FC2ブログ
プロフィール

亀さん

Author:亀さん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

kamesan

人生は冥土までの暇潰し

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
ブラックホール?
本稿は一年半ほど前にアップした「ビッグバン?」の続編に相当し、前回がビッグバン否定についての記事なら、今回はブラックホール否定の記事となる。なぜブラックホールについての記事を書く気になったのとかいうと、最近の宇宙に関するニュースで気になった記事があったからで、それは、ブラックホール(正確には、ブラックホールシャドウ)の撮影に成功したというニュースだ。たとえば、国立天文台は以下のような記事を掲載している。
史上初、ブラックホールの撮影に成功

19092101.jpg


ここで、ブラックホールの〝初撮影に成功〟に至るまでの過程を追った、ドキュメンタリー番組をNHKの「コズミックフロントNEXT」が、「ブラックホール直接観測」と題して流していたので、以下に紹介しよう。ただ、気をつけなければならないのは、我々がスナップ写真などを撮るように、風景や人物といった被写体を直接撮ったものではないということだ。つまり、ブラックホールそのものの撮影に成功したわけではなく、あくまでも観測して得た膨大なデータをコンピュータで処理し、それを画像に転換したものであるという点である。


コズミックフロントNEXT 「ブラックホール直接観測」

小生は『間違いだらけのNHK「コズミック フロント」』という記事を書いているが、以下は同記事の結語である。

我々の棲む宇宙は定常宇宙(膨張も収縮もしていない)であり、わずか138億年前どころか遙か以前から宇宙は存在していたのだ。そしてブラックホールなどは存在せず、ダークマターなる未知の物質も存在していない。ましてや、我々以外の宇宙が存在しているわけでもない。このあたりを明白に述べているホームページがある。亀さんが長年支持してきた「間違いだらけの宇宙論」だ。十年近く前に旧ブログでも、「間違いだらけの宇宙論」と題した記事を書いたことがある(2005年8月7日)。


つまり、小生がブラックホールが存在しないとするのは、上掲の「間違いだらけの宇宙論」というHPに依る。ちなみに、ブラックホールに関する同HPのページは以下のとおり。

・「ブラックホールとは
このHPの開設者は内科医の永田博一氏である。ただ、残念ながら2008年1月26日を最後に、十年以上にわたって更新されていないのだが、それでも内容的には今でも有効だ。そして、同ページの白眉は、「シュバルツシルトの解」の矛盾について、鋭く指摘した箇所だと個人的に思うし、また、以下に示す同ページの結語も明快だ。

このように、もし(ブラックホールが)存在すると仮定すれば矛盾だらけで、存在しないとしても何も困らないような天体は、SF作家にだけ任せておけばよいのです。論理を重んじる科学者がいつまでもこのような架空の天体を存在すると信じるなど誠に馬鹿げたことです。


・「相対性理論の専門家との議論
このページは、「ブラックホールとは」で永田氏の説いた、「シュバルツシルトの解」に納得できないという読者向けのページだ。ここでも、永田氏の結語を引用しておこう。

私としては、ブラックホールが存在しないということに更に確信を持つことができました。


この永田氏の結語は、相対性理論の専門家と議論した末に達した結論だ。

・「ブラックホールは存在しない!
このページは、2007年6月21日に発表された、Lawrence M. Kraussという物理学者の論文を主に取り上げたページである。
"Observation of Incipient Black Holes and the Information Loss Problem"

大手メディアによる影響からか、今日ではビッグバンやブラックホールを肯定する人たちが多数派を占めるようになってきたが、何とも歯痒い限りだ。

【「ビッグバン?」補足】
『ナショナル ジオグラフィック』誌に、「大発見? 宇宙最初の星を観測、真相は」という記事が載った。内容は、我々の棲む宇宙で最初に誕生した星、すなわちファーストスターが誕生したのは、ビッグバンから約1億8000万年後だったというもので、ビッグバン肯定の典型記事となっている。

スポンサーサイト



洞察歯観のすすめ(40)
久方ぶりに歯科&音楽ウォッチャーさんから便りが届き、冒頭の「白衣」に目が留まった。「綺麗な看護婦さんの話かな…」と、ワクワクしながら読み進めたところ、実際は『危ない“医者・病院”の見分け方』 (北野国空 小学館文庫) の書評だったのだが、実に興味深い内容となっている。是非、今回も以下のウォッチャーさんの話に、酒でも呑みながら目を通してみよう。

ーーー白衣の出世レースーーー

つい先日のこと。我が家に、かりんとうセットが届きました。差出人をみると、スーダラ宴会に参加した平成グループの一人。かりんとうセットの他に手紙が入れられており、ひらいてみると、それは、お礼状でした。人様から礼状をもらうなど久しぶりのこと。前回、宴会時に医療関連の話に花が咲き、テレビドラマ、白い巨塔などを酒のつまみにしたところ、
「医療を取り上げたもので、何か面白そうな本はないですか」
とのリクエストがあり、咄嗟に思いついた文庫を(手元に三冊あったので)一冊、プレゼントしました。
その後、友人たちの間でまわし読みをしたらしく、手紙に中に複数の感想が寄せられており、
「ヤブ医者のヤブの意味、初めて知りました。」
「ヤブ医者とダメ看護師の組み合わせ。爆笑しました」
「家で、一気読みしました。医者の世界!マジ!ヤバいっすね!!・・・」
等々、一言コメントがいくつか記されておりました。

