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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
今を生きる
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TOEIC時代の元同僚と先週の日曜日(4月21日)、二年ぶりに都内で呑んできたことは前稿「鬼塚英昭の天皇観」にも書いたが、他の同僚を赤羽駅で待っている間、孝明帝暗殺を話題に取り上げた先輩と語り合ったことは、互いの健康であった。かつては極真館の猛者だった先輩も古希を過ぎ、身体のあちこちにガタが来ていると打ち明けてくれた。特に、古希を迎えたあたりから、一気に体力の衰えを感じるようになったと語ってくれた時、互いに人生の黄昏を迎えているのだと、改めて思い致した次第である。

思えば、叔父といった親戚、飯山一郎さんといった人生の先輩、さらには友人の子供という具合に、ここ数年は多くの別れがあった。そんな折に見たのが、NHKの「100分de名著」のシリーズの一つ、『自省録』である。中でも、印象に残ったのが最終回の「死」であった。

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生まれることを悲しむことがないように、死も悲しむ必要はない
要は、人は必ず死ぬものだと、割り切ることが肝心ということだ。


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過去は既に通り過ぎ、未来も不透明…。だから、今を真摯に生きるべし
過去を取り戻すことはできない。未来もどうなるか分からない。一秒後に心臓発作で死ぬかもしれない。あるいは明日、交通事故に遭うかもしれない。手前の未来なんか考えて何になる。今、この瞬間を生きるしかないではないか。


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今日が人生最後の日だと思って生きよ
還暦を過ぎると、明日は目が覚めないかもしれないと、時々だが思うことがある。故飯山さんのように、野崎博士らを横瀬古墳に案内し、しかも元気に古墳の頂上まで歩いた当日の夜、人生の最後を迎えるとは思いもしなかったことだろう。それを思うに、自分も死の当日を普段と変わることなく過ごし、一気にあの世へ逝きたいものだと、つくづく思った次第である。ともあれ、今日が最後だと思えば、この一日を徒や疎かにできない。


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まさに、人生は冥土までの暇潰し
ここで謂う「余得」とは、自分だけのために生きるのではなく、他者のために生きよという意味だ。具体的に言えば、以下の通りである。


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人は一人で生きているにあらず、他者のために生きている

人は一人で生きてはいけない。換言すれば、人と人との繋がりがないのなら、人は生きるに値しないのだ。この繋がりは、家族、社会、国家、地球、太陽系、銀河系、銀河集団、宇宙、そして究極的には宇宙システムへと行き着く。

番組を見ながら、何度も頷く自分がいたが、これは自分が人生の黄昏にいるからで、だからこそ自省録を著したマルクス・アウレリウス・アントニヌスの死生観に、心から同意できたのだろう。拙稿「人の一生」にも書いたことだが、もし、今の自分が人生の春・夏・秋に生きていたとしたら、多分これほどまでに同番組に共感を覚えることはなかったはずだ。反面、本当に自分は冬の時代にいるのだと改めて思い知らさせたのも確かで、夕暮れ時のような一抹の寂しさを感じた。

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洞察歯観のすすめ(37)
歯科&音楽ウォッチャーさんから久しぶりに便りが届いた。本人の了解を得た上で以下に転載しよう。

さて、明日が締め切りの長期にわたる仕事(翻訳)も漸く一段落しそうだ。再び「古墳時代」シリーズに明後日あたりから筆を進めたい。

※ ウォッチャーさん、秋ごろ、東北に行きませう!!!

つい最近のこと・・・
馴染みの珈琲店で、文庫本を片手に暇潰しをしていたところ、カウンター席でカレーを食べながら、熱心に雑誌を読むサラリーマン男性がおりました。別段なんということもない光景なのですが、サラリーマン男性がカレーを食べ終え、読んでいた雑誌をカウンターの上に置いたとき、表紙のタイトル・・・
「歯医者のウラ側」という文字が目に入りました。雑誌はプレジデント。珈琲店を後にして、早速、大型書店に飛び込んだところが、すでに売り切れ。その後、古本屋を2~3ハシゴして、何とか一冊手にすることが出来ました。

「あなたは騙されていないか?大損していないか?歯医者のウラ側 徹底解明!」
と大きく書かれた・・・なかなか刺激的なタイトル。

特集記事の目次を見ると・・・
「決定版 頼れる歯医者、危ない歯医者の見分け方」
「患者500人調査 歯科治療の満足度 ホンネ公開」
「あなたの歯医者と比べてみよう 症例別 治療の相場、原価、期間を全リサーチ」
等々、興味をそそる内容が満載のようで・・・。

古本屋で、この歯科特集記事を見つけたとき、店主が
「この号は、結構売れてるみたいですね。」
と、話しておりました。

一読して・・・少々気に掛かるところを紹介してみます。
先ずは、*歯医者の選びの方*
信頼できる歯医者を見つける、3つのポイントとして、次のように記されていました。
***口の中で起こる問題は幅広く、それに対応するには高い専門性が必要となる。歯科矯正やインプラントはもちろん、虫歯でも表面だけ削る治療と、歯の神経の処置まで必要な治療としては、必要になる知識も技術も異なる。したがって、本来ならば治療ごとに歯科医を複数、見つけておくのが理想なのだが、それは実際問題として難しい。そうであれば、まずは信頼できるかかりつけの歯科医を探し、その歯科医から必要に応じて専門の歯科医を紹介してもらうのがベストだろう。
では、どうしたら信頼できるかかりつけの歯科医を見つけられるか。そのポイントは、
1=「これから実施する治療について、ちゃんと説明する」その際に、
2=「X線写真やCT画像など客観的なデーターを示す」
3=「患者が質問することに対して誠実に答える」
この3つに尽きる。***
次に、*患者500人調査*というところで、患者の体験談が紹介されていまいました。
1=「治療完了までにかかる期間が長い」「*ついでに治療が必要な歯*の治療が続き、一年ほど通った」
2=「待ち時間が長い」「治療が痛い」
3=「医師が不機嫌なときは、治療が雑」
4=「痛かったら手を上げてと言われて、手を上げたが、治療をやめるそぶりもなかった」
5=「許可を取らずに、すぐ削る。すぐ神経を抜く歯医者がいる」
6=「何の説明もなく、銀歯にされそうになった」

そう言えば私も・・・と、思い当たることがあるのではないでしょうか?
記事(患者500人調査)によると、不満の第1位は、「治療期間が長すぎる」となっておりまして・・・
チェックインしたところが、その後、なかなかチェックアウトできない・・・そんなことを歌ったヒット曲がありましたが、歯医者も、チェックイン(治療に通い始め)たところがチェックアウト(治療終了)が何時になるやらわからない。そのような迷宮デンタルも、ちらほらと、あるのでしょう・・・。
医師から何ら説明もないまま(患者の承諾なし)に削られ、ギンギラギンに光る銀歯にされたり、されかかったり・・・このような体験をされた人は沢山いるのではないでしょうか。はてさて、このような行為を治療と言って良いものやら・・・この銀歯と呼ばれるものですが、銀歯であるから銀(シルバー)で出来ているのかというと、そうではなく、これは、「金銀パラジウム合金」という金属が使われています。(保険治療で認められているもの)

