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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
洞察歯観のすすめ(31)
歯科&音楽ウォッチャーさんから便りが届いたので、早速掲載させていただこう。今回はトイレと食塩の話で、なんともウォッチャーさんらしいwww 

ーー雪が溶けて
川になって流れて

もうすぐゴールデンウィークですね・・・そこで、ウンチング・スタイル!ーー
と、大型連休が近づいてきましたが・・・そんななか、スーダラ宴会仲間のM君(30代前半)が引っ越しをしました。
数ヶ月かけて仕事の合間に探して回り、どうにか気に入ったところが見つかったと話しておりましたが、物件を決めるときに彼女と意見が衝突し、少々もめたようです。その原因というのは・・・トイレット!
和式VS洋式で一騒動。(今時、和式スタイルの物件があるのか・・・と思われるかも知れませんが、これが結構あります)M君は、
「和式でもいいだろう。家賃、安いし・・・」
ところが彼女は、
「しゃがんでするのは絶対イヤ!」
と、絶対後には引かない強固な態度だったので、渋々、洋式=座るスタイルの物件を選択。
しゃがむか、座るか。どちらが良い?和式スタイルは、窮屈な格好で時代遅れ。洋式のほうが楽ちん・・・と思いきや、これ意外や意外。
しゃがむスタイルの方が良いらしい。

ジュリア・エンダース(著) 「おしゃべりな腸」(2015年)というタイトルの一冊。次のようなことが記されてあります。

***しゃがむ形の和式スタイルは太古から受け継がれてきた自然な排便方法です。便座スタイルが登場したのは18世紀になってからのこと。便の出口が座ったときには完全に開かない仕組みになっていて、しゃがんだ場合、腸の終わり部分がまっすぐになり、便が滞りなく出る。
痔や便秘、憩室症といった腸の病気は、便座に座って排便することを習慣にしている以外ではめったに見られません***

では、便座をやめて、和式に造りなおす・・・というわけにもいかず。ならば、便座の上に両足のせてしゃがんでみる・・・も下品。
ここは、手っ取り早く、便座に座ったままで、しゃがむポーズを作る方法が・・・ある!
便座に座り、両足の下に小さな台を置く。そして身体を前屈みにすると、しゃがんだポーズになる。足をのせる台の高さは、身体と相談しながら調整する。ある友人の話によると、足下に置く台をトイレグッズ?として扱っている店が、あるとかないとか・・・!?
100円ショップにある、踏み台で十分役立ちます。

ーー三角むすびーー

さて、久しぶりに、「これは、旨い!」と唸るほどの握り飯を食べました。シンプルな三角塩むすび。
「おむすび」「おにぎり」といえば、子供の頃、遠足や運動会で食べた味を思い出しますが、三角むすび、丸形、俵型などいろいろな形があります。
同じおにぎりでも、時には・・・一口、二口目で形がボロボロと崩れてしまうものもあります。仕方なく皿にのせて箸を使って食べることに・・・形が崩れてしまうのは握り方にもあるのでしょうが、塩の善し悪しが大きなポイント・・・であるようです。
ある料理人が、おにぎりと塩について、下記のような話をしております。

***おにぎりのことを、おむすびと言う。にぎって結ぶからである。
先ず手のひらに水と塩をつける。塩は海水からとれた塩が一番である。食卓塩では、おむすびはきれいに結べない。手のひらの温度は、32~3度。水に濡らした塩は、その手のひらの上で自然に溶けていく。
薬品であるところの食卓塩は、なかなか粒が溶けない。天然の塩は自然に溶ける。そこへ、熱々のご飯をのせる。そしてキュッキュッと結んでいく。固く結ばれたおにぎりは、食べるとき、最後の一口まで壊れない。水と塩ががっちりと飯粒の一つ一つを結んでいるからである。
水に溶けない塩化ナトリウムだけの薬品の塩では、一口食べると崩れてしまう。おむすびが、その形を失ってしまうのにそんなに時間がかからない。そういうわけでおむすびを握る塩は、手のひらに溶ける塩でなければならない。
昔の人は、子供を育てる秘訣を、手塩にかけて育てると言い残している。身体にいい天然の塩こそ、人間の体とぴったり合っている。***

では、おむすびがきれいに結べない食卓塩とは、どのようなものか。
ここで、「現代病は塩が原因だった」(2000年)の著者、真島真平氏の話を紹介してみます。

*** 食卓塩と書かれた赤い蓋のガラス瓶。
その裏側には小さな字で、「塩化ナトリウム 99%以上 炭酸マグネシウム 0.4%」と書かれ、その下に太文字でJTというロゴが記されているはずです。さらにその下には「日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部」とあります。
JT(日本たばこ産業株式会社)は、これを「塩」と称し、あなたもそう信じて疑っていませんが、実はこれは塩ではありません。その何よりの証拠が、「塩化ナトリウム99%」以上です。
JTの前身、専売公社(専売局)ができたのは明治38年(1905年)です。日露戦争が終わった年で、政府は膨大な戦費を取り戻すため専売制を敷いたのです。
当初作られた塩の中の塩化ナトリウムの純度は74%でした。残りの26%はまとめて「ミネラル」または「にがり成分」と呼ばれるカリウム、 カルシウム マグネシウム リン 鉄亜鉛モリブデン セレンなどの微量元素です。本来の塩とは、このようにミネラルをたっぷり含むもので、ミネラルが欠落している「JT塩」は、「塩もどき」ではあっても、正しい意味の「塩」ではないのです。
塩もどきは、イオン交換法(イオン交換樹脂膜透析法)という電気分解によって科学的につくられます。JTは、「精製塩」と称しています。かつての塩と比べ、サラサラしていて真っ白で美しいという意味では確かに精製ですが、私に言わせれば、「塩もどき」は、「科学塩」もしくは「イオン塩」と命名すべきでした。
イオン交換法は、昭和35年に始まり、昭和46年にはすべての製塩がこの方式に切り替えられ、昔ながらの塩田による製塩は禁止になったのです。92年間続いた塩の専売制(一部分、例外があったものの)は、平成9年4月1日に廃止されました。***

現代病の黒幕は・・・?

***現代病とは、戦前はほとんどないか、あってもほんのわずかな病気で、ここ、2、30年で異常に殖えた病気群をいいます。農薬、食品添加物、水道水、化学薬品、食生活の西欧化・・・これらは現代病を生んだ原因についてこれまで「犯人」ではないかと取り沙汰されてきたものです。結論をいうと、これらは、無実ではありませんが「主犯」でもありませんでした。戦前は全くなくて、戦後しばらくして、ここ30年の間に出てきたもので、毎日私たちと接するもの・・・真犯人は「精製塩」=(塩もどき)です。***

塩といえば・・・海水塩の他に、岩塩=(地殻変動によって陸上に閉じ込められた海水が、干上がって地中に埋もれたもの)
湖塩=(地殻変動によって陸上に閉じ込められた海水が、長い年月をかけて濃縮されてできた塩分濃度の高い湖、もしくは地中の岩塩が雨水や地下水で溶けて湖になったものから作られた塩)
また、海藻を使って作られる藻塩などが思い浮かびますが、このゴールデンウィーク!塩もどき・・・ではなく、自然塩を使って、おむすび作りに熱中してみるのもいい暇つぶしに・・・もしかすると「=む す び =の達人!」になるかも知れません!!ついでながら、ご飯を炊くとき、自然塩や日本酒などを使うこともあるかと思いますが、炊きたての美味しさを味わうだけでなく・・・冷や飯にして食べてみるのもまた良しです。
工夫次第で美味な冷や飯ができあがります。旨い冷や飯!・・・おかずなくても結構いけます!!