19091601.jpg

咄嗟の思いつきで渡した文庫は、北野國空 (著) 「危ない医者・病院の見分け方」
医療事情の裏側を現役の外科医が著したもので、平成14年の秋に店頭に並んだ作品ですが、内容に古さを感じさせない、今手にとっても参考になることが多々あり、夏から秋へと季節の変わり目に暇潰し読書するには、もってこいの一冊。(余談ではありますが、この本は、ある白衣の天使のすすめで手にしたもので・・・)まあ、それはそれとして、医者の出世レースの裏側エピソードを、一部紹介しておきます。
***医者のエリートというのは、一流と言われる大学の主任教授である。
少し格落ちでも、一流大学病院の教授。あるいは、一流ではないまでも、医科大学の教授である。
教授というのは、社会的地位が高いばかりではなく、集金力もかなりすさまじい。その教授になるには、高校時代の受験技術が並という程度では、やはりダメなようである。入るべき大学が限られる。国立大学なら旧帝大(東京・京都・東北・九州・北海道・大阪・名古屋)、千葉大、金沢大、私立なら、慶応といったところが、普通にそのコースの出発点となる(わずかな例外はあるにしても)。
大学に入った後も、そこそこに勉強し、あまりひどい点は取れない、そして、何かの点で教官や教授の気に入られるように努めるのがトクである。学部を終えたら、なるべく大学院に進んで学位を取る。博士号はランクがあり、大学院を経て獲得した学位は、「甲種」。医局で苦労して論文提出資格をとって出したのは、「乙種」で、エリートコースを歩むには、甲種が望ましい。
研修は当然出身大学の付属病院で受け、研修終了後は当然、医局に残る。我が国の大学病院では、医局講座制という管理システムをとっている。
簡単にいうと、科目ごとに主任教授がおり、主任教授をトップとして助教授一人、講師二人、助手三人。さらにその下に、無給医局員と研修医がいて、ピラミッド構造を形づくっている。(教授は主任教授のほかにもいるが、講座は持っていない。他学部でいうと、研究所教授にあたる。医局における権限は小さい)。
研修期間が終わっても医局に残り、さらに研究に精を出す。おおむね、ボスである主任教授の研究を手伝うことになる。
ただし、無給医局員として医局にしがみつくようでは先が知れている。エリートコースにいると自他共に認める連中には、助手のポストが大体すんなり手に入る。
助手になれば立派な大学職員で、食うに困らない程度の給料が出る。助手の定員は決まっていて空席がなければなれないわけだが、前任者は教授の息のかかったどこかの病院の、悪くないポストに出向するか天下ることになっているから問題はない。***
助手になったら、あとは講師、助教授、教授を一歩ずつ上っていけばよい・・・というわけには行かない。
***講師のポストは、二つしかないのに対し、同僚の助手は他に二人いる。順調にいっても、一人は脱落する運命だ。教授との折り合いが悪ければ、あっさりどこかの地方病院に出向か就職を命じられて、大学での出世はそれまでとなる。研究者あるいは医者として優秀であることは、あまり頼みにならない。
むしろ、優秀であることが既定のエリートコースから外れる要因になることもある。助手としての重要な仕事のひとつは、教授の研究を手伝うことだが、真に優秀であれば、その助手の能力は教授が期待する範囲を超えてしまい、教授の研究テーマを離れて独自の研究分野に発展してしまうこともある。そうなると、この助手は教授にとってむしろ厄介なお荷物となる。あるときこの助手は、教授に呼ばれ、
「外国へ行って研究を続けてはどうか」
と言われる。
このココロは、
「君は、もうわたしの医局には要らない」
ということだ。
提案の形だが、実際は命令で、
「いやです」
と言えば、大体はクビだ。助手としても、教授の研究範囲で窮屈な研究をするよりも、
「そのほうがいいや」
と思うかも知れない。
医学研究のエリートたちが海外に流出するのは、こういうケースが多い。もっとも、こうなったらエリートコースから外れたとも言い切れない。
どうにか講師になった。今度は助教授のポストを懸けて、もう一人のライバル講師と争うことになる。
医者とか医学部研究者というのは、概してネクラだから、その闘いは陰湿だ。暗闘である。そして科学者だから徹底的である。血みどろはオーバーにしても、かなり熾烈な闘いだ。講師
助手
医局関係者までも巻き込んだ派閥抗争が、延々と何年も続く。ケリがついて負けた方が、教授の系列のどこかの大学に、助教授あたりで就任することになる。***
二十年か、あるいは、さらに長期にわたる抗争に勝ち抜いて助教授に就任したとしよう。
後は主任教授の定年退職を待つだけか?
***そうではない。運がよければ、すんなり教授の後を継いで主任教授のポストが手に入る。しかし、主任教授選任の権限を持っているのは教授会である。順送りに助教授を主任教授に昇格させてくれるとは限らない。今度は教授会の票を獲得する工作をやらなければならない。教授会は無情にも、
「新風を吹き込むため」
とか何とかいう理由で、どこかよその大学から教授を招聘したりする。その新任教授が、かつて外国に追い出された助手であった、なんてことが結構ある。
主任教授がそういう年功序列でない形で代わると、医局は実際がらりと変わる。助教授は、他の大学の教授として転出する。以下、上を目指して頑張ってきた講師、助手から無給医局員にいたるまで全員、まあ、三年ぐらいで全て入れ替わる。
首尾よく教授のイスを射止めればお山の大将。国公立大学の教授の給料は、ビジネスマンのトップクラスと比べると見劣りするが、さまざまな得点がある。地方の病院に医局の若い医者を出向させると、一説に、ベンツ一台買えるぐらいの謝礼が来るという。自分の手駒である医局員をあちこち動かすだけで、かなりの収入が期待できそうである。
また、このような人材派遣業を通じて、あちこちの医療機関に強力な人脈が形成され、そこには有形無形の利権が生じる。業者からのリベートもある。教授職を二十年も続け、医学部長、付属病院長と歴任し、大過なく過ごすと、莫大な退職金が入り、名誉教授の称号を受け、退職後も良い条件で民間に天下りでき(長年の間に培った人脈がこの時生きる)、死ぬ間際には国から勲章がもらえる。めでたし
めでたし!***

陰湿にして過酷な出世レースの一幕。
日本昔話ではありませんが、常田富士男や市原悦子の語り口調で、オーディオ・ドラマ風に聴かせてもらうと良いかも知れません。

ーー追記ーー

~~間の手(あいのて)リップサービス奏法~~
暑い夏の間、週末になると相変わらず長距離散歩を楽しんでおりました。散歩の途中,小洒落たホワイトハウスのような喫茶店で一息入れ、珈琲を飲みながら暫し読書などして過ごすのですが、ある週末の午後、文庫を手に珈琲を啜っておりましたら、隣のテーブルに女性三人グループがやってきまして、賑やかに女子会を始めました。(おばさんグループ)です。
「久しぶりよね。三人でお茶するなんて・・・ねぇ」
差し障りのない世間話をイントロに、日焼け対策のための化粧品選び、日傘選び。ここ最近のニュースから、煽り運転、小泉ジュニア&クリステルの結婚の話題などが続き、第一楽章が終了。そして、第二楽章へ。
「うちの長男がね・・・会社でOO部の部長になったのね。それで・・・」
一番年長であろうAさんが、サラリーマン出世した息子の自慢話を始めまして、
これが、少々長いソロ演奏となり・・・この自慢話ソロをとるAさんの側で、間の手を入れるBさんとCさん。
つまらない話が流れ出したなと思った・・・
ところが、長いソロ演奏に、間の手リップサービスをやや甲高い声で投げ入れるBさん・・・その巧みな投球奏法に吃驚仰天!!
Aさんの長尺ソロに時折あられる少々トゲのあるフレーズも、ソフトなものへと変化させてしまう。
横目に覗き聞きしながらも、Aさんの長いソロ演奏から、いつの間にか、Bさんの間の手リップサービスに聴き惚れておりました。
なかなか手慣れたモノで、これは、なんというか・・・二代・広沢虎造の「清水次郎長伝」などで曲師をつとめる佐々木伊代子のようであり、間をとることがうまい!長年、喫茶店通いしておりますが、間の手リップサービスのうまい”曲師”?に出会うことはなかなかありません。
Bさんは、まれにみるテーブル・トーク”曲師”?ではなかろうかと思うほどの腕前。
それにしてもBさんは、どのような仕事をしているのだろうか?ことによると、コンフィデンスマンJP。かも知れない・・・などと考えつつホワイトハウスを後に帰宅し、一杯傾けながら、我が家での第三楽章。久しぶりに、二代・広沢虎造
「清水次郎長伝・名古屋の御難 勝五郎の義心」を引っ張り出して聴いてみました。
曲師はもちろんBさんではなく、「佐々木伊代子」名人!

ーー追記 2ーー

真夏の夜。ほぼ毎日、映像を一本取り出しては見ておりました。
昨夜も懐かしい海外ドラマを居眠りしながら楽しんでいたのですが、うとうとしていて、ふと画面に目を向けると、
「良き友は恒に側に。敵はさらに身近において、飼い慣らせ・・・」
という字幕が流れ出ておりました。はて、どのような話の流れであったか・・・今宵は、昨夜見逃したところをプレイバック!



浪曲 広沢虎造「清水次郎長伝 次郎長と法印大五郎(秋葉の火祭り」

人類激変の時代
今週の日曜日(7月21日)、初の東京一郎会を挙行する。

最初に、七月十五日発行の世界戦略情報誌『みち』の巻頭言に、「人類激変の時代」についての言及があったので、その一部を以下に引用しておこう。

本号「常夜燈」は「人類が直面している激変は新たな人類史の頁創りである。遍く民族、国家が、本質的に内在させている各々独特の悪徳・不善・奸凶に圧し潰され、苦難の果てに辿り着く新たな一頁である」と断言している。

してみると、個々の人間のみならず、人間の集合体である家族も民族も国家も解体にまで至る激変を余儀なくされているのかも知れない。アダム・ワイスハウプトのイルミナティ綱領および共産党宣言以来、家族・民族・国家の解体が闇の勢力の目標だった。皮肉なことに、真っ先に亡びるのが彼らだとしても、彼らに寄生されて骨の髄までしゃぶり尽くされたそれぞれの民族・国家もまた、その「悪徳・不善・奸凶に圧し潰され」ることを免れないかも知れない。

だが、それは生命体としてのヒトが新たな類として生まれ変わるための、避けようのない脱皮の過程と考えることもできる。いずれにしても、令和時代の始まりにあるわれわれは、これまで誰も経験したことのない激変の時代へと突入したことだけは、間違いないようである。


読者も、過去に様々な観点から時代の大転換についての話を、耳にしたり読んだりしてきたことだろう。そうした時代の激変については、今回だけではなく、今後の東京一郎会の主テーマとなっていくはずだ。そして、初回はツランと乳酸菌農業について主に語り合うことになると思うが、何故に今回は二つのテーマに絞ったのか少し解説しておきたい。

