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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
精神核
道友である歯科&音楽ウォッチャーさんの最新記事、「洞察歯観のすすめ(40)」をアップしているが、ウォッチャーさんの原稿をやり取りする時、いつの間にかウォッチャーが近状報告をしてくれるようになった。そして今回、上掲の新記事でやり取りしていた時、強く印象に残ったのが以下のウォッチャーさんの言葉だった。

7月に入り、JINNMO氏の「精神核」を入手し、移動のお供に、風呂のお供に聴いております。ミスター・クロウリーと王仁三郎の肉声を生成してつくりあげたという今回の作品、大変興味深く、そして心地良く聴いております。(遊び心なくしては出来ない作品と感じました)
クロウリーと王仁三郎の肉声を素材に・・・というより、両者とJINNMO氏の共演であろうと思います。ミスター・クロウリーと王仁三郎が、JINNMO氏を呼んだのかも知れませんね。更にいえば・・・もう一人。大事な共演者が、見えないところにいるのではないでしょうか・・・?


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音楽に関しては玄人のウォッチャーさんと違って、小生の場合、歌を歌わせれば本職の落語家すらも腹を抱えて笑うという、まったく音楽とは縁遠いのにも関わらず、実は小生も「精神核」をコッソリと入手して聴いた(爆)。しかし、何だね、よぅ分からんかった(大爆) それよりも、気になるのはウォッチャーさんの以下の言葉…

もう一人。大事な共演者が、見えないところにいる


咄嗟にJINMOさんの最新記事(『みち』9月15日号)を思い出した。いつの日か、JINMOさんとウォッチャーさんを引き合わせてみたい…。どのような音楽論が飛び出すんだろうかと、今からワクワクする。

【追悼】
長年大変お世話になった山浦嘉久さんの逝去を知った。JINMOさんのツイートで山浦さんとのスナップ写真を何枚か並べたツイートが、9月17日に投稿されていたので、「アレ?」と頭の中で引っ掛かっていたのだが、その後に至って山崎行太郎氏のブログ記事を読み、漸くツイートの背景が納得できた次第だ。


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ブラックホール?
本稿は一年半ほど前にアップした「ビッグバン?」の続編に相当し、前回がビッグバン否定についての記事なら、今回はブラックホール否定の記事となる。なぜブラックホールについての記事を書く気になったのとかいうと、最近の宇宙に関するニュースで気になった記事があったからで、それは、ブラックホール(正確には、ブラックホールシャドウ)の撮影に成功したというニュースだ。たとえば、国立天文台は以下のような記事を掲載している。
史上初、ブラックホールの撮影に成功

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ここで、ブラックホールの〝初撮影に成功〟に至るまでの過程を追った、ドキュメンタリー番組をNHKの「コズミックフロントNEXT」が、「ブラックホール直接観測」と題して流していたので、以下に紹介しよう。ただ、気をつけなければならないのは、我々がスナップ写真などを撮るように、風景や人物といった被写体を直接撮ったものではないということだ。つまり、ブラックホールそのものの撮影に成功したわけではなく、あくまでも観測して得た膨大なデータをコンピュータで処理し、それを画像に転換したものであるという点である。


コズミックフロントNEXT 「ブラックホール直接観測」

小生は『間違いだらけのNHK「コズミック フロント」』という記事を書いているが、以下は同記事の結語である。

我々の棲む宇宙は定常宇宙(膨張も収縮もしていない)であり、わずか138億年前どころか遙か以前から宇宙は存在していたのだ。そしてブラックホールなどは存在せず、ダークマターなる未知の物質も存在していない。ましてや、我々以外の宇宙が存在しているわけでもない。このあたりを明白に述べているホームページがある。亀さんが長年支持してきた「間違いだらけの宇宙論」だ。十年近く前に旧ブログでも、「間違いだらけの宇宙論」と題した記事を書いたことがある(2005年8月7日)。


つまり、小生がブラックホールが存在しないとするのは、上掲の「間違いだらけの宇宙論」というHPに依る。ちなみに、ブラックホールに関する同HPのページは以下のとおり。

・「ブラックホールとは
このHPの開設者は内科医の永田博一氏である。ただ、残念ながら2008年1月26日を最後に、十年以上にわたって更新されていないのだが、それでも内容的には今でも有効だ。そして、同ページの白眉は、「シュバルツシルトの解」の矛盾について、鋭く指摘した箇所だと個人的に思うし、また、以下に示す同ページの結語も明快だ。

このように、もし(ブラックホールが)存在すると仮定すれば矛盾だらけで、存在しないとしても何も困らないような天体は、SF作家にだけ任せておけばよいのです。論理を重んじる科学者がいつまでもこのような架空の天体を存在すると信じるなど誠に馬鹿げたことです。


・「相対性理論の専門家との議論
このページは、「ブラックホールとは」で永田氏の説いた、「シュバルツシルトの解」に納得できないという読者向けのページだ。ここでも、永田氏の結語を引用しておこう。

私としては、ブラックホールが存在しないということに更に確信を持つことができました。


この永田氏の結語は、相対性理論の専門家と議論した末に達した結論だ。

・「ブラックホールは存在しない!
このページは、2007年6月21日に発表された、Lawrence M. Kraussという物理学者の論文を主に取り上げたページである。
"Observation of Incipient Black Holes and the Information Loss Problem"

大手メディアによる影響からか、今日ではビッグバンやブラックホールを肯定する人たちが多数派を占めるようになってきたが、何とも歯痒い限りだ。

【「ビッグバン?」補足】
『ナショナル ジオグラフィック』誌に、「大発見? 宇宙最初の星を観測、真相は」という記事が載った。内容は、我々の棲む宇宙で最初に誕生した星、すなわちファーストスターが誕生したのは、ビッグバンから約1億8000万年後だったというもので、ビッグバン肯定の典型記事となっている。

天武天皇 12
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今回より、百済人の天武天皇その人について言及していきたい。ここで、天武天皇のことを百済人と書いたが、その百済が歴史に登場するまでの流れを示す意味で、「天武天皇 02」(ツラン篇)から「天武天皇 11」(百済篇)と、延々と10本の記事を書き連ねてきたのは、飯山史観では天武天皇を以て日本の歴史の始まりとしているからだ。換言すれば、我々日本人のルーツを振り返るための10本記事だったと云えよう。

ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済→日本


さて、小生は「天武天皇 01」で以下のような結語を書いた。

今後の天武天皇シリーズで描いてみたいのは、天武天皇の正体、すなわち天武天皇のルーツ(ツングース→扶余→百済成立)、そして天武天皇が日本に及ぼした影響であり、今回の「天武天皇」シリーズの次は、南北朝時代、すなわち「南北時代」シリーズに筆を進める予定だ。その間、飯山さんの「外圧と占領説」の第五回、「9世紀.奥羽地方に獰猛なアテルイ族や突厥族が侵入(外圧)」も挿入したいと思っている。


上述の天武天皇の正体(出自)については、上掲の10本記事で一通りのラフスケッチを描き終えたと思うので、以降の天武天皇シリーズでは、天武天皇が日本に及ぼした影響、つまり、飯山さんの「外圧と占領説」(拙稿「古墳時代 11」参照)に従えば、第四回の「7世紀.豪族・古墳文化の日本列島に,百済国が侵入」のラフスケッチとして、当時の日本を取り巻く東アジア情勢、さらには、日本にとっての天武天皇とは、どのような存在だったのか、どのような影響を後の日本に及ぼしたのかについて簡単に描いていきたい。よって、現在考えている天武天皇シリーズ後半の流れは、大凡以下のようになる。

■天武天皇は百済人
・大海人皇子(天武天皇)は百済人(王子)という根拠
・『天皇系図の分析について』を著した藤井輝久と鹿島昇との関係

■天武朝時の東アジア情勢
・天武天皇が済州島から日本列島に渡来(逃避)した理由
・天武天皇の御代における栗本慎一郎の東アジア観
・天武天皇の御代における天童竺丸編集長の東アジア観

