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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
父母の恩
昨日の晴れ渡った昼前、徒歩で往復一時間半はかかる母の入院する病院へ、久しぶりに見舞に行ってきた。きっかけは、仕事の合間に見た以下の動画である。



上掲の動画を見つつ、仕事に追われて見舞いに行っていなかった自分に気づき、久しぶりに病院へ足を運んだというわけである。途中、菩提寺に立ち寄って御先祖様に手を合わせた。綺麗な花が飾ってあったが、御年86歳になる叔母だなと分かるので、手を合わつつ、心の中で叔母に感謝の言葉を述べた。

病院に到着、先月、92歳の誕生日を迎えた母は穏やかに寝ている。起こすのも可哀想なので、しばし母の寝顔を眺めてから病院を後にした。

帰り道、再び菩提寺の近くを通った時、39年前に57歳の若さで旅立った父の法要時、今は亡き方丈様が唱えていた経の言葉を思い出した。

父母の恩は、山よりも高し、海よりも深し…


39年経った意味でも耳に残る言葉なのだが、あれは『父母恩重経』だったのだろうか…。当時は27歳だった亀さんに方丈様は、「父母の恩を忘れるではないぞ」と、暗に伝えたかったのかもしれない。再来週は春の彼岸、再び墓前で手を合わてきたい。

【追加】


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歌舞伎と遊女
歌舞伎の元祖は、お国(出雲阿国)という遊女であった。以下は、ウィキペディアの「歌舞伎」の項に載る、お国の画像だ。

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遊女については拙ブログでも、「峰不二子と遊女」をアップしたことがあり、その中で、網野善彦の著した『異形の王権』を取り上げている。実は、飯山(一郎)さんも「てげてげHP」で同書を紹介しており、中でも注目すべきは以下の記述だ。

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『異形の王権』(網野善彦著)に登場する魑魅魍魎とした「異形の者達」が社会変革を主導した後醍醐天皇の御代.

あの躍動的な時代が…,おそらく,新天皇の御代に,またもや復興してくる予感が,ワシにはある.

新天皇となるべき御仁には,畏れ多いことながら,「バサラ(婆娑羅)」をお許しになる“徳”の深さが垣間見える.

来るべき新時代は,旧時代とは一味(ひとあじ)違った躍動感あふれる「ダイナミック・ニッポン」といった様相を呈するはずである.


◆平成30/02/18(日)  「匠(たくみ)」の熟練された神ワザは…


神計らいで、数週間前に肆部合の石碑を訪れた。飯山さんの言う婆娑羅の時代が到来するかどうかについては、掲示板「放知技」の本スレの常連さん、すなわち堺のおっさん、mespesadoさん、Conganasさん、ままりんさん、そして猿都瑠さんの投稿を熟読すれば、自ずと世界が大きく変わりつつある兆候が読み取れるだろうし、その意味で、実に面白い時代に生まれたものよと、天に感謝したい気持ちで一杯になる。

さて、ウィキペディアの「歌舞伎」の項に戻り、歌舞伎の元祖お国が遊女だったかどうかはともかく、『異形の王権』に注目すべき記述がある。

鎌倉期までは「公民」に所属するものとして、また神仏に仕える女性として、天皇家・貴族との婚姻も普通のことであった遊女は、南北朝期以降、社会的な賤視の下にさらされはじめる。

……中略……

遊女もまた、ここに聖から賤に転落したのである。

『異形の王権』p.241


何故に「遊女もまた、ここに聖から賤に転落した」のか、このあたりを深堀すると、南北朝以降の時代背景と重なるであろう、新天皇の御代が朧気ながらも見えてくる。

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長々と遊女について書いてきたが、もう一つの主テーマである歌舞伎、最近放送されたNHKの「ファミリーヒストリー」で、六代目・中村勘九郎が登場していたので注目した。「ファミリーヒストリー」は、拙ブログでも幾度か取り上げているが、今回の内容も実に良かった。それにしても、毎回同番組を見るたびに思うのは、父から子へ、そして子から孫へと受け継がれていくDNAである。

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それから、六代目・尾上菊五郎の人物に惚れた。菊五郎は妾の子として生を享け、早くに父を亡くし、大変な苦労を重ねた歌舞伎役者だったが、それだけに、同じように早くに歌舞伎役者の父を亡くした、子供たちの後ろ盾となって支援したという生き様は、人として実に偉いと思った次第である。