合金ですから複数の金属が合体しているわけで・・・その組成は、
金=12% 銀=50% 銅=16% パラジウム=20% その他=2%
pdと記して、パラ 金パラ 12パラ等と呼ばれています。
金銀パラジウム合金。この合体金属の中に、ほんのわずかながら、正体のよくわからない、その他の金属があり、少々気になります。ユダ金でも紛れ込んでいるのではないかと・・・!(金属を扱う技術者に聞いたところ、ガリウムイソジウム イリジウム 亜鉛 等が混じっているとのこと)
(患者の)許可なく削られそうになったら、躊躇せず医師の手を止め、治療台から遠ざかることです・・・かと思えば治療中の部位の他に、あっちも、こっちも痛んでいるところがあるから、ついでに治しておきましょう・・・と、治療中、口を開けたままの状態の時に医師が囁きかけてきたことはありませんか。うっかり、されるがままにしておくと、口腔内破壊テロの餌食にされてしまうかも知れません。このようなところは即刻中止すべきでしょう・・・信頼できる、かかりつけの歯科医があれば、このようなことにはならない?のかも知れません。とは言うものの、大いに信頼を寄せることの出来る歯科医を見つけ出すのは、宝探しのようなもので、おいそれと見つかりません。
、とりあえず自宅から近いから。職場のすぐ側にあるから、少々の不安や不満を抱えながらも(新たに歯医者探しするのも面倒だし)我慢して通ってます・・・という人も意外と多くいるのではないでしょうか。

記事の中で、信頼できる、かかりつけの歯科医を見つけるべく3つのポイントを上げておりますが、この3つのポイントとは、治療が始まる前段階のことで・・・
[治療を受けるため歯科医院へ行き、受付で受診したい旨を告げ、予診表を受け取り、必要事項を記入した後、担当医と対面。この時、医師は患者が記入した予診票をもとに、患者の病苦についての訴え「主訴」を聞き取り、患者の訴えに対して治療を考える。治療に入る前に、医師は自分の目で患者の口腔内を確認(診査)する。患者に治療内容・計画をわかりやすく話し、患者の了解を得た上で治療が始まる]
・・・といった場面を、ポイントとしたのでしょう。

さて、3つのポイントを確認するには、歯科医院へ行って医師と対面してからのことになりますが、その前に、もう少し歯医者探し(絞り込み)のヒントになるようなものはないかと考えてみますと、電話応対、受付の対応の善し悪し。待合室の様子なども注意しておきたいところです。
電話で問い合わせをしたとき。受付で話をしたとき。スタッフの対応が、どうも良くない。チューニングが合いそうにない!と、そう感じたら、その時点で止めたほうがいいでしょう。なかには、どういうわけか、ドクターやスタッフの態度が高飛車なところもあります。以前、ある医師が、
「患者はどこか悪いからこそ、病院や、歯科医院を訪ねるのである。弱みを背負っているからこそ、時間を割き、お金を払ってまで、医者や歯医者の対して腰を低くし、頭を下げるのである。ところが、そのような患者の立場をわきまえていない医者も多い。患者が頭を下げるからといって、自分が偉くなったような錯覚をし、横暴な態度や言葉遣いをする・・・」
と言っておりましたが、電話対応、受付での対応が雑なものであれば、行ってみたところで、患者の「主訴」など、まともに取り合ってはくれません。
スリッパ、イス、ソファーが、使い古しのまま、加えてトイレ掃除が手抜き・・・このようなところはNGです。履き替えようと手にしたスリッパがヨレヨレわかめになっていたら、気持ちの良いものではありません。治療内容もヨレヨレかも知れません。受付に足を運ぶことなく、帰るべし!
狭い待合室の壁に貼り付けてある数々の「紙=ペーパー」!なかには、(ちょっと豪華な額縁で飾ってあるものも)ありますが、そこには、医療界におけるドクターの華麗なる活躍と資格等が紹介されてあります。その上、ご丁寧に、有名文化人やタレントなどと笑顔のツーショット写真まで飾り付けてあるところも・・・。「私は、ちょいと名の知れた凄いお医者様なのよ」と、自慢しているようにも見えますが、まあ、看板・肩書きというのも大事なのかも知れませんが・・・それが医者の腕やセンス。人間性とは、何の関係もありません。
看板といえば、・・・街中、街道沿い、駅など、多少遠くからでもよく見える、大きくカラフルな看板を見かけます。看板デザインや、謳い文句をよくよく観察したことがありますでしょうか・・・?大きな看板をあちらこちらと数掲げているようなところは、少々注意が必要かも知れません。街中のあちらこちらで、目にする医療看板。ちょっと足を止めて眺めていると「ゼイリブ」という映画を思い浮かべたりします。大きく目立つ派手な看板デザインの下地には、何やら医療とは別なメッセージが刷り込まれているような・・・(まあ、気のせいと言えば、気のせいかもしれませんが・・・)
ビジネス・ファーストなところも、少なからずありますから。

特集記事にある、「信頼できるかかりつけの歯科医を見つける3つのポイント」=患者の「主訴」をしっかりと聞きとり、治療内容・計画を示してくれるであろうところ・・・ここにたどり着くまで,大変なエネルギーを必要とします。根気と鋭い五感。それに、霊感
ヤマカン 第六感もフルに活用して、善し悪しを嗅ぎ分けるしかなさそうです。

この先、冥土へ引っ越しするまで・・・歯歯のんきで、暇潰ししたいものです。

ーーボーナス・トラック --
古本屋を後にしての帰り道、ふと・・・ある医療ジャーナリストだったか、歯科医であったか忘れましたが、受診時に受付に出す保険証について、下記のような話していたことを思い出しました。

***私たちは医院で受診する際、何の躊躇もなく受付で受診を申し込み、保険証を提出する。当たり前のように行われるやり取りだが、この時点で病院と患者の間で、医療契約が結ばれている。保険証とは、その患者が病院(保険医)との間で取り交わされる契約の受益者(被保険者)であることを示す証書である。歯科医院で保険証を提示することは、この保険証の適用範囲であれば金額や治療の内容(材料や治療法)は歯科医師の裁量にお任せします。という意思表示をしたことになり、これを準委任契約という。この制度は昭和36年に制定され、病院で提示する保険証が治療内容に関して医師にすべて任せるという意思表示が含まれている。今でこそ、インフォームドコンセントの重要性が語られるようになったが、昭和36年当時は同一症状に対して行う治療は、どこの歯科医院でも同じであるという前提で十分な説明もなく、お任せ治療が施されていた。***


##今宵の音楽アルバム・メニュー##

「三木稔の音楽 第1集 序の曲 天如 古代舞曲によるパラフレーズ」 日本音楽集団
「フェノメナ」 ベスト・オブ・ゴブリン (クラウディオ・シモネッティ&ゴブリン)
「モガリ・イヴ」 JINMO

上記
3枚のアルバム。共通して楽しめるのは、女性の声(ヴォイス)。聴けば聴くほどに、チェックアウト出来ない摩訶不思議な世界へと引き込まれるかも知れません。

##「古代舞曲によるパラフレーズ」 YouTube上 アップされています。




祈りの御歌
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一民間人だった正田美智子さんは御成婚前の二か月間にわたり、宮中についての様々な講義の他、憲法や語学(英・仏)に加えて「和歌」も学ばれている。歌会始の儀を例に挙げるまでもなく、歴代の天皇は和歌を通じて人々と交わり、自らの心情を伝えてこられたのであり、和歌の伝統を護るということは皇室の一員として大切な務めであった。その正田美智子さんへの和歌の講義を任されたのが、母性を詠う歌が多かったことから〝母の歌人〟と呼ばれていた、五島美代子その人であった。その五島が、最も力を入れて指導したのは、「本当の心持ちを詠む」ということだったと云う。すなわち、その五島の信念は、「歌は生きることそのもの 歌を詠むことで困難を乗り越えられる」だった、ということを最近放送されたNHKの「天皇 運命の物語」(第4話)で知った。

『祈りの御歌』(竹本忠雄 扶桑社)という本がある。同書については拙ブログでも度々言及してきた。例えば、『百人一首』に隠された10次魔方陣について小生は取り上げており、旧ブログ「『百人一首の暗号』」では以下のようなことを書いている。

最後に、『百人一首の暗号』を通じて和歌の奥の世界に関心を抱いた読者には、『祈りの御歌』(竹本忠雄著 扶桑社)を推薦します。

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歌会始の儀は毎年NHKが生中継しており、今年の天皇陛下の御製と皇太子殿下の御歌について、小生は掲示板「放知技」で以下のように書いた。