最初に、ツランを取り上げる理由だが、その答えは以下の言葉の中にある。

自分とは何者なんだろうと言う問いを突き詰めると、自身のルーツを辿るのは必定。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/935/


我々は過去において、「自分は何処から来て、何処へ行くのか」と、思索を巡らせたのは一度や二度ではないはずだ。そして、「何処から来たのか」という問いは、自分のルーツを探ることに他ならず、そうした時に避けては通れないのがツランだ。ツランについては、拙ブログでも様々な角度で取り上げてきたので、ツランについてはある程度分かっていただいているものと思うが、日本のツラン第一研究者である天童竺丸さんが参加する今回の東京一郎会では、ツランについて深堀していく上で絶好の機会となるはずだ。そして、ツランについて知るということは、同時に自分は何者かについて識ることに他ならず、その延長線上で、自分は何処へ行くのかという答えも自ずと見えてこよう。

次に、乳酸菌農業を取り上げる理由は、乳酸菌の秘めた無限大の可能性にある。以下の飯山一郎さんの記事を思い出していただきたい。

19071702.jpg

鷲は、「地球は、生命が増えれば増えるほど豊かになる!」という考え方が正しい!と思う。

ユーラシア大陸やアフリカ大陸の広大な砂漠地帯が緑地化し、森や林や農地が増えて豊かになれば、地球は、あと200億~300億人の人口を軽く養える!

乳酸菌と汚泥で、砂漠を緑地化しよう!

今の鷲は、日本で蜜蜂を爆発的に増やす方法の開発に夢中だが…、
いつの日にか、きっと、タクラマカン砂漠か、ゴビ砂漠か、テングリ砂漠を緑地化し、森をつくって、ソコに大量の蜜蜂を飛ばすぞ!

◆2014/05/30(金)  蜜蜂を爆発的に増やす発酵環境

19071701.jpg


今回の東京一郎会には、大連で乳酸菌事業を展開している野崎晃市博士の朋友の他、パラグアイで乳酸菌農業を実践して成功させたvagabundo1431さん、浜松の農業王さんも加わることから、先週、天童編集長と野崎晃市博士らと語り合った、乳酸菌農業の情報センター立ち上げへ向けた第一歩となりそうだ。

まほろば会では、安西正鷹さんの安西ファイルをベースにした話、加えてJINMOさんの精神核についての話は、参加者一人一人の脳を大いに刺激することだろう。

翌日の東京一郎会では、mespesadoさんのメスペサド理論の展開、そして堺のYさんの〝体験談〟が炸裂する!

洞察歯観のすすめ(39)
前日に続いて、「洞察歯観のすすめ」をお届けする。第二弾の冒頭を読み、「アレ、第二弾は音楽論か…」と勘違いする読者も出るかもしれないが、今回も医学についての深いお話だ。通読し、改めて「自然治癒力」の凄さを見直した亀さんであった。そして、あの近藤誠医学博士が登場するので、がんに関心のある読者は今回も必読だ。

***「五郎君。医は仁術やない。医は算術や」***
五夜連続でテレビ放映された「白い巨塔」リメイク作品。懐かしいタイトルに惹かれて、また、
「懐かしい昭和の俳優陣も登場するらしい」
そう友人から知らされ、雪国仕込みの酒をひっかけながら、みておりました。
先ずは気になったことが・・・いや、ビックリしたのは映像のバックで流れる音楽(テーマ曲)・・・
物語が始まったと思ったら、いきなり、レッド・ツェッペリンとピアソラが何やらセッションでもしているのだろうか、というような音が飛び出し・・・そして、その流れるメロディの一部は、遠い過去にどこかで聴いたような。冷酒に酔いながら想いを巡らせていると、曇りガラスの向こうから記憶が浮かび上がってきました・・・。
その昔、SRI(科学捜査研究所)が、優れた科学捜査をもって、数々の化学を悪用した難事件、怪事件を解決していくという一話完結型の「怪奇大作戦」というテレビドラマがありました。記憶にありますでしょうか?(これは、ウルトラQに始まる円谷作品{空想科学ドラマ}のなかの一作品。ドラマの音楽づくりは、(玉木宏樹・山本直純によるもの)で・・・そのテーマ曲のメロディーとオーバーラップしてしまい、医学界の暗部を鋭く追求する社会派ドラマのBGMとしては、映像と音楽が、なんとも、かみ合っていない咬合不良を起こしているような。少々違和感をもちました。
怪奇大作戦という・・・子ども向けのテレビ番組(昭和43年~44年に放映)ではありましたが、昭和の時代の物語というよりは、近未来に起こるであろう怪奇な人間ドラマを描いていたように感じられます・・・かえって、今の時代にマッチしており、興味深くみることが出来るかも知れません。
色濃く記憶に残っているところでは、「狂気人間」というタイトルのエピソードがありました・・・
###連続して複数の殺人事件が起こり、犯人は逮捕されるも、精神鑑定の結果、狂人であると断定され病院に隔離される。ところが、数ヶ月の後、狂人であったはずが、正常な精神を取り戻す・・・事件を起こした狂人たちの影に、脳波変調機なるものを使用して人間を一時的に精神異常者に仕立て上げる。狂わせ屋の存在があった・・・ここに、刑法第39条「心神喪失者の行為は之を罰せず」を絡ませた、25分ドラマ作品###
これが茶の間に流れたわけで・・・およそ、よい子たちがみるテレビ番組とは、ほど遠い内容だったと思いますが、今の時代にみるならば、しっくりくるかも知れません。

ドラマが一夜、二夜と・・・(白い巨塔の物語が)展開していくなかで、どういうわけか、もう一人。音楽家の名前が浮かび上がってきました。宮内國郎です。
宮内國郎は、映画やテレビ番組の音楽作りをしていた作曲家ですが、円谷作品である「ウルトラQ」「、「ウルトラマン」の音楽を担当していた人物です。と言えば、メロディーが浮かんでくるのではないでしょうか。
白い巨塔、ドラマ上で効果音的に使用される短いメロディ・・・を少々注意深く(酔っ払いながら)聴いていると、これが、宮内國郎を思わせるものが鏤められており、社会派ドラマであるはずが、突然、アンバランスゾーンへと誘い込まれ、マンモスフラワー(ウルトラQ)でも登場したのかと錯覚してしまうほどでした。また、宮内國郎スタイルの音に加えて、タンジェリン・ドリームであったり、ヴァンゲリス・パパタナシューといったミュージシャンのサウンドを薄味にして、ふりかけにしたような音作りも感じられ・・・おかげで、懐かしい昭和TVの一コマを、あれこれと思い出す楽しい暇潰しが出来ました。
ついでながら、山崎豊子原作の「白い巨塔」。昭和においては、田宮二郎・主演。音楽は渡辺岳夫。平成には唐沢寿明・主演で、音楽担当は加古隆でした。ドラマ上で流れていたテーマ曲など記憶にありますでしょうか?
平成ヴァージョンにおいては、テーマ曲が、ニュージーランド出身のヘイリー・ウェステンラが歌う「アメイジング・グレース」でした。メロディーを聴くとドラマの一場面を思い出す方もいるでしょう。ヘイリーの透明感溢れる歌声とメロディーの印象が強烈で、加古隆の魅力が少々薄味に聞こえてしまった感じがありましたが、案外、音で視聴率を稼いだ作品だったのかも知れません。
昭和ヴァージョンでは、渡辺岳夫が重厚なインスト曲でドラマに色を添えておりました。渡辺岳夫・・・というと、少々気に掛かる作曲家なのですが、以前、渡辺岳夫をここで紹介したことがありました。
「~思い込んだら~試練の道を~ゆくが男の~ど根性~」
「巨人の星」や、「アタック・ナンバーワン」などの作曲者でもあります。

ーーー外科医は よく知っているーーー

さて、ドラマを見ていて、ある場面で、ふと近藤誠氏の顔を思い出しました。
浪速大学医学部付属病院の内科診察室(診察室のナンバーが13番だったような)。、
内科の里見脩二と、外科の財前五郎が患者を前に治療内容を説明する場面。
財前が、患者に、
「膵臓がんです。こんなに早期に発見されることはまず無いほどの小さいものです。手術でがんを摘出すれば、心配ありません。他に方法はありませんよ」
と話す。手術するしかないと言われ言葉を失う患者に、里見が、
「膵臓は沈黙の臓器と呼ばれ、見つかったときはかなり進行しているケースが多いものですが、早く発見できたのは、財前先生のおかげですし、彼は僕が一番信頼している外科医ですから・・・」
と、がん摘出手術を勧める。