■天武天皇と記紀
・飯山一郎さんが明らかにした、天武天皇が記紀編纂を命じた時代背景
・『百済記』、『百済新撰』、『百済本記』と日本書紀の関係

■日本史の始まり
・天武天皇の御代を以て日本の歴史が始まったと言える理由

■蘇我氏と天武天皇
・竹内宿祢・天智天皇vs.天武天皇
・蘇我氏から天武朝、そして藤原氏への変遷
・壬申の乱という虚
・その他


もしかしたら執筆の途中で追記したり、、別テーマについても言及するかもしれない。ともあれ、天武朝についてのラフスケッチを描き終えたら、以降の飯山史観の完結までの流れとして、今のところ大凡以下のような流れを予定している。

■天武天皇から、第五回・外圧と占領「9世紀.奥羽地方に獰猛なアテルイ族や突厥族が侵入(外圧)」まで

■第五回・外圧と占領以降から、南北朝時代(14世紀)まで

■南北朝から、第六回・外圧と占領「19世紀.英国が「カラー革命」を策謀し,英国による間接支配開始」まで

■第六回・外圧と占領から、第七回・外圧と占領「20世紀.大東亜戦争に敗北した日本は,米国の占領下に入り,以後70年間,米国の植民地・属国」まで

■第七回・外圧と占領から、第八回・外圧と占領の「米国の支配下から脱するため,ロシアとの同盟関係に入る」まで

■第八回・外圧と占領から、世界と日本の将来を以て完結


昨今の拙ブログの一カテゴリ「裏史」は、このあたりを念頭に置いて諸記事をアップしている。たとえば、以下の四本記事だ。

二・二六事件と現代
ツランと世界権力(中級編)
ツランと世界権力(初級編)
NHKの正体


拙ブログの飯山史観以外のカテゴリ、特に裏史カテゴリには、今後も国内外に囚われることなく、飯山史観と繋がる様々な裏史について書き連ねていきたいと思う。なを、次稿は「■天武天皇は百済人」を予定している。

洞察歯観のすすめ(40)
久方ぶりに歯科&音楽ウォッチャーさんから便りが届き、冒頭の「白衣」に目が留まった。「綺麗な看護婦さんの話かな…」と、ワクワクしながら読み進めたところ、実際は『危ない“医者・病院”の見分け方』 (北野国空 小学館文庫) の書評だったのだが、実に興味深い内容となっている。是非、今回も以下のウォッチャーさんの話に、酒でも呑みながら目を通してみよう。

ーーー白衣の出世レースーーー

つい先日のこと。我が家に、かりんとうセットが届きました。差出人をみると、スーダラ宴会に参加した平成グループの一人。かりんとうセットの他に手紙が入れられており、ひらいてみると、それは、お礼状でした。人様から礼状をもらうなど久しぶりのこと。前回、宴会時に医療関連の話に花が咲き、テレビドラマ、白い巨塔などを酒のつまみにしたところ、
「医療を取り上げたもので、何か面白そうな本はないですか」
とのリクエストがあり、咄嗟に思いついた文庫を(手元に三冊あったので)一冊、プレゼントしました。
その後、友人たちの間でまわし読みをしたらしく、手紙に中に複数の感想が寄せられており、
「ヤブ医者のヤブの意味、初めて知りました。」
「ヤブ医者とダメ看護師の組み合わせ。爆笑しました」
「家で、一気読みしました。医者の世界!マジ!ヤバいっすね!!・・・」
等々、一言コメントがいくつか記されておりました。

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咄嗟の思いつきで渡した文庫は、北野國空 (著) 「危ない医者・病院の見分け方」
医療事情の裏側を現役の外科医が著したもので、平成14年の秋に店頭に並んだ作品ですが、内容に古さを感じさせない、今手にとっても参考になることが多々あり、夏から秋へと季節の変わり目に暇潰し読書するには、もってこいの一冊。(余談ではありますが、この本は、ある白衣の天使のすすめで手にしたもので・・・)まあ、それはそれとして、医者の出世レースの裏側エピソードを、一部紹介しておきます。
***医者のエリートというのは、一流と言われる大学の主任教授である。
少し格落ちでも、一流大学病院の教授。あるいは、一流ではないまでも、医科大学の教授である。
教授というのは、社会的地位が高いばかりではなく、集金力もかなりすさまじい。その教授になるには、高校時代の受験技術が並という程度では、やはりダメなようである。入るべき大学が限られる。国立大学なら旧帝大(東京・京都・東北・九州・北海道・大阪・名古屋)、千葉大、金沢大、私立なら、慶応といったところが、普通にそのコースの出発点となる(わずかな例外はあるにしても)。
大学に入った後も、そこそこに勉強し、あまりひどい点は取れない、そして、何かの点で教官や教授の気に入られるように努めるのがトクである。学部を終えたら、なるべく大学院に進んで学位を取る。博士号はランクがあり、大学院を経て獲得した学位は、「甲種」。医局で苦労して論文提出資格をとって出したのは、「乙種」で、エリートコースを歩むには、甲種が望ましい。
研修は当然出身大学の付属病院で受け、研修終了後は当然、医局に残る。我が国の大学病院では、医局講座制という管理システムをとっている。
簡単にいうと、科目ごとに主任教授がおり、主任教授をトップとして助教授一人、講師二人、助手三人。さらにその下に、無給医局員と研修医がいて、ピラミッド構造を形づくっている。(教授は主任教授のほかにもいるが、講座は持っていない。他学部でいうと、研究所教授にあたる。医局における権限は小さい)。
研修期間が終わっても医局に残り、さらに研究に精を出す。おおむね、ボスである主任教授の研究を手伝うことになる。
ただし、無給医局員として医局にしがみつくようでは先が知れている。エリートコースにいると自他共に認める連中には、助手のポストが大体すんなり手に入る。
助手になれば立派な大学職員で、食うに困らない程度の給料が出る。助手の定員は決まっていて空席がなければなれないわけだが、前任者は教授の息のかかったどこかの病院の、悪くないポストに出向するか天下ることになっているから問題はない。***
助手になったら、あとは講師、助教授、教授を一歩ずつ上っていけばよい・・・というわけには行かない。
***講師のポストは、二つしかないのに対し、同僚の助手は他に二人いる。順調にいっても、一人は脱落する運命だ。教授との折り合いが悪ければ、あっさりどこかの地方病院に出向か就職を命じられて、大学での出世はそれまでとなる。研究者あるいは医者として優秀であることは、あまり頼みにならない。
むしろ、優秀であることが既定のエリートコースから外れる要因になることもある。助手としての重要な仕事のひとつは、教授の研究を手伝うことだが、真に優秀であれば、その助手の能力は教授が期待する範囲を超えてしまい、教授の研究テーマを離れて独自の研究分野に発展してしまうこともある。そうなると、この助手は教授にとってむしろ厄介なお荷物となる。あるときこの助手は、教授に呼ばれ、
「外国へ行って研究を続けてはどうか」
と言われる。
このココロは、
「君は、もうわたしの医局には要らない」
ということだ。
提案の形だが、実際は命令で、
「いやです」
と言えば、大体はクビだ。助手としても、教授の研究範囲で窮屈な研究をするよりも、
「そのほうがいいや」
と思うかも知れない。
医学研究のエリートたちが海外に流出するのは、こういうケースが多い。もっとも、こうなったらエリートコースから外れたとも言い切れない。
どうにか講師になった。今度は助教授のポストを懸けて、もう一人のライバル講師と争うことになる。
医者とか医学部研究者というのは、概してネクラだから、その闘いは陰湿だ。暗闘である。そして科学者だから徹底的である。血みどろはオーバーにしても、かなり熾烈な闘いだ。講師
助手
医局関係者までも巻き込んだ派閥抗争が、延々と何年も続く。ケリがついて負けた方が、教授の系列のどこかの大学に、助教授あたりで就任することになる。***
二十年か、あるいは、さらに長期にわたる抗争に勝ち抜いて助教授に就任したとしよう。
後は主任教授の定年退職を待つだけか?
***そうではない。運がよければ、すんなり教授の後を継いで主任教授のポストが手に入る。しかし、主任教授選任の権限を持っているのは教授会である。順送りに助教授を主任教授に昇格させてくれるとは限らない。今度は教授会の票を獲得する工作をやらなければならない。教授会は無情にも、
「新風を吹き込むため」
とか何とかいう理由で、どこかよその大学から教授を招聘したりする。その新任教授が、かつて外国に追い出された助手であった、なんてことが結構ある。
主任教授がそういう年功序列でない形で代わると、医局は実際がらりと変わる。助教授は、他の大学の教授として転出する。以下、上を目指して頑張ってきた講師、助手から無給医局員にいたるまで全員、まあ、三年ぐらいで全て入れ替わる。
首尾よく教授のイスを射止めればお山の大将。国公立大学の教授の給料は、ビジネスマンのトップクラスと比べると見劣りするが、さまざまな得点がある。地方の病院に医局の若い医者を出向させると、一説に、ベンツ一台買えるぐらいの謝礼が来るという。自分の手駒である医局員をあちこち動かすだけで、かなりの収入が期待できそうである。
また、このような人材派遣業を通じて、あちこちの医療機関に強力な人脈が形成され、そこには有形無形の利権が生じる。業者からのリベートもある。教授職を二十年も続け、医学部長、付属病院長と歴任し、大過なく過ごすと、莫大な退職金が入り、名誉教授の称号を受け、退職後も良い条件で民間に天下りでき(長年の間に培った人脈がこの時生きる)、死ぬ間際には国から勲章がもらえる。めでたし
めでたし!***