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また、中村勘九郎の父であった十八代目 中村 勘三郎が、平成中村座を命を削って立ち上げたことを知るに及んで、今度公演があったら一度足を運んでみたいと思った。

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中村勘九郎の二人の息子の初舞台

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中村勘九郎本人の初舞台

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息子の初舞台を心配そうに見守る父の十八代目 中村 勘三郎

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十八代目 中村 勘三郎の初舞台と父の十七代目 中村勘三郎

半世紀ほど前、『歌舞伎の見方』(石田一良 講談社現代新書)という本を入手したものの、積読のままなのだ。平成中村座に行くことが決まったら、予め目を通したいと思う。

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ゆく年くる年
本日のオンライン記事をチェックしていたところ、食生活ジャーナリストである大久保朱夏女史の記事が目に留まった。
まだ「おせち」食べる?気になる正月の風物詩

『残念和食にもワケがある 写真で見るニッポンの食卓の今』(岩村暢子 中央公論新社)という本を取り上げた大久保女史、時の経過とともに変わりゆくおせち料理を取り上げており、興味深く読んだ。

ところで、目を引いたのは以下の行だった。

同書の編集を担当した主婦の友社の中島由佳子さんは、「小さな子どもがいる30代女性を意識して制作したが、おせち作りは男性が意外とハマるかもしれないとも思っている。男性は女性に比べて相対的に段取り上手で、ハレの料理が好き。一家の大黒柱がおせちを作る家庭が増えていく可能性があるのではないか」と話す。


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「おせち料理は男が作るもの」と、今は長期入院している母から、子供時代に幾度も聞かされていたのを思い出した。よしゃ~、今回の正月には間に合わないが、その次の正月にでも、おせち料理に挑戦してみるか…

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大久保女史の記事を読み進めていくうち、少しずつ昭和三十年代の記憶が蘇ってきたところで、今度は山岸勝榮先生のブログ記事にアクセスしてみた。
家族が一年で一番忙しかった日、12月30日

昭和三十年代初めあたりまでだったと記憶しているが、亀さん家では自宅で餅を突いていた。しかし、いつの間にか近所の米屋から半畳ほどの大きさの餅を数枚買ってくるようになり、現住所に引っ越してからは餅突き機を使うようになった。今でも、暖かい冬日の差し込んだ部屋で、母が突きあがった餅を切っていた情景が目に浮ぶ。家あるいは米屋さんの突き立ての餅の方が、スーパーで買うパック入りの餅よりも、はるかに美味かったものだ。

山岸先生の記事で、特に印象に残ったのが以下の行だった。

戦後の誰もが貧しかった時代、家族が揃って「歳取り」が出来ることは本当に幸せなことだった。


亀さんが子どもの頃は、大みそかには一家全員が集まり、年越しそばを食べながら、紅白歌合戦、続いてゆく年くる年を見るのが恒例だった。残念ながら、昭和三十年代のNHKのゆく年くる年の動画は見つからなかったが、代わりに以下があった。


行く年来る年 1959~1960

1960年の正月といえば、亀さんが小学校一年生の時なんだが、なんか100年前の動画を見ているような気がして、とても自分が生きていた時代の動画とは思えなかったwww 続いて、以下は紅白歌合戦で、やはり亀さん9歳の時のものでR。


紅白歌合戦 昭和38年

この紅白歌合戦、残念ながら全く記憶に残っていない…

さて、今日は仕事部屋の大掃除と庭仕事だwww

互助の精神
今週後半、紀州田辺の友人と久しぶりに再会するにあたり、現在『南方熊楠』(鶴見和子 講談社学術文庫)を読み進めているが、時折立ち止まって本のページを閉じることがある。昨夜も、南方熊楠の独創性は何処から来ているのかと、あれこれ考え始めたためページが進まなくなった。その時、目にしたのがmespesadoさんの投稿である。
■ 「自衛隊」の方が「軍隊」よりも「格が上」である ■

読み進めながら、ハッとしたのが以下の文章だ(一部改行)。

もともと生物は、通婚可能なグループの構成メンバーを「助け合う」ことにより、将来にわたる遺伝子の繁栄に有利になることから、「助け合いの精神」「利他の精神」というものが「本能」として組み込まれています。これは霊長類たる人類にも成り立つ原則なんですが、日本以外の世界では、異なる風俗習慣を持った民族がぶつかり合うことが多かったことから、日本以外の世界では、「ゲームの理論」で有名な「やったもん勝ち」のロジックが「利他の精神」より遺伝子の繁栄に有利になってしまったことから、この「利己的」あるいはキレイな言葉を使えば「個人主義」的な倫理が主流になってしまったわけですが、ひとり日本だけが霊長類本来の「利他的」本能を維持している、ということを述べました。