このような場面において、近藤誠氏ならば、なんと言うでしょうか・・・
*** 「手術しか方法が無い」「がんを取りきれるし、再発もしにくい」
がんと診断されて、頭が真っ白になっている患者さんに、医者はしょっちゅうウソをついて、手術に誘導します。***

***膵がん(膵臓がん)は、「見つかったときは手遅れ」「がんの王様」と恐れられ、手術した3820人の5年生存率は、わずか9.2%(全国がんセンター協議会調べ)。しかも、元気な人が検査で膵がんを見つけられ、すぐに亡くなる悲劇が多すぎます。
膵臓にメスを入れず、様子を見たら意外におとなしく、転移もなかなか出てこなかったという人を数多く見ている。また、ある外科医は、手術をバンバンやり、一時は抗がん剤治療も一手に引き受けていたものが、苦しみ抜いて死ぬ患者さんを何千人も見て、「がんは自然に任せた方が、ラクに長生きできる」と方向転換。
「がんの治療は一切しません。痛みや呼吸苦はモルヒネなどでしっかり抑えます。すると、最後まで自分らしく、治療するよりずっと長く生きられることが多い」***

医者は、切りたいがために、手術するようにと誘導する・・・ところが、医者ががんになった時、また、医者の家族が、がんになった場合はどうかというと、財前教授のように
「すぐ手術して摘出しましょう。他に手だてはない」
とは、必ずしもいわないようで・・・

近藤氏の話を続けます。

***がんはステージ1~4までは全部、切らないほうがいい。僕は患者さんにいつもそう伝えています。外科医は患者のがんを、どんどん切りますが、自分や家族ががんになると、話は別だったりします。
外科の食道がん手術班のリーダーが、「母親の食道がんの放射線治療をして欲しい」と頼みに来たことがあるし、がんの手術で名を上げて大病院の院長になった同僚は、自分自身が大腸がんになると、何年も放置していました。切るとどれだけ痛み、苦しむか。早死にしやすいか。消化器(食道 胃 大腸)のがんの手術は特に、どれだけ体を弱らせるか。外科医はよく知っている。
「がんは切るもの」
「切れば移転しない。治る」
「一刻も早く切って捨てたい」
これは日本では特に大きな思い込みです。がんの治療を外科が先導してきたため、「まず手術」とみんなが信じ込み、死者の山が築かれてきた歴史があります。
話は19世紀に遡ります。1881年、オーストリアの外科医、ビルロートが世界初の胃がん手術に挑みました。患者はたった4ヶ月で逝き、続く手術でもバタバタ死んだのに、
「世界で初めてがん手術に成功」
という大ニュースは地球を駆け巡り、
「患者はお亡くなりに」の部分は巧妙に隠されました。
それから140年、今も医学生は、「ビルロートが世界初の胃がん手術に成功」と教えられ、医学者も患者も「がんは切れば治る」と勘違いしたまま、命を縮める手術が繰り返されています。***

***切ると、どれだけ苦しみ、早死にしやすいか・・・外科医はよく知っている。

「手術をすると、がんが暴れる」
「がんが空気に触れると怒り出す」
外科医たちは昔から、仲間内では、よくそう話していました。***

外科医は、よく知っている・・・わけです。
財前教授も第一外科の医局内で、手術をすると、がんが暴れ、苦しみ早死にしやすい。そのような話をしていたのでしょうか。

近藤氏の話をもうひとつ。自然治癒力について・・・
***あなたの体の中には最高の名医がいる。その名医とは、
あなたの体に生まれたときから備わっている「自然治癒力」のこと。人間誰でも、そしてどの生物にも、虫や猫や犬でも、植物にも、自然治癒力(自然良癒力)があります。自然治癒力とは読んで字の如く、放っておいても自然に治る、生体に備わった治癒力により病を治す力のこと。私たち人間の身体は、誰でもみんなこの自然治癒力で守られています。風邪だけでなく、口内炎、胃潰瘍、肝炎、湿疹、切り傷などのすべての不調は受診しなくても自然治癒力で治るのです。
これらの症状が治癒するのは、医師や薬が治しているわけではありません。医師はほんの少しのお手伝いをしているだけで、あなたの身体が持つ自然治癒力のおかげで自然に治っているのです。

ーー追記ーー

「五郎君。医は仁術やない。医は算術や。うちみたいな開業医が、なんぼ千客万来の患者があっても、月末の保険点数の計算がヘタやったら、商売にならへん。この保険点数の算術こそが個人病院の命や」
財前五郎と義父の又一とのやり取り・・・この場面、印象に残るところですが、みている間に、田宮二郎と曽我廼家明蝶の姿が思い出されました。
また、今回のリメイクで意外な昭和の顔が登場しておりました。迷曲?「うぐいすだにミュージックホール」を歌っていた落語家ですが・・・!
”””リメイク作品・・・最終回で、ちょっとビックリしたことが。「リリーマルレーン」が、さりげなく流れておりました。マレーネ・ディートリッヒの顔が浮かび上がってきます。
確か昭和の時代。大阪万博のイベントで来日して、ファンを熱狂させたと記憶しておりますが・・・マレーネ・ディートリッヒ。その妖艶なる瞳に魔物が取り憑いていたのかも知れません。ディートリッヒの一人娘が、貴重な記録を残しております・・・酔いが程よく回っているせいか、その題名が思い出せません・・・”””。
酔いが回ったところで、「リリーマルレーン」を聴きながら寝るとします。



洞察歯観のすすめ(38)
歯科&音楽ウォッチャーさんの前稿「洞察歯観のすすめ(37)」をアップしたのが、今年の4月14日だから、かれこれ二ヶ月以上もの月日が経ったことになる。一ヶ月目を過ぎた五月あたりから、なかなか次の原稿が届かないので催促しようと思ったほどだが、おそらく御母堂の世話で忙しいのだろうと、小生なりに遠慮していたwww そして、漸く届いた新稿、仕事が一段落して真っ先に読んだのだが、今回も実にグー!!! 

アラカン(還暦世代)のおじさんやおばさんが集まると、話は決まって健康の話になるとか…。亀さんも地元の友人らと呑むことが多く、以前は小生が声をかけて呑み会を進んで開催していたものだが、今はやっていない。自分たちの健康の話や老親の話で始終することが分かっているからだ。

ところで、今回のウォッチャーさんの話で特に印象に残ったのが、「100人の名医をたち所にゲットする方法」だった。「えっ、100人もの名医に見てもらうと、ベラボーなお金がかかるのでは…」と心配するアナタ、実は一銭もかからないのでR。どのようにするのかって? そのあたりは、ウォッチャーさんの以下の記事に目を通して猪!