■天皇陛下
贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に


今朝、偶然見た朝のニュースで、今日が阪神大震災24年と知った。あの日、サラリーマンとして最後となった会社での昼休み、食堂に入り、そこに設置してあったテレビに何気なく目を移したところ、大変なことが阪神で起こったことを初めて知った。爾来、24年もの歳月が流れたのかと、実に感慨深いものがあったが、同時に昨日の陛下の御製に思い致した。

御製は阪神大震災を詠われたものだったが、その後も東日本大震災、熊本震災と、多くの地震が祖国日本を襲ったのは記憶に新しい。なかでも、東日本大震災は、フクイチの爆発、そして放射能漏れという大惨事により、一時は民族滅亡の瀬戸際まで立たされたし、それなりの覚悟を愚生はしていたものだ。このあたり、今でも放知技の読者には生々しい記憶として蘇ってくるのではないだろうか。

幸いにして国難を乗り越え、今日の安倍総理の外交に代表されるように、日増しに日本の未来は明るくなりつつある。そうした状況であるが故、〝安心して退位できる〟という陛下の心のうちを、「初夏の光」という御言葉から汲み取った次第である。

■皇太子殿下
雲間よりさしたる光に導かれわれ登りゆく金峰の峰に


金峰という言葉が耳に飛び込んできた時、奈良の吉野山から山上ヶ岳までの連峰を指す金峰山(きんぷせん)が、咄嗟に脳裏に浮かんだ。続いて連想したのが、飯山史観と深く関与する熊本の金峰山であった。しかし、直ぐに詠まれたのは奥秩父連峰の盟主、金峰山と知った。

古の伝えによると、日本武尊が東征の折、同連峰の金峰山に鎧をおさめたとあり、秩父山地の入り口に居を構える身として、思わずギクッとなった。ちなみに、同山は修験の総本山である、和州(奈良県)金峰山から蔵王権現を分祠されている。

ともあれ、殿下の御言葉「雲間よりさしたる光」に、今日現在の日本、そして世界の実態を指していると思うのだし、そうした中での「登りゆく」という御言葉に、新天皇になられる殿下の秘めた決意のようなものを読み取った次第である。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/425/


巨大地震再び
昨日の午後2時46分、北北東に向かって黙祷を捧げた。

それにしても、亡くなった方々が二万人を超え、未だに行方不明の方々が二千名以上という事実に言葉もない。同時に、毎年やってくるこの日、思い出さずにはいられないのが今上陛下の御言葉である。



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M9.1の最大規模の南海トラフ巨大地震の想定震源域

ところで、世間では南海トラフ巨大地震のニュースで喧しいのだが、騒ぐまでもなく、巨視的に見れば南海トラフに限らず、相模トラフや三陸沖でも間違いなく大地震が再び発生するだろう。それが我々の住む日本列島の宿命であり、天災は忘れた頃どころか、東日本大震災の記憶が未だに生々しく残っている内に、巨大地震が日本列島のどこかで、再び発生する可能性も無きにしも非ずだ。その意味で、日頃から備えをしておきたいものだ。

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地震発生のしくみ 気象庁

ただ、地震発生の原因とされている従来のプレートテクトニクス説、この説は間違っている。そのあたりを再確認していただく意味で、以下に飯山一郎さんの記事を再掲しておこう。

プレートの跳ね上がりも,活断層のズレも,結果なのです。
「結果」なのに「原因」と思い込む,従来の地震学。
飯山一郎が提唱する新説(真説)によって書き換えましょう!

◆2016/04/23(土)4  原因,説明してよ!


それから、きのこ組長の以下の記事を読んだが、改めて備えの大切さを再認識でき、感謝の一言である。
3.11に思う「防災意識」

亀さんも「サバイバル」シリーズの「準備」篇を書いているので、この機会に再読してもらえたら幸いだ。
サバイバル - 準備篇その1
サバイバル - 準備篇その2
サバイバル - 準備篇その3
サバイバル - 準備篇その4


梅原哲学の限界
録画してあったNHKの再放送番組(初回放送は2012年3月10日)、「3.11後を生きる君たちへ~東浩紀 梅原猛に会いにいく~」を見た。内容は若手の哲学者・東浩紀氏が在京都の梅原猛を訪ね、梅原の話に耳を傾けるというものだった。梅原猛と言えば、四十代の頃に西洋哲学の限界を感じ、日本文化に回帰した哲学者という印象が個人的に強く、亀さんが二十代の頃、日本の古代史に関心を抱くようになったのも、梅原の『隠された十字架』や『地獄の思想』といった、一連の著作から受けた影響が多少はあったと思う。

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しかし、後になって飯山史観を知り、その飯山史観の編集を手掛けるようになった今では、梅原の限界が見えてきたのも確かだ。一例として、『天皇家の“ふるさと"日向をゆく』を取り上げてみよう。アマゾンの「カスタマーレビュー」に、サーッと目を通してみたが、その中で最も優れていたレビューは、mon8氏のレビューだと個人的に思う。殊に、mon8氏がレビューで紹介していた、『天皇家の“ふるさと"日向をゆく』からの引用を読み、唖然とした。

私の旅は本居宣長のいうところに従って、なるべく「古事記」と「日本書紀」に書かれていることを素朴に信じ、その物語が一貫性をなすかどうかを探究する旅であった。
『天皇家の“ふるさと"日向をゆく』


飯山史観の編集に着手した身として、記紀、特に日本書紀が成立した経緯を知るだけに、梅原の上の記述、あまりにもナイーブすぎると分かるのだ。

肝心なテレビ番組「3.11後を生きる君たちへ~東浩紀 梅原猛に会いにいく~」だが。どのような内容の番組だったのか、その大凡の流れが分かるブログ記事を以下に紹介しておこう。
老兵は黙って去りゆくのみ

同ブログ記事で亀さんが思わず唸ったのは、同ブログの記事そのものではなく、同記事に寄せられた黒沢孝裕氏という人のコメントであった。以下に全文を転載しておくが、黒沢氏は「老兵は黙って去りゆくのみ」を介する形で、梅原本人に以下のように問うた。

 梅原先生は西田の次の箇所をどうお読みになるのでしょうか。

「私はデカルト哲学へ返れというのではない。唯、なお一度デカルトの問題と方法に返って考えてみよというのである。(中略)哲学の方法は何処までもデカルト的でなければならない。何処までも否定的自覚、自覚的分析である。この故に哲学は個人主義的とか自由主義的とかいうのではない。哲学は自己を否定すること、自己を忘れることを学ぶのである」

「人は真実在は不可知的というかも知れない。もし然らば、我々の我々の生命も単に現象的、夢幻的と考えるのほかはない。そこからは、死生を賭する如き真摯なる精神は出てこないであろう」

 僕はこの文章に、身が震えるような共感を覚えます。さながら行によって身を清められたようです。勿論、こんな抽象的な短い引用で、何かが分かったと言っているのではありません。また、先生に向かって、夜郎自大なデカルト擁護の説法をするほど自惚れてはいないつもりです。「草木国土悉皆成仏」にも宮沢賢治にも限りない郷愁を感じているのです。しかし、頭の硬い近代人である僕には、一旦デカルトに返り、西田に学び、存在についての思い込みを正すという迂回がないと、恵み深く畏敬的でもある自然を素直に受け入れられないということかも知れません。


一読して、梅原が青年期に強く惹かれたという、京都学派の西田幾多郎の言葉を梅原にぶつける形で、黒沢氏は梅原に問うているのが分かる。しかし、今回のテレビ番組に登場した梅原を見た限りでは、梅原が西田の問いに答えることは、恐らくできなかったのではと思う。

それはともかく、レビュー全文から伝わってくる黒沢氏の人物に心を打たれた。哲学、そしてデカルトに纏わる西田の的確な言葉を引用するという教養の深さ、一見批判の形をとりつつも、相手(梅原)へ心配りを忘れないという黒沢氏の人としての優しさ、なかなかの人物と見た。そのあたりが、同氏の文体全体から伝わってくるのである。