ここで、七年近く前、東日本大震災の直後だというのに、整然と列をなして並ぶ同朋を思い出したのである。

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東日本大震災の被災者たち 暴動・略奪なく「助け合いの精神」発揮

mespesadoさんの云う、生物が本来持っているという「利他の精神」については、最近も「狼の群れと暮らす」という記事をアップし、ロシアの動物行動学者のヤソン・バドリゼ氏の記事を紹介したが、実は同稿では紹介しなかったエピソードがもう一つある。それが以下だ。

ある時、オオカミたちに熊から身を守ってもらい、彼は彼らが利他的になり得ることの証人となった。人間を身内の一員と見なしたオオカミたちが熊を追い払い、科学者の命を救ったのだ。


この利他的精神という視座で軍隊と自衛隊を比較した、mespesadoさんの投稿は実に新鮮であり、お見事である。ここで、他者には無い物の見方・考え方を、どのようにmespesadoさんは身につけたのか、という素朴な思いが湧き上がったのであり、しばし独創性そのものについて、アレコレ考えを巡らせていた。

そして、ふたたび鶴見の『南方熊楠』に戻り、ページを捲っていく中で、幼年期に周囲の大人たち、殊に親が子の人間形成に及ぼす影響の大きさについての行を読むに及んで、古来から引き継がれてきた互助の精神、mespesadoさんの言葉を借りれば、「助け合いの精神」あるいは「利他的精神」が、未だに残る日本列島が脳裏に浮かんだのだった。

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大陸側から見た日本列島

【グリコのおまけ1】
改憲で自衛隊に感謝を示そう

【グリコのおまけ2】
涙腺崩壊寸前!震災時助かった赤ちゃんと自衛官が1年後に再会した写真が話題に


意と知
飯山一郎さんが管理人を務める掲示板「放知技」に、平気で土足で上がりこんできたケンコー法師こと、ムーの風を少し相手にしたところ、以下のようなカキコをしてきた。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15507578/835/

これで、ケンコー法師の人間性があからさまになったので、一応の目的は果たせたと思う。あとは、何を言ってこようがスルーするつもりでいたところ、最近の投稿で今までとは全く異なる丁寧な言葉遣いに接し、もしかしたら靴を脱ぐ気になったのではと、一瞬思ったほどである。だが、そのあたりの見極めは、もう暫く様子を見守っていく必要がある。

さて、最近「副島隆彦の英語力」を書いた折、久方振りに山岸勝榮先生のブログに訪れたことを書いたが、ここ数日の先生の記事は、人生を真摯に生きてきた人物にして初めて書ける内容の記事の連続であった。たとえば、「忘年会、酒宴、女性…」という記事…。


我が国では、酒は女性を通じて神に捧げるものであったし、その女性から男性が分けてもらうものだった。


そして、思わず目が釘付けになったのは、「我が国」という山岸先生の記述で、「我が国」ではなく「この国」と言う人たちが主流を占める今の日本にあって、大変嬉しく思った次第である。このあたり、同様に「我が国」と言えと口を酸っぱくして説く、『みち』発行人の藤原源太郎さんを彷彿させるものがある。

ところで、昨日の飯山一郎さんのHP記事、「応神天皇(ホンダワケ)が祟る時代が来る…鴨」を読み、女性宮家創設の記述があったので注目した。そして、思い出したのが舎人学校での栗原茂さんの言葉であった。幸いメモに残しているので、一部を割愛の上、本稿の最後に転載しておこう。

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栗原さんの話を耳にした直後、中川八洋氏の一連の著書に接したのだが、なかでも『皇統断絶』(ビジネス社)が印象に残った。本棚から同書を引っ張り出し、パラパラと捲ってみたところ、至る所に赤や青の線が引いてある。来年三月末まで続く今の仕事が一段落した後、改めて栗原さんが語っていた男系因襲論、そして中川氏の『皇統断絶』を再読し、何等かの形で記事にしてみたいと思う。ちなみに、中川氏の『皇統断絶』については、拙稿「皇位継承」でも少し触れている。


