるにせよ、そこには日本列島に住む我々の祖先たちが獲得したDNA、つまり日本の心とも呼ぶべきものが読み取れるのだ。

ここで、各国版の映画「怪しい彼女」に目を転じてみるに、改めてそうした思いを強くした自分がいる。拙ブログで日本版「あやしい彼女」について、過去において4本の記事を書いているが、今回は他国版の「怪しい彼女」について取り上げてみよう。

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小生は日本版「あやしい彼女」を観てからというもの、思うところがあってオリジナル版である韓国版「怪しい彼女」、続いてベトナム版や中国版も観てみた。基本的にオリジナルである韓国版の「怪しい彼女」が、各国版の下敷きになっているわけだが、それぞれの映画に各国の国民性が滲み出ており、個人的に実に面白かったと思っている。

日本版も他国版同様、オリジナル版である韓国版を下敷きにしつつも、上掲の『あんどーなつ』の言葉にもあるように、実に上手く日本の心を表現していたと思うし、ある意味、まったく別の映画になっていると個人的に思ったほどである。ここに、他から来た物を上手に取り入れてみせた、日本版の制作スタッフによる匠の技を見るのだし、日本人の琴線に触れる映画になっていた。

以下、四本の映画を見比べた上での簡単な小生の感想である。

■お天道様
日本語版では「お天道様」という言葉が幾度か登場している。また、「お天道様」と題するブログ記事も書いたこともあり、ここに、日本の心を見る思いをしたものだ。

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あー、駄目、絶対駄目! 二度とお天道様の下を歩けなくなるよぉ・・・


他国では同シーンがどのように演じられたか、比較の意味で画像を並べておこう。

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地獄で閻魔様に脅されたって、いけないよ・・・ (韓国版)

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ダメだよ・・・ (ベトナム版)

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無理・・・ (中国版)


■歌
天性の歌声」と題した拙稿で、大鳥節子(多部未華子)が歌った「悲しくてやりきれない」を紹介した。歌に関して言えば、ベトナム版や中国版の歌も良かったが、個人的に最も聞き惚れたのが、オ・ドゥリ(シム・ウンギョン)の「雨水」だった。


『雨水』(字幕追加版)シム・ウンギョンさんShim Eun Kyeong

■家族
4ヶ国の「怪しい彼女」を見終えて思ったことは、主テーマは「家族」と断言できるということだ。拙稿「子は親を選ぶ」でも、個人的に最も感動したシーンとして紹介している。

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お前がいたから、私はお母さんになれたんだ。

その点、韓国版の同シーンも良かったと思うが、個人的に最も感動したのは、以下のシーンだった。

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いい夢を見たよ。あんなに楽しい夢は初めてだった・・・

自分が元の姿に戻ってしまうというのに、歌手になった夢を棄てることになるというのに、胸を高鳴らせた恋人を失うというのに、血を分けた孫の命を救うため、躊躇うことなく孫に輸血するオ・ドゥリ、そんな彼女の胸中を一掬の涙で表現したシーン、実に見事である。

まとまりのない記事になってしまったが、小生の映画関係の友人や知人、今回の拙稿を読んでどう思ったのか気になる。ここは、感想の一つや二つを寄せてもらえたら有り難い。

人生百年
今回の参院選(7月10日)で注目した点の一つが、参政党、殊に吉野敏明候補(落選)の健康論だったが、健康と言えば気になったのが、炎天下で全国を演説していた、御年79歳(1943年6月3日生)の武田邦彦氏だった。ところが、「【参政党】武田邦彦7/11今回の選挙で釈然としない強く思った事が有ります」(9:30~)で、「身体はむしろ元気になったような気がする」と語る武田氏の言葉に思わず耳を傾けた。そのあたりは、武田氏が元気に数々の演説を見事にやり抜いたことからも分かる。どうして、それが可能だったのかをつらつら考えるに、「真剣な仕事」と武田氏は表現していたあたりにヒントがある。この言葉は、「志」という言葉に置き換えることができよう。つまり、「日本を良くしたい」という志が、武田氏をして二ヶ月間をやり通せた、元気の素だったのではと思う。

ここで、日本人の平均寿命だが、厚生労働省のHPが示すとおり、敗戦から二年が経った昭和22年(1947年)、日本人の平均寿命が有史以来初めて男女とも50歳を超え、今日では男女とも八十歳を超えている(2020年の日本人の平均寿命は男性が81.64歳、女性が87.74歳)。