ーー運動会で、パイのパイのパイーー

子供の頃の運動会・・・おにぎりや、いなり寿司を食べたことに加えて、運動会で流れていた音楽を思い出します。その中の一曲に、ヘンリー・クレイ・ワークの作品「ジョージア・マーチ」があり・・・!



ジョージア・マーチというと、
「東京の中枢は丸の内~日比谷公園 両議院 いきな構えの帝劇に~」
という歌詞をのせて歌われた東京節!を思い出す方もいるかも知れません。バイオリンを弾きながら歌うスタイルで、確かバイオリン演歌と呼ばれていたもの・・・バイオリン演歌師である桜井敏雄氏&なぎら健壱のジョイントによる東京節は、なかなか塩気の効いた美味しい音で聴かせます!



パイのパイのパイ・・・続きで、今宵は、ちょっと高価な信州ワイン(貰い物)を飲みながら、
「ま~るい 緑の山手線 真ん中 通るは 中央線~~
権兵衛さんの赤ちゃんが風邪引いた ~~~
グローリ グローリー ハレルーヤ!!!」
久しぶりに、ピート・シーガーが歌う・・・あの曲!を聴きながら夢の中へ・・・

ーー追記ーー

安倍総理とトランプ大統領。ツーショット写真を眺めつつ、ふと浮かんだメロディー・・・


「TEA FOR TWO =二人でお茶を」
ナット・キング・コールの演奏。

五輪メダリストのパレード映像を見ていて、ジワジワと浮かび上がってきたメロディー・・・
「ここだけの~話をあっちこっちでする~」と歌い出す、ちょっと懐かしい嘉門達夫&小倉久寛による「小市民2」


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南方熊楠の世界(4)
■エコロジーと乳酸菌
今回をもって南方熊楠シリーズの最終回とするが、この機会に鶴見和子の著した『南方熊楠』の最終節を紹介しておこう。

iv 自然の循環の法則をとりいれた新しい技術の開拓をめざす
南方植物研究所は実現しなかった。しかし、南方が、栽培した藻から寒天を作り、寒天によってバクテリアを培養し、バクテリアによって空中の窒素を分離するというアイディアは、自然然循環の法則を、人間がとりいれて、技術化するという考えである。これは、自然を人間が、人工の法則によって支配するという原理にもとづく機械文明の技術観と異る。自然支配の技術観が、公害を生み出し、自然環境を破壊することによって、人間そのものを崩壊させている今日の地球上の状況対して南方の自然と共生するという考えは、未来を先取りしていたということができる。

南方熊楠を、近代日本の独創的な思想家として、わたしは評価する。この本は、その発端を示しただけである。読者のとりひとりが、南方の原典を読み、そこに流れる思想の水脈を掘りあてていただきたい。今、日本で起こっている、そして地球上で起こっている、人間の問題を解き放つ水路を開くために、尽きせぬ泉がそこにあるとわたしは考える。

p.241


最終節で注目していただきたいのは、「今、日本で起こっている、そして地球上で起こっている、人間の問題を解き放つ水路を開くために、尽きせぬ泉がそこにある」という結語だ。何故なら、この鶴見の結語は、今や大きく時代が動こうとしている現在と、多くの点で重なってくるからだ。そのあたりは、掲示板「放知技」でも話題になった、「第52回国家公務員合同初任研修開講式」での安倍総理の訓示に耳を傾ければ、肌で感じることができるはずだ。

加えて、「南方の自然と共生するという考えは、未来を先取りしていた」という鶴見の記述、この南方のエコロジー観こそ、鶴見の『南方熊楠』を貫いている南方思想なのだが、この南方思想を具現化した一例が、飯山一郎さんが提唱している乳酸菌である。乳酸菌については、飯山さんのHPの読者であれば説明は不要と思うが、乳酸菌が近未来に大きくブレークすることを予感させる記事を、野崎晃市博士の『文殊菩薩』から一本だけ紹介しておこう。
大連の食品加工業者と会合

また、3月4日の堺市での会合でも、飯山さんと堺のおっさんから、乳酸菌を主体とした今後の事業展開についての貴重な話を伺っている。

このように、乳酸菌一つとっても無限のフロンティアが目の前に広がっているのだが、乳酸菌やAIだけに限らず、新時代を切り拓いていく上でキーとなるのが人材である。前稿「南方熊楠の世界(3)」で、現代日本人のタイプを亀さんは以下のように分けた。

国粋派
コスモポリタン派
脱藩派


同稿では脱藩派について少し触れただけであり、また国粋派とコスモポリタン派に至っては解説すら行っていないので、この機会に今までの亀さんの歩みと重ね合わせる形で、上記三タイプの人間型について敷衍しておこう。

■コスモポリタン派
「南方熊楠の世界(3)」にも書いたとおり、亀さんの脱藩人としての修行は、十代という多感な時期に日本を飛び立った日、1972年3月23日に始まった。その後、多感な時期を三年近くにわたり海外で過ごしたことで、「己れを生み育んでくれた祖国を思う一方で、相手の国籍や肌の色に拘ることなく、お互いに同じ人間として自然に接することができる」という、脱藩人としての土台が辛うじて完成したのである。

ここで、三省堂の大辞林(電子版)は「コスモポリタン」について、どう定義しているのか確認しておこう。

一つの国や民族にとらわれず、全世界を自国として考え、生活する人。世界市民。国際人。


一見、脱藩派の定義かと勘違いしそうな定義である。それはともかく、そもそも大辞林が定義するような「全世界を自国として考え、生活する」人間が、本当に存在するのだろうか…。大辞林の「コスモポリタン」の定義、言葉の響きこそ心地よいものの、実は根無し草と紙一重、否、はっきり言ってしまえば根無し草そのものを指しているに過ぎない。

このあたりをもう少し具体的に、言葉の観点から考察してみよう。亀さんが私淑していた故國弘正雄の話を、拙稿「和僑」に書いたことがある。

ここで、人の思考行動形式を支配している根源的なもの、それはその人の母語であると亀さんは思っている。そのあたりを教えてくれたのが、同時通訳の泰斗・故國弘正雄であった。國弘先生の資料が見つからないので朧気な記憶で書くが、「人の生涯の母語は小学校2~3年生ころまでに決まり、その年齢を過ぎると後はどんなに努力してもバイリンガルには成るのかせいぜいで、一部の天才を除き、絶対にバイカルチャーには成れない」というものである。これは亀さんの体験からもその通りだと思う。英語と日本語のバイリンガル、時には数ヶ国語を自由に操る知人友人には数多く出会ったものの、未だにバイカルチャーの人間と出会ったことはない。


