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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
今を生きる
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TOEIC時代の元同僚と先週の日曜日(4月21日)、二年ぶりに都内で呑んできたことは前稿「鬼塚英昭の天皇観」にも書いたが、他の同僚を赤羽駅で待っている間、孝明帝暗殺を話題に取り上げた先輩と語り合ったことは、互いの健康であった。かつては極真館の猛者だった先輩も古希を過ぎ、身体のあちこちにガタが来ていると打ち明けてくれた。特に、古希を迎えたあたりから、一気に体力の衰えを感じるようになったと語ってくれた時、互いに人生の黄昏を迎えているのだと、改めて思い致した次第である。

思えば、叔父といった親戚、飯山一郎さんといった人生の先輩、さらには友人の子供という具合に、ここ数年は多くの別れがあった。そんな折に見たのが、NHKの「100分de名著」のシリーズの一つ、『自省録』である。中でも、印象に残ったのが最終回の「死」であった。

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生まれることを悲しむことがないように、死も悲しむ必要はない
要は、人は必ず死ぬものだと、割り切ることが肝心ということだ。


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過去は既に通り過ぎ、未来も不透明…。だから、今を真摯に生きるべし
過去を取り戻すことはできない。未来もどうなるか分からない。一秒後に心臓発作で死ぬかもしれない。あるいは明日、交