陰湿にして過酷な出世レースの一幕。
日本昔話ではありませんが、常田富士男や市原悦子の語り口調で、オーディオ・ドラマ風に聴かせてもらうと良いかも知れません。

ーー追記ーー

~~間の手(あいのて)リップサービス奏法~~
暑い夏の間、週末になると相変わらず長距離散歩を楽しんでおりました。散歩の途中,小洒落たホワイトハウスのような喫茶店で一息入れ、珈琲を飲みながら暫し読書などして過ごすのですが、ある週末の午後、文庫を手に珈琲を啜っておりましたら、隣のテーブルに女性三人グループがやってきまして、賑やかに女子会を始めました。(おばさんグループ)です。
「久しぶりよね。三人でお茶するなんて・・・ねぇ」
差し障りのない世間話をイントロに、日焼け対策のための化粧品選び、日傘選び。ここ最近のニュースから、煽り運転、小泉ジュニア&クリステルの結婚の話題などが続き、第一楽章が終了。そして、第二楽章へ。
「うちの長男がね・・・会社でOO部の部長になったのね。それで・・・」
一番年長であろうAさんが、サラリーマン出世した息子の自慢話を始めまして、
これが、少々長いソロ演奏となり・・・この自慢話ソロをとるAさんの側で、間の手を入れるBさんとCさん。
つまらない話が流れ出したなと思った・・・
ところが、長いソロ演奏に、間の手リップサービスをやや甲高い声で投げ入れるBさん・・・その巧みな投球奏法に吃驚仰天!!
Aさんの長尺ソロに時折あられる少々トゲのあるフレーズも、ソフトなものへと変化させてしまう。
横目に覗き聞きしながらも、Aさんの長いソロ演奏から、いつの間にか、Bさんの間の手リップサービスに聴き惚れておりました。
なかなか手慣れたモノで、これは、なんというか・・・二代・広沢虎造の「清水次郎長伝」などで曲師をつとめる佐々木伊代子のようであり、間をとることがうまい!長年、喫茶店通いしておりますが、間の手リップサービスのうまい”曲師”?に出会うことはなかなかありません。
Bさんは、まれにみるテーブル・トーク”曲師”?ではなかろうかと思うほどの腕前。
それにしてもBさんは、どのような仕事をしているのだろうか?ことによると、コンフィデンスマンJP。かも知れない・・・などと考えつつホワイトハウスを後に帰宅し、一杯傾けながら、我が家での第三楽章。久しぶりに、二代・広沢虎造
「清水次郎長伝・名古屋の御難 勝五郎の義心」を引っ張り出して聴いてみました。
曲師はもちろんBさんではなく、「佐々木伊代子」名人!

ーー追記 2ーー

真夏の夜。ほぼ毎日、映像を一本取り出しては見ておりました。
昨夜も懐かしい海外ドラマを居眠りしながら楽しんでいたのですが、うとうとしていて、ふと画面に目を向けると、
「良き友は恒に側に。敵はさらに身近において、飼い慣らせ・・・」
という字幕が流れ出ておりました。はて、どのような話の流れであったか・・・今宵は、昨夜見逃したところをプレイバック!



浪曲 広沢虎造「清水次郎長伝 次郎長と法印大五郎(秋葉の火祭り」

天武天皇 11
9月9日深夜、関東地方を直撃した台風15号が関東・東北を通り過ぎたと思ったら、フェーン現象により同日の日本各地の気温は軒並み35℃超、特に新潟の場合は38℃を観測したという。そして翌日の10日も前日同様、猛烈な暑さが続いた。本日の12日現在、千葉県全体で未だに停電状態の家屋が34万戸という。場所によっては、停電だけではなく断水もしているというから、猛暑が続いているだけに、住民の皆さんの健康面・衛生面が心配だ。

ところで、直前の4本記事で言及してきた、世界権力に関連するテーマ以外にも、記事にしたいテーマがたくさんあるのだが、前回の「天武天皇 10」をアップしたのが8月16日、一ヶ月近くも間を空けてしまったこともあり、飯山史観の完結までに、最低でも100本前後の記事を今後予定している手前、そろそろエンジンを再始動したい。

■百済
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済

19090901.jpg

百済(4世紀前半-660年)は、古代の朝鮮半島西部、および南西部にあった国家。
ウィキペディア 「百済


上掲のウィキペディアの「百済」項と版図は完全な間違い。正しい版図は以下のようになる。

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『邪馬台國論争 終結宣言』p.194

何故、ウィキペディアの説明と版図が間違っていると、断言できるのかということについては、拙ブログの「飯山史観」カテゴリ、就中、「天武天皇 09」(馬韓篇)と「天武天皇 10」(夫余篇)で凡そ解っていただけると思うが、念のため、以下に飯山一郎さんのHP記事などを追加しておこう。

最初に、以下は飯山さんが百済について書いた諸HP記事で、個人的に注目した箇所である。

 『梁書』百済伝
 其國本與句驪在遼東之東、晉世句驪既略有遼東、
 百濟亦據有遼西、晉平二郡地矣、自置百濟郡。
 >その国は、本は高句麗とともに遼東の東に在ったが、
 >西晋の時代、高句麗が遼東を略有すると、百済もまた
 >遼西の晋平二郡を占拠して、自ら百済郡を置いた。

◆2008/04/19(土) 「百済や帯方郡が遼西にあった」という証拠


「百済や帯方郡が遼西にあった」としているのは、何も上掲の『梁書』だけではない。『周書』、『宋書』、『通典』も、押し並べて百済は遼西にあったとしているのだ。

また、掲示板「放知技」にも以下のような飯山さんの投稿がある。

天皇家のご先祖は『史書』が記した「東胡」と…、
『殷帝国』をつくった「朝鮮族」との混血です。
この「混血族」が『百済国』となるのですが…、
『百済国』は朝鮮半島の国ではありません。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13005084/2/