■平成22年度歌会始
1月16日に配布された栗原さんの玉稿の第4ページ目、「昭和天皇の御製 今上天皇選録の本年の意」に記載されている、「本稿一ページ目に記載の各お歌は、すべて今上天皇の御製に連れており、さらに右六首中の一首と照合するように詠まれており、たとえば、皇后陛下の歌は今上天皇との連歌となりながら、右二番目の御製に応じているのである」だが、昭和天皇の御製「西ひがし むつみかはして 栄ゆかむ 世をこそ祈れ としのはじめに」と絡めて、栗原さんから以下のような解説があった。

「西ひがし」は、西洋文明で云うところの東西を意味しているが(ユダヤ人の不幸は、南北を知らなかった事)、皇統譜と王統譜の違いをも示している。すなわち、皇統譜とは東西南北の真ん中に天が在る。しかし、王統譜には天は無く、かつ最初は東西だけで南北は無く、後に南北が出来ている。来月1日発行の『みち』(2月1日号)の栗原稿でエジプト王国が採り上げられているが、エジプト王国は典型的な王統譜であった。
また、皇統譜は男系因襲であり、王統譜は女系因襲である。つまり、皇統譜の男系因襲は、天皇という種を蒔く畑(女性)は誰でも良い、すなわち天皇の種を育てる畑であれば誰でも良いという考えである。これは女性を尊重していることを意味する。逆に、王統譜の女系因襲の種は何処の男でも良く、それをプリンセスと云う畑に蒔くという考えであるため、連続性が無く女性を見下している形である。
古事記の観点から見れば、蛭子(中世以降は恵比須として尊崇された。すなわち、商業の神、市場主義の神)は王統譜を現しており、皇統譜を現しているのが天照大神である。そして、蛭子を産んだのがオリエントであると、古事記は明白に述べている。
また、王統譜は三角形に喩えられる。すなわち、ピタゴラスのサイン・コサイン・タンジェントである。一方、皇統譜は五角形(ペンタゴン)に喩えられ、円を入れると三角形と比較して余白が少ない。
意の世界と知・情の世界の違いであるが、文字の世界は知の世界であるのに対して、音の世界は意の世界である。人間の五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)だけの世界が王統譜の世界を現し、一方で五感に閃きるあるいはインスピレーション(意)を加えたものが、皇統譜を現している。この閃きで今日まで来たのが皇統譜である。この第六感である閃きこそ、シャーマンのシャーマンたる所以がある。


平成22年1月25日記


民族の記憶
11月22日にアップされた飯山一郎さんのHP記事、『「国民あっての国家」 「国家あっての国民」』は、国家について改めて考えさせられる記事であった。特に強く印象に残ったのが、「国家とはイノチをつなぐ装置」という言葉…。何故にイノチをつなぐ装置なのかと戸惑った読者は、同記事で確認していただきたい。

飯山さんの記事がアップされた翌日の23日、NHKのBSプレミアムカフェが「千年の王宮 プラハ城~刻まれた民族の記憶」という、初回放送が2004年の番組を放送したのだが、最近希に見る優れた番組だった。何故なら、同番組を見るまでの亀さんのチェコ史の知識は、あたかも完成前のジグソーパズルのピースの如くバラバラだったのだが、同番組のおかげでチェコ史という、一つのジグソーパズル作品を完成できたからだ。

それだけではない。同番組を見ながら、自然と今の日本と較べている自分がいたのだし(たとえば、チェコを占領していたハプスブルク家を、最近まで官邸を牛耳っていたネオコンと重ね合わせる等)、国家とは何か、国家の中にあって国民はどうあるべきか、といった様々なことについて思索を重ねつつ、冥土までの暇潰しを如何に過ごすべきかについて、ある意味でヒントを提示してくれた番組となった。

以下、同番組で印象に残ったシーン…。

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水先案内人を務めた高校生のペトラ・トウショバーさんと、プラハ城ガイドのヤロミール・ボトゥーチェ氏

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チェコの礎を築いたヴァーツラフ1世(907 - 935)

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プラハの街を造ったカレル4世(1316 - 1378)

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16世紀前半から20世紀前半までチェコを支配していたハプスブルク家、その一人マリア・テレジア皇后(1717年5月13日 - 1780年11月29日)

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チェコスロバキア共和国の独立を勝ち取った初代大統領トマーシュ・ガリグ・マサリク(1850年3月7日 - 1937年9月14日)

