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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
二つの玉音放送 その5
■二・二六事件に見る日本の原理
小室直樹の『昭和天皇の悲劇』に、「二・二六事件を貫くパラドックスこそ日本人の根本理念である」と題した小節があり、そこに書かれている内容に驚いた読者も多かったのではないだろうか。ご参考までに、以下に同小節の結語を転載しておく。

二・二六事件を貫いているのは、人類がギリシャ以来親しんできた論理とは別世界の「論理」である。
決起軍には反乱軍である。ゆえに、政府の転覆を図った。それと同時に、決起軍は反乱軍ではない。ゆえに、政府軍の指揮下に入った。
決起軍は反乱軍であると同時に、反乱軍ではない。ゆえに討伐軍に対峙しつつ正式に討伐軍から糧食などの市況を受ける。
決起軍は反乱軍でもなく、反乱軍でないのでもない。ゆえに、天皇のために尽くせば尽くすほど天皇の怒りを買うというパラドックスのために自壊した。
この論理こそ、日本人の思想と行動とを貫く根本的理念となった。
日本人はこれ以降、かかる根本理念から逸脱したことはない。
そしてこのパラドックスこそが、昭和天皇の悲劇の源となったのである。

『昭和天皇の悲劇』p.95~96


〝日本人の根本理念〟について、このように小室による文章を読むと戸惑うかもしれないが、この〝日本人の根本理念〟なるもの、実は毎日のように我々は体験しているのだ。そうと気づかないのも、我々は呼吸している大気を意識していないように、あるいは、水中の魚が水を意識していないように、小室の言うところの日本の根本理念が、すっかり日本人の血肉と化していることの何よりの証と云えよう。

小室のように海外の大学院で研鑽を積んできた者による文章を読むに、今まで意識していなかった日本の根本理念の存在に気づくのだし、それが国外では極めて異質の理念として受け止められていることに、改めて気づかされるのである。そのあたりを悟ることができるのが、前回紹介した日本教についての動画なのだ。尤も、同動画の主テーマは宗教、それも日本教という一風変わったテーマだった。しかし、上述の二・二六事件と通底しているものがあることに、気づいた読者も多かったのではないだろうか。

以上で昭和天皇と玉音放送は一旦終えることにしたい。二つの玉音放送シリーズの後半、すなわち明仁天皇の玉音放送については、少し時間をおいて再開したいと思う。

【追補1】 『昭和天皇の悲劇』の最終小節
以下は、『昭和天皇の悲劇』の最終小節で、「昭和天皇の悲劇こそ奇蹟である」の全文引用(p.192~194)である。何等かの参考になれば幸いである。

昭和天皇の悲劇こそ奇蹟である
そこで思い起こす。
昭和天皇が戦後、地方巡幸に出られたとき、その土地土地の人は言った。「せめて陛下の口からごめんなさいのひと言が聞きたかった」
しかし、陛下は最後までそれを具体的には口にされなかった。
なぜか。
陛下が国民に語りかけているお言葉を聞けば、その気持ちがおありになる(内面ではお思いになっている)ことは火を見るよりも明らかだ。
しかも、陛下はそれを表に出さらない(外面にお出しにならない)。
内面と外面の峻別。まさにこれはパウロのテーゼではないか。
その理由を今こそあげよう。
もし、陛下が「ごめんなさい」と言ったら戦争中陛下のためにと叫んで死にたもうた英霊になんとする。
考えてもみよ。その瞬間、日本を支えてきた秩序はすべて崩壊する。
急性無秩序状態。
オヤジよりも、カミナリよりも、地震よりも恐ろしいこのアノミーが戦争直後のボロ船たる日本を襲えば、もはやその後に今日の大国・日本の千分の一の姿も見ることはできなかったであろう。
かかるところまで考えを及ばせば、陛下のとった行動はもはやキリスト並みの奇蹟としかいいようがない。
しかも、この奇蹟の意味を最後まで理解されることなく崩御あらせられた昭和天皇。
そのご無念のほどは、はたいかばかりか。
我々日本人。
昭和天皇の悲劇の上に咲いたこの奇蹟に感謝する千万の理由があろうとも、一片の非難も見出すことはない。
昭和天皇の悲劇……これこそ奇蹟である。
そして、昭和六十四年一月七日のこの日、日本人が失ったものがいかに大きかったか、年を追って強く気づくであろう。