「人の思考行動形式を支配している根源的なもの」こそが母語なのであり、別の表現を使うとすれば、子守歌を聞きながら自然に身につけた言葉こそ、母語と云えるのである。こうした視点を持つ身として、「一つの国や民族にとらわれない」だの、「全世界を自国として考え、生活する」だのといったのは、単なる根無し草の戯れ言にしか映らないのである。

かつて、亀さんは道友の葛巻岳さんと一緒に、「脱藩道場」を立ち上げたことがあり、この「脱藩」という看板名は、藤原肇氏の著した『日本脱藩のすすめ』から来ている。因みに、『日本脱藩のすすめ』は以下で読むことができる。
http://fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/library/dappan/dappan.html

18040800.gif

このページは、亀さんが『日本脱藩のすすめ』をOCRで読み取って電子データにしたものだ。この作業を行ったのは20年前のことで、当時の亀さんは「国粋主義者vs.コスモポリタン」という構図しか頭に無かったのだが、同書のお陰で、第三の「脱藩人」という概念を獲得できたことは、今思うに大きかった。

しかし、当時の亀さんはコスモポリタンと脱藩人の区別が余り明確ではなかったのも本当だ。たとえば、あのジョージ・ソロス。当時の亀さんは、ソロスと言えば超金持ちの投資家ていどにしか思っていなかったのである。だから、小人数での会合で藤原氏が、「ジョージ・ソロスからメールで返信をもらった」と、自慢げに携帯でソロスの私信を見せてくれた時は、「あの有名なソロスから…、大したものだ!」と、大変感心した己れを今でも覚えている…。

■国粋派
その藤原氏と喧嘩別れをした頃、藤原氏を通じて付き合いの始まった栗原茂さんに、『みち』の編集人・天童竺丸さんに引き合わせてもらったという次第である。同編集室に集う人たちは、コスモポリタンとは対極的な立場の人たちで、己れを生み育んでくれた祖国をこよなく愛する、国粋主義傾向の強い人たちであった。ここで再び三省堂の大辞林を紐解けば、国粋派すなわち「国粋主義」について以下のように定義している。

自国民および自国の文化・伝統を他国より優れたものとして、排外的にそれを守り広げようとする考え方。


『みち』の編集室で月に一回行われる「まほろば会」には、月刊日本の関係者も参加しており、それが縁で同誌の定期購読を始めている。当時の同誌はまさに、国粋主義を地で行く雑誌だったし、自分の知らなかった祖国日本の姿について、実に多くを学んだものである。

しかし、時間の経過とともに『月刊日本』と『みち』の限界が見えるようになってきたのも確かだ。たとえば『月刊日本』、既に拙ブログでも記事にしたとおり、今や同誌は完全なネオコン誌に転向した雑誌である。一方、『月刊日本』の関係者が参加する『みち』の場合はどうか? 今のところあからさまなネオコン路線に染まっていないし、個人的に同誌の校正のお手伝いもしている上、人間的に温かい人たちが多いことから、当面はお付き合いを続けさせていただくつもりだが、コスモポリタン派vs.国粋派というモノサシで分けるとすれば、明らかに『みち』も国粋主義的な傾向の強い雑誌であることは確かである。

たとえば、一昨年の秋に中国の青州市を訪問、帰国して久方ぶりにまほろば会に顔を出した時、常連の一人に、「あっ、支那の臭いがする」と声高に言われた時は、ただただ苦笑するしかなかった。『みち』の執筆者も一部を除き、全員が中国ではなく支那と言ったり書いたりしているのだが、これは表現(言論)の自由であり、亀さんは全く気にもしていない。ただ、拙稿「青州で思ふ(7)」にも書いた、毛允明社長や張苓明氏の人物を目の当たりにしている身として、中国人が嫌がっている支那という言葉を口にすることは、今後もないだろう。仮にお二人の前で支那という言葉を口にすれば、それまでに築いてきた良好な関係は、一瞬にして水泡に帰す。

■脱藩派
以上から、現代日本人、殊に新時代の日本を背負う、若い日本人の理想像は脱藩人である。だから、一人でも多くの若い日本人の脱藩人を輩出させることに、残り少ない冥途までの人生を懸けたいと、心から思う今日この頃である。

南方熊楠の世界(3)
■南方熊楠と柳田國男
鶴見和子の『南方熊楠』に目を通して、気づいたことがある。それは、南方熊楠と対比する形で、柳田國男を引き合いに出していることだ。そして、鶴見は柳田よりも、南方の生き様に惹かれているのが分かるのである。そのあたりを如実に物語っている、鶴見の記述を幾つか引用しておこう。

しかし、神社合祀反対をめぐる二人(南方熊楠と柳田國男)の往復書簡は、この二人の相違をしだいに大きくさせ、「いきさつ」がなくても、疎遠になったかもしれないと私には思われる。

第一に、「地域」または「地方」に対する双方の感覚の差である。

南方は、定住者の立場から、地域を見た。柳田は、農政学者として、農政役人として、そして旅人として地域を見た。南方は、地方にいて地方から中央を見、柳田は中央にいて中央から地方を見たともいえる。

第二に、南方は、世界の、そして地球の一部としての、地域(エコロジーの単位)を考えたのに対して、柳田は、日本国の一部としての地域(政治的単位)を考えた。

第三に神社合祀反対運動において、南方が、地方官憲に対して、対決をおそれぬ精神でぶつかっていったのに対して、柳田は正面衝突をなるべく回避して隠微にことをはこぶように忠告した。

第四に、南方が、外国の学者へも傲をとばして、国外の世論を結集しようとしたのに対して、柳田は、そのような行為は国辱を外にさらすものだと激しく反対した。南方は、今日のことばでいえば、国をこえた民際交流を射程に入れていたのである。柳田はこのことに関して、日本国家の外に出ることができなかった。

第五に、柳田は「常民」を造語し、それをかれの民俗学の中心においた(鶴見、『漂泊と定住と』、88~90ぺージ。色川、『柳田国男』、34~39ぺージ参照)。

南方は集合名詞として人々をとらえなかった。あらゆる職業の人々と、個人としてのつきあいを重んじた。
p.156~157


谷川健一は、「むしろ柳田民俗学の限界は、日本人とは何かという問いに終始し、ついに人間とは何かという問いの解決まで進み得なかったことである。……南方の学問の魅力は、知識を統制したり制限したりしないことである。そこには全エネルギーの躍動と奔騰がみられる。すなわち、床の上にばらまかれた燠のような彼の知識をとおして、人間とは何かという質問に私たちは直参し得る。その問いは泰西模倣の学に甘んじなかった柳田がついに答えなかったものであり、南方は不十分ながら答えているのである。
p.197


南方は、一方で多系的発展をみとめた点で、当時西欧で支配的であった進歩史観を超えており、他方で近代社会の基層に、原始、古代心性が存在することの普遍性を喝破したことにおいて、柳田を超える。
p.201


18040301.jpg

殊に、上に挙げた二番目の記述、「むしろ柳田民俗学の限界は、日本人とは何かという問いに終始し、ついに人間とは何かという問いの解決まで進み得なかった」という行を目にして、アッと思った。