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チェコをドイツに編入したアドルフ・ヒットラー

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ドプチェク、そして高校生トウショバーさんの父トウッシュ

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1968年8月26日に起きたプラハの春

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ベルリンの壁崩壊を受けて起きた1989年11月のビロード革命

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1989年12月29日、プラハ城でハヴェル大統領就任式

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かつては学生運動家だった父と語り合うトウショバーさん

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プラハ城に掲げられている旗のチェコ語の意味は「真実は勝つ」


運慶
22日の衆議院議員総選挙を巡って、大手マスコミからは決して得ることのできない貴重な情報が、掲示板「放知技」で連日のように飛び交っている。そして面白いのは、公示日の数日前から流れが総選挙そのものから、次第に総選挙後というテーマへシフトしてきたことだ。また、「ネオコン(小池百合子)vs.民族独立派(安倍晋三)」という構図を念頭に置けば、明らかにネオコンの失策、殊に小池百合子の「踏み絵」事件が大きく響いたことが分かるのだ。ここで、ジャーナリストの田中龍作氏が、小池百合子の「選別と排除」の実態を示す、あからさまな文書を公開しているので以下を見ていただきたい。

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http://blogos.com/article/249859/

そうした折、東京国立博物館の運慶展(9月26日~11月26日)に歩調を合わせるかのように、NHKで「仏像ミステリー 運慶とは何者か?」というドキュメンタリー番組の放送があった(10月7日)。そして、番組を鑑賞して強烈なインパクトを受けたのが、無著と世親の両立像である。

NHKはナレーションで両菩薩について、以下のように解説している。

兄・無著の潤んだような瞳は、慈しみ深さとも悲しみとも受け取れ、 少し俯いた表情からは、経験を積んだ老人の思慮深い人柄まで伝わってきます。一方で、弟・世親は胸を張り、若く、肉付きの良い顔を上げています。現実を鋭く見つめるかのような眼差しから、強い意志や理想に燃える思いまで伝わるようです。


また、以下のナレーションも脳裏に焼き付いた。

仏の教えを大切にする心を 運慶はそれを無著と世親の姿を借りて語りかけたのだ。無著と世親という、ここまでの仏像を彫ったということは、運慶自身の精神性の高さを表している。運慶は只の仏子ではないと改めと思った。


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確かに、亀さんも番組で強く印象に残ったのが、運慶作の無著と世親の両立像であった。テレビの画面からだけでも、無著の静かだが海のように深い信仰心と、世親の荒々しくも山のように高い求道心が伝わってくるのだし、実物と対面した暁には両立像に圧倒されるに違いない。

番組の水先案内人は、ロボット専門家の石黒浩氏と女優の檀れいさんが務めた。「運慶が創る仏像も、自分がを創る人間そっくりのアンドロイドも、究極的には人間とは何かということの探求」と主張する石黒氏、なかなか含蓄のある言葉だったが、それ以上に目を見張ったのが檀さんの言葉であった。その檀さんは石黒氏と一緒に興福寺を訪問、同寺の多川俊映貫主の案内を受けたのだが、無著と世親の両立像の前で交わされた多川貫主と檀さんのやり取り、実に思うところ大であった。

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亀さんは二十代の頃に宗教、殊に仏教関係の書籍を多く読んでいるが、仏像に関してはNHKブックスの『仏像 心とかたち』と『続 仏像 こころとかたち』の二冊の他、講談社現代新書の『仏像に想う』(上・下巻)の二冊に目を通したことがきっかけとなり、京都・奈良を中心に多くの仏像と接してきた。

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爾来40年近くの歳月が流れ、檀れいさんのように仏、あるいは身近だった誰かに己れが観られている(見守られている)のではと思うことが、時々ある。以下は番組のワンシーンだが、興福寺北円堂に安置されている無著と世親の両立像と対面し、自然に手を合わせている檀さんとは対照的に、隣で手を合わせようとする素振りすら見せない石黒氏との違いは、仏について男性は頭で受け止め、女性は全身で受け止めるという差のように思えた。ともあれ、女性の檀さんが番組の最後で語った以下の言葉、還暦を過ぎた今、漸く納得できるようになった自分がいる。

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他人は騙せても、自分、そして仏様は騙せない。運慶は仏様に見られているという感覚を持っていた人だったように思います。