【追補2】 さる舎人からの批評
今回の「二つの玉音放送」シリーズの前編にあたる、「昭和天皇と玉音放送」の草稿は3年前に完成していた。その草稿を2年半前にさる舎人に目を通していただいたところ、以下のような回答が届いている。

まず、世俗的な見方では亀さんの見解は間違っていない。しかし、神格天皇の世界は遙かに文字(もんじ)を超えている存在なのだ。つまり、小室直樹にせよ孫崎享にせよ、文献を有り難たる姿勢(物証主義に埋没した姿)がありありである。神格シャーマンに必要なのは畏怖心であり、畏怖を相手に感じさせるレベルに達しているのが天皇である。この畏怖こそアニミズム、シャーマニズムに繋がる。しかし、それは大変な道のりの故、世俗世界ではジャーナリズムという、「ことさきだちて」ならぬ文字という安易な世界に行くのである。そして、生まれるのが蛭子であり淡島というかたわということになる。
平成24年8月10日(金)


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1936年2月27日付『東京日日新聞』(現毎日新聞)

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二つの玉音放送 その4
■立憲政治とデモクラシー
小室直樹が著した『昭和天皇の悲劇』に、「昭和天皇は、デモクラシー断念のかわりに戦争を選びたもうた」と題する小節がある。ここで、〝戦争を選びたもうた〟という文言に、目が点になった読者も多かったはずだ。よって、小室の云わんとすることを理解していただく意味で、同小節の全文を以下に引用しておこう。

昭和天皇はデモクラシー断念のかわりに戦争を選びたもうた
その顕著な一例こそが、天皇の戦争責任論である。
立憲の常道を守ることは、デモクラシーが確立されるための必要条件である。立憲の常道なくしてデモクラシーなし。
デモクラシーを欲するならば、何が何でも(死んでも)、立憲の常道は守られなければならない。
天皇は、輔弼の臣が一致して上奏したことは、たとえ意にそわぬことでも、そのまま許可しなければならない。
これぞ、立憲の常道のエッセンス。
そして、これが確立されないことには、デモクラシーは断じてあり得ないのである。
いかにも、戦前、戦中の日本にデモクラシーはなかった。
が、もし、デモクラシーを望むなら、死んでも立憲の常道は守るゾ。
この決意とその実行なくしてデモクラシーはあり得ないのである。
大東亜戦争開戦にあたっては、内閣も統帥部も、一致して対米英開戦を上奏した。
この上奏を却下すれば、勿論、内閣は総辞職のほかはない。
ことによれば、対米英開戦は避け得たかもしれない。
それとともに、日本の立憲政治はけしとんでしまう。
デモクラシーヘの道は、絶望となる。
雲山万里の彼方へ去ってしまう。
昭和十六年(一九四一年)に目前にあったのは、戦争とデモクラシー(への可能性)か、平和と専政(立憲政の蹂躙、デモクラシーの断念)か。
実に、この間の選択であった。
貴方だったら、どちらを選ぶ。
戦争は、あるいは死を意味するかもしれない。
しかし、死をも覚悟することなしに、真の自由が得られることはない。
これ世界史の鉄則である。
勿論、生命を賭しただけで自由が得られるものではない。自由への途は遠く、かつけわしい。前途に横たわる困難は多い。
しかも、生命を賭すことなしに、自由とデモクラシーが得られることは絶対にあり得ない。
マッカーサー・コムプレクスによって、この世界の鉄則は、日本人の脳裡から去ってしまった。いや、はじめから入ろうとしなかったのであった。
もし、この世界史の鉄則を知悉して(知り尽くして)いたならば、昭和天皇に戦争責任を問うなどという発想が、そもそも出て来ようがないのである。
上に論じたように、昭和天皇の戦争責任論とデモクラシー支持とは、全く両立し得ない立場である。
昭和天皇は、デモクラシーの断念のかわりに戦争を選びもうたのである。
自由を求めデモクラシーを欣求する(ひたすら願う)者は、昭和天皇を賛美する百千の理由を見出しても、戦争責任を問う一つの理由をも見出し得ないのである。
しかしながら、この事実を理解できる日本人は今や日本にはいない。そして、この無理解こそが昭和天皇の最大の悲劇につながる。
では、なぜ日本人はこの事実を認識できないのか。それはいつからはじまったのかを次に述べよう。