それから、百済を考えるにあたってシャーマニズムの観点も重要となる。

『百済国』とは、“馬韓国” のアミニズムを吸収したシャーマニズムの国家なのである。
ここで…、
これまでの物語を大雑把にまとめてみよう。
卑彌呼の邪馬壹国が参内した帯方郡で、殷と、北魏と、北燕と、馬韓と、扶余が合流し、
百済国となり…、
韓半島まで東遷 (東征) し、満州で百済国が滅びると、百済国は日本に渡来してくる…。
百済人の血は、殷、北魏、北燕、馬韓、扶余、倭…、そして卑彌呼のDNAが渾然一体と
なった血脈で、この血流の一貫性こそが、万世一系の神話なのである。

◆2011/02/25(金) 金王朝の “深い深い謎” -88-


以上、百済という国のかたちを解っていただいたと思うので、次稿からは、いよいよ百済国の王子(大海人皇子)であった天武天皇と済州島、天武天皇と記紀など、ありとあらゆる角度から、天武天皇について筆を進めていきたいと思う。何故なら、日本の歴史は、天武天皇を以て嚆矢(日本の歴史のはじまり)とするからである。

二・二六事件と現代
拙稿「NHKの正体」で、小生は以下のように書いた。

二・二六事件は大東亜戦争の引き金となった事件であり、未だに全容が掴めていない事件だ。その理由は多々あるが、なかでも最大の理由はタブーに触れるからである。そのタブーとは、昭和天皇の戦争責任。そのあたりについては、やはり別稿で改めて述べることにしたい。


上掲の拙稿をアップした後、昭和天皇の戦争責任について、既に取り上げていたことを思い出した。それは、拙稿「二つの玉音放送」シリーズである。

二つの玉音放送 その1
二つの玉音放送 その2
二つの玉音放送 その3
二つの玉音放送 その4
二つの玉音放送 その5


よって、「天皇の戦争責任」に関心のある読者は、上掲の拙稿シリーズを参照していただきたい。ちなみに、上掲シリーズの最終稿「二つの玉音放送 その5」で、小室直樹の二・二六事件観を小生は紹介している。

二・二六事件を貫いているのは、人類がギリシャ以来親しんできた論理とは別世界の「論理」である。
決起軍には反乱軍である。ゆえに、政府の転覆を図った。それと同時に、決起軍は反乱軍ではない。ゆえに、政府軍の指揮下に入った。
決起軍は反乱軍であると同時に、反乱軍ではない。ゆえに討伐軍に対峙しつつ正式に討伐軍から糧食などの支給を受ける。
決起軍は反乱軍でもなく、反乱軍でないのでもない。ゆえに、天皇のために尽くせば尽くすほど天皇の怒りを買うというパラドックスのために自壊した。
この論理こそ、日本人の思想と行動とを貫く根本的理念となった。
日本人はこれ以降、かかる根本理念から逸脱したことはない。
そしてこのパラドックスこそが、昭和天皇の悲劇の源となったのである。

『昭和天皇の悲劇』p.95~96


この小室直樹の二・二六事件に絡めた日本人論は、山本七平の『「空気」の研究』に連なる日本人論であり、これはこれで重要なのだが、今回は二・二六事件の深層に焦点を当ててみたいと思う。何故なら、二・二六事件の深層について考察することは、取りも直さず現在の日本を取り囲む状況を正確に把握することに繋がるからである。

最初に、拙稿「大東亜戦争の総括」で、小生は以下のように述べた。

ここで、大東亜戦争を総括する上でのキーワードは二二六事件であると、藤原さんは主張する。つまり、昭和天皇が大権を発動されのが一度だけあり、それが二二六事件だ(因みに、戦争開始の詔勅および戦争終結の詔勅は大権発動にあらず)と、藤原さんは主張する。そこにこそ全ての根本があるのだが、肝心の二二六事件を研究しようにも、文献は全てGHQが持ち去ってしまっているため、現在の我々は二二六事件の背景を掴めない状況下にある。その持ち去った文献を研究したアメリカ人研究者某は、「二二六事件を仕掛けたのはユダヤ(アメリカ)である。そして見事に昭和天皇が罠に引っ掛かり、二二六事件を境に皇道派は壊滅し統制派の世になり、立憲君主制から専制君主制に変わった。ユダヤの目論見は成功したのだ」と語っている。


一アメリカ人研究者が語ったという言葉、「ユダヤの目論見は成功したのだ」、これは本当なのか…?

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二・二六事件の深層について追究した本は、和書だけでも数多あるが、そのなかでも最も深層に迫った本は山口富永の著した、『告発 コミンテルンの戦争責任 近衛上奏文と皇道派』であると説いているのが、世界戦略情報誌『みち』の天童編集長だ。天童編集長は同誌の「巻頭言」を担当しており、二・二六事件を扱った記事をシリーズの形で執筆している。それぞれのシリーズ記事ごとに、小生が最も注目した行を引用すると同時に、コメントを付記しておこう。

二・二六事件と近衛上奏文 1
 ある時、この人が「二・二六はわれわれが起こしたのですよ」と語ったと知人の鈴木利男さんが教えて下さった。ユダヤ人がわが国の下士官を使嗾したなどとは普通なら荒唐無稽の戯言(たわごと)と一顧だにしないのだが、妙に記憶に残っている。シローニーの言葉にある「われわれ」を世界権力と考えれば、聞き捨てならない豪語とも受けとれるからである。
コメント:「世界権力」という言葉が出てきたが、二十一世紀に突入した現代においても尚、世界権力は地球規模の影響力を保っていることが解る一文だ。天童編集長の言う「世界権力」については、拙稿「 ツランと世界権力(初級編)」と「ツランと世界権力(中級編)」を参照されたい。

二・二六事件と近衛上奏文 2
●その後の歴史を踏まえて初めて言えることだが、近衛文麿の洞察も及ばなかった点がある。近衛がソ連よりもむしろ頼るべきだとした英米の自由主義(民主主義、市場原理主義)もまた、共産主義と同じく、人類総奴隷化を進める世界権力が発したもう一方の謀略工作であることだ。俄に登場してきた女性宮家の創設など、国体護持にとって憂うべき事態は今日もなお続いている。
コメント:「国体護持にとって憂うべき事態」という言葉に目が行くことだろう。たとえば、昨日までは雅子妃のバッシングを執拗に繰り広げていたマスコミが、手の平を返すように今日になってから、つまり令和に御代替わりしたあたりから、今度はバッシングの対象を秋篠宮家へとシフトさせたのは、どういう背景(魂胆)があるのか…。このあたりは、掲示板「放知技」でも大きく取り上げられたことがあり、はぐらめいさんがシリーズの形で纏めてくださっているので参照されたい。
皇統はなぜ男系なのか

二・二六事件と近衛上奏文 3
●大東亜戦争の敗色濃厚となった昭和二〇年の初めの時点で、近衛上奏文が「敗戦は我国体の瑕瑾たるべきも……、敗戦だけならば、国体上はさまで憂ふる要なしと存ず」と自信の程を示し、さらに「国体の護持の建前より、最も憂ふべきは、敗戦よりも、敗戦に伴ふて起る事あるべき共産革命に御座候」と断じた見識に皇道派の考えが色濃く反映されていることは、山口富永氏の著書『近衛上奏文と皇道派』によって初めて教えられた。
コメント:掲示板「放知技」において、戦後のGHQによる洗脳が未だに続いていることを指摘する論者は多い(たとえば、mespesadoさんの「青木理という、ポリコレとWGIP(War Guilt Information Program)にすっかり洗脳されたバリバリサヨク」と題した投稿)。そのあたりについて疾うの昔(昭和11年)、当時の皇道派が見抜いていたという。その行を初めて読んだ時は、皇道派の持つインテリジュンスに驚愕したのだし、思わず身震いしたのを思い出す。

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NHK「全貌 二・二六事件~最高機密文書で迫る~
国会議事堂に立てこもった皇道派は、絶対に皇居に銃を向けてはならぬと厳命されていた。