もう一つのブログを紹介しよう。「読書日記」というブログだ。同番組を見たというブログ主のt-forreal氏の場合、冒頭で以下のように書いている。

非常に残念な内容だった。


いきなり、同番組を同ブログ主は否定、その理由が以下である。

人間中心主義の西洋哲学は、自然や環境を支配の対象としてとらえ、それを破壊することを常として、揚句の果てに原子力災害を引き起こした。だから、西洋哲学は生き詰まりを見せており、それに代わるものとして、人間と自然を調和することを根本に据えている日本古来の思想に立ち返るべきである。以上が小沢―梅原の論点である。

これは、20世紀以前の西洋の思想に基づいた観方で、それ以降の構造主義、ポストモダン、分析哲学、科学哲学、プラグマティズム周辺の考え方をほとんど無視した恐るべき結論である。現代の西洋思想は、人間中心主義、ヨーロッパ中心主義あるいは近代的思惟と呼ばれるものに対して、いかにそれを乗り越えるか、という歴史である。それをほとんど無視して日本の思想の優位性を説くのであれば、西洋から見れば逆の意味で日本中心主義、自民族中心主義のドグマに陥っていると簡単に指摘されよう。それは西洋の反対のバージョンである人間中心主義ではなかろうか?


このように、同ブログ主は梅原を一刀両断、結語として以下のように述べた。

だいたい、グローバルな世の中で東洋だの西洋だの言って正統性を主張すること自体ナンセンスだ。人類としての存在が我々の唯一の拠り所となるはずだ。他との違いより共通点を見出すべきだ。


このあたりのブログ主の主張は分からないでもないが、上掲の黒沢氏のような人としての優しさに欠けているのが気になった。尤も、亀さんにもそうした傾向があるので、ここは他山の石とせねば…。

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ともあれ、ブログ主の結語「他との違いより共通点を見出すべきだ」、確かにその通りなのだが、梅原が日本の思想の原理だと主張する、「草木国土悉皆成仏」について深く言及していなかったのは残念である。その意味で、「一神教vs.多神教」、「アニミズム」、「言霊」といったテーマを追求している身として、同ブログ主の記事には物足りなさを感じた。孫子ではないが、「彼を知り己を知れば百戦殆ふからず」を思い起こし、彼(西洋哲学)の深掘りと同時に、己、すなわち日本の思想の深堀りも、冥土までの暇潰しとして進めていかねばと心から思った。

洞察歯観のすすめ(36)
昨年の12月11日、歯科&音楽ウォッチャーさんの「洞察歯観のすすめ(35)をアップして以来、便りが無かったので御母堂の介護に加えて、信州の大雪かきで忙しい毎日なんだろうなと思っていたが、やはり…。ともあれ、久しぶりの便りが届き、ホッとしたというのが正直なところだ。

今回はインフルエンザが中心テーマだ。亀さんの場合、昨年の年末に久方ぶりに風邪を引いた。4年振りだった…。昔からバカは風邪を引かないというが、亀さんはバカなので風邪を引かないのではと、我が事ながら心配になってきたんだが、ようやく人並みに風邪を引いてハッピーでR(爆)。

年末に風邪を引いた時、お世話になったのが、かんだい・ネットショップの杏仁飴。初めて口にしたが美味かったし、お陰様で風邪も直ぐに治った。

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ご参考までに、飯山(一郎)さんも「インフルエンザ対策・秘策!」という専用ページを設けているので、今回のウォッチャーさんの寄稿と併読することで、もう少しで終わる冬を乗り越えていける象、皆の衆!!

年明けから、家庭の事情と雪の事情により、長らく山里に籠もっておりました。
毎年のことではありますが・・・雪とのお付き合いが大変です。
降れば雪かき。降れば雪かき・・・の毎日。雪かきをすれども、すれども、止むことなく、何時になったら打ち留めになることやら。
「空と私の間には、今日も冷たい雪が降る」・・・そんな歌を口ずさみながら、庭先に降り積もった雪と毎日格闘しておりました。

さて、こちらも、毎年のことではありますが、インフルエンザです。
山里にあっても、インフルエンザ狂想曲は、大ヒットしております。
つい先週のことですが、久しぶりに、趣味仲間(ジャズブルースなど、音楽好きな連中)と、昼食・宴会をしました。私を含めて6人集まり、話題はあれやこれやと音楽に関することが中心だったのですが、それ以外にも色々な話題が飛び交いました。そのひとつに、インフルエンザ対策・・・どうすれば良いか。ワクチンは、本当に必要なのか?という話が出てきましたので、母里啓子(著)「インフルエンザ・ワクチンは、打たないで」を紹介してみました。

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インフルエンザ予防というところで、下記の内容を、みんなで、ざっとまわし読みしました。(母里啓子氏の著書は、ここで一度取り上げたことがありました)
***インフルエンザの予防というと、うがい マスク 手洗い
と思い浮かぶ人が多いことでしょう。じつは、このどれもお薦めしたいほどの効果はないのが、本当のところです。
まず、うがい。ウイルスは喉や鼻の粘膜にくっついて、あっという間に細胞に入り込んでしまいます。細胞に入ったものを水で洗い流すのは無理です。
それならば、とマスクをして歩いたところで、ウイルスの粒子はマスクの繊維のすきまなど通り抜けてしまいます。手洗いも、大腸菌なら手を丁寧に洗えば、きれいに落ちます。けれど、インフルエンザ・ウイルスは、喉や鼻に入った瞬間に感染してしまうわけですから、帰宅して手を洗ったところで、あまり意味は無いでしょう。***

では、インフルエンザの予防はどうしたら良いのか・・・

***流行時期に人混みに出ないことです。感染自体を防ぐ方法は、それ以外何もないのです。普通に社会生活を送っているならば、インフルエンザ・ウイルスに感染することはまず避けられないと思ったほうがいいでしょう。けれど、感染しても、身体に免疫力があれば症状を出さずにやり過ごすことが出来るのです。***

そのような免疫力はどうやったら備えることができるのか。

***まず、適度に身体を動かし、規則正しい生活をして、美味しい物を食べ、よく眠る。ということに尽きます。当たり前のようですが、これが基本ですし、それが疎かになっているのが現代人です。そして、インフルエンザ・ウイルスそのものに対する免疫力をつけたければ、何よりも、実際にインフルエンザ・ウイルスに感染して、体内に抗体を作っておくことです。***
インフルエンザの最強の予防法は、インフルエンザにかかることなのです。

***お子さんがいる方は、冬になれば、かぜをひかないように、インフルエンザにかからないようにと気をつかうことでしょう。でも、子どもがかぜをひくのは当たり前です。インフルエンザにかかるのも当たり前です。沢山の軽い病気をしながら、子どもは免疫力を体に蓄え、成長していくのです。かぜもひかず、インフルエンザにもかからずに成長しようとするのは、不可能なことです。インフルエンザに感染したとしても、ふだんから、外で元気に遊び回っているような子どもであれば、4,5日で回復するでしょう。そして、インフルエンザ・ウイルスへの抗体を確実の体内に作っていくのです。
子どもがインフルエンザにかかってしまうと、薄着をさせたからかしらとか、寝冷えをさせたからなのでは、と自分を責めてしまうお母さんもいるでしょう。けれど、インフルエンザはウイルスが原因です。インフルエンザ・ウイルスに感染することは、どうしたって防ぎようがないのですから、お子さんが、インフルエンザにかかってしまっても、たくさんのお友達と元気に遊び回っていたからこそで、当たり前のことだと思ったほうがいいでしょう。
ただし、まだ体力も無い赤ちゃんのうちは、インフルエンザの流行シーズンに繁華街など人の多いところへ連れて行くことは極力控えるべきでしょう。
受験生は絶対にインフルエンザにかかるのは避けたいでしょうから、予防は切実な問題です。そこにつけこんで、最近、受験生にインフルエンザ・ワクチンを奨める声が大きくなっています。当然ながら、インフルエンザ・ワクチンを打ったからといって、インフルエンザにかからずにすむわけがありません。受験までに身体を強くしておくしかないのです。***