しかし、平均寿命という概念の盲点は、二点あると個人的には思っている。

一点目として、たとえば男性の平均寿命81.64歳が意味するところは、その時点で既に半分の男性が亡くなっているということだ。そして81歳以降は高齢化も手伝って、死者数が激増しているのも、当然と言えば当然である。

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どんな先見性のある人も見落としがちな人生の死角とは【仏教の教え】
(※150人というのは、70歳の時点で亡くなった人が千人あたり150人ということ)

二点目は健康寿命の視点が抜け落ちていることだ。厚生労働省の定義によれば平均寿命とは、「0歳における平均余命」であるとしている。一方で健康寿命は、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と同省では定義している。ちなみに、2016年の健康寿命は男性72.14歳、女性74.79歳。

以上を念頭に、武田邦彦氏が寿命について、ユニークな持論を披露していたので紹介しておこう。


【武田邦彦】朗報!トンデモない事が起きた!スグにこの2つを準備してください!

武田氏は日本人の平均寿命が、男女とも80歳を超えるようになった今、各々の人生設計を見直すべきだと主張している。つまり、誕生してから50歳までを人生の第一ステージとし、50歳から100歳までを人生の第二ステージとすることで、二つの人生計画を立てようと主張しているわけだ。

では、第一と第二の人生ステージの大きな違いは何か? 上掲の動画を観て個人的に思ったこと、それは責任、つまり、五十代に突入するあたりまで、人には家族を路頭に迷わせないという責任があるということだ。たとえば生命保険を例に挙げれば、子どもたちの教育費、特に大学にかかる費用は莫大なもので、学資を稼ぐべく父親は四十代から五十代にかけて馬車馬のように働かなければならない。だから、自分に万一のことがあった場合、家族が路頭に迷うことのないよう、充分な生活費を遺すべく保険をかけるが、六十代以降は自分の葬儀代ていどを遺しておけば、別に生命保険に加入する必要もなくなるのだし、県民共済あたりに入っておけば、医療制度の充実した日本でなら充分だ。人間ドックにも行く必要がないし、一日一食、玄米を充分に咀嚼し、おかずは味噌汁・梅干し・漬け物、そして時には焼き魚の一つもあれば充分だ。だから、食費も大してかからない。

以下の動画(前編・後編)で武田氏が語っていることだが、同期の仲間よりも武田氏が元気なのは、日本のため、つまり日本を良くしていこうという志があるからだ。一方で、早くに定年を迎え、毎日が日曜日で時間を持て余している同窓生は、一気に老いているのが分かる。


【死生観】「今日一日がんばろう!」はやらない…江戸っ子精神が後悔しない生き方??前編【政党DIY→参政党 赤尾由美×武田邦彦】


【死生観】お金が先行した人生というのは日本的ではない!富貴を求めすぎると不幸になるメカニズムとは 後編【政党DIY→参政党 赤尾由美×武田邦彦】

以上、50歳を過ぎてから考えるべきは三点だけで、それは、健康・お金・人間関係だと言う。ともあれ、仮に100歳まで生き長らえたとして、50歳からの第二ステージのお手本は無いので、手探りの状態で我々は前に進んでいかなければならないのが現実だ。

それから、上掲動画の主テーマは死生観だが、赤尾由美さんは東大の医学博士(矢作直樹)に、「人間は事故や病気で亡くなるんではなく、持って生まれた寿命で亡くなる」と言われたという。

死生観・・・。小生は昨秋、背骨を骨折して長期の入院をしたが、入院時に医者から、「死ぬかもしれない」と脅されたものだ。しかし、その時の小生は別に動揺することもなく、「あぁ、そうですか」ていどに聞き流したものである。一方、付き添いをしていた家人は、言葉が出ないほど呆然としていたのをありありと思い出す。

最後に、以下に仏教関連の動画を紹介しておこう。


70歳からの「幸せな過ごし方」【仏教の教え】

上掲の動画では、真の幸せは身近にあること、そして七十年という人生体験を、後生に遺すことの大切さを語っているのだが、来年は古希を迎える身として全く以て同感だ。これからの日本を背負う若い世代の日本人のため、今後もできるだけブログ記事を書いていきたいと思った。