二・二六事件と近衛上奏文 4
● スターリン個人の資質は別にして、ソ連という人工実験国家の意味を考えるとき、われわれが世界権力と呼んでいる黒い貴族とユダヤ国際資本の連合体は日本解体を目指して対日謀略工作の手綱を依然緩めるどころか、敗戦を単なる一里塚として、ますます巧妙に破壊工作を繰り出し続けていると考えなければならない。米国議会がほとんど与り知らないというTPPへの加盟も、女性宮家の創設などの国体に対する揺さぶりも、日本の根幹を何としても破壊せんとする彼らの必死の表われと見なすべきである。彼らは日本をほとんど蝕み尽くし食い尽くしたと思うかもしれない。だが、われわれに信がある限り、日本は亡びない。
コメント:上記は「二・二六事件と近衛上奏文」シリーズの結語である。敗戦後から74年が経っているというのに、未だにWGIP(War Guilt Information Program)の洗脳から抜け出せない日本人が如何に多いことか…。敵(世界権力)は三千年の歴史を持ち、強大なだけに、今後もしぶとく生き残っていくことだろう。それでも、「われわれに信がある限り、日本は亡びない」と説く、天童編集長の言葉に救われる思いをしたのは、何も小生一人だけではあるまい。


翻って、堺のおっさんの最近の投稿が如実に示すように、覇権国家として台頭しつつある中国、それに対抗する米国との間では、米中貿易戦争という名の下、現在の覇権国と明日の覇権候補国同士の経済戦争が起きており、時には会議という名の手打ち、時には関税という名の衝突という、片時も目が離せぬ緊迫した〝戦況〟が続いている。

以上、「世界権力」という視座で二・二六事件の深層を追究することは、今の我が国を取り囲む世界情勢について考察することにも繋がり、日本、そして世界の未来予測をも可能にしてくれるのである。

【追補1】
以下は、平成22年6月19日に民族派ジャーナリストの山浦嘉久さんから、直接お聞きした話を編集したものである。

■ 本能寺の変と二・二六事件…
今週発売の『月刊日本』7月号では、今日の日本の置かれている状況を鑑み、井尻千男氏の「虚無的合理主義が国体を破壊する 明智光秀に見る美学と政治」に注目するべきである。たとえば、井尻氏は、「信長という虚無的合理主義者・経済至上主義者の前に立ちはだかり、風前の灯であった皇統を守り、皇統を守る盾と剣である武士の真のあり方を示したのが光秀だった。そして、その悲運もあいまって、一命を賭して皇統を守ろうとした五・一五、二・二六の青年将校たちの面影も光秀に重なっていったのです」(p.14)と述べる。その他に注目すべき記事は野間健氏の「日露戦争を世界はどう報じたか」である。
井尻氏は、同記事で道州制とは何なのかを明確に述べている。この伝でいくと、鳩山由紀夫のやろうとしたことは、(1)道州制の導入、(2)外国人参政権、(3)本土と沖縄に楔を打ち込むこと(『月刊日本』7月号に南丘喜八郎氏が著した「沖縄県民斯ク戦ヘリ」を参照)にあったのではないか。つまり、明治以来の日本の中央集権体制を取り壊すことが目的だったのではないか。「この国」と自国を指して呼ぶ鳩山が、何処からか派遣された首相であることを思い出すこと。沖縄に関しては当初は「最低でも県外」と約束しておきながら、最終的には元の木阿弥という塩梅であり、これにより沖縄の人たちの怒りを買った。別の観点からみれば、鳩山は見事に本土と沖縄の間に楔を打ち込んだと云えよう。その意味で鳩山は自分の仕事を“立派” に成し遂げたと云えるのではないか。管新首相も沖縄独立に賛成している。
鳩山政権が誕生したころに、ダレスと昭和天皇の会見の外交文書が公開されたタイミングを考えること(5月8日付け報告書にある豊下楢彦の著書『安保条約の成立―吉田外交と天皇外交』(岩波新書)を参照)。米国では30年経てば公開ということになっているが、これはあくまでも建前であり、実際には公開されていない外交文書もあるはずだ。このタイミングでの公開は皇室の解体を狙ったものだろうか…。


【追補2】
以下も山浦嘉久さんが、平成22年11月11月20日に語り聞かせてくれた話を、小生が纏めたものである。

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■などてすめろぎはひととなりたまひし
今まで、三島由紀夫に関して二つの点で分からないことがあった。一つは、三島の著『英霊の声』の中で、三島は天皇に対する呪咀の声を書き残している。二・二六事件で刑死した英霊たちが裏切られたと、昭和天皇を呪ったのは分かるが、どうして特攻隊の英霊たちも昭和天皇を呪ったのかが分からなかった。もう一つは三島の遺した檄文である、政体を守るのは警察が、国体を守るのは軍隊であるべきで、軍隊が復活しないことには、2年以内に米軍の傭兵・あるいは米国の属国になってしまうという、内容の意味するものが分からなかった。



【追補3】
前掲の山口富永の本について、真実真理さんという読者がコメントを寄せていたが、真の真崎甚三郎像の発見につながる、優れたコメントである。
革新官僚及び軍部と、共産主義者、コミンテルンとの関係が分かる。

【追補4】
掲示板「放知技」で、連日のように貴重な情報を提供してくださる、この世は焼肉定食さんの天皇の戦争責任についての以下の投稿は貴重だ。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/12492283/752/

ツランと世界権力(中級編)
拙ブログに「飯山史観」という新カテゴリを設けた時、拙稿「飯山史観の事始め」で小生は以下の言葉を紹介した。

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「守破離」は、小生が常に念頭に置いている言葉の一つだ。上の言葉の解説によれば、、「守」の段階とは「決められた型を守って、繰り返し、基本を習得する」とある。つまり、「ツランと世界権力」に当て嵌めるとすれば、「守」の段階とは初級者レベルに相当し、ツランと世界権力について学んでいる過程を指す。そして、一通り学び終えると、いよいよ次は「破」の段階へと進む。すなわち、「ツランと世界権力」中級編である。本稿では、この中級者を対象に筆を進めよう。

■中級編
前稿の「ツランと世界権力(初級編)」では、「ツランと世界権力」と「ガン(癌)」との相似に焦点を当てて筆を進めたのだが、本稿では前稿で取り上げた書籍やHP記事以外に、中級編に進んだら読むべき書籍を数冊取り上げておきたい。そして、ここで注意すべき点は、単に紹介する書籍を表層的に理解するだけでは駄目なのであり、そこに人生体験というものが加わっていることが必要で、そうした人生体験無しには、ツランと世界権力の中級を修了することはできないと思う。

何故、人生体験が必要なのか? 最初に、前稿「NHKの正体」に書いた、以下の言葉から始めたい。

今のところ、DSやネオコンに関連付けて文大統領について言及しているのは、掲示板「放知技」をはじめ、一部のブログだけのようだ。


つまり、ネオコンといった世界権力に気づいた人たちが集い、精力的に意見交換を行っている場(掲示板)となると、ネット界広しと雖も今のところ放知技しか見当たらない。尤も、「蛆虫」が時々湧き出るが…(嗤)。なかでも、国際情勢に関して秀逸な投稿を連発しているのが堺のおっさんで、例えば以下の言葉…

部分的妥協を互いに模索するのもまた…リアリズム。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16851868/186/


これは、真にリアリズムを解した、あるいは体験した者にしか書けない言葉だ。堺のおっさんの場合、『三国志』を繰り返し読んできた他、武経七書をはじめ、マキアヴェリの『政略論』、『君子論』、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』、政治過程論の関連書と、「ツランと世界権力」の中級編を通過するにあたり、不可欠な書籍に目を通しており、これが大きく物を言っている。