インフルエンザを予防する、これといった手だてはなく、免疫力を強くしていくのが唯一の方法。

***ウイルス病は、熱を下げてはいけません。これは基本です。
インフルエンザにかかれば、高熱が出やすいものです。熱が上がれば誰だってつらいし、乳幼児なら親は心配でたまりません。でも、ウイルス病というものは、熱を下げてはいけません。これは、ウイルスによる病気になったときの基本的な心得です。***

では、なぜ熱を下げてはいけないのか。

***ウイルスは高熱になると活動が出来なくなるからです。つまり、熱が上がるのは、体がウイルスをやっつけている状態なのです。熱が上がれば、ウイルスの増殖は止まるのです。ウイルスが最も増えやすい温度は、37度くらい。39度ぐらいまで上がると、ウイルスが増えることが出来なくなります。ですから、39度ぐらいまでの体温だったら、さげないほうがいいのです。

子どもが高熱でうなされていたら、親は「かわいそうに。何とかして熱を下げてやりたい」と思うものです。高熱が続くことを心配して、つい、解熱剤で熱を下げてやろうとしがちです。でも、発熱は体の防御反応なのだということを思い出してください。とくに熱の上がり始めは無理に熱を下げてはいけません。***

解熱剤を使うと治りが遅くなり、脳症の原因にもなります。

***解熱剤を使うと、一時的に熱は下がっても、治りが遅くなる傾向があります。乳幼児の場合、解熱剤は特に危険です。脳症を引き起こす可能性があるからです。
人間の体は、ウイルスの感染すると、まず熱を上げウイルスの活動を抑え込もうとします。その時、白血球や細胞もウイルスをやっつけるためのさまざまな反応を始めます。この時、サイトカインという、物質が活躍します。体のさまざまな組織に、行うべき役割を振り分け、それぞれの組織と連絡を取るのです。熱が出ると、このサイトカインが働いて、ウイルスをやっつけるための体全体の反応をうまくコントロールしていきます。ところが、何らかの理由でこのサイトカインが過剰に働き、反応が強くなりすぎる場合に脳症になることが多いのです。なぜ、サイトカインが正常に働かなくなるのかは、わかっていません。
解熱剤の「非ステロイド抗炎症剤」系の薬品の関与は、ほぼ確実ですが、まだ、わからないことが多いのです。ただ、体の自然な反応で熱を下げようとしているのに、解熱剤でその熱を下げようとするのは、非常に危険だということは明らかでしょう。
現在は、インフルエンザや水ぼうそうなど、ウイルスの病気にかかった子どもには、非ステロイド抗炎症剤系の解熱剤は使われなくなっています。しかし、処方されたクスリは一応確かめたほうがいいでしょう。市販の薬などを安易に飲ませるのはもってのほかです。***

宴会参加者の中で、母里啓子氏の名前を知っていて、著書を手に取ったことがあるという人が、一名おりました。また、
「インフルエンザの最強の予防法は、インフルエンザにかかること・・・か。これは、まったく思いもしなかったことだ」
と、深くため息をつく、太めなおっさんが、二人ほど!
インフルエンザ絡みで、母里氏のほかに、野口晴哉(著)「風邪の効用」 生田 哲(著)「ビタミンCの大量摂取が風邪を防ぎ、がんに効く」
二冊を併せて紹介してみました。「風邪の効用」は、以前、亀山さんがブログで取り上げておりました一冊です。

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音楽好きな、おじさん&おばさんたちの、気にしていないようで、実はすご~く・・・気になっていることに、「顔のたるみ!がある」
そのようなお題が出てきました。
年齢を重ねるごとに、顔のたるみが出てくる。
「なんて言うか、締まりがなくなるというか、ゆるくなってくる感じ・・・」
と表現した参加者もおりましたが、なんでも、肌のコラーゲン組織を支えているエラスチンというものがあり、それが傷ついたり、少なくなったりすることが大きな原因ということらしいのですが、ここはやはり、口元が気になります。口の周りの筋肉の衰えが原因のひとつではないでしょうか。
さて、では、どうしたらよいか・・・。大枚はたいて、高級エステへでも行きますか?
いやいや、お金をかけることなく、毎日、気楽に出来る方法があります。
それは、簡単なことです。「よく噛んで噛んで、食事する」・・・ということです。よく噛んで食事をすることによって、顔の筋肉を鍛える。これなら、お金もかからないし、食事をしながら楽しく無理なく出来ます。聞くところによると、顔の筋肉はとても薄いので、強い刺激を与えると、かえってマイナス効果となるようです。エステや、美顔器などを使用し続けると、顔のデザインが(カフカの小説ではありませんが)いつの間にやら、変身?してしまうかも知れません!!
エステや、美顔マシンに頼るより、よく噛んで食事をし、就寝前に豆乳ヨーグルトでフェイス・パックする。これが、健康美顔への早道・・・ということではないでしょうか。

ーー追記ーー

子どもの頃は、雪が降り始めると嬉しいものでした。一面銀世界となったところで、楽しみはスキー。スキーといっても子どもの頃のことですから、頻繁にスキー場へ行って滑ることは出来ません。子どもたちが滑るゲレンデは、道路でした。家から一歩外へ出たら、そこは、もう立派な庭先スキー場。道路上で、バスや車の合間を縫うようにして・・・結構スリルを味わいながら、楽しんだものでした。
そして、もうひとつ・・・
雪の形も色々とあるようですが、綿菓子をちぎったような、少々大きめな雪が、ゆっくりと天から舞い降りてくることがあります。この綿菓子のような雪・・・地面に着地するその瞬間、音がします。「ザッ」と、きこえるもの。「サッ」と、きこえるものと、二種類の音があります。少しずつ綿菓子が積み重なっていくなか、道路上にうつぶせになり(といいますか、腕立て伏せのスタイル)で、着地する、二種類の音を、ききわけて楽しむ・・・この、一瞬の音(おん)をとらえることが、子ども時代、最高に贅沢な音楽鑑賞でした。不思議なもので、数十年の時が過ぎた今でも、子どもの頃に夜遅く体験した音が心の奥底に残っております。
さてさて、今夜は、正月に知人から貰った、ちょっと高い、信州ワインを飲みつつ、北原ミレイの歌う、「石狩挽歌」を聴いております。
時たま、大音量で聴きたくなる一曲です!



北原ミレイ 「石狩挽歌」

恭賀新年
平成最後の元日の朝を迎えた。昨年は、飯山一郎さんとの今生の別れ、半世紀ぶりのアルゼンチンとウルグアイ再訪等、実に印象に残る一年となった。今年は、新年早々に志布志を訪問、日本史の原点たる古墳群めぐりを手始めに、飯山史観の完成に向けた一年としたい。

昨年同様、本年も大勢の読者の皆様方との交流を願うと同時に、皆様方にとって幸多き一年となるよう心よりお祈り申し上げる。

平成三十一年元旦



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高麗郷を歩く
平成最後の天皇誕生日(12月23日)の午前10:00、JR高麗川駅に放知技御一行様が集結、高麗神社→巾着田→高麗古民家→飯能観光案内所→西武池袋線飯能駅と、10km弱の散策を楽しんだ。飯能駅に到着したのは午後15:15、その後は17:30過ぎあたりまで、飯能銀座通りの静かな喫茶店で雑談、18:00少し前、予約してあった中華料理店・王記に向かって飛ぶように直行。途中で歯科&音楽ウォッチャーさんも加わり、22:00あたりまで同料理店で粘った。その間、大いに語り合い、食べ、呑んだ後、東京に帰る三人(mespesadoさん、歯科&音楽ウォッチャーさん、ちゃきさん)を飯能駅で見送った後、荒ら屋に戻り、猿都瑠さんと高橋さんの三人で二次会を挙行、結局、床に就いたのは午前3:00…。少し仮眠をとり、二人が帰った後、渡辺正次郎の『芸能人、ヤクザ、政治家は弱い者イジメが大好き』から、藤圭子について言及したページをコピー、さらに世界戦略情報誌『みち』に連載中のJinmoさんの「寄絃之儀」をコピーし、ウォッチャーさんにメールで送った。すると直ぐ、「確かに受信しました」というウォッチャーさんのメールが届いた。ウォッチャーさんから承諾は得ていないものの、忘年会についての感想メールだったので、個人情報を一部割愛した上で、以下に勝手に転載させていただく(笑)。