つまり、柳田は「日本人とは何かという問いに終始」していたという、谷川健一の柳田評を何故に鶴見が敢えて取り上げたのかと、あれこれ考える自分を忽然意識した時、はっと驚いたのである。南方も鶴見も、十代から二十代の前半にかけ、一年以上の長期にわたる海外生活を体験しているではないか…。

南方や鶴見同様、亀さんも十代の頃に日本を飛び出し、三年近くにわたる海外放浪を体験しているが、そうした多感な十代から二十代前半にかけ、我が身を日本の外に置いて初めて身につくもの、所謂〝(国際)感覚〟とでも云うべきものがあり、その〝感覚〟が身についている者でなければ、到底理解し得ないものだと気づいたのである。

この〝感覚〟というもの、言葉で表現するのは難しいのだが、「人類皆兄弟」という〝感覚〟とでも云えようか…。これは、ほとんど日本列島を離れたことがない人たち、あるいは長期の海外生活を体験したとしても、中年以降に体験してる人たちには、恐らくは頭では理解できるにしても、到底肚では理解し得ない類いの〝感覚〟だとしか言いようがない。

今にして思えば、亀さんが相手の国籍や肌の色に拘ることなく、同じ人間として付き合うことに何等違和感が無い理由も頷けるのだ。だから、「長期の海外生活の後、あなたの人生の方向性というものが、大きく決定づけられたのではありませんか?」と、紀伊田辺にある南方熊楠邸の庭で暫し語り合った、南方熊楠の血縁者だという婦人に指摘された時、ハッとしたのだった。そして、多感な時期に長期の海外生活を体験した者にしか身につけようのない、ある種の〝感覚〟の正体を、朧気ながらも掴めたような気がしたのだ。だからこそ、表層的(頭)にではなく心の奥底(肚)で、南方熊楠の生き様に共鳴し、その南方について書く鶴見にも共鳴できたのだと、今にして思う。

かつて亀さんは、現代日本人を三通りに分類してみたことがある。

国粋派
コスモポリタン派
脱藩派


亀さん自身は三番目の脱藩派に最も近いと思っているし、「バイカルチャーという性向を持ち、己れを生み育んでくれた祖国を思う一方で、相手の国籍や肌の色に拘ることなく、お互いに同じ人間として自然に接することができる」真の脱藩派人間を目指し、生涯を終えたいと思った。

【グリコのおまけ】
今夏、アルゼンチンに一ヶ月滞在するが、親友のホルヘから漸くメールが届いた。どうやら、仕事で隣国のチリに出かけていたようだ。メールには以下のようなことが書いてあった。

… my mother, Isolina is now 91 years old, she is fine and will be so happy to see you again.

…中略…

So happy to see you again!!!!


1972年、ホルヘの自宅に亀さんは泊めていただき、二年後の1974年にホルヘが亀さん宅をご両親を連れて訪問している。残念ながら、当時の亀さんはサンフランシスコに居たので、その場に居合わせることはできなかったのだが…。

ともあれ、「So happy to see you again!!!!」にはグッと来た、有り難うな、ホルヘ…。現地では大いに酒を酌み交わそうぜ。

以下の拙稿に載せた写真に、ホルヘの御母堂Isolinaが写っている。これは1972年の写真だから、あれから46年もの月日が流れたわけだ。まさに、光陰矢の如し…。
思い出のアルゼンチン 2

南方熊楠の世界(2)
■南方マンダラと人体
時折、人体は小宇宙に喩えられることがある。そう言えば、NHKが「人体 神秘の巨大ネットワーク」と題するシリーズを放送中であり、拙稿「山中伸弥と巨大利権」でも同番組を紹介している。参考までに、NHKの同番組のPRサイトにあった紹介文を以下に引用してみよう。

脳や心臓が人体の中心」なんて考え方は、もう捨てよう。
あなたは知っているだろうか?
体の中で、あらゆる臓器や細胞が、まるでにぎやかに会話するように、
ダイナミックな情報交換を繰り広げていることを。
それはまさに、人体という名の「巨大な情報ネットワーク」。
いま、あなたの体内で交わされている、臓器たちの熱い会話が、
あなたの命を、健康を、支えているのだ。

人体 神秘の巨大ネットワーク


ここで、冒頭の「脳や心臓が人体の中心なんて考え方は、もう捨てよう」を目にして、何をいまさらという感が強い。このように思えるようになったのも、西原克成先生の著作との出会いが大きく、そのあたりは旧ブログの「内臓が生みだす心」にも書いた。その他にも旧ブログでは西原先生の著作を取り上げており、たとえば「免疫力を高める生活」や「究極の免疫力」といった拙稿がある。

その後、人体という小宇宙という観点で、亀さんなりに調べてきたワケだが、特に大きかったのが、飯山一郎さんが提唱する乳酸菌との出会いだ。たとえば、飯山さん本人が出演した、「蘇生」という映画…。

ところで、「人体はネットワークだ」というNHKの主張、実は、「人体はネットワーク」どころか、人体よりも上次元の宇宙と万物との間に存在するネットワークについて、はるか昔に喝破した人物がいる。南方熊楠その人である。その南方の南方マンダラには、「宇宙はネットワーク」という信念が貫かれているのであり、それを知る身として、NHKに「人体はネットワーク」といまさら言われても、当たり前のことを言っているようにしか映らないのだ。

むろん、NHKが「人体ネットワーク」シリーズで紹介しているのは、細胞、さらにはDNAといったミクロの世界を取り扱ったものであり、こうした世界を知らずに南方熊楠はあの世へ旅立っている。ワトソンらがDNAの二重螺旋構造を発見したのが1953年だから、12年も前の1941年に逝去した南方熊楠が、ワトソンの業績を知るよしもない。だが、1903年7月18日付けの土宜法竜宛ての書簡に、南方マンダラが初出しているのであり、DNAの二重螺旋構造発見に遡ること、なんと半世紀も前のことだ。ある意味、南方は50年後のDNA二重螺旋構造、そして今日のNHKの人体ネットワークを〝予言〟していたと言えなくもない。

以下、鶴見和子の著した『南方熊楠』から、今回のテーマと深く関連する行のみを抜き書きしておこう。

かれが、粘菌に対して抱いた異常なほどの関心もまた、この「南方曼陀羅」の発想と関係がある。粘菌は、植物でもあり動物でもある。動物と植物との結節点であるという意味で、また、生命の原初的形態であるという意味で、自然と人間との関係の萃点にあると言ってよい。大乗仏教は、人類に対象を限らず、人類を含むすべての生類のあいだの因果関係をその宇宙観の中に包蔵していると南方は考えた。南方が粘菌の研究と、比較民俗学との間をゆきつもどりつしたのは、二兎を追ったのではないとわたしは考える。それは「南方曼陀羅」の示すかれの宇宙観の帰結であるように思われる。
p.24


宇宙には、事不思義、物不思議、心不思議、理不思議がある、と南方はいう。近代科学が比較的うまく処理しつつあるのは、物不思議である。数学や論理学は、事不思議を解くが、形式論理学では、複雑な事不思議を十分に解きあかすことはできない。心不思議、理不思議に至っては、近代科学ではまだわからないところが多い。
p.84