週末=久しぶりに事務所で、スーダラ宴会をいたしました。参加者は何時もながらの、おじさん・おばさん族なのですが、今回は珍しく、平成生まれの若手が数人参加しており、賑やかなものとなりました。
その時のこと・・・乾杯したと思ったら、早速にも飛び出してきた話題が、財前五郎と浪速大学の物語、「白い巨塔」。そしてもうひとつ,「高血圧」と 「クスリ」!
「白い巨塔」といえば、おじさん・おばさん族は、田宮二郎を思い出しますが・・・平成生まれの若手は、田宮二郎も、山本學も知りません。松田聖子や山口百恵も昔々のアイドル。
おじさんたちが、ビールを飲みつつ、
「白い巨塔は山崎豊子の原作で、昭和41年に映画化され、その後にテレビ連続ドラマになり・・・」
説明している間に、
「えーっ!そんな昔からあるんですかぁ~」
と、平成チームは驚き、大笑い。
わたしも、そんな昔の「白い巨塔」のリメイク作品を暇潰しにみておりました。ドラマが始まると同時に流れ出した音楽(テーマ曲)を聴くに、忘れていた意外な昭和のテレビ番組(化学を悪用した怪奇な犯罪ドラマ)が心に浮かび上がってきたのですが・・・まあ、それはさておき、事務所宴会で毎度の如く話題に上がるのが、健康に関することです・・・何せ宴会のレギュラーは、おじさん&おばさん族ですから。
といったところで、先ずは、高血圧とクスリです。

「あなた血圧、高めだからクスリ(降圧剤)飲まなきゃダメよ・・・って、お医者に、さんざん脅されたけど、今はもう全然飲んでないのよ」
と、大ジョッキでビールを美味しそうに飲みほして話しだしたのが、Fさん。
このFさん、昨年(ブログNO 29)において、高血圧を取り上げたことがありましたが・・・
お医者に、
「先生。わたし、高血圧だから、血圧下げなきゃダメよっていわれましたけど・・・わたしが血圧高い、その理由は何なんでしょうか??」
素朴な疑問を投げかけたところ、お医者先生(女医さん)は、
「そんなことがわかれば、医者はいらないですよねぇ~!」
そっぽ向いたまま、冷たい言葉が返ってきたので、
「お医者がわからないとはねぇ・・・」
と苦笑しながら帰宅した女性です。
その後、通院をキャンセル。
クスリを止めて大丈夫だろうかと、一時は不安が心に広がったものの、あれやこれやと血圧や、クスリ(降圧剤)について調べるようになり、
「書店や図書館に通ったのよ。なんか学生時代に戻ったような気分で・・・」
と、そうするなか、
「やっぱりクスリは、危険なモノ!お医者に言われるままに飲むものじゃないわね!」
そう呟くに至り、クスリを止め、
「クスリを止めて大丈夫だろうか・・・」
という一時の不安を振り払い、しばらくしてからは、起床時の嫌な気だるさがなくなり食事もアルコールも、通院していた頃より美味しく感じられるようになったとのこと。
そのFさんがここ最近、読んだという本の中から、
松本光政氏(著) 「やっぱり 高血圧はほっとくのが一番」
そしてもう一冊、和田秀樹(著) 「だから医者は薬を飲まない」
二冊の新書を紹介してくれました。
Fさんが、和田氏、松本氏の著書の一部をコピーして、宴会参加者みんなに配ってくれましたので、下記、紹介してみます。二冊の本は、200ページ前後の新書ブックなので、書店で手に取り飛ばし読みするのもいいかもしれません。

(Fさんから手渡されたコピー用紙に興味深く目を通していたのは、おじさん・おばさん族より、むしろ平成チームのほうでした。一読した後、平成チームがFさんに、医者とのやり取りから、クスリを飲み続けていた時と、クスリをストップしてからの体調の変化などを熱心に質問しておりました)

***「こんなに沢山のクスリを飲んで大丈夫だろうか??」
調剤薬局で受け取った大量のクスリを見たら、誰しもこんな疑問を抱くと思います。
ところが、医者自身もこんなに沢山のクスリを飲んで大丈夫かな?と思いながら処方箋を書いていたとしたら、皆さんはどう思いますか??そんなことが現実に起こっているとしたら・・・・
日本の医療は専門分化型になっています。大学病院に行くと、昔だったら内科はひとつしかなかったのに、いまは、
「循環器内科」「消化器内科」 「呼吸内科」「腎臓内科」「糖尿病内科」「神経内科」
というふうに細かく分かれています。
専門分化が進んだことによって、それぞれの分野で治療が進歩した面ももちろんありますが、実は現在では専門分化型医療の弊害のほうが目立っているのです。それは医者自身が自分で開業してみて初めてわかる事実かも知れません。
例えば、大学病院で循環器を専門としていた医者が自分でクリニックを開業するという場合、循環器だけでは流行らないからという理由で、「循環器内科 内科 小児科」などと複数の科を看板に掲げることがよくあります。「循環器が内科全般と小児科も診ます」
ということです。
あるいは外科を専門にやってきた医者が、開業の際に外科では患者さんがあまり来ないからという理由で、「内科 小児科 耳鼻科」などと掲げることもあります。
「外科が専門なのに」と疑問を持つかも知れませんが、医師免許さえ持っていれば、麻酔科を除いてどの科を標榜してもかまわないと国が認めているのです。

そもそも大学の医学部では全科を履修しなければなりません。一科目でも落とすと卒業することは出来ないのです。将来は耳鼻咽喉科になると決めていても、眼科も内科も外科も産婦人科もすべての試験に受からなければ、進級することも卒業も出来ないのです。国家試験もいまは、すべての科目を取り混ぜた総合問題形式で出題されます。つまり、医学部を卒業して医師国家試験に受かって医師免許を持った人、つまり医者は、基本的に医学全般の知識を持っているわけですから、開業の際に自分の専門以外の科を標榜することに何ら問題は無いわけです。
ただし、自分の専門分野以外の分野については十分なトレーニングを積んでいないので、自信を持って対応しているとは言い難い面があります。循環器が専門の開業医のところに消化器や呼吸器の問題を抱えた患者さんが来たら、そちらの専門の医者ほど詳しく診ることは出来ないということになります。
とは言っても、「胃腸のことはあまり詳しくなくて・・・」と患者さんに不安を与えるようなことを言う医者はいません。かと言って、自分の知識だけでは心配ですから、
「今日の治療指針」(医学書院)といった医学専門のハンドブックを開いて治療法を調べたり処方すべきクスリを決めたりするわけです。
ハンドブックには標準的な治療法とクスリの名前や用法用量もでているので、自分の専門外の知識を得るのに非常に心強いわけですが、標準治療として推奨されているクスリは、たいがいどんな病気に対しても一種類ではなく二種類、三種類ぐらいあるのです。そうすると、心臓病の患者さんを診ているとき、
「実は、骨粗しょう症もあるんです」「血糖値も高い」「ぜんそく持ちです」「胃潰瘍もあります」
と言われると、そういうことなら・・・ということで医者もそれらのクスリを処方するわけですが、例えば、ひとつの病気や症状に対して三種類のクスリを出さなければならないとしたら、全部でだいたい十五種類のクスリをだすことになるわけです。
「さすがに、ちょっと多いな」
と医者自身も思っているはずですが、総合的な判断が出来ず、どうやって量を減らしたらいいのか、ほとんど判断つきません。***

どうやって量を減らしたらいいのか、ほとんど判断つきません・・・でありながらも、なんでも診ます・・・「虎の巻」とにらめっこしながら、ごった煮診療。といったところでしょうか。
著者の和田氏は、内科の認定医の資格を持っているとのことで、
***「内科学会の勉強会や研修会などに参加することがありますが、そこでは残念なことに、クスリの減らし方を教わることはなく、逆に新しいクスリの使い方を次から次へと聞かされ、減らすどころか、「薬漬け医療」を促進するかのようなことが行われている」***
とも記しています。
通院をキャンセルした後、Fさんは煩わしさから解放されたと思いきや、家族、友人などから、
「なに考えてるの。血圧高いんだから、クスリ飲まなきゃダメじゃない」
「あなた、そんな馬鹿なことしてたら、大変なことになるわよ」
と、非難の嵐!Fさん、家族、友人に診療室でのやり取りや、自分で調べたことなどを、話してはみたものの、
「聞く耳・・・持たないのよ。困ったことに。お医者が言うこと、することが正しいと思い込んでるから・・・いくら話してもダメ。こんな本があるから、ちょっと読んでみたらって勧めてみても、見向きもしない・・・」

お医者様は、神様です・・・と、それほどに思い込んでいる友人・知人が、わたしの身近にもチラホラおります。頭が痛いの、腹痛だの、風邪っぴきや、花粉症気味だのと言っては病院通いして、クスリを土産にもらって安堵する。「お医者love!」というタイプの人様に、何を話したところで通じません。患者の後ろで、虎の巻を見ながらごった煮診療するお医者様は、「紙様」とお呼びした方が、よいのかも知れません。
ところで、今、ふと思い出したのですが・・・
内科の待合で座ったまま長々と待たされ、名前を呼ばれドクターと面会かと思いきや、看護師から、
「診察の前に、体重と血圧を測りますね・・・」
と言われ、その後、体重、血圧の数字が打ち込まれた、薄っぺらなスーパーのレシートのようなものを渡され診察室へと移動。
お医者先生は診察の間、ずぅ~~と、電動絡繰り箱(パソコン)と向き合い、話をするのも横を向いたまま、患者の顔などろくに見ない。診察終了後は、降圧剤を土産に持って帰るようにと言われ・・・
と、このような体験をされた方が、数多くいるのではないでしょうか!診察直前に、体重と血圧をチェックする・・・これ、巧妙な心理的仕掛けです。この後、診察というスタイルのもと、「あなたメタボで、血圧が沸騰してます・・・」
などと恫喝され、ヤク中患者へと導かれます。まあ、ここは、大げさに言えば、ということですが。しかし、心理的仕掛けにより患者は一瞬意識混濁。その間に、医者の声の響きは、紙であっても神の如く患者の心に流れ込んでしまうのかも知れません。