『昭和天皇の悲劇』p.48~51


最終行の「なぜ日本人はこの事実を認識できないのか」という小室の指摘は、次回取り上げる予定の「■二・二六事件に見る日本の原理」に、出来る範囲で答えを示しておくので、次回までお待ちいただきたい。

ところで、小室の云う「生命を賭すことなしに、自由とデモクラシーが得られることは絶対にあり得ない」、これを「言論の自由」という観点から捉えてみると、案外理解しやすいかもしれない。そこで、言論の自由についての私見を【追補】で簡単に述べておいたので、一読戴けたら幸いである。

次回は社会科学の観点から捉えた、日本人以外の人たちには摩訶不思議に映るであろう、二・二六事件について取り上げることにする。

【追補】 言論の自由
小室直樹は、「デモクラシーは命を懸けて獲得するもの」と述べた。それは、権力と対峙する時の姿勢、すなわち「言論の自由を死守する」ことにも繋がるのであり、そのため、時には死を覚悟する必要もある。幸い、還暦まで生きてきたのでもう十分であり、子どもたちも成人式を終えて親としての務めも果たし終えている身として、これからは次の世代のため、頑固親父の遺言を書き連ねていく所存。

小室直樹も『昭和天皇の悲劇』の小節「死を恐れる者に言論の自由を語る資格はない」(p.26~28)で、言論の自由についての私見を展開しているので、関心のある読者は同書を図書館などで探し、一読していただけたらと思う(残念乍ら、同書は既に絶版のため)。



二つの玉音放送 その3
■日本独特の〝空気〟(ニューマ)
3年ほど前になるが、「日本の〝空気〟」と題した記事を書いたことがある。当時の〝空気〟は、2020年に開催が決まった東京オリンピックが発生させたもので、国民の圧倒的多数が東京オリンピック開催を支持、テレビは大変なお祭り騒ぎだったことを、まるで昨日のことのように覚えている読者も多いことだろう。そうした〝空気〟に対して、亀さんは敢えて異を唱えたが、今でもその考えは変わっていない。

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そして、今回の今上陛下の生前退位を巡って、大手マスコミが世論調査を実施したところ、実に多くの国民が賛意を示したところからも窺えるように、新たな〝空気〟が発生したことが分かるのである。この日本独自の〝空気〟というものの実体だが、小室直樹は自著『昭和天皇の悲劇』(光文社)で以下のように述べている。

空気(ニューマ)が一変すれば、何人も、これに抗することなど出来っこない。
『昭和天皇の悲劇』p.102


この何人には、恐れ多いことながら、天皇皇后両陛下も含まれているのである。

再び、以下の行に目に通して欲しい。

昭和天皇は、ことあるたびに、朕は、つねに爾臣民とともにあり、と勅したもう。この勅のとおり、陛下は日本国民とともに空気(ニューマ)の中に在りたもうたのであった。
このことを、同じ空気の中に在って身動きの出来なかった日本国民の誰が非難し得よう。
天皇の「戦争責任」を論ずるときに、くれぐれも、銘記すべきことである。

『昭和天皇の悲劇』p.107


こうした日本独自の〝空気〟を理解するには、社会科学の助けを借りる必要があるのだが、そうした困難な研究を、すでに故小室直樹が行ってくれており、ここに改めて感謝の意を表したいと思う(小室直樹の行った具体的な研究内容については、『昭和天皇の悲劇』を直接参照のこと)。