南方の学風は、「検証の理論」からはほど遠い。しかし、「生成の理論」には類似点があるといえる。杜会科学における「検証の理論」は、数学および理論物理学をモデルとして構築されたのに対して、「生成の理論」は生物学をモデルとしていると思われる。南方がイギリスで勉学した時代の先進の科学は生物学であったが、のちに理論物理学が花形科学となった。そして現在、ふたたび生態学をふくむ生物学が脚光をあびていることを考えると、科学理論の歴史は、一サイクル転回しつつあるということができる。そのような脈絡の中でとらえるとき、南方の学問のスタイルは、時代おくれではない。「生成の理論」が、「検証の理論」の解毒剤であるのとおなじような意味で、南方の学風の中から理論を引き出すことが、新しい理論構築のために役に立つかもしれない。
p.179


「南方曼陀羅」は、地球上のあらゆる場所の動植物の棲態と人間の生きざまの相互関連と相互比較の見とり図でもある。そのまんなかに、あらゆる関係が収斂する場である「萃点(すいてん)」がおかれている。「萃点」をもたない比較は真の意味の比較ではないことを、この図は示している。神社合祀反対運動は、南方の比較の学の萃点であり、それゆえにこそ、わたしたちは南方の比較の学を、ほんものの学問として学ぶことができるのである。
p.232


以上の抜き書きそれぞれについて、あれこれと思うところがあるのだが、いまだに本業(翻訳)の締め切りに追われている身、機会があれば愚見を述べるということにしたい。

【追記1】
今回の紀伊田辺再訪で最も印象に残ったのが、南方熊楠邸でお会いした、南方と血縁関係にあるという婦人との会話であった。以下は、南方熊楠邸と隣接する南方熊楠顕彰館のパンフレットである。

18032001.jpg

18032002.jpg

【追記2】
18032003.jpg
南方熊楠邸を前に、南方熊楠の血縁者と語る在田辺の友人

洞察歯観のすすめ(30)
実は、歯科&音楽ウォッチャーさんからの便りは13日(火)に届いていたのだが、拙稿「民族性の違い」にも書いた微分積分混じりの英文の翻訳に四苦八苦、辛うじて締切日ギリギリの昨日提出できたので、早速ウォッチャーさんに以下のような詫び状を入れた…

ウォッチャーさん、今回は大分遅れて申し訳ない。今、一ヶ月近くにわたった仕事が、今日の締切日ギリギリに漸く終わりました。微分積分だの、比例定数だの、亀の頭の周りを★がたくさん、チンからチンからと回っていましたが、漸く消えていこうとしていますwww


なを、お約束している「南方熊楠」シリーズと「応神天皇の秘密」シリーズも近々アップする予定である。


ひな祭り前日・・

日本テレビ系で放送された、朝のワイドショーで、「インフル花粉症」という・・・聞き慣れない「病」?が、紹介されました。
***インフル花粉症とは、インフルエンザと花粉症が同時、または連続して発症することを指す。インフルエンザと花粉症が同時に発症すれば、花粉症によるくしゃみや咳でインフルエンザの菌を飛散させてしまう可能性がある。また、連続して発症した場合には、インフルエンザで免疫力が下がってしまうことから、花粉症が重症化してしまう。具体的には、熱や喉の痛み、場合によっては喘息の症状が出たり、今まで罹患していなかった新たな花粉症を発症したりしてしまう可能性がある***


これは、インフルエンザと花粉が合体して、広く世間に恐怖をまき散らす・・・だから早めに病院へいらっしゃい!というコマーシャルなのでしょう。しかし、インフルエンザも花粉も、ピンクレディーのようなアイドル・コンビなら小春気分といったところでしょうが、とんだ悪党コンビにされてしまい、怒り心頭かも知れません。

インフルエンザ・ワクチンといえば、過去において、ほとんどその効果なしとされ、ワクチン製造継続がストップするのでは・・・ワクチン製造消滅の危機へと追い込まれたことがありました・・・・

元・国立公衆衛生院 疫学部感染症室長 母里啓子氏が、下記のような話をしております。
***インフルエンザ・ワクチン、打ったことありまか?
小学校、中学校時代に、学校の集団接種で打った記憶のある方は多いと思います。大人になってから打ちましたか?
子供のいる親御さんは、お子さんを連れて、医療機関へ打ちに行ったことがありますか?
年配の方は、
「打っておかないと危ないですよ」
などと脅されていませんか?
年配のご両親に、そんなふうにインフルエンザ・ワクチンの予防を奨めていませんか?
インフルエンザ・ワクチン、どうしてみんな打つのでしょう。もちろん効くと思っているからでしょう?でも、まったくと言っていいほど効かないのですよ。これは、ウイルスを学んだものにとっては常識です。

インフルエンザ・ワクチンは、{効果はあまりない}という前提の上に成り立っているワクチンなのです。
一体どのくらい効かないのか。厚生労働省の研究機関でインフルエンザ・ワクチンを奨める立場の人たちでさえ、
「まったく効かないわけではないだろう」
という程度の言い方しかしていません。
インフルエンザ・ウイルスは、人に感染しながら、絶えず形を変えるウイルスです。しかも、人間だけでなく、鳥や豚など、多くの動物に感染します。このウイルスに効果のあるワクチンを作ろうとすることが、そもそも非常に無理があるのです。

インフルエンザ・ワクチンは、戦後、日本に駐留していたアメリカ軍の奨めで製造されるようになりました。最初は、鉄道員や郵便局員などの公共性の高い仕事の人に、優先してワクチン接種が行われていたのです。ところが、一向にインフルエンザの流行はなくなりません。すでにその当時から、インフルエンザ・ワクチンの効果のほどは疑われるようになりました。
やがて、
「インフルエンザ・ワクチンは非力なワクチンだ。個人に打っても効果がない」
ということになり、ならば、
「小学生や中学生に集団接種することで流行を防止しよう」
という方針が立てられました。インフルエンザに感染しやすい小中学生にワクチンを打っておけば、それほど大きな流行にならないから、社会全体をインフルエンザから守ることになるだろうという仮説に基づいた方針です。これを、「学童防波堤論」といいます。
そして、1962年から、小中学校で、インフルエンザ・ワクチンの集団接種が始まりました。さらに、1976年には、3歳から15歳までの子供たちへの予防接種が義務化されます。
・・・にもかかわらず、インフルエンザは、日本中で毎年流行し続けました。学級閉鎖もよく行われました。厚生労働省(当時)は、
「その原因は摂取率が低いからだ」
と叱咤し、そう言われた校医たちは真面目に努力を続けたものの、摂取率が上がっても学級閉鎖はなくならない。そのうち、校医たちの間で、ワクチンの集団接種は意味がないのではないかと、問題になっていったのです。