堺のおっさんとは三年近く前、中国の青州で初対面を果たしているが、爾来、どうしてあれだけの優れた、政治についての観察眼が投影された投稿を連発できるのかと、小生は考えながら堺のおっさんの投稿を熟読玩味してきた。そして或る日突然閃いたのは、堺のおっさんの人生体験である。つまり、堺のおっさんは実業家として、自身の事業を成功に導いたという経験がある。この堺のおっさんと同業界に身を置いていた実弟、会うたびに酒を酌み交わしつつ知ったことは、同業界では沢山の海千山千の人間と接する機会が多いということだった。このあたり、宗教者からヤクザまで、実に多様な人間と胸襟を開いて接してきた、飯山一郎さんを思い出させるに十分だった。そうした体験を通じて人間というものを観察しつつ、独自の人間に対する鑑識眼を飯山さんや堺のおっさんは身につけたのだろう。

何故に鑑識眼が国際政治を俯瞰する時に物を言うのか? それは、政治という世界は一般社会と異なり、海千山千の人間が犇めき合う、魑魅魍魎の世界だからだ。そうした世界に棲む人間を相手にするだけに、時には壮絶な駆け引きに巻き込まれるだろうし、場合によっては胆力を試されることもある。また、政治家の発する言葉、大抵は建前に過ぎず、決して本音を言わないことの方が多い。いつも本音ばかりでは、やっていけないのが政治の世界であるし、様々な策略を講じてでも、己れの政治的使命を遂行していかなければならない世界だ。そうした一癖二癖もある政治家の中でも、トップに登り詰めた政治家の場合、国益のためとあらば、時には自国民の犠牲も厭わないことすらある。そのあたりの例で有名なのが「コベントリーの悲劇」で、旧ブログ「西郷隆盛」でも少し言及している。

そして、国益という重荷を背負うリーダーは孤独であり、最終的に独りで最終決断を下さねばならないのだ。だから、一国のリーダー同士が面と接すれば、やはり物を言うのが、それまでに構築してきた人間関係だ。昨今の例を挙げるとすれば、安倍晋三と文在寅へのトランプの接し方の違いを例に挙げるだけで十分だろう。換言すれば、相手国リーダーと阿吽の呼吸に至ることができるかどうかで、時には一国の運命をも左右しかねないのだ。

翻って、飯山一郎さんや堺のおっさんも孤高の経営者として、海千山千の人間を相手にしてきた。立場上、孤独という状態にあって、経営の最終判断を下すという体験を潜り抜けてきただけに、国のリーダーの肚も分かるのだし、あれほどまでに国際政治について深く洞察でき、勘も働くのだろう。

ともあれ、「ツランと世界権力」に精通するには、関連書を読んでいるだけでは不十分で、生の人間に対する深い洞察力を磨く体験をはじめ、様々な人生体験をしてきたかどうかが勝負の分かれ目となる。これが、「読書と経験は両輪」とする、今東光和尚の含蓄ある言葉の裏だ。この「読書と経験は両輪」だが、拙稿「海上の道 02」で、今東光の「経験か読書か」として取り上げている。

補足だが、普段は建前しか言わない政治家の言動から、実際の本音は何なのかを探るべく、血眼になっているのが投機家だろう。その意味で、ブログ【文殊菩薩】で時々掲載される、酒田宗休さんの諸記事、必読である。

また、やはり上掲の投稿にあった堺のおっさんの以下の言葉…

今世界中でネオコンと反ネオコンの手打ちが

あちらこちらで見られるようになった。


「手打ち」…、読者は「手打ち」という言葉から何を連想しただろうか? 小生は、抗争を繰り広げていた暴力団同士の「手打ち盃」を連想した。つまり、ネオコンvs.反ネオコンを暴力団同士の争いという観点で捉えれば、世界情勢の実態が見えてくるように思う。

ここで、ネオコンと反ネオコンについて少しだけ解説するとすれば、ネオコンとは世界権力の本部たる〝英国〟(ロンドンのシティ)の下位組織であり、最近までは米国を根城としていた。しかし、トランプが登場したことにより、最初はトランプvs.反トランプ(ネオコン)という熾烈な闘いが、両陣営の間で繰り広げられていたが、ここにきて、反トランプ陣営の旗色が目に見えて悪くなってきた。そのあたりは、対中国貿易戦争、ロシア疑惑事件、その他における、トランプの言動を注意深く観察していれば判ることだ。だから、これを米国から中国への覇権移行の始まりと見做すこともできよう。ともあれ、米国には未だにネオコンの残党が巣食っているものの、ネオコンを中国へ追いやる切っ掛けをつくったトランプの功績たるや大である。

ところで、肝心な反ネオコンの陣容だが、プーチン、トランプ、金正恩、安倍晋三といった各国のリーダーで構成されており、その連合軍のリーダーがハートランドを自国領とするプーチンだ。その反ネオコン陣営の今後だが、プーチン(66歳)、トランプ(73歳)、安倍晋三(64歳)と、年齢的なこともあり間もなくフェードアウトする。そして、その後の反ネオコン連合のリーダーとなるのが若い金正恩(35歳)だろう。何故そうなるのかということについては、野崎晃市博士の著した『飯山一郎最終講義』を読了した読者には説明不要かと思う。

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尤も、将来において必ずしも金正恩が、反ネオコン連合のリーダーになれるという保証はない。それだけ、三千年の歴史を持つ世界権力は、世界の隅々にまで根を張っており、強力な敵だからだ。また、前稿「ツランと世界権力(初級編)」にも書いたように、「全身に転移したガンによって死に至る(人類滅亡)」という最悪のケースにはならないという保証はどこにもない。一方、「綺麗にガンが無くなる(人類生存)」という最高の結果に終わるという保証もない。ともあれ、少なくとも向こう数十年間に何等かの劇的な変動、すなわち生(全身ガン克服)か死(全身ガンによる逝去)、いずれの道を我々人類は突き進むのかという道筋が、近い将来において見えてくることだろう。

再び、冒頭の「守破離」を見ていただきたい。「ツランと世界権力」中級の段階、すなわち「破」の段階とは、『「守」で身につけた基本をベースにしながら“自分なりの工夫”をして、徐々に基本を破る』とある。つまり、「ツランと世界権力」を自家薬籠中の物にしたあたりで、次の「離」の段階、すなわち「ツランと世界権力」上級者への入口に立つ。その「ツランと世界権力」上級編については、長くなるので「飯山史観」の最終章と絡めて言及していく予定だ。

【補遺1】

【討論】世界を支配する者たち[桜R1/6/29]

上掲の動画は、さくらチャンネル主催の世界権力に関する討論会で、収録されたのは二ヶ月前の6月29日、最近二百年ほどの世界権力の動向を中心に議論を行っている。読者それぞれの意見・異見はあるだろうが、それはそれで暇潰しの意味で、一度見ておくのもいいかもしれない。小生は最初の30分ほどしか見ていないが、時間的な余裕ができたら残りを見るつもりだ。

【補遺2】
前稿ではツランを人体と喩えたが、そのあたりを一層深く理解するには、天童竺丸編集長の他の本、『憎悪の呪縛』にも目を通すことをお勧めする。この本は、一神教と多神教について取り上げた本なのだが、同書を足掛かりに、安田喜憲氏の著した『一神教の闇』などにも目を通すといいかもしれない。以下、同書を取り上げた世界戦略情報誌『みち』の「巻頭言」。

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◎参考記事
農耕民族vs.遊牧民族
一神教の正体

ツランと世界権力(初級編)
令和の御代になって早四ヶ月、世界は嘗てないほど激動の時代に突入している。どのような時代になるのかと、マスコミやネット界は百家争鳴の様相を呈しており、どの意見が正しく、あるいは間違っているのか、戸惑う読者も少なくないはずだ。このような場合にこそ物を言うのが「物差し」、すなわち個人が今までに構築してきた大局観だ。そして、小生が長年にわたって構築してきた物差しの一つが、「ツラン」対「世界権力」である。