亀さんに忘年会にお誘いいただき、mespesadoさん、猿都瑠さん、高橋さん、そして、紅一点!ちゃきさん。皆さんと一年ぶりに再会できました。皆さんの元気な声を耳にしながら飲むビールはとても美味しいものでした。

放知技で活躍するmesさん、猿都瑠さんの眼(聴)力の鋭さと、情報収集分析(咀嚼)力が止めどなくバージョンアップしているように思われます。この先どこまで行くのやら・・・ついて行くのが大変です!

ちゃきさん。なかなかの音楽通(ツゥー)とみました。もしかしたら凄いミュージシャンかも・・・知れません。私などは、ツゥーどころか、まだまだ、スリーの手前ぐらいなので、お手柔らかにとお伝えください。

寡黙にして収集能力抜群、加えて感受性豊かな高橋さん。一度、高橋竹山さんの郷里を訪ねたいと思っております。ご一緒して頂けたなら幸いです。来年は・・・何とか実現させたいです。

飯山史観を遺す と話しておられた亀さん。私たちが長年教えられ、すり込まれてきた多くの歴史は、贋作!ここに風穴を開けるのは亀さんしかおりません。

正月は、幸(さち)=酒・・・飲み過ぎ注意ですね。そう言いつつも、幸をもう一杯、もう一杯となりそうですが・・・・。

ウォッチャー拝


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『芸能人、ヤクザ、政治家は弱い者イジメが大好き』

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「寄絃之儀」

ウォッチャーさん、是非、一緒に高橋さんの郷里を訪ねませう。それも、東北一郎会の日程に合わせて行ければ言うことなし! 加計呂麻島さん、はぐらめいさん、ヨロシク!
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16563101/48-51/

また、高橋さんの案内で恐山にも行きたいし…
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/287/

さらには、「みちのくの名将 安倍一族鎮魂碑」も訪れたいし、
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/202/

加えて、大谷さんにも再会し、ウォッチャーさんと高橋さんを引き合わせたい…
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/59/

と言うわけで、ウォッチャーさん、是非、二泊から三泊ていどの東北行を、来年は実現させませう。

ここまでのところ、夜の忘年会の話ばかりになってしまったが、昼間の高麗郷の散策も、道案内人(猿都瑠さん)のおかげで、実に印象深いものになった。

ここで、高麗神社を参拝したあたりに時計の針を戻そう。

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高麗神社に関しては、拙稿「高麗神社と皇室」にも書いた通り、過日の天皇陛下からの御下問に、どのように高麗宮司が解答したのか訊こうと思い、同じく神官を務める高麗宮司の御子息に話しかけてみたところ、生憎出かけていたので確認はできなかった…。しかし、三か月前の9月17日に建立したという行幸啓記念碑に、天皇皇后両陛下が午後二時七分から高麗宮司と「御懇談」、そして二時五十四分に「御発」とあったので、両陛下が高麗宮司を含め、大勢の関係者らと御懇談されたことが分かるのだし、また、「高句麗や百済などの国がどうして滅んだのか」等の御下問を、陛下から宮司が受けたのも間違いないだろうし、御進講と異なって、宮司の解答は当たり障りのないものだったことが容易に想像できたのは収穫であった。

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行幸啓記念碑

ここで御進講だが、同テーマについては拙ブログでも数本の記事で取り上げたことがあり、時と場合によっては、進講を担当する識者は厳しい局面に立たされることもある。たとえば、亀さんは昭和天皇と御進講について、拙稿「舎人家紋講座19」で以下のようなエピソードを紹介している。

神格天皇(昭和天皇)は「雑草という名の植物は存在しない」と仰せられ、御進講する識者を諭したエピソードが知られる。


また、南方熊楠の御進講についても取り上げたこともあった。
南方熊楠の世界(1)

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高麗神社から徒歩で30分ほどかけて巾着田に到着、周囲の散策を楽しんだ後、高麗郷の古民家を訪れた。年配のガイド(♂)さんに敷地内を案内していただく。途中、埼玉県下では七番目の大きさというタブノキの説明を受けた。日本で五指に入るタブノキ研究家・稲村公望さんも、すでに同古民家を訪れたことだろう。

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同古民家で一番驚いたのは、何の変哲もない屋敷の玄関で鳴き龍を体験したことだ。亀さん自身も手を叩いてみたが、確かに鳴き龍であった。その時は感動したし、同時に日光東照宮の天上に描かれている、龍を咄嗟に思い出したものである。

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ガイドさんにお礼を述べた後、徒歩で飯能に向かう。途中で飯能観光案内所に立ち寄り、放知技御一行様と休憩。その後、さらに徒歩で飯能駅に向かい、メインイベントの忘年会が始まる午後18:00時近くまで、落ち着いて静かな喫茶店で一時を過ごした。なかには一人だけ、18:00からの忘年会が待ちきれない者がいて。「早く件の中華料理店に行って呑も!」と、何度も言っくる五月蠅いおっさんには、おそらく残りの参加者全員が閉口したのではないだろうかwww

ともあれ、今回で最後の飯能忘年会、各々が時の流れも忘れ、18:00前~22時過ぎまで同料理店に居座った次第である。時折、実に密度の濃い情報が飛び交ったが、残念ながらブログに書くわけにはいかないので割愛させていただく。

【陛下のお言葉】
放知技の常連さんの一人、この世は焼肉定食さんが、以下のYouTubeを知らせてくれた。多謝!





また、上掲の渡辺正次郎氏も以下の記事を書いていた。
鬼神・正次郎の目に涙!!感動して…天皇陛下の慈愛あふるるお言葉!!

あなた
ちょうど三ヶ月前の9月20日、夕食をとっていた時に「シェイクスピア」という言葉が耳に飛び込んできた。急いでテレビ画面に目を移すと、そこには翻訳家の松岡和子の姿があった。日本人でシェイクスピアを数多く翻訳し、シェイクスピア全集を出している文士として、坪内逍遥、小田島雄志、福田恆存といった、そうそうたる人物を挙げることができるが、そうした中の一人に松岡がいる。

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テレビ番組を追っていくうちに、これはブログ記事に書かねばと思ったほど、松岡の翻訳が他の文士とは違うことがわかった。だが、当時は仕事に追われていたこともあって、松岡についての記事の下書きを終えた段階でストップ、いつの間にか三ヶ月が過ぎていた。しかし、最近になって時間的な余裕ができたので、何かブログ記事をアップしようと思い、過去にためておいた一連の下書きの記事に目を通していた時、目に留まったのが件のテレビ番組だった。

ところで、何故に亀さんは松岡についての記事をアップしたいと思ったのか…、それは、亀さん自身が一介の翻訳者として見た、翻訳家としての松岡と、他の文士との違いに目に留まったからだ。すなわち、今までシェイクスピア全集の翻訳本を出した文士と異なり、松岡の場合、シェイクスピア戯曲を肚で翻訳している…。これは、どういうことか?