さて、ここで、松本光政(著) 「やっぱり高血圧はほっとくのが一番」
Fさんが、何度となく、暗記するほどに読み返したというところ。
***身体の中には、100人の名医を抱えている。内科 外科 婦人科 眼科 耳鼻科 皮膚科 整形外科 循環器科 血液内科など、ありとあらゆる診療科の名医たちが総出であなたの身体の修復にあたっているのです。ヤブでも研修医でもありません。名医がです。これを知れば、ちょっとした症状で慌てて受診しなくても大丈夫だと納得できるのではないでしょうか。***
***自然治癒力には、
身体を一定に保とうとする=恒常性維持機能
傷ついたものを元に戻そうとする=自己再生機能
異物を排除して自分を守る=自己防衛機能(免疫力)
という3つのはたきがあります。***

***あなたの身体は、そのとき、その状況に応じて最も適した値になるようにあなたの血圧を調整します。階段を上がっているときは血圧を高くします。高くしないと上がれないからです。下りは少々下がるでしょう。下りは肉体にとって楽なため、血圧を高くする必要は無いからです。
怒っているときには血圧は上がるでしょう。怒りという感情が起こると血圧は高くなります。これは動物の本能です。ゆったりとリラックスしているときは、血圧は下がります。このように、あなたがどのような状況にあるのかに応じて、最適な血圧を身体は選んでいます。ですから、血圧は一定ではありません。誰でも高くなったり低くなったりします。
よく患者さんが、「血圧がしょっちゅう変動します」と訴えますが、それはちっともおかしなことではないのです。血圧は終始変化しているのです。寝ているときは寝るのに適した血圧に、起きるときは起きるのに必要な血圧に、ご飯を食べるときは、ご飯を食べるのに必要な血圧にといったふうに、身体はその場面にふさわしい血圧を自動調整してくれるのです。
毎日の暮らしのなかで、心も身体もいつ変化しています。その変化に合わせて一番良い血圧値を身体に作りだしています。血圧は変動するもので、それどころか激しく変動しているのが正常な人間なのだと理解してください。***


***人間は後ろ足で立ち上がった珍しい哺乳動物です。立ち上がったために地球の重力に逆らって、心臓よりも高いところにある脳に血液を送らなければなりません。では、どうしたら重力に逆らい、心臓から脳まで血液をポンプアップ出来るのでしょうか。それはポンプの圧力を上げることでしょう。圧力を上げて心臓から上へと血液を送り出さないと、脳はたちまち血液不足に陥って人間は死んでしまいます。しかも年をとると血管は狭くなり、弾力が無くなります。だから年とともに人間の血圧は上がるのです。それなのに、なぜわざわざ薬を飲んで血圧を下げるのでしょうか。血圧を下げたら、脳の血流が低下して、脳に栄養や酸素が行き渡らなくなってしまいます。だから降圧剤を飲む人には、好ましくない不調が現れるのです。***

***あなたが着ている洋服は既製品でも、既製品を着ているあなたの身体は世界にただひとつのオーダーメイドです。白血球の数、赤血球の数、コレステロールの値、肝臓の機能、尿酸値、そのほかの身体中のホルモン、数万以上の血液物質の数値など誰一人として同じ人はいません。あなたの身体は、自分の命にとって、最も良い値に見事にコントロールされ、構成されています。まさに名工が作ったオーダーメイドです。その見事に構成され、コントロールされているものを、ほかの誰かが決めた標準にあわせるために化学薬品で無理にいじっても良いものでしょうか。名工が作ったオーダーメイドの洋服をいじれる人はそうはいないでしょう。あなたの身体だってそうです。本人でもない医師がいじれるわけがありません。あなたの現在の身体は、あなたの身体に備わった自然治癒力という名工があなたのためだけにオーダーメイドで仕上げてくれた姿です。
検査値もそうです。現在のその値こそがあなたにとって最良の値なのです。医師がなんと言おうと、あなたにとって一番ふさわしい値を他人に合わせる必要などありません。他人は他人です。せっかくあなたの身体に最適の状態にオーダーメイドされているのに、それをクスリによって世間一般に合わせようとすることが問題なのです。***


あそこが痛いの痒いのと病院通いしている間に、あれやこれやとクスリを与えられ、飲み続ける。そうするうちに、身体の中にある、100人の名医たち(自然治癒力)が弱体化していく。クスリというのは、ことによると、身体の中にある100人の名医たちを暗殺するためのヒットマンの役目にある・・・ということなのかも、知れません。
身体の中にある100人の名医たちは、ヤブでも未熟な研修医でもなく、また、大量の薬を飲ませ、金銭を要求する算術医でもない。ヒットマン・チームを近づけないようにすることが先ずは肝心。

ーー追記ーー

そう言えば、五夜連続で「白い巨塔」のリメイク作品をみていた平成チームの女性が、
「あの里見っていう内科のお医者さんって、なんか優しそうにしてるけど、なんたらかんたら言って患者を検査漬けにして、ストレス与えてますよね!」
と感想を漏らしておりました。これには、おじさん・おばさんチーム、
「なるほど。そういう見方もあるか・・・」
と、驚き!爆笑しました!
###ー ただ今、BGMに「バッハの無伴奏チェロ組曲 第1番プレリュード」をカザルスで聴きながら、雪国仕込みの酒を一杯飲んでいるのですが・・・どういうわけか、バッハの無伴奏チェロ組曲を聴きながらの一杯が、やけに美味しく感じます。酒がチェロの音色に聴き惚れているのでしょうか・・・それにしても美味い!
飲む前に、一升瓶に音楽鑑賞させると、まろやかに変身するのかも知れません??-###



陛下と水
過日、拙稿「自省録と合気道」をアップしているが、その時に紹介したのがJBpressの「古代ローマの人生訓と合気道精神はこんなに似ている」という記事だった。記事の筆者は佐藤けんいち氏。その佐藤氏の最新記事(以下)も、実に興味深い内容であった。
発見に満ちている人工河川・利根川の“流域”

利根川と言えば、最近見たNHK「新日本風土記」の再放送番組、「利根川」を思い出すのだが、佐藤氏も記事で利根川の東遷について言及している。

利根川の東遷
江戸時代初期の17世紀前半に行われた大規模土木事業のことだ。もともと江戸湾(現在の東京湾)に流れ込んでいた利根川の中下流を、人工河川を開削することによって流れを変え、東の銚子河口から太平洋に流れ込むようにしたのである。重機の存在しない時代であり、着手から完成まで約60年かかっている。


19062002.jpg


小生が注目したのは、竹村公太郎氏の利根川に関する仮説を、佐藤氏が取り上げていたことだ。拙ブログでも、過去に竹村氏の著作を紹介した、「地形・気象というモノサシ」と題した記事を書いている。詳しくは竹村氏の著作にあたっていただくとして、今回の佐藤氏の記事中、最も注目したのが今上陛下の御本である。

19062001.jpg
『水運史から世界の水へ』(徳仁親王、NHK出版、2019)

アマゾンで確認したところ、同書の内容構成は以下のようになっていた。

はじめに
第1章 平和と繁栄、そして幸福のための水
第2章 京都と地方を結ぶ水の道 ―古代・中世の琵琶湖・淀川水運を中心として
第3章 中世における瀬戸内海水運について ―兵庫の港を中心に
第4章 オックスフォードにおける私の研究
第5章 17~18世紀におけるテムズ川の水上交通について
第6章 江戸と水運
第7章 水災害とその歴史 ―日本における地震による津波災害をふりかえって
第8章 世界の水問題の現状と課題 ―UNSGABでの活動を終えて
参考収録 Quest for Better Relations between People and Water