1979年。群馬県前橋市の一人の子供が、インフルエンザ・ワクチンの集団接種後、けいれんを起こしました。校医だった医師と前橋市の医師会では、これは紛れもなくワクチンの副作用であると判断し、国に認定を求めました。その申請は却下されてしまいました。この出来事を機に、前橋市医師会は集団接種をやめるという決断をするのです。ただ集団接種をやめるだけではなく、集団接種を続けている周辺の市と、前橋市のインフルエンザの流行状況を、5年間、徹底的に調査しました。膨大なデーターを「ワクチン非接種地域におけるインフルエンザ流行状況」という報告書をまとめました。
通称「前川レポート」といわれるこの調査で、インフルエンザ・ワクチンの集団接種をしている地域と、していない地域とで、インフルエンザの流行の大きさに差がないことがはっきり証明されたのです。つまり、インフルエンザ・ワクチンの集団接種には意味がないということです。また、1992年から94年にかけては、インフルエンザ・ワクチンを含む様々なワクチンの副作用によって被害を被った人たちが起こした20年以上に及ぶ訴訟に、次々に勝利判決が下りました。国の過失責任が認められ、ワクチンへの不信感が社会にもどんどん高まっていきました。そしてついに、1994年、小中学校への、インフルエンザ・ワクチンの集団接種が中止されたのです。ピーク時には、3000万本近く製造されていたインフルエンザ・ワクチン。その製造量は、1994年には30万本に落ち込みました。***

ここで、ワクチン産業・・・意気消沈。消えてなくなるかに思われた。ところが・・・

***1990年半ばあたりから、厚生省は、高齢者や病気を持っていてインフルエンザにかかると合併症を起こしやすいと思われる、ハイリスクといわれるグループへのインフルエンザ・ワクチン接種を奨めるようになりました。ターゲットを高齢者へと切り変え、2000年には、「インフルエンザは風邪ではない」というキャッチコピーとともに、インフルエンザは、「人の命を奪う恐ろしい病気」であるという宣伝が大々的になされるようになりました。
さらに追い風のように、鳥インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)が社会的問題になったのです。
するとたちまち、
「スペイン風邪のようなインフルエンザの大流行は、いつ起こってもおかしくない」
「インフルエンザ大流行時の最悪のシナリオを想定しよう」
といった脅し文句が飛び交い、インフルエンザの恐怖を煽るような情報がメディアを賑わせました。
鳥インフルエンザは、毎年流行するインフルエンザとはかけ離れたウイルスですし、SARSは、そもそもインフルエンザとは別の病気です。それなのに、騒ぎの中で、インフルエンザワクチンがどんどん打たれるようになりました。おかしなことです。いつ起こるか分からない鳥インフルエンザに現行のインフルエンザ・ワクチンはなんの効果もありません。また、SARSに備えてインフルエンザ・ワクチンを打つのは、SARSが怖くて麻疹のワクチンを打つようなものです。しかし、何かしら効果があると勘違いして、インフルエンザ・ワクチンを打ちに走った人が大勢いたのです。そして、みるみるうちに、インフルエンザ・ワクチンは製造量を盛り返していくのです。***

インフルエンザ・ワクチン製造の落ち込み、復活。その後については、母里啓子氏が、平成19年。「インフルエンザ・ワクチンは、打たないで」というタイトルで一冊にまとめています。それにしても、何ら根拠のない不安を煽る宣伝ワクチンは、効果抜群。
ひな祭りから一週間後・・・

幼なじみからメールが入り内容を見ると、お医者から、そろそろガン検診を受けてはどうかと、お誘いを受けたようで・・・。
さて、受けるべきかどうか、少々迷っている様子。後日、食事をしながら話を聞いたところ、お医者先生からガンという病は、死に至る病、不治の病などと不吉なフレーズを聞かされた挙げ句、
「検診は早めに受けておいたほうが良いですよ」
と言われたとのこと。
まあ、しかし、「死に至る病」「不治の病」・・・これは、お医者一座による、創作劇(架空 欺瞞 フィクション嘘)であると捉えた方が良さそうです。(創作劇は、医療界だけのことではありませんが・・・)
事実ではなく、想像によってつくり出された、お医者一座による「不治の病」の一幕にお付き合いすると妙に座り心地のよい、死定席を勧められることになるので、「君子医者に近寄らず」と松本光正氏が言っておりますが、近寄らぬが得策ということでしょう。
幼なじみには、
「健康のためなら・・・もう死んでもいい!ということなら、行ってらっしゃい」
そう言って、医療に関する本を二冊、手渡しました。果たして、どのような判断をすることやら。
不治の病の講義を聞かされるより、富士の高嶺でも眺めて、先斗町、鴨川散歩でもしたほうが、よっぽど健康的!
そういえば、先斗町の近くに美味しい珈琲店が・・・店名が出てこない?!

追記

この冬は、飽きるほど雪かき運動をしておりました。
雪かき運動時に、ステイタス・クオーを聴き、夜はアルゼンチンタンゴ。
アルゼンチンタンゴで、「ホテル・ヴィクトリア」という曲があります。
これを聴くと思い出します。昭和のホームドラマ「おかみさん 時間ですよ」。
劇中、隣のまりちゃんが、
「白雪姫みたいな心しかない私~」
と歌っていたあの曲を・・・。



「ホテル・ヴィクトリア」


となりの真理ちゃん

ソーカ、ウォッチャーさんは真理ちゃんが好みのタイプだったのか…www

南方熊楠の世界(1)
3月2日、新大阪駅10:15発のくろしお7号に乗り、紀伊田辺駅には12:38に到着、実に40年振りに踏んだ紀伊田辺の土であった。駅の改札口を出ると、そこには懐かしい友人K君の顔が…。最初にK君の自宅に寄り、上さんへの挨拶もそこそこに荷物を預け、車で南方熊楠顕彰館→天神崎(ナショナル・トラスト発祥の地)→南方熊楠記念館→白浜の観光スポット(白良浜・円月島・千畳敷・三段壁・平草原)と巡った。最後に訪れた平草原には、白浜の街を一望の下に見渡せる展望台があったのだが、そこから念願だった神島を目にすることができ、感無量であった。

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中央やや右寄りの小島が神島(亀さん撮影)

この神島であるが、皇太子時代から粘菌に関心を持たれていた昭和天皇の強いご要望もあり、昭和4年6月1日、神島で熊楠は陛下をお迎えしている。その後、御召艦・長門の艦上にて約25分間、田辺湾の生物について熊楠は御進講を行ったのだった。ちなみに昭和天皇は後、御製に南方熊楠の名を詠んでおられるのだが、そのあたりは拙稿「南方マンダラ」で紹介済みである。

一通り熊楠の足跡を巡った後、長生の湯でK君と露天風呂に浸かりながら、お互いの近状報告、家族、人生の無常、その他について、しばし時が経つのも忘れて語り合った。辺りが暗くなりかけた頃、夕餉の支度を終えたK君の上さんが、我々が戻るのを待っていることもあり、急ぎ夕方6時過ぎにK君宅へと向かった。

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そして迎えた翌朝、新大阪行きの6:51発のくろしお6号で紀伊田辺を発った。わずか半日の滞在だったとは云え、実に密度の濃い旅となった。ここに、改めて半日もの時間を割いて、南方熊楠の足跡巡りに車で案内してくれた、友人K君に心から感謝の意を表したい。本当にありがとう。