■初級編
拙ブログ読み始めて日の浅い読者の場合、ツランと書いたところで何のことやらサッパリ、というのが本当のところだと思う。一方で世界権力の場合、言葉は耳にしたことがあっても、実態が掴めないというのが正直なところではないだろうか。そこで、後者の「世界権力」については、文明地政協会刊の『悪の遺産ヴェネツィア』を、機会があれば一度紐解いておくことをお勧めする。何故なら、「世界権力」について述べた数多の書の中でも、同書は小生の知る限り、「世界権力」についての最良の書だと信じるからである。ご参考までに、拙稿「プーチンvs.黒い貴族」で、『悪の遺産ヴェネツィア』の目次と最終章を転載してある。

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また、拙ブログでも過去記事において、「世界権力」について数本の記事を書いているので、これらも併せて一読していただけたら幸いである。

ところで、小生は前稿「NHKの正体」で以下のように書いた。

DSの源流を遡ればカルタゴ(フェニキア)に行き着く。そのあたりを把握しておけば、今の世界情勢の流れが掴めてくるはずだ。よって、DSの源流については別稿で詳述したい。


別稿で「世界権力」についての詳細を書くと、一応は約束したものの、詳説していくとなると、とても数本の連載記事では終わりそうになく、飯山史観の執筆に支障をきたす恐れがあるので、ここは取り敢えず『悪の遺産ヴェネツィア』の一読を勧めるだけに留め、三千年前のDS(世界権力)発生から今日に至る、「世界権力」の流れについての解説記事は割愛させていただく。

次に「ツラン」だが、日本でツランにおける第一研究者は、上掲の『悪の遺産ヴェネツィア』を著した、世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長だ。「みち」HPの「巻頭言」にツランに関する数々の玉稿が、一部公開されているので目を通すといいだろう。さまざまなテーマの記事が並んでいるが、ツラン関連と他のテーマの記事とを見分けやすいように、ツランについての記事は赤文字で色分けしてある。

「ツラン」と「世界権力」という両テーマについて、「天童竺丸」という同一人物の名前を出したが、小生は今までに百回ほど天童編集長に会っており、森羅万象にわたるテーマについて、天童編集長の言葉に耳を傾けてきた。

ここで、天童編集長の著作に注目していただきたい。ユースタス・マリンズの著した、世界権力に関する書籍の訳本が多いのに気づくはずだ。その天童編集長、マリンズだけではなく、ユダヤ問題について造詣が深かった太田龍との交流もあった。お二方との交流を天童編集長は重ねていくうち、世界権力と対峙する「ツラン」の存在を知るに至り、その後は独自の史観を構築してきたのであり、その成果の一部を上掲の「巻頭言」から見出すことができよう。

天童編集長と知己になってからほどなく、小生は飯山一郎さんとも交流するようになった。飯山さんの持つ独自の古代史観、すなわち「飯山史観」に出会ったのだ。その飯山さんが一年前に逝去されてからというもの、「飯山史観」を後世に遺さねばという思いに駆り立てられ、拙ブログに「飯山史観」という新カテゴリを一年前に開設、人類の誕生から現在に至るまでの人類史の執筆を開始した次第である。内容的には天童編集長の世界権力観とツラン観、そして飯山さんの古代史観をドッキングさせた形となっており、今でも仕事の合間に誠意筆を進めている。なお、ツランについてだが、拙ブログの飯山史観カテゴリでも多角的な観点から書いてあるので、天童編集長の巻頭言同様、拙稿にも目を通していただければと思う。

さて、「ツラン」および「世界権力」とも数千年来の歴史があり、その流れを一通り把握するだけでも大変な労力を強いられる。そこで、「ツラン」および「世界権力」を知ってから日の浅い読者(初級)を対象に、誤解を恐れずに小生流のアナロジーで、「ツラン」と「世界権力」の関係性について以下に書き表しておこう。

人類の歴史を一個人の身体に喩えるなら、個人の身体全体が「ツラン」ということになり、一方、「世界権力」とは個人の身体に出来たガンである。


※注: 世の中の常識では、ガンと書くと「死の宣告」といった悪いイメージを思い浮かべる読者も多いと思う。しかし、必ずしもそうとは限らないと説く識者も一部にはおり、たとえば、最近は放知技に久しく登場していないが、かつては精力的に投稿していたハリィー今村先生も、一般常識とは全く異なるガンについての自説を展開していたものである。小生も先生の説には概ね賛同しており、読者も時間がある時で構わないので一度目を通すと良いだろう。
気が向いた時に有益そうな健康法を語るスレ(2)

ガンについて言及したが、ツランと世界権力について学ぶ初級者は、「世界は、全身ガン(ガンが身体のあちこちに転移した状態)になった患者のようなもの。奇跡的に全身ガンを克服して綺麗にガンが無くなるか(人類生存)、全身に転移したガンによって死に至る(人類滅亡)」かという、瀬戸際に世界はあるのだということを念頭に置きつつ、ツランと世界権力について学んでいただければと願う。

NHKの正体
毎年の八月十五日前後にわたって、戦争関連の番組を精力的に流しているNHKだが、そうした番組の一本を参議院議員の和田政宗氏が、痛烈に批判したツイートに目に止まった。

残念ながら、「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道」という番組を小生は見ていないものの、日頃の和田議員の言動から同氏の人となりが分かっているので、同番組の内容に大凡の見当がつく。

ともあれ、小生は拙稿「美に生きる」において、「NHKのニュース番組は偏向しているので、おカネを払ってまで見る価値はない」と書いたが、今夏も毎年恒例の戦争関連の番組を通じてNHKの偏向ぶりを知りたく、三本ほど戦争関連の番組を見たので、以下に感想を書いておこう。

「戦争花嫁たちのアメリカ」
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この番組は、日本に進駐してきたアメリカ兵と結婚し、アメリカへ渡った日本人戦争花嫁のドキュメンタリーである。アメリカに渡った戦争花嫁の苦闘を描いていたので、1970年代はじめに在サンフランシスコの戦争花嫁らと接してきた身として、番組の途中までは彼女らの苦労に思いを馳せつつ見ていたのだが、番組の最後になって、トランプを批判する戦争花嫁の子供たちの発言を耳にした途端、同番組の偏向ぶりに落胆した次第である。ちなみに、子供たち(と言っても亀さんと同年代)の発言内容は、トランプが民主党の女性下院議員4人に対して、「もとの国に帰れ」とツイートしたことへの反発である。

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米下院、トランプ氏非難決議を可決  「発言は人種差別的」

一見、トランプのツイートは普通の感覚からすれば、「人種差別」だと思うかもしれない。しかし、事はそう単純なものではない。これはメキシコ国境の壁建設とも深く関連しており、〝DS(Deep State)〟の深謀に対するトランプの抵抗なのだ。

ともあれ、「戦争花嫁たちのアメリカ」は反トランプというDS側に立って制作された番組であり、残り二本のNHKの番組にしても、同様にDS寄りの番組であったのは言うまでもない。

なお、DSの源流を遡ればカルタゴ(フェニキア)に行き着く。そのあたりを把握しておけば、今の世界情勢の流れが掴めてくるはずだ。よって、DSの源流については別稿で詳述したい。

・参考文献 『悪の遺産ヴェネツィア』(天童竺丸 文明地政学協会)

隠された“戦争協力” 朝鮮戦争と日本人
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朝鮮戦争が勃発し、在日韓のアメリカ軍が日本に軍事物質を発注、また輸送といったサービスを提供したことにより、朝鮮特需という名で日本が立ち直ったのはご存じのとおり。そして、今までの我々は、当時の日本がアメリカに対して行ったのは、あくまでも後方支援だけだったと思っていた。しかし、今回のNHK番組は、米軍とともに渡韓した日本人(70人)の尋問記録が最近に至って〝発見〟され、朝鮮半島に渡った日本人が銃をとって朝鮮人民軍と撃ち合い、なかには戦死した日本人も出たことを初公開している。