そして、以下は同書の内容紹介だ。

皇太子殿下が語る「水の力」「水の恵み」
中世・瀬戸内海の水運史や、17~18世紀のイギリス・テムズ川の水上交通史の研究を経て、関心はやがて世界の水問題へ。史料に真っ直ぐに向き合い、各地の水利用の現場を歩き、水災害の被災地への訪問を重ねてこられた殿下のまなざしは、「水と私たち」の未来に向けられてゆく。昭和62年(1987年)の初講演から平成30年(2018年)の世界水フォーラムの基調講演まで、皇太子殿下のご講演の記録・全9篇。


ところで、最終章の第8章に関連することだが、小生は翻訳者として駆け出しの頃、陛下が基調講演をされた、世界水フォーラムの翻訳を一部担当したことがあり、爾来、陛下と水について、時々思いを巡らせてきた。その意味で、同書は陛下の水運研究に関するものだけではなく、同時に陛下の人間が浮き彫りにされており、現皇室に関心のある読者にとって欠かせない御本となっている。以下、アマゾンのカスタマーレビューから…

吉村和就
徳仁親王殿下の水に対する研究の集大成である。第三回世界水フォーラムから第8回世界水フォーラムに参加し、殿下の講演を生で、又会場のビデオで拝聴した私に取り最高の書籍であり、販売直後に買い求めた。殿下自ら撮影した写真、必ず水の現場に行き確かめた歴史上の事実が随所に織り込まれている。日本国民、皆が手にとって読んで頂きたい待望の書籍である。


いのちの水
道友の佐久間稔医学博士が来る6月23日(日)、愛知県一宮市で開催される「第10回尿健康法全国大会」にて、講演を行う旨の案内が放知技に投稿された。佐久間先生と小生の接点は故飯山一郎さんで、昨秋の「飯山一郎を送る会」で初めてお会いしている。掲示板「放知技」でも「飲尿獣医」というハンドル名で、連日のように精力的な投稿を行っている常連さんだ。ご参考までに、『飯山一郎最終講義』で佐久間先生の追悼文を読むことができ、内容は佐久間家のファミリーヒストリーなのだが、いかにも佐久間先生らしい温もりのある追悼文だった。
飲尿獣医と飯山一郎先生」p.211~221

18112519.jpg

都合のつく読者は、大会に顔を出してみると良いだろう。また、大会後に懇親会もあるというので、佐久間先生と知己になり、人脈を広げ、健康についての知識を深める絶好の機会でもある。

ところで、小生は数日前に放知技に投稿しているが、それは『傷寒論』と人尿についてであった。

中国の『傷寒論』、アーユルヴェーダ、ギリシア・ローマ医学書といった古典が誕生、当然ながら尿療法についても取り上げられていますが、小生、昔から漢方に関心があり、拙ブログでも『傷寒論』の記事をアップしているほどで、深い関心があります。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-70.html


ちなみに、傷寒論で言及されている人尿の効能について、解説しているサイト記事の一部を以下に示しておこう。

・人尿
基原:
健康人の小便の中間尿を用いる。
とくに10歳以下の男子の小便を童便といい、良品とされている。
また妊娠2~3ヶ月の
健康な妊婦の尿を妊娠尿として用いることもある。

滋陰清熱・止血・活血化瘀の作用があり、
結核などの発熱や喀血、高齢者や病後の衰弱に用いる。
傷寒論では下痢で陰液まで
損なわれたときに白通湯に猪胆汁とともに人尿を配合する。

【古医書】傷寒論: 弁少陰病脈証并治


一人でも多くの読者が参加してくれることを期待しつつ、筆を擱く。

19061803.jpg

19061804.jpg

19061805.jpg

自省録と合気道
19061202.jpeg  19061201.jpeg

JBpressの一本の記事(以下)に目が留まった。拙稿「今を生きる」で自省録について書き、さらに「世界権力と童話」で合気道について書いた身として、この両者を結びつけた同記事に興味深く目を通した次第である。
古代ローマの人生訓と合気道精神はこんなに似ている

一読して、前稿「今を生きる」を思い出させる記述が多いと思った。そう思った記述として、「いまこの瞬間こそ重要」、「すべてが瞬間ごとに変化していること」などがある。さらに、「宇宙ではすべてがつながっている」という記述に接し、合気道の修行時代を懐かしく思い出した次第である。また、本の題名は忘れたが、図書館で借りた合気道の本に載っていた、イラストも同時に思い出したのである。それは、縁側に腰を下ろしている植芝盛平翁のイラストだったのだが、何気なく庭を眺めていた植芝翁が、宇宙との一体感を悟った瞬間を描いたイラストで、その時、涙が翁の頬を伝わったという。そのイラストが忘れられないのは、当時の自分には分からないまでも、翁の氣が小生に伝わったからではと、今にして思う。

19061200.gif

同記事の筆者である佐藤けんいち氏は、小生同様、若いころに合気道の修行に励んでいたとあり、留学先のアメリカで合気道を指導していた体験をもとに語った、以下の言葉は印象深い。

私の個人的な関心ではあるが、合気道という20世紀の日本生まれの武道が、意外なことに『自省録』を貫く精神に相通じるものがあることを見ていきたいと思う。


加えて、佐藤氏の以下の言葉、同じく合気道の修行をしてきた身として、心から同意する次第である。

逮捕術に使用されているため、合気道が女性警察官にとっては必須のスキルとなっていることは、比較的よく知られていることだろう。たしかに護身術としても有用だ。だが、単なる「術」ではない。あくまでも基本は「道」であり、きわめて思想性の強い武道なのである。


この「道」についてだが、英語道を提唱しておられた松本道弘師範に、「道」についての多くを教えていただいており、改めて自分は合気道から英語道へと、道を追い求めてきたのだなと思った。尤も、この道は果てしなく、日暮れて道遠しといった感が強い。

19061204.jpg

最後に、個人的に最も強く惹かれたのが以下の文章…。

大本教の教祖・出口王仁三郎のもとで、約8年にわたってスピリチュアルトレーニング(=精神修行)を行っていた植芝盛平(1883~1969年)には、『合気神髄』や『武産(たけむす)合氣』という言行録が没後に出版されているが、言霊学(ことだまがく)をはじめとする「古神道」(こしんとう)関連の思想が濃厚に流れ込んでおり、慣れていないと違和感を覚えるだろうし、独自の概念とロジックが展開しているので、正直いって理解するのは簡単ではない。

19061205.jpg


大本教、出口王仁三郎、そして言霊と、JINMOさんが世界戦略情報誌『みち』に連載中のテーマそのものである。ミュージシャンであるJINMOさんが、どのように出口王仁三郎を描くのか、どのように言霊について言及するのか、今から非常に楽しみだ。

古代精神に帰れ!
19052811.jpg

NHKの「奇跡の巨石文明!ストーンヘンジ七不思議」という番組を見た。小生は二度、英国へ観光や仕事で訪れているが、残念ながら一度もストーンヘンジに行ったことがない。だから、三度目の正直ということで、再々訪する機会があれば、今度こそは是が非でもストーンヘンジに行きたいと思っている。

さて、肝心な番組の内容だが、例によって同番組の案内サイトから引用しておこう。

橋本環奈が“不思議の扉”を開く!伝説と神話に彩られたイギリス巨石文明のシンボル「ストーンヘンジ」。大人気の世界遺産に秘められた七つの謎を最新科学で徹底解明!数千年の時を超えた“驚異のテクノロジー”が判明!古代人が仕掛けた“視覚トリック”の正体とは!?誰が何のために築いたのか?古代文明の存亡を賭けた壮大なドラマに、最新科学が鋭く切り込む。絶景のストーンサークルも続々登場!人類究極のミステリーに迫る!


ゲストとして、サヘル・ローズさんや荒俣宏氏が登場していたが、小生が最も注目したのは松木武彦氏(考古学者)の発言であった。

■現代の映し鏡
松木氏の発言に耳を傾けながらつくづく思ったことは、「古代は現代の映し鏡」ということである。どういうことか?