なお、愚生に社会科学の大切さを教えてくれた人生の先輩として、小室直樹以外に国際コンサルティング会社IBDの石上進社長がおられる。この石上社長に指導して戴いた社会科学について、自身のメルマガに執筆したことがある。以下の拙稿の最後にメルマガのリンクを張ってあるので、社会科学に関心のある読者に一読していただけたら幸いだ。
〝お嗤い〟番組と「お笑い」番組

小室も『昭和天皇の悲劇』の中で、以下のように説いている。

「一歩の差が千里の差を生む」(丸山真男)という。丸山真男氏は、この差を理解することにこそ社会科学の神髄はあると道破した。
『昭和天皇の悲劇』p.175


今回は空気からはじまって、社会科学の話に行き着いたが、この社会科学という解析手法を昭和天皇に応用してみたところ、浮かび上がってきたのが二・二六事件である。二・二六事件は、日本人以外の人たちから見れば、あまりにも摩訶不思議な日本独自の思考・行動様式が潜んでいるのだが、このあたりを取り上げる前に、「二つの玉音放送 その1」で言及した「立憲国家であった大日本帝国」、そしてデモクラシーを次回取り上げたい。何となれば、立憲制とデモクラシーは天皇の戦争責任に深く関与するからだ。

【追補】 生前退位を巡る朝日と日経の世論調査

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http://www.asahi.com/articles/ASJ863D4CJ86UZPS002.html

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http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS11H0U_R10C16A8MM8000/

二つの玉音放送 その2
■昭和天皇の戦争責任
前稿「二つの玉音放送 その1」では、輔弼を任ずる者の存在により、昭和天皇に戦争責任はないとする小室直樹の主張を伝えたが、今回は別の角度から、昭和天皇の戦争責任について考えてみたい。再び小室の『昭和天皇の悲劇』から引用する。

窮乏しきった農山漁村の匡救をバネとして、軍部は暴走をはじめた。
そして日本は、驀地に戦争にむけてつき進む。
もはや、いかなる力をもってしても、この勢いを押し止めることなんか、出来はしない。
天皇責任を問う者、すすんでは「あの戦争は防止されるべきであった」と唱える者。
彼らは、このことを、いったいぜんたい、どう考えるのだろう。
事後に賢者になるのは容易である、といわれている。
事後も事後、半世紀もの後世になって、戦争責任論者は昭和初期における農村困窮問題にどう答えるのだろう。
あの戦争は、するべきではなかった。
では、どの時点において。
昭和16年12月の時点か。
志那事変か。
さかのぼって満州事変か。
究極にまで戦争の原因をたずぬれば、農村困窮にまでたどりつかざるを得ない。
農村の困窮を救わなくて、戦争へむけての巨大なエネルギーは発散させ得ないのである。
借問す。
あの戦争はなすべきではなかった、と論ずる者よ。昭和の初年において、農村の困窮は、いかに匡救されるべきであったのか、キミにその策ありや。もしなくんば、口を閉ざしたまえ。

『昭和天皇の悲劇』p.77~79


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<娘身売りの時代>  昭和初期・東北地方

今日、昭和天皇に戦争責任ありと主張する識者は多い。一例として、脚本家だった故笠原和夫を取り上げてみよう。笠原は自著『昭和の劇』で以下のように書いた。

裕仁が個人で何を考えていようとも、あの人は第一級の戦犯ですよ。これは間違いなく戦犯です。それは誰が見たってそうであってね。それなのに、何の処罰もされず、戦後ぬくぬくと来たということ……これは絶対に許しがたいんですね。
『昭和の劇』p.486


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もし、笠原が健在であったとしたら、この小室の問にどう答えただろうか…。小室の文章から明白なように、戦争の原因を遡っていけば、最終的には農村困窮問題に行き着くのである。