しかし、1950年から69年が経過した今、殊に日韓関係が戦後最悪になった今、どのような経過で尋問記録が〝発見〟されたのだろうか(番組ではアメリカの一研究者が発見したことになっている)…。加えて、同番組は米ソ冷戦を前面に押し出すのみで、米ソ冷戦が出来レースであったということについては、一切触れていない。米ソ冷戦という出来レースを演出したのが、上述のDSだったということに思いを致せば、そのことに一切触れなかった同番組は、DSサイドの番組であることことは一目瞭然である。

同様に、朝鮮戦争もDSが演出した出来レースだったが、そうした視点で現在の朝鮮半島情勢を眺めれば、新聞やテレビといった大手マスコミの報道やネットの論調が、文大統領への非難一色に染まっているのに気づくことだろう。

反文在寅論者の一人を挙げるとすれば、元駐韓大使だった武藤正敏氏がいる。同氏は『文在寅という災厄』といった本を著しただけではなく。テレビの各局に顔を出しており、フジテレビの「日曜報道 THE PRIME」に出演していたが、同時にBS朝日「日曜スクープ」にも出演、今日も各局での出演を続けている。このあたりを深読みすると、意外と面白いことが分かるかもしれない。
<徹底解説・ニュースの焦点>韓国・文在寅大統領・親北政策に限界?・韓国「対日」軟化の理由

ご参考までに、小生同様に武藤氏の『文在寅という災厄』といった、一連の書籍に目を通したことがないという読者は、同氏の韓国観は以下の記事に目を通せば大凡が分かると思う。
文在寅という「災厄」…元駐韓大使が明かす、その絶望的な無能ぶり

しかし、文大統領に対して厳しい見方をしている武藤正敏氏をはじめ、世の中のマスコミやネットのほとんどが、DSやネオコンについて言及していないのは何故なのか? 仮に気づいていたとしても、敢えて話題にするのを避けているのかもしれないが、今のところ、DSやネオコンに関連付けて文大統領について言及しているのは、掲示板「放知技」をはじめ、一部のブログだけのようだ。

全貌 二・二六事件~最高機密文書で迫る~
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この番組は、二・二六事件から83年が経過した今日、NHKが〝発見した〟という大日本帝国海軍作成の極秘文書を中心に、同事件に関して明らかになったことを解説している。

ここで海軍についてだが、二十代から三十代にかけての小生は、海軍はリベラル派だという好印象を抱いていた。これは、当時において流行っていた陸軍悪玉論に染まっていたためだ。しかし、その後は黒崎貞明の『恋闕』といった書籍に目を通すにつれ、次第に陸軍悪玉論という呪縛から解き放たれていく自分がいたのである。

ここで、「太平洋戦争 は日本 vs アメリカ の戦争ではなく、 帝国陸軍 vs 昭和天皇+帝国海軍+アメリカ の戦争だった」と題する、面白い記事を紹介しておこう。妄想も甚だしい記事ではあるが、それでも注目すべきは、「明治天皇をすり替えた薩長政権以降、それを仕掛けたユダヤ資本にとって天皇の派閥争いは日本をコントロールするいいネタであった」とする冒頭の記述だ。

「ユダヤ資本」についても、DSやネオコンの正体を把握している読者であれば、ユダヤ資本が何を指しているのか分かることだろう。DS、ネオコン、ユダヤ資本と表現は様々であるが、その背後にいるのが英国であり、前述したように、遡ればカルタゴ(フェニキア)に行き着く。別稿でカルタゴを出自とする英国について書くので、それを参照に、今の世界情報を読み取る物差しとしていただければ幸いである。

それから、二・二六事件は大東亜戦争の引き金となった事件であり、未だに全容が掴めていない事件だ。その理由は多々あるが、なかでも最大の理由はタブーに触れるからである。そのタブーとは、昭和天皇の戦争責任。そのあたりについては、やはり別稿で改めて述べることにしたい。

最後に、数日かけて見た今夏放送されたNHKの戦争番組、一本のブログ記事だけで終わらせるつもりだったが、昨今の世界情勢と絡め、数本の記事に分けたいと思う。よって、天武天皇シリーズ再開まで少し間が空きそうだ。

【追記1】
掲示板「放知技」の常連さんの一人、この世は焼肉定食さんが他のNHKの戦争関連番組を紹介していた。
歴代首相の人物評|昭和天皇「拝謁記」 戦争への悔恨|NHK NEWS WEB

【追記2】

NHKについては11:00あたりから。ただし、北朝鮮観などズレているので注意のこと。

天武天皇 10
■扶余
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


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夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)とも表記される。
「ウィキペディア」夫余


最初に、扶余のルーツについて一言。拙稿「天武天皇 03」でも紹介した飯山一郎さんのHP記事、以下に再掲するので目を通していただきたい。

遠い昔.中国東北部 (満州) の広大な平原で…,
モンゴル族系の扶余族は,ツングース族 と混血して 扶余国 を建てた.
扶余国の王子一派は,さらに南下し,渤海沿岸で馬韓国を吸収して 百済国 をつくる.
やがて,百済国の末裔(大海人皇子)は日本国をつくる….(cf. 飯山一郎の古代史).

われわれの先祖は豚を飼う民族だった.


拙稿「天武天皇 02」でも述べたことだが、ツランの主な民族は三民族、すなわち、ツングース族、モンゴル族、テュルク族だ。そして夫余はモンゴル系だったが(別の説もある)、ツングース族と混血したというわけだ。そのあたりについて、栗本慎一郎が興味深い関係図を作成している。

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上掲図の詳細は『栗本慎一郎の全世界史』の第9章、「アジアの中の日本と中国」(p.194~)を参照していただきたいが、殊に小節「■フーユ、コマと日本とのつながり」(p.197)は、夫余、高句麗、百済を取り上げているだけに注目だ。ただ、栗本は北魏と日本の深い繫がりには言及しておらず、そのあたりは飯山史観を最終的に総編集する際に、補足の形で追記したいと思っている。

それから、扶余から一気に高句麗と百済が出来したのではなく、複雑な過程を経ているのだが、そのあたりの詳細については、『みち』の天童竺丸編集長の巻頭言を参照していただきたい。
高句麗と百済の建国の母を産んだ卦婁部

ともあれ扶余のルーツは上述の通りであるが、金正日・金正恩親子が自身の故地として、愛して止まない馬韓国は夫余によって吸収され、やがて百済が誕生したということになる。

次稿では、天武天皇と深い縁のある百済について筆を進めよう。

【追記1】
小生は拙稿「天武天皇 04」で、以下の飯山さんの記述を紹介している。

『亀卜(きぼく)』は、『馬韓』で、さらに高度に発達し洗練されます。
『扶余』の北方シャーマニズム(ツラン・シャーマニズム)が融合されるからです。

『馬韓』に伝えられた『殷』の『亀卜(きぼく)術』の秘法と、“ツラン・シャーマニズム”
の合体! これが今後の主題となる『ツランの秘儀』であります。

◆2011/03/01(火) 金王朝の “深い深い謎” -90-


ここで馬韓だが、同国は殷の子孫が建国した国だ。そのあたりは、「金王朝の “深い深い謎” -70-」を参照していただくとして、興味深いリツイートを道友のJINMOさんが行っていたので紹介しておこう。


亀卜が明治以降に皇室に導入されたという、八幡書店の新書紹介をリツイートしたJINMOさんに感謝したい。では、明治以前の皇室は、どうだったのかということになるが、殷王朝の流れを汲む皇室であることを思えば、シャーマニズムは古来より綿々と受け継がれてきたはずである。また、亀卜が明治以降に皇室に導入という指摘で、咄嗟に脳裏に浮かんだのが田布施、すなわち大室天皇だった。

【追記2】
野崎晃市博士も、ブログ【文殊菩薩】で“鷹狩”の視座で百済と高句麗の出自は夫余であることを述べている。
鷹狩は扶余から百済経由で日本へ