この檀さんの言葉を受け、全身全霊をかけて仏像に挑んだ運慶像が浮かんできた。

満島ひかり×海部陽介
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一週間前にNHKで放送された、「SWITCHインタビュー 達人達」に満島ひかりが登場、その満島が指名した対談相手は、天文学者の海部宣男を父に持つ、人類進化学者の海部陽介であった。この対談番組は、対談者の人間性があからさまに映し出されるということもあり、マンウォッチング(人間観察)が趣味の亀さんが好きな番組の一つである。番組は前半と後半とに別れ、それぞれ場所を変えて行われた。前半は海部の勤める国立科学博物館で、後半は満島の母校である都内の中学校で行われ、彼女の女優としての姿勢に感銘を受けた亀さんであった。そのあたりについては、「満島ひかりという女優」と題した記事を、もしかしたら近く書くかもしれないが、その前に海部陽介の研究、非常に興味深い内容だったので、最初はこれについて書いてみたい。

海部の研究だが、アマゾンの『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)にアクセスすれば、「内容紹介」に研究のアウトラインが示されており、それに目を通すことによって、大凡の海部の研究内容が分かるはずだ。

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番組では海部が中心となって進めた、「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」を主に取り上げていたが、亀さんが同番組を見ながらつくづく思ったのは、「人類とは何か」、「我々は何者なのか」という長年の疑問だった。このあたりについては、過去の拙記事でも色々と書いているが、別の角度からも新しい記事をいずれ書くつもりである。

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さて、ここで目を転じて我々が住んでいる日本列島だが、上の画像のように我々の遠祖は三つのルートのいずれかを航海し、この島国に辿り着いたことが、海部の最近の研究から分かってきたようだ。そして、脳裏に浮かぶのが、稲村公望さんの黒潮文明、天童竺丸さんのツラン、そして飯山一郎さんの飯山史観…。

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こうなると、さらに時間を遡り、日本列島がどのように誕生したのかについて、知りたいと思うのが人情というものだが、そんな折、タイミングよくNHKスペシャルの「列島誕生 ジオ・ジャパン」が放送された。第1集の「奇跡の島はこうして生まれた」が先週放送され、本日は第2集「奇跡の島は山国となった」が放送されるので、近日中に「列島誕生 ジオ・ジャパン」について記事にしたいと考えている。

【別報】
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今日の東京新聞に載った吉永小百合の「私の十本」(21)


限界国家?
今日も朝から晴天、15時あたりの最高気温が34℃に達するという。亀さんの仕事部屋は二階にあるので、連日15時には多分35℃を優に超えているはずだが、それでもエアコンのスイッチを入れることもなく、扇風機だけで仕事をしている。尤も、深夜の午前2時頃からブッ通しで仕事をしているので、昼過ぎあたりから仕事は打ち止め、あとはビールやワインといった、酒仙李白の時間になる(李白には遠く及ばないけど…)。タ・ノ・シ・ミ!

それから、5月末のツーデーマーチに参加した「放知技ご一行様」の皆さん、とても64歳には見えない元気な声で、ユーモアたっぷりの開会の挨拶を行った、飯能市の大久保市長を覚えているだろうか? 実は市長選が昨日あり、亀さんも久しぶりに投票所に足を運んだ。大久保市長とは同期というだけではなく、4年前に亀さんの同窓生が、一所懸命応援していた光景が脳裏に焼き付いているだけに、今回無事に再選を果たせて良かったと思っている。なお、市長選に関する地元の新聞の切り抜きを、本稿の最後に掲載しておいた。

ところで、「DIAMOND online」に、以下のような記事が掲載されていたので一言。
年間20万人が孤独死!「限界国家」日本のXデー

要するに、日本の人口減少が急激過ぎる。このままでは、日本が限界国家(持続可能性が危ぶまれるような巨大な限界集落になった国家)になってしまうといった、悲観論的な記事だ。まぁ、確かに周囲を見渡しても、高齢化社会になりつつあるのをヒシヒシと感じる。たとえば、亀さん家を含め、七軒で隣組を形成しているんだが、現在同居している者だけに限定すれば、ゼロ歳児から二十代は亀さん家に同居する下の息子だけ、三十代と四十代は居らず、あとは九十代の亀さんの実母を含め、五十代から九十代にかけての爺さん婆さんばかり…。しかも、七軒のうち、八十代の独り住まいの家が二軒、七十代の独り住まいの家が一軒ある。