ところで、昭和天皇の戦争責任について考えるにあたり、空気(ニューマ)の存在も見落とすことはできない。次回は、この空気について取り上げてみよう。

【追補】 当時と現在
学資を稼ぐため身体を売る女学生、介護疲れによる老親殺し、生活苦による子殺し、正社員の激減とフリーターの急増等々、現代日本の暗い世相は、ある意味で昭和初期を彷彿させるものがある。昭和初期の場合、究極的に戦争の道に突き進み、誰もその流れを止めることかできなかった。

二つの玉音放送 その1
昭和天皇による昭和20年8月15日の玉音放送、明仁天皇による平成28年8月8日の玉音放送、この二つの玉音放送を取り上げる形で、「二つの玉音放送」と題し、数回に分けて書き連ねてみたいと思う。ちなみに、昭和天皇関連で中心となった資料は、昭和天皇が崩御された年と同年である、平成元年(昭和64年)2月28日に発行された、小室直樹の筆による『昭和天皇の悲劇』(光文社)、そして明仁天皇関連で中心となった資料は、平成27年7月1日に発行された、矢部宏治が著した『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館)である。最初は昭和天皇について取り上げていきたい。

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■昭和天皇の玉音放送
昭和天皇の玉音放送は〝聖断〟であったと、『昭和天皇の悲劇』に小室直樹は書いている。そこで、最初に紹介しなければならないのが以下の行である。

大日本帝国は立憲国家であった。天皇は、専制君主ではなく立憲君主であった。
ゆえに天皇は補弼する(助言し承認する)者が一致して奉上したことは、お気に召さないことでも、裁可されなければならない。
したがって、いかなる決定といえども、輔弼の任にあたる者(国務大臣、参謀総長、軍令部総長)に責任がある。
天皇に責任があるということは、考えられない。

『昭和天皇の悲劇』p.30


小室直樹の上記文章は、立憲国家であった大日本帝国、輔弼の任にあたる者の任務、そして昭和天皇の戦争責任の有無について、わずか数行の中に的確に纏めた、優れた文章と云えよう。

なお、ここで昭和天皇の玉音放送について思いを致す時、取り上げるべきは「聖断」である。何故に玉音放送が「聖断」なのか、そもそも、小室直樹が言うところの「聖断」とは如何なるものか…。ここで、敢えて小室直樹の「聖断」を定義するとすれば、以下のようになると思う。

輔弼の任にあたる者が不在だった二・二六事件の時、そしてポツダム宣言の受託か本土総決戦かを巡って、輔弼の任にあたる者の意見が対立した時、立憲政治を護るため、昭和天皇による天皇大権が発動された。これを以て昭和天皇の「聖断」とする。


以降、この小室直樹の「聖断」の定義に従うことにするが、では、第二次世界大戦開戦の昭和天皇の詔は、何故に聖断と言わないのか…。それは、開戦時は輔弼を任ずる者が総意の上、昭和天皇に上奏したからである。このように、輔弼が機能した場合、聖断とは言わないのである。

次回以降、別の観点から昭和天皇の戦争責任について、取り上げることにしよう。

円が紙切れになる日
10日前になる。おもむろに東京新聞の第一面に目を通したところ、「預金紙切れに」という見出しが目に飛び込んできた。「すは、預金封鎖か!」と、一瞬思ったほどだ。以下は件の記事だが、預金封鎖を念頭に書かれた記事であることは明白だ。

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阿呆ノミクスならぬアベノミクス失敗のため、ますます日本が貧困化してきたことは、庶民であれば誰しもが肌で感じている。小泉純一郎と竹中平蔵が持ち込み、安倍晋三が再び竹中平蔵を登板させたことにより、新自由主義路線が息を吹き返したのであり、1%にも満たない富裕層はますます富み、一方で残り99%である我々庶民は、ますます貧しくなっていくというわけである。

ともあれ新自由主義の導入によって日本は、アメリカにとって体のいいATMに成り下がり、せっかく我々庶民が汗水垂らして稼いだお金を、湯水のように連中に使われているわけだ。これが他の国であれば、とっくの昔に一揆が起きていたはずである。しかし、日本人の国民性なのだろう、これだけ好き勝手なことをされても、ほとんど抵抗らしい抵抗もせずに、ひたすらじっとしているだけなのだから、やがて茹でガエルとなって逝くだろうと思って間違いない。