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それは、松岡のシェイクスピア翻訳本の多くがシェイクスピア戯曲の舞台という場と直に結びついているということだ。殊に、故蜷川幸雄のシェイクスピア戯曲を手掛けた松岡の作品群は、亀さんに強烈な印象をもたらしたのだし、改めて翻訳とは何かについて、深く考えさせられたのである。

そのあたりについて、強く思い致したのは以下の記事で、デズデモーナ役として『オセロー』に出演した、蒼井優の何気ない一言であった。その蒼井の質問に対して、シェイクスピア作品に登場する人物像や男女関係の含意を、松岡が当初の訳出と正反対に変えたという行、今でも脳裏から離れないでいる。それは、「あなた」という言葉だ。

蒼井は松岡に、『オセロー』の稽古場で以下のように尋ねた。

「デズデモーナはオセローを「あなた」、続けて「あなた」って呼びかけてますけど、この「あなた」は全部同じですか?
蒼井優の質問で気づいた。没後400年、シェイクスピアはやっぱり凄い


この蒼井の質問に、松岡がどう反応したか、以下にそのまま引用しておこう。

蒼井の質問は的を射ていた。松岡がその場で原文を確かめてみると、たしかに彼女の指摘した箇所の「あなた」だけほかと違っていたのだ。

くだんの場面で最初にデズデモーナがオセローに言う「ご気分はいかが、あなた」は、原文では「How is't with you, my lord?」で、「あなた」は「my lord」に相当する。my lord は、高貴な身分の夫婦間で妻が夫を呼ぶときに使われる言葉で、現代日本の家庭で妻が夫を「あなた」と呼ぶのと感覚的には同じらしい。これをデズデモーナは劇中で何度もオセローへの呼びかけに使っている。

これに対して、オセローに「お前はどうだ、デズデモーナ」と訊き返されたデズデモーナのセリフ「元気よ、あなた」は、原文では「Well, my good lord.」で、myとlordのあいだに「good」が入る。これはより丁寧というか、むしろ慇懃ともいえる言い方だという。そしてこのデズデモーナのセリフは、その前にオセローが言った「元気ですよ、奥様(Well, my good lady.)」と対になっている。ようするに馬鹿丁寧とも他人行儀ともいえる夫の言葉に、妻も他人行儀で返したのだ。ただし、同じ他人行儀な物言いでも、それを口にする夫婦の内実はそれぞれまるで違う、と松岡は次のように説明する。

《つまり、ここではもう、オセローは妻とキャシオーの仲を疑っていて、内心穏やかではない。だから「ご気分はいかが、あなた」と聞かれたときに、これは心底からの馬鹿丁寧で、あるいは穏やかでない内心を隠そうとしてわざと馬鹿丁寧に my good lady と言った。(中略)それにたいしてデズデモーナが my good lord と他人行儀な呼びかけをするとき、これは心底ではない。キャシオーとの仲は清廉潔白だし、そもそも夫がそんなことを疑っていることすら、彼女は知らない。ですから、デズデモーナの他人行儀は一種のお茶目なギャグのようなものなんです。夫がふだん使わない言い方をした。それを「あ、ふざけてるんだ」と思って、そこで自分もふざけて、とっさに my good lord と返してみせたわけです》


本当に、翻訳は奥深い…

洞察歯観のすすめ(35)
冬の里からの便りが、歯科&音楽ウォッチャーさんから届いた。

今回は安田純平氏のことが取り上げられていて、興味深く読んだが、同氏の歯の状態から〝監禁状態〟を推測するあたり、流石はウォッチャーさんだと思った。

ニュース映像を見る限り「普通に元気ジャン!!」という様子でした。解放後から、なめらかに良く動いてました・・・下顎が!声が出ることが不思議でなりませんでしたが。声にかすれ一つ無く、発音もスムーズ。過酷な環境下で、電動歯ブラシでも使っていたのでしょうか?口元わずかに見られる歯の様子も問題なさそうで”汚れ”が確認出来ない。


亀さんも掲示板「放知技」で安田氏のことを書いている。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16557737/122/

師走に入ったが、ウォッチャーの言うSTEPHEN PETRUNAK の「INFANT HOLY」を初めて聴いた。クリスマスか…、今夏訪れたアルゼンチン、今頃は庭のプールで真夏のクリスマスを迎えていることだろう。

秋も深まり・・・とは言え、もう師走ではありますが、紅葉を楽しもうと山歩きした帰り道、ショッピングモールへ立ち寄り、イートコーナーで100円コーヒーを飲みながら一休みしていたところ、近くのテーブルに、ミニスカ女子高生6人グループがやってきまして、ハンバーガー、ポテトチップ。たこ焼きに、ピザ。ジャンク・グルメをテーブル一杯に広げ、賑々しく女子会が始まりました。これは喧しくなりそうだ・・・早々に引き上げるかと思った瞬間、ポテトを口に放り込んだ茶髪ロングヘアーの女の子が、
「マジ やばいよ 私!今日のテスト全然出来なかったよ・・・」
と、雄叫びを上げ、それをゴングに、テーブル上で、ジャンクフード飛び散るバトルロイヤルが繰り広げられることに・・・。
飛び交いますね・・・「ウソ~!」「マジ!」 「やばいじゃん!」
この三つの言葉。ミニスカ女子高生たちには、とても重要な、スリーコード(三つの和音)で、会話を進めるには欠かせないもの。このスリーコードを丸っきり外してしまうと、コミュニケーション・ブレイクダウンになります。とは言え、ミニスカ女子高生や、ヤング・ジェネレーション(ちょっと、オールド・ファッションな表現でしょうか)だけでは無く、われらおっさん世代も意外と使っております。このスリーコード!結構な感染力です。効果的なワクチンは、今のところ無く、治療不可!といったところでしょうか。
つい先日も耳にしました。
「おい、やばいぜ!カルロス・ゴーンがしょっ引かれたらしい・・・」
「うそっ・・・えっ、マジかよ!」
スーツ姿の50代半ばとみられるおっさん二人の会話です。(日産ゴーンの報道を耳にしたとき、何となく思い出したのが、マツダのロータリーエンジン・・・)
この「やばい」・・・は意外なことに、川端康成が仕掛け人だったそうな・・・
***もともと隠語だった「やばい」を小説で使ったのが川端康成。浅草で生きる不良少年少女を描いた「浅草紅団」(1930年)で、
「私と歩くのはやばい(危ない)からお止しなさい」
とカッコ付きで使われていた。***
「恥ずかしくない おとなの語彙集が 身につく本」・・・というタイトルの本に、小ネタとして紹介されております。

さて、ミニスカ女子会もスリーコードの会話で盛り上がり、話題がテレビワイドショーへと変わり、あの帰国ジャーナリストのことを取り上げ・・・
「私だったら絶対むり。でも、よく帰ってこられたよねぇ~」
長らく過酷な環境下で捕らわれの身となっていたジャーナリストが無事解放され日本に帰国したというニュースが大きく取り上げられましたが、ミニスカ女子の一人は、私ならそのような状況下では耐えられず、とうてい生き延びて帰ることは出来そうもないわ・・・ということを、スリーコードを巧みに織り込んで話したわけですが、ところが、その次に口を開いたクレオパトラ・カットのミニスカ女子が、意外なことを・・・
「えっ!あの人ってさぁ-、普通に元気ジャン!!」
聞いていて、思わず「ナイス・プレイ!」と声をかけたくなりました・・・まさにその通り。解放されてから飛行機で移動し帰国。そして記者会見。ニュース映像を見る限り「普通に元気ジャン!!」という様子でした。解放後から、なめらかに良く動いてました・・・下顎が!声が出ることが不思議でなりませんでしたが。声にかすれ一つ無く、発音もスムーズ。過酷な環境下で、電動歯ブラシでも使っていたのでしょうか?口元わずかに見られる歯の様子も問題なさそうで”汚れ”が確認出来ない。
このジャーナリストの話題も、”東西南北から集められた「ニュースでショー」の一つなのでしょうが、映像には奥さんが登場し、両親が登場し、そしてジャーナリスト本人と、三つの音の組み合わせで作られて作品でした。
ちょっと、余談ですが・・・帰国ジャーナリストのニュース映像を見たときに、ふと心に浮かび上がってきたのが、タレントの川口浩。と言っても、川口浩本人では無く、
「行け 行け 川口浩!どんと行け!」
という歌詞を歌ったシンガーの嘉門達夫。
ジャーナリスト無事帰還のニュースの謎解きは意外や意外にも・・・嘉門達夫が歌う、「行け行け川口浩!」に、あるのかも知れません??