19052804.jpg

最初に、「ストーンヘンジからは、人とは何かということがわかる」という、松木氏の発言に耳を傾けながら思い出したのが、「男はつらいよ 葛飾立志篇」で、寅さんが口癖のように語っていた「己を知れよ~♪」だ。つまり、松木氏の「ストーンヘンを通じて人を知る」ことは、寅さんの「学問を通じて己を知る」ということに結びつくのである。

19052810.jpg

ブリテン島の原住民であった古代ブリテン人は、石を中心とした平等な社会を構築していた。だが、やがて古代ブリテン人の土地に金属文化のビーカー人が侵略、平等社会が崩壊した…。松木氏が語るように、「石はみんなで共有できるが、金属は一部の人が独占」してしまうからだ。

19052801.jpg

古代ブリテン人は、ビーカー人による大殺戮(ジェノサイド)の憂き目に遭い、ブリテン島をビーカー人が占領、今まで平等であった古代ブリテン人の世界が、一気に格差を生じるビーカー人の世界へと変わったのであった。このあたりは、拙稿「アルゼンチンで思ふ(3)」を思い出させるのだし、侵略してきたスペイン人によって大量に殺されたインディオが、古代ブリテン人と重なって見えた。

アルゼンチン人は、表層的にはラテン特有の底抜けの明るさを持つ民族のように思われがちだが、一歩彼らの心の奥に踏み込んでみれば、インディオ大殺戮という暗い過去が顔を覗かせるのであり、程度の差こそあれ、一人一人が心の片隅のどこかで重い十字架を背負っているのが分かり、ハッとさせらることが今までに幾度かあった。


改めて思ったことは、当時も今も変わらないということ。つまり、現代は古代(ストーンヘンジ時代)の映し鏡だなということだった。大殺戮をしてでも富を独占したいという戦争屋や金融屋といったグループに対して、プーチン・金正恩・トランプ・安倍晋三といった、国益を優先し、平和に重きを置くグループが台頭してきた。つい最近まで、優位に立っていたと思われていたDS(Deep State)が、最近になって、殊に令和という御代に至って、劣勢になりつつあるのが分かるのだし、こうした流れは最早誰にも止めることはできないだろう。

換言すれば、一部の者だけが富を独占していた世界から、古代ブリテン人のように皆で共有するという世界、すなわち平等の世界へと世の中が大きく変わりつつあるのだが、このあたりは放知技の読者であれば説明に多言を要しないだろう。

19052809.jpg

■太陽信仰と埋葬
以下、太陽信仰と埋葬に関するシーンの一部を見れば、ストーンヘンジとは何だったのかがお分かりいただけると思うので、細かい説明は省かせていただく。

19052803.jpg
ストーンヘンジと沈みゆく冬至の太陽

19052805.jpg

19052806.jpg

19052807.jpg

16080204.jpg 16080202.jpg
ストーンヘンジ(左)と大湯の環状列石(右)

19052808.jpg

19052802.jpg

■学会に身を置く人たちの限界
天文学や医学といった世界では、学会で〝定説〟とされている理論、たとえばビッグバン理論やiPS細胞理論に異を唱えることは死、すなわち干されることを意味する。これは、考古学という世界も例外ではない。心の内では、栗本(慎一郎)史観や飯山(一郎)史観に共鳴していたとしても、表立って賛意を示すことは相当の勇気が要ることだろう。松木氏の場合はどうか? たとえば邪馬台国説。松木氏は定説から外れたことを主張していないのだが、そのあたりは、松木氏を批判した論文に目を通せば一目瞭然だ。
松木武彦氏の古代史史観

松木氏の文明・文化論は正論であるだけに、最初は学会の定説に囚われている理由が理解できなかったのだが、松木氏が考古学会という場に身を置いていることを考えれば、たとえ栗本史観や飯山史観に共鳴していたとしても、表立って賛意を示すことができないのも、これは致し方のないことなのだろう。だから、そうした学会に身を置く人たちの事情を念頭に置いておくことも必要だと、つくづく思った次第である。

それはともかく、歴史に対する見方が変わりつつある現状を述べた、松木氏の以下の発言は極めて重要だ。

19052812.jpg

19052813.jpg

19052814.jpg

情報交換をしながら協力していくという松木氏の発言から、インターネットが普及した今日にあって、掲示板「放知技」の果たす役割が、今後ますます大きくなりつつある理由が分かろうというもの。そのあたりについて、松木氏は飢饉に備えて共同で食料を貯蔵してきた歴史を例に挙げていた。

19052815.jpg

19052816.jpg
そして、情報交換と協力こそが、文明の発生につながったと松木氏は説くのであった。

ダ・ヴィンチの素顔
19052701.jpg

今月の上旬(5月4日)、スプートニク紙が「レオナルド・ダビンチの生前肖像画が見つかる」と題する記事を掲載していたかと思ったら、今度はNHKで「ダビンチ 幻の肖像画」という番組を数日前に放送していた。以下、NHKの<番組案内サイトから…。

モナリザを描き、建築や解剖学も極めた“万能の天才”ダビンチが亡くなって500年。ある収集家の自宅に保管されていた「ルカ―ニアの絵」は、世界の美術界の注目を集め、美術史家や科学者らによる分析がフィレンツェをはじめ欧州各地で行われた。顔料から年代を特定し、残された指紋を解析。最新の3D技術で、巨匠ダビンチの素顔を初めて3次元で復元! 近代芸術が花開いたルネサンス時代へと、アート・ミステリーを探る旅。


19052703.jpg

ダ・ヴィンチと云えば、万能型の天才として昔から注目してきた人物の一人だ。同タイプの天才として、小生は空海とゲーテも並行して追ってきており、さまざまな書籍に目を通していた時に三人のいずれかを取り上げていれば、その箇所を熟読したものである。たとえば、西原克成医学博士がゲーテについて取り上げた『生命記憶を探る旅』などだ。空海についても、旧ブログで「空海の夢」など、幾本かの空海関連の記事を書いてきた。しかし、何故かダ・ヴィンチについて言及したことは、今まで殆どなかった。

ゲーテは生の本質を太陽系の描く螺旋状道に乗って「食と性」の位相を交替させる「果てしない波の連なり」と見抜いていました。我々ヒトを含めた動物は、春夏秋冬の宇宙のリズムと共振し、発情もすれば休眠もし、またうきうきしたり悲嘆にくれたりもするのです。
『生命記憶を探る旅』p.215


19052704.jpg

同番組では、ダ・ヴィンチの弟子フランチェスコ・メルツィが、1510年ごろに描いたといわれるダ・ヴィンチの肖像画と、某収集家の自宅に保管されていた「ルカ―ニアの絵」が、果たして同一人物か否か3Dを駆使して精密に比較測定している様子を紹介していたが、結果として同一人物であることが判明したと番組のナレーションは語っていた。小生は両画を精密に比較したわけではないが、多分黄金比が隠されていると睨んでいる(黄金比については旧ブログ記事「虚数の情緒」参照)。

19052705.jpg

番組を見ながら思い出したことが他にもある。それは、かつて慶応大学の高橋信一先生とフルベッキ写真を追求していた時のことで、傍らから見て徹底的かつ細部に至るまで、フルベッキ写真という集合写真に隠された真実を追求していた先生の姿である。そうした研究者としての先生の姿勢に自分は圧倒されたものであり、とてもではないが自分には真似ができないと思ったことだった。その成果が、高橋先生と共同で執筆した旧ブログの「フルベッキ」カテゴリである。

それから、ダ・ヴィンチについての番組を見ながら脳裏に浮かんだ、もう一人の人物がいる。マキャベリその人である。二人は同時代を生きただけではなく、フィレンツェ海港化計画を通して、実際に交流もあった事実は良く知られている。そのあたりは、『ダ・ヴィンチとマキアヴェッリ―幻のフィレンツェ海港化計画』(朝日選書)に詳しい。

19052702.jpg

蛇足ながら、マキャベリの『君子論』は、政治の実態を知る上で不可欠の名著であり、未だに大手マスコミの垂れ流すフェイクニュースを鵜呑みにしている人たちに、一度でよいから同書に目を通して欲しいと思う今日この頃である。以下、マキャベリについての拙稿…。
マキアヴェリの周辺