ここで、歴史にもしもはないとは言うものの、もし日本が多少の犠牲を払ってでも、アメリカのATMとしての役割を断ち切っていたとしたら、今頃はロシアや中国をはじめとする、他のアジア諸国のように豊かな生活が、我々を待っていたはずなのだ。

昨日、ロシアのスプートニク紙が、ロイター発と断りながらも、以下のような興味深い記事を紹介していたが、まさに東京新聞の記事を裏付ける形となった。

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日本は事実上「ヘリコプターマネー」を使用している

関連して、拙稿「日本のラテンアメリカ化?」で、『植民地化する日本、帝国化する世界』という本の書評を書いており、以下は拙稿からの一部引用である。

・「円が間違いなく暴落する理由」(p.106~)
・「ラテンアメリカの悲劇に見る日本の未来」(p.109~)

両小節とも同書を紐解いて直接確認していただくとして、最初の小節「円が間違いなく暴落する理由」」は、亀さんもその通りだと思うし、どうせ円は紙屑になるんだから、そうなる前に使い切るなり、海外に口座を開設して外貨預金をしておくなり、金銀などに替えておくといって手を打っておくべきだろう。また、同小節の以下の記述にも注目していただきたい。

すでに100兆円を超えるカネを海外に持ち出しているけど、要は円の暴落を想定して、他国の通貨や金融商品、あるいは現物資産に転化しているわけです。
『植民地化する日本、帝国化する世界』p.108~


日本円が紙屑と化することを、信じる信じないは読者の自由だが、今年中あるいは来年早々に紙屑化するという、〝最悪の推測〟を下した上で、それなりの準備をしていくのも、一つの生き方である。

【追加情報】

 ドル円は日本時間19日午前7時10分現在、1ドル=99円93銭前後で推移。直近1時間は横ばい圏での動きとなっている。過去24時間では31銭のドル安円高。ドルは18日午前9時23分に99円62銭の安値をつけている。
ドル円は1ドル99円93銭前後で推移=東京為替


ゴジラvs.自衛隊 その3
てくのぱぱさんのシン・ゴリラ漫画が完成した。
シン・ゴジラ」は必見だ!

同じくゴジラを描いた、30年前の作品も同時公開中だ。ちなみに、以下はてくのぱぱさんの最新作である。
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子どものころか…。そう言えば家の息子たちも、テレビ放送のゴジラ映画を見てからというもの、ゴジラの大ファンになった。だから、「ヨシ! 今度の日曜日に動物園へ行って、ゴジラを見よう」と、幾度か約束したものの、仕事が入ったり雨が降ったりで、未だに約束を果たしていない…。そうこうするうちに、いつの間にやら息子らは二十代に…。

子どもと言えば、仕事が一段落した昨日、録画してあった映画「奇跡」を見た。是枝裕和監督の作品だ。その他にも同監督の映画は、「歩いても 歩いても」、そして「そして父になる」の2本を大分前に見ている。映画「男はつらいよ」同様、庶民の何気ない日常を描いた映画を、亀さんは好んで見る癖があるんだが、是枝監督の場合もそうした庶民派の作品が多い。

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その「奇跡」だが、事情があって別れ別れに暮らしている、二人の男の子の兄弟を中心に展開する映画で、心温まる作品に仕上がっていた。

ところで、テレビ番組「深夜食堂」の第9話 アジの開き」に、粋な婆さん役でりりィが登場しているが、ナント映画「奇跡」にも登場、懐かしい友人にバッタリ会ったような気分になった。


世の中は、酸いも甘いも、長良川、お見事! 
………
てくのぱぱさん、ゴジラの漫画、お見事!