さてさて、意外なことは身近でもありました・・・

今年、幼なじみのK君が仕事リタイヤ。
「仕事から解放されて、気分も落ち着いてきたので遊びに来ないか」
と誘いがあり、少々遠出をして会いに行ってきました。K君とは4~5歳の頃からの付き合いなので、もうO十年になりますが、子どもの頃彼とは家も近く、学校からの帰り道、二人でよくスーダラ節を歌ったものです。年末になると思い出しますが、小学校時代、大掃除の時にぞうきんを振り回しながらスーダラ節を二人で歌い騒いでいたところを担任教師(当時、三十代後半の女教師)に見つかり、こっぴどく叱られたものでした。
「こら!そこの二人。何をしてる。ふざけてないで、ちゃんとしなさい。それに、いま歌っていた歌はなんですか。あなたたちが歌うような歌ではありません」
この叱りかたは昭和の味すね。
また、幼い頃といえば、冬の寒いなかでも青っぱなシャツの袖にこすりつけてはチャンバラごっこをしたものでした。K君とは沢山の想い出がありますが、なんとも可笑しかったのは彼はコーヒー牛乳が苦手で飲めない。よく、「おまえ、コーヒー牛乳
飲めないのかよ~」とからかったものでした。そのK君は高校生になるとスモーキン・ブギ
が愛聴盤となり、学生生活も目覚めの一服で始まる「スモーキン・ブギ」ライフを満喫しておりました。その後、意外なことに勉強することに目覚め、技術屋になり、長年技術畑で仕事をこなし、今年退職。
今でも、スモーキン・ブギが愛聴盤かと聞いたところ・・・これが意外や意外、クラシック音楽愛好家に大変身しておりました。
驚いたことに、ミケランジェリのピアノに酔い、ヒラリー(ヒラリー・ハーン)のヴァイオリンに胸躍らせると言うから、魂消てしまいます!
そこで、K君へのお土産は、CDを数枚選んで持って行きました。一部紹介します。

先ずは、チャイコの一番(チャイコフスキー ピアノ協奏曲 )ピアノは、ゲザ・アンダ。
ピアニストは、鍵盤に指を走らせるだけでは無く、足先もピアノ演奏をしています。足下にあるペダル。ペダル演奏の達人がゲザ・アンダ!
ゲザ・アンダは、K君ではありませんが、朝から晩までスモーキンブギなヘビースモーカーだったようです。ただ残念なのは、フルトベングラーから、「ピアノの吟遊詩人」と賞賛されたピアニストでありながら、五十代半ばで亡くなったことです。

次に、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」
カレル・アンチェル指揮 。オケは、チェコ・フィルハーモニー。
シンフォニエッタのメロディーを聴くと、エマーソン・レイク&パーマーを思い浮かべたりしますが、指揮者のカレル・アンチェルは、あの・・・野生の王国指揮者、ヘルマン・シェルヘンの愛弟子。

三枚目 ベートーベン ヴァイオリン・ソナタ 「第5番 春」「第9番 クロイツェル」
アルテール・グリュミオー ヴァイオリン。
クララ・ハスキル ピアノ。
クロイツェルは元々、ヴァイオリニストであるブリッジタワーのために書かれた作品で、初演はベートーベンとブリッジタワーで行われたものの、練習時間があまりなかったのか、両者の意思疎通がうまくいかなかったのか・・・ブリッジタワーは、ほぼ初見でステージに立ち、思うような演奏が出来なかったようです。ベートーベンとはウマが合わなかったのかも知れません。また、二人は、ある女性をめぐって仲違いをしたことがあったらしい・・・と、今で言えば美味しいワイドショーネタですが、お互いに、
「あんた あの娘の 何なのさ」
とばかり張り合ったのでしょうか?
その後、ベートーベンは、ルドルフ・クロイツェルに、「この曲、あんたに捧げるぜ」と贈ったところが、受け取ったクロイツェル、「マジかよぉ・・・」とは言わなかったでしょうが、「なにゆえ、私に??」
一度として演奏したことが無かったとのこと。
ピアニストのクララ・ハスキル。冥土へ行くまで・・・いや、冥土へ行っても聴き続けたいと思うピアニストです。クララ・ハスキルをいえば、ディヌ・リパッティも同じですが・・・。
クロイツェル・ソナタといえば、アルトゥール・ルービンシュタインとヤッシャ・ハイフェッツがタッグを組み、ステージに登場したことがありました。クラシック音楽界の超スーパースター。夢の共演といったところでしょう。
コンサート当日。先ずは、ルービンシュタインが登場。不思議なことにヴァイオリンを手にして。続いてハイフェッツがステージ上に現れたかと思ったらピアノの前に・・・。聴衆は驚きを口にする間もなく、イントロが始まり、なんと全三楽章を華麗なるプレイで披露。会場は拍手鳴り止まぬスタンディング・オベーション!聴衆のなかには、
「てやンでぇ-ベラボーめ。こんなものは、インチキじゃーねーか」
と、けちを付けるものもいたようですが、演奏後、ステージ上で二人は、
「コンサートのポスターをよーく見ましたか・・・クロイツェル・ソナタ。ハイフェッツ。ルービンシュタイン。としか記してありません。ポスターのどこに楽器の指定が書いてありましたか。そんなことはどこにも書いちゃーいねーぜ!」
書いちゃーいねーぜ!・・・遠山の金さんのような啖呵を切ることはしなかったでしょうが、ゴールデン・コンビのコンサート。聴いてみたかったですね。今となっては、タイムマシンにお願いするより他に手はなさそうですが・・・。

ーー番外編ーー
幼なじみのK君へのお土産として、CDの他に聴診器をひとつ用意しました。さて、どう使用するか・・・これは、この世界にたった一つしかない壮大なシンフォニーを鑑賞してもらうためもの・・・つまりは、自身の体内に響き渡る音を聴くためのものです。普段、色々な音楽に接していながらも、自分の音(おん)は、意外や意外にも聴いたことはなく知らない。K君には、
「検診などで、お金を払ってまで、お医者に聴かせてやることはない・・・自分が聴いて楽しめ」
そう言って渡しましたが、これを切っ掛けに、退職したおっさんが、よからぬ趣味?に走るのではないかと一抹の不安・・・無きにしも非ず!

聴診器をヘッドフォン代わりにして聴くシンフォニーは、意外なる世界(宇宙の旅)へと誘ってくれるかも知れません。

ーー追記ーー

ミニスカ女子会バトルロイヤルを楽しんだ後、モール内で暫くウインドウ・ショッピングしていると、「ホワイト・クリスマス」が流れてきました。ビング・クロスビーの甘ったるい歌声を聴いていると、砂糖てんこ盛りのシフォンケーキが目に浮かんできましたが、クリスマス定番の「ホワイト・クリスマス」は、アーヴィング・バーリンの作品。バーリンは、シベリア生まれのユダヤ人。アメリカの代表的クリスマス・ソングは、ロシアから愛を込めて贈られた一曲だったのかも・・・知れません!

そこで今宵は、クリスマスソング。

STEPHEN PETRUNAK のアルバム 「INFANT HOLY」 から、「SILENT NIGHT」

このアルバム、いまから十数年前のこと、ある中古レコード屋で見つけ買い求めた一枚ですが・・・以来、我が家の定番・師走アルバムとなってます。一年の疲れと汚れを洗い流してくれる、程よい甘さで口あたり(耳あたり)のよい美味しい音のデザートです。先ずは一曲、試食を・・・。
(国内盤アルバムは、どうやら発売されていないようです)