さて、旅は続く。新大阪駅に向かう途中の和泉府中で下車、仁徳天皇陵を横目で見ながら、徒歩で飯山一郎さんの仲間が待つホテルへと向かった。その日は堺市に一泊したのだが、実に多くの出来事があった。このあたりの報告は、稿を改めて「応神天皇の秘密」(仮題)として、別シリーズの形で書く予定であるが、その前に、しばし「南方熊楠の世界」シリーズを続けさせていただきたい。ちなみに以下は仮題だが、予定している今後の「南方熊楠の世界」シリーズ内容である。筆を進めていく過程で、以下の予定稿の中で取り止めたり、あるいは別テーマに置き換えたりするかもしれないこと、予めお断りしておく。
■南方マンダラと人体
■南方熊楠と柳田國男
■エコロジーと乳酸菌
■死生観


メスペサド理論(1)
副島隆彦が、「重たい掲示板」に以下のような投稿を行っていた。
[2274]株の暴落はまだまだ続きます。急いで売って逃げなさい。 それと、私の新しい本のこ出版のこと。

テーマが株のようだったので、サーッと斜め読みしたところ、株とは関係のない箇所に目が留まった。今の副島が患っているという前立腺肥大症、そして来月刊行するという、『米軍の北朝鮮爆撃は6月! 米、中が金正恩体制破壊を決行する日』と題する新刊本である。最初に、副島が患っているという前立腺肥大症から…。

 私は、もうひとつ個人的な問題を抱えていた。私は、前立腺(ぜんりつせん)の肥大の症状が出ている。排尿障害だ。典型的なジジイ(爺)の病気で、これを診てもらいに病院に行って、入院、手術が決まった。 


その副島と亀さんは同じ1953年生まれだ。それなのに、副島の場合は何等疑問を抱かず、医者の診断を受けて入院・手術と書いているwww まぁ、お互いに肉体的な衰えは致し方がないものの、副島は西洋医療については何等疑問を抱いていない…。何故か? このあたりは、歯科&音楽ウォッチャーさんの「洞察歯観のすすめ」シリーズに、目を通してきた読者であれば亀さんの言わんとすることが分かるハズだ。

ところで、副島が患っている前立腺だが、年齢とともに萎縮するか肥大するかのいずれかになるわけで、そのあたりはウィキペディアにも詳しく書いてある。そして、注目したのが以下の記述…。

昭和30年代(1955年代)ごろまでは、日本人男性のほとんどが前立腺は萎縮の経過をたどっていた。ところが、食生活の向上・欧米化により、現在では80歳までに日本人男性の80%が前立腺肥大症になるといわれている。


確かに、粗食・和食中心の生活から美食・洋食型へと、日本人の食生活が大きく変わったことが、前立腺肥大症の一つの原因に挙げられることは確かだ。しかし、他にも幾つかの要因がある。たとえば、その一つが運動不足。副島の場合、大量の本を執筆していることもあり、パソコンに向かっている時間が一般人よりも長いはずで、それは即運動不足にもつながる。亀さんの場合も、やはり翻訳を生業としているのでパソコンに向かう時間が長いのだが、今のところ前立腺肥大症の徴候はまったくなく、健康そのものだ。それは、粗食(一日一食)に徹していること、もう一つはヨガや徒歩といった具合に、適度に身体を動かしているからだ。あっ、それから毎日大量の酒を呑み、煙草を吸っているからカモ…(爆)

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それから、副島の新刊だが、題名を目にしただけで、「あ、そうなの~ぉ」と感じた程度であり、副島には悪いが読む気が気が全く起こらない(嗤)。

本題に戻す。上の副島の株に関する投稿だが、最初は副島の出鱈目な株観を徹底的に叩いた記事を書こうと思っていたのだが、それよりも三ヶ月ほど前に書いた、「メスペサド理論」の続きを書いた方が遙かに読者のためになると思い、考え直した次第だ。よって、最近のmespesadoさんの投稿から思うところを順次羅列していこう。初回の今回は、mespesadoさんが主に書き込みを行っているスレッド、「EG・堺のおっさん等 爺さんが元気なスレ -31-」にある、投稿>>312を取り上げたい。なを、一年近くにわたりmespesadoさんの投稿を追ってきたが、目から鱗という思いを幾度も体験した。そうした体験例を、今後は「メスペサド理論」シリーズとして書き続けていこうかと思っている。

初回の本稿では、最新スレッドの>>312に注目した。何が書いてあるかと言うと、日本という国はいくら刷っても困らないというmespesadoさんの主張だ。ここで、mespesadoさんの言う「刷る」対象とは、我々が日々目にする千円や一万円札といった紙幣のことで、mespesadoさんは紙幣を幾ら刷っても心配無用と言っているのである(国債も含む)。こんなことを書くと、「エッ!」と驚く読者が多いと思うのだが、このあたりは日本の立ち位置と深く関係してくるのであり、幾ら紙幣を刷ってもビクともしない国は、世界広しと雖も日本だけなのだ。このように書くと、俄には信じられないと言う人たちの顔が浮かぶのだが、本当のことなのだからしかたがない。

最初に、mespesadoさんの>>312の以下の記述に目を通していただきたい(一部改行)。

 「国家がオカネを支払わなければならない場面で支払うことが不可能になった場合」

 もしもこの国家が日本のように通貨発行権を持っていて、しかも支払うべきオカネがこの自国通貨建てだったらどうでしょう?

 その場合は、支払うべきお金は自分でオカネを刷って渡せばいいのですから、「支払うことが不可能になる」ということはありえません。当たり前のことです。

 また、もし支払いが外貨建てであっても、国家の生産力が高ければ、自国通貨を刷って、それを為替で相手の通貨に交換する場合も為替が安定するのでちゃんと支払うことができます。


お分かりだろうか…。さらに、同投稿の以下の結語をじっくりと眺めていただきたい。

 すなわち、日本は自国の通貨発行権を持ち、生産力も高く、おまけに外貨での借金はありませんから、「破綻したくても破綻できません」。

 自国の生産力が強いということは、かくも凄いアドバンテージがあるということです。


日本は破綻したくても破綻できない…。おそらく、mespesadoさんのこの発言を理解できるのは、世の中広しと雖も、「放知技」の読者くらいのモンだろう…。

それから、>>324の堺のおっさんの反応も素晴らしかった! 禿同!