お隣のMさん家の場合、息子夫婦は仕事の関係で同居しておらず、Mさん家のお婆さん(八十代後半)が一人で家を守っている。そのMさん家のお婆さん、一年前だが、もう少しでオレオレ詐欺に引っ掛かりそうになったことを、最近になって直接本人から聞かされた。もし、亀さんがその場に居合わせていたら、遠慮なく木刀で輩の脳天を叩き割ってやったところだ。だから、お婆さんに今度は遠慮なく、亀さんに声をかけて欲しいと伝えたのは言うまでもない。

ともあれ、亀さんの実母を含め、八十~九十代の年寄りが七軒の隣組に6人もいる。あと十年もすれば、ほとんどがこの世からいなくなるのは目に見えており、葬儀のお手伝い等で、亀さんを中心とした五十~六十代が、動き回らなければならなくなるのは目に見えているのだ。このように、亀さん家の隣組だけを取り上げても、「日本の人口減少が急激」という現実が、ヒシヒシと伝わってくるのである。

しかし、亀さんは日本の人口が3000万人台になってもE-と思っている。第一、時代こそ違うものの、拙稿「縄文人に倣う」にも書いたように、江戸時代中期から幕末明治にかけての日本の総人口は、3000万人台で推移してきたのだし、それで立派に日本は国家として立ち回ってきた。だから、何の心配もしていないんだが、「年間20万人が孤独死!「限界国家」日本のXデー 」は以下のように書いている。

文科省の調査では2002年度から2013年度に公立の小中高校の廃校の数は全国で5801校にも上る。毎年500校以上の学校が日本から消失しているのだ。一方、80歳以上の人口は2015年についに1000万人の大台を突破。2030年には1571万人にまで増加すると予測されている。


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安芸高田市の男女年齢別人口(2012年12月現在)と2035年の人口予測図(『限界国家』より)

しかし、八十代と言えば人生の黄昏を迎えているのだし、やがてこの世から消えていくのだ。だから、いつまでも八十代以上が大勢を占めるような、歪な社会が永久に続くわけではない。そして、総人口が3000万人台になるころには、人口ビラミットもきれいな三角形になっているはずだ。また、日本列島の広さを考えれば、3000万人ていどが丁度よいのかもしれない。なを、フクイチによる内部被曝を考慮すれば、総人口3000万人台の時代への突入は、思った以上に早いことだろう。

 このままいけば、あらゆる業種で人が決定的に足りなくなる。すでに農業従業者の平均年齢は67歳だ。農業などの第1次産業はいうに及ばず、前述の鉄道・バスや電気・水道などのインフラから、サービス業、そして国の基幹をなす製造業まで、日本は持続可能性が危ぶまれる巨大な限界集落=「限界国家」と化す。


この心配も無用だ。内閣府がすでに、国家再興戦略を打ち立てているからだ。だから、介護の分野にロボットが導入され、鉄道やバスの場合、無人電車や無人バスが活躍しているはずだ。
日本再興戦略 内閣官房日本経済再生総合事務局

さらに、同記事は以下のように続ける。

 では本当に解決策はないのだろうか? 著者が提案するのは、選択的に外国人の定住化を図るということである。製造業、サービス業や農林水産業の現場で働くアジアの若者を受け入れ、優秀な人材には定住の可能性を認めるというものである。


このあたり、今後AIがどのていど浸透していくかによるが、ここは発想の逆転で、介護関連はAIロボットに任せ、日本の若者は未開拓の土地が無限大に広がる、シベリアの大地で生きていくという選択肢もある。現実には、すでに大勢の中国人がシベリアに押しかけているが、ロシア人との間で様々なトラブルが発生していると聞いており、嘉納治五郎を敬愛するプーチンは、日本人の勤勉さを熟知しているだけに、中国人よりも日本人にシベリアの開拓を任せたいと、多分心の中で思っているはずだ。

青年よ荒野を目指せ…、ではなくて、シベリアを目指せ!

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安倍晋三のルーツ
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亀さんが安倍晋三の人物を見直すきっかけとなったのは、フクイチ鎮圧に向かって第一歩を踏み出し(「日露新時代へ」)、ネオコンを官邸から追放したからである(「面従腹背」)。そうした偉業を安倍首相がやってのけたというのに、右も左も関係なく安倍叩きに猛り狂っている、マスコミやブロガーばかりが目につくのは何故か(「放射脳!」)?