ゴジラvs.自衛隊 その2
前稿「ゴジラvs.自衛隊」を読んだという、ブログ友のてくのぱぱさんから以下のような便りが届いた。

残暑お見舞い申し上げます。この間「シン・ゴジラ」を見て、それをネタに久しぶりにブログを更新しようと思っていたところ亀さんに先を越されました(笑)。でも私なりの視点で遅ればせながらマンガ付でブログを更新しようと思っていますので期待せずにお待ちください。(更新完了時にはご連絡いたします。)


志波さん、読者の皆さん、〝期待せずに〟ではなくて、どのような漫画か…、大いに期待しようぜい!

てくのぱぱさん、渾身の力作を頼む
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ゴジラvs.自衛隊
現在、映画「シン・ゴジラ」が話題になっているんだが、亀さんは子どもの頃からゴジラの大のファンである。キングギドラとの闘いも思い出深いが、やはり、なんと言ってもゴジラの「シェー」だよね…、今でも脳裏に焼き付いている。これはゴジラシリーズの第6作、「怪獣大戦争」に登場するシーンで、確か小学校高学年の時、弟を連れて街の映画館で見たと今まで記憶していたんたが、先ほど「怪獣大戦争」の公開日をネットで確認したところ、1965年(昭和40年)12月19日とある。つまり、亀さんが中学生一年生の時に見た映画ちゅうわけだ…。ホント、人間の記憶なんて当てにならん。それにしても、〝いい歳こいた中学一年生〟が、子どもが見るような怪獣映画を夢中で見ていたちゅうわけで、まことにお恥ずかしい…。

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さて、この旧盆に帰省した息子が、帰省中に友人と映画「シン・ゴジラ」を見たというので、久しぶりに近所の居酒屋で酒を酌み交わしながら、同映画の粗筋を訊いてみた。特に、日本の総理大臣がゴジラに殺られるというシーンがあるという話を聞いて、流石は「シン・ゴジラ」と、思わず心のなかで喝采を叫んだ次第でR(爆)。

ところで、一足先に映画「シン・ゴジラ」を見たという読者のメールを、新井信介氏が公開していた。

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http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/07/post-222.php

その後、新井氏本人も同映画を見たようで、以下のように書いていた。

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http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/08/4.php

エッ…、「日本企業がフクイチ問題を解決…」、無理、ムリ、絶対に無理! - ( ̄^ ̄)キパッ

日本の政府や企業に、フクイチ問題を解決できるワケがない。論より証拠、事故以来5年以上も経つちゅうのに、未だにフクイチから死の水蒸気がモクモクと、タダ漏れではないか…。

ところで、現代ビジネスが面白いシン・ゴジラ論を書いていた。

『シン・ゴジラ』に覚えた“違和感”の正体〜繰り返し発露する日本人の「儚い願望」
同じ現代ビジネスが、もう一本の優れたシン・ゴジラの記事を書いている。
東京中を破壊するゴジラが、いつも素通りする場所とは? 「シン・ゴジラ」が暗示する日本のあやうさ


また、ダイヤモンドオンラインも、ユニークな視点からシン・ゴジラを取り上げていた。

もしゴジラが上陸したら?現役自衛官たちが真剣に考えてみた(上)
もしゴジラが上陸したら?現役自衛官たちが真剣に考えてみた(下)


特に秀でてたのは以下の小節だ。

防衛省はわれわれの敵」!
現場自衛官と防衛省の温度差も


 こんな調子で記者のふっかけた“架空の話”にも、制服組の現役・元職自衛官たちは、「私人の立場」と前置きをした上で事細かく質問に答えてくれた。だが防衛省本省の職員からは最後まで、具体的な話を聞くことはできなかった。

 実際にゴジラが現れた際、第一線部隊として投入される特別警備隊に所属していた隊員のひとりは、こう息巻いた。「たとえ架空の話でも、我々は想定しうる敵をどう倒すかを常に考えなければならない。それを示せない防衛省は敵だ――。安全保障は我々に任せてもらいたい」。