その他、目から鱗の投稿で満載のmespesadoさんの投稿、今度の週末にでもジックリと目を通すだけの価値はある。ちなみに、mespesadoさんが放知技にデビューしたのは昨年の4月22日…。

モー、ン年もの放知技の常連さんかと勘違いするほどで、それだけ今までのmespesadoさんの投稿内容は濃かったし、今後もそーに違いない…、とプレッシャーをかける(爆)。

【グリコのおまけ】
今回は小難しい経済の話が中心だったので、疲れた(亀さんの頭も含め)頭を休ませる意味で…





昭恵さん来飯
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今月の6日、安倍昭恵さんが飯能市を訪れたという記事が、地元の「文化新聞」に載った。
安倍昭恵氏が来飯、野口種苗でタネ選び

昭恵さんが関東のチベットと言われている飯能、それも山奥にある野口種苗店までワザワザ足を運び、しかも同店に2時間近く滞在した背景は、『致知』(平成26年7月号)に掲載された、「生命の花を咲かせ続ける~タネが危ない~」などで確認してもらうとして、野口さんの種に注目するとは、流石は首相夫人だと嬉しく思うと同時に、脳裏に浮かんだのがGMO(遺伝子組み換え品)であった。亀さんはGMOについて拙稿「御三家」で若干触れた際、以下の記事を紹介している。
プーチン:人類の進化が巨大製薬企業、GMO、ワクチンによって危機に瀕している

【原文】
Putin: Human Evolution Under Threat By Big Pharma, GMO, Vaccines


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このGMOと対極にあるのが、野口さんのタネというわけだ。なを、野口さん本人とは地元の掲示板で幾度か言葉を交わしており、そのあたりは拙稿「いのちの種、奇跡のリンゴ」で紹介した。

そして、文化新聞の記事で最も印象に残ったのが以下の行であった。

昨年9月、天皇皇后両陛下が飯能日高に行幸啓された際、野口種苗のタネから収穫された飯能産の固定種野菜6種を召し上がられており、固定種野菜の認知度が今後一層高まるものと期待される。


【関連情報 1】
安倍昭恵と医療大麻

【関連情報 2】
タネが危ない!わたしたちは「子孫を残せない野菜」を食べている。


【グリコのおまけ】
過日、家のトイレの調子が悪くなり、柴田理恵と松村邦洋がテレビCM出演している、「町の水道屋さん」を名乗る会社に依頼したところ、一度では直らず、ボールタップや排水弁といった高価な部品を交換したりして、計三回も修理に来たのにも拘わらず、結局直らなかったwww。

仕方なく、メーカーであるTOTOに直接電話をしたところ、その日に専属の修理担当者が訪問、しかもパッキンを交換しただけであった。それから数日が経過しているが、ウソのようにトイレの調子が元に戻った。

教訓トイレの修理依頼は、直接TOTOに電話すべし。

紀州田辺
来月上旬、紀州は田辺市を再訪することにした。実は昨日、思い立ったが吉日つうわけで田辺市の友人に電話、幸い同日は仕事のスケジュールが入っていない友人に、田辺市周辺のアチコチを車で案内してもらうことにした。

田辺市の三大偉人と言えば、武蔵坊弁慶、南方熊楠(拙稿「南方マンダラ」参照)、植芝盛平だが、今回は南方の足跡を辿るのが旅の主な目的だ。幸い、同市近傍に南方熊楠顕彰館南方熊楠記念館があるので、運転手兼ツアーガイドの友人に車で回らせよう…(爆)

友人は結婚式を東京で挙げており、亀さんも出席している。爾来、あれから40年もの歳月が流れたというワケだ…。関東のチベットから東京に出て新幹線に乗り、新大阪駅に着いたら紀伊田辺駅に直行の特急くろしおに乗り換えれば、午前中には田辺市に到着するだろう。問題は、お互いにGさんになっているんで(四半世紀ぶりの再会)、お互いを見分けることができるかどうか、何とも心許ない…。

以下は、友人の娘さんが描いている漫画の一コマだが、登場している爺さんがナント友人…、E-男に描き杉…www

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『魔王様としゅんくん』(第一巻)p.83

ここで、改めて書架から南方熊楠関連の書籍を引っ張り出してみたが、最も優れた南方熊楠本と思っていた鶴見和子の『南方熊楠』(講談社学術文庫)、今パラパラと捲ってみたら真っ白…、積ん読本だった…www。田辺に行くまでに目を通しておかないと…。

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仁徳天皇陵の守り〝人〟の狸たち(新日本風土記「堺」)

【追記】
以下は、世界戦略情報誌『みち』に掲載された南方熊楠についての記事で、従来の南方熊楠観を打ち壊してくれる優れた記事だ。

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経済オンチ
以下は一ヶ月以上前、亀さんが掲示板「放知技」に投稿したものだ。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/90/

一回だけだったが、サーッと行政調査新聞の記事に目を通して、「アレ?」と思うような箇所が幾つもあり、戸惑ったものだ。仕事が一段落したら同記事を再読するつもりでいたものの、その後も立て続けに仕事が舞い込み、一ヶ月以上も過ぎた今日、漸く上の記事を再読する時間ができたという次第である。なを、上の投稿にある通り、記事中で「アレ?」と思った箇所、殊に経済関連の箇所について、亀さんは飯山一郎さんとmespesadoさんに問い合わせているが、お二人から丁寧な回答をいただいている。マサニ、感謝感激雨霰!

飯山さん回答
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/94/
mespesadoさん回答
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/102/


最初に、飯山さんに質問したのは行政調査新聞の株式観についてだった。以下が問題の箇所である。

株価の予測は正直なところわからないが、外側から眺めた感じでは非常に不安定と判断できる。1カ月もしないうちに大暴落する可能性もある。
http://www.gyouseinews.com/p4_naigaijousei%20kokunaitenbou/2018010702.pdf


この行を目にした時、「大暴落? リーマンショック時のような状況に世界はないのに…」というのが最初iに受けた印象だった。そのような印象を受けたのは、同紙の記事を読む少し前、亀さんは飯山さんのHP記事に目を通しており、「調整」と「暴落」の違いを把握していたからだろう。それだけに、行政調査新聞の甘過ぎる株式観に、「アレ?」と思ったのである。案の定、飯山さんが以下のようにズバリ指摘してきた。

1月7日号の筆者は,株式に関する素養も,貧弱です.

たとえば,今回の大相場が「外人買い」が主流と誤解している.むしろ「外人」は売っていました.

「1ヵ月もしないうちに大暴落する可能性」という記述は,「大巾調整」と「天井からの大暴落」の区別が全く分かってない.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/94/


また、mespesadoさんには同紙の経済関連の記述で、特にピント外れな箇所をズバリ指摘してもらい、感謝している。それは同紙の「日本の景気をよくするためには、政府・マスコミが一体となって希望を作り上げることだ。楽しいカネの支払先を見つけることだ」という行で、初めて目にした時、ノーテンキだなぁと思ったものである。そのあたりの同紙のノーテンキぶりを、mespesadoさんが見事に解剖してくれた。

> 日本の景気をよくするためには、政府・マスコミが一体となって希望を
> 作り上げることだ。楽しいカネの支払先を見つけることだ。


と書いていますが、そりゃ違うだろう、としか思いません。高度成長が終わ

り、右肩上がり経済ではなくなったんですから、「希望」だけで消費が増え

るわけがないと思います。やはり「将来に不安が無くなるくらい内部留保や

貯金が溜まる」ことが必要で、そのためには引き続きおカネのバラマキを続

け、それもベーシックインカムのような「消費者に直接御利益があるような

施策」によって実施することが何よりも効果のある経済対策でしょう。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/102/


行政調査新聞は、リテラだの日刊ゲンダイだのといった他のメディアと比較すれば、遙かに優れたメディアなのに、経済オンチであるという点は実に惜しいと、つくづく思った次第である。

ここで、同紙は北朝鮮についてのテーマであれば、抜群の分析力を発揮してきた実績があるのだから、『文殊菩薩』が「11年ぶりの南北首脳会談は実現するか」で書いているように、金与正が文在寅大統領に手渡した親書に基づいた、今後の展望についての記事を今から期待したいと思う。