それは、政官財が依然としてネオコンの支配下にあり、その政官財の御用聞きであるマスコミが、ネオコンの意向に沿った記事を書いたり、報道したりするのは当然のこと。また、安倍叩きで血眼になっているブロガーは、世界が大きく変化しているのに全く気づいておらず、ネオコンの手のひらの上で踊らされているにすぎない。

さて、本稿ではその安倍晋三のルーツについて探ってみよう。最初に、亀さんは「舎人家紋講座」シリーズを、計26回にわたって報告している。
舎人家紋講座1~8
舎人家紋講座9~17
舎人家紋講座18~26

この講座の講師を無償で務めてくれたのは栗原茂さんで、落合莞爾さんに京都皇統の存在を知らしめた人である。そのあたりは以下の飯山一郎さんのページに詳しい。
http://grnba.com/iiyama/html/16EmperorsDeepHist.html

なぜ、家紋なのか? 諺に「氏より育ち」というのがあり、人間を形成するのは家柄よりも、教育や環境であるという意味だ。確かに、人に及ぼす教育や環境の影響が大きいことは認めるが、実は家柄、すなわち家紋(DNA)も、教育・環境と同じくらい、あるいはそれ以上に影響大と亀さんは見ている。このあたりの詳細は、舎人家紋講座1~26を参照していただきたい。

ところで、安倍家の家紋は梶紋である。以下は富士霊園(静岡県小山町)にある安倍家の墓所で撮影されたもの。安倍晋三の父である安倍晋太郎は日頃、「俺は安倍宗任の41代目の末裔だよ」と語っていたという。このあたり、ブロガーが色々と書き立てており、以下はその一例である。尤も、このブロガーさん、安倍首相の人物が解っていないようだ(笑)。だが、安倍晋三に流れる安倍宗任のDNAを考察する上で、足がかりにはなり得よう。
歴史学習妄想メモ【13】●◎一族1000年の野望と復権への執念

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ここで、安倍宗任と関連して、中央日報が以下のような記事を書いている。
安倍日本首相の父親「私は朝鮮人だ」

日本語が支離滅裂なので判読に苦労すると思うが、ここでは安倍家の家政婦だったという、久保ウメさんの以下の発言に注目されたい。

安倍元外相が朝鮮だと言ったが、これは今の北朝鮮ではなく、その北と吉林省の下側にあった渤海


ウメさんの発言の真偽の詮索はともかく、安倍晋三の父方の遠祖である安倍宗任のルーツは、渤海であることを匂わす発言だ。その他、安倍宗任のルーツはアイヌだといった説もあり、今のところ定かではない。

一方、安倍晋三の母・安倍洋子は、昭和の妖怪と言われた岸信介(のぶすけ)の娘である。そして、安倍晋三の母方には、岸信介、佐藤栄作といった、綺羅星の如く高名な政治家の名前が並んでいる。ネット界隈では、岸信介の祖父が北朝鮮の出だといった説が、真しやかに流れてるが、以下の一連の家系図を眺めれば判るように、出鱈目である。ちなみに、岸信介および佐藤栄作兄弟の祖父は、佐藤信彦(漢学者)。
http://episode.kingendaikeizu.net/7.htm

ところで、最近になって驚愕すべき新説が登場した。それは、掲示板「放知技」の「吠えるE爺と 燃える同志たちの闘議場 -26-」で、【日本国は今も田布施の国】という飯山一郎さんの秘史シリーズである。
【日本国は今も田布施の国】 -5- 「国家存亡の危機には 強力な指導者が必要」
【日本国は今も田布施の国】 -4- 「政体も東京皇室の閨閥」
【日本国は今も田布施の国】 -3- 「天皇は雲上人であるべし!と思う安倍晋三」
【日本国は今も田布施の国】 -2- 「東京皇室を“指導”する家系」
【日本国は今も田布施の国】 -1- 『安倍晋三は,三菱の人間』

特に、「東京皇室を“指導”する家系」という文言に目を剥いた読者が少なくないはずだ。なぜなら、この文言は皇室よりも安倍家の方が、家格が〝上〟であることを意味するからである。ともあれ、この文言も含め、驚愕した読者に対しては、最初に飯山史観に取り組むことをお勧めしたい。その意味で、拙稿「青州で思ふ」を一読していただければ、飯山史観の概要が得られるはずだ。
青州で思ふ(6)
青州で思ふ(5)
青州で思ふ(4)
青州で思ふ(3)

【追報】
安倍宗任と安倍晋三
安倍宗任の子孫