 防衛省が「敵」だとは穏やかではない発言だが、制服組、つまり現場自衛官と、事務方である防衛省職員のすれ違いが垣間見えた瞬間だった。脅威が迫り来れば、わが国の安全保障は待ったなしだ。新安保法制以降、その権限が縮小されつつあるといわれる防衛省と、これまでにないほど士気旺盛といわれる自衛官たちの意識の差が、この言葉に詰まっているかのようだった。

もしゴジラが上陸したら?現役自衛官たちが真剣に考えてみた(下)


亀さんは現役の自衛官の知り合いが多いのだが、ハッキリ言って…、ハッキリ言わなくても同じことだが、本当に自衛隊の〝頭脳〟に相当する、トップの安倍首相から防衛省の幹部に至るまで、まったく現状を認識できていないのだ。一方、現場の自衛官は流石に現状をしっかりと把握している。こんな具合だから、「防衛省はわれわれの敵!」という現場の声が出るのもムリもない…。

そうした現場を預かる自衛官の凄さを物語るエピソードを一つ。最近、地位ある自衛官某と酒を酌み交わす機会があった。そして驚いたのは、ロシアと中国が軍事力でアメリカを追い越し、すでに覇権が中露に移行していることを、ナント現役の自衛官がしっかりと把握していた点である。未だに世界の軍事大国はアメリカと、頭から信じ込んでいるボンクラの何処かの国のトップとは、大違いである(爆)。

【追伸】
飯山一郎さんが以下の投稿をしてくれた。まさに、感謝感激雨霰である。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/366-367/

【オマケ】
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ゴジラの天敵・ガメラ

爺さんと中国
前稿「青年よ、荒野を目指せ04」を書いたところ、掲示板「放知技」でリスナーさんが紹介してくれた。多分、飯山一郎さんが何等かの反応をしてくるだろうと思っていたら、やはり〝想定内〟であった(爆)。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15817120/361-363/

一読し、まさに感謝感激雨霰(あられ)。ただ、小生は招聘されるほどの者ではないので、自分でチケットを手配の上、飯山さんの都合にあわせて、今秋か来春にでも青州市を訪問したいと思っている。

ところで、「亀さん@人生は冥土に行くまで歴史の猛勉強」ということになるでしょう! 」ということなんだが、改めて青州市をキーワードに、ウィキペディアで確認してみたところ、確かに歴史の宝庫であることが分かった。ここから何が飛び出してくるのか、今から楽しみだ。さらに、緯度を確認すると、青州市が東日本同様、ナラ林文化圏に属していることを確認できた。と言うことは、青州市と東日本は地理的に、一衣帯水という位置関係にあることだ。因みに、青州市は北緯36度41分、東日本でほぼ同緯度の場所を探すと、北緯36度43分の日光市がある。

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若い頃に中尾佐助の『現代文明ふたつの源流』や、佐々木高明の『稲作以前』などを読んできた身として、青州人と東日本人は、ナラ林文化圏という同一文化圏に属しているので、言語といった面では異なるものの、人間性、すなわち気質で似通った面が多いのかどうか、是非現地で確認してきたいと思う。

なお、ナラ林文化圏と対照を成すのが照葉樹文化圏で、未だ目を通したことはないが、あるブログで佐々木高明の『照葉樹林文化とは何か』の書評を載せていた。その中にナラ林文化圏に言及した行があったので、以下に引用しておこう。

東アジアでは長江流域を境に、その南には常緑の広葉樹林帯が広がり、北側には落葉樹林帯(ナラ林帯)が広がる。日本も、西日本は照葉樹林帯に属し東日本はナラ林帯に属す。ナラ林文化における採取・狩猟型の伝統文化には、内陸森林・狩猟民型と沿岸・定着漁労民型の二つの類型がある。縄文期には、照葉樹林文化に属する焼き畑型の農業が西日本に広がっていた事が,遺跡の調査でわかってきている。
http://blog.livedoor.jp/liveokubo/archives/52083673.html


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お陰様で、冥土までの暇潰しが一つ増えた。なお、「青年よ、荒野を目指せ」同様、「爺さんと中国」もシリーズ化し、進捗状況は都度報告していくので、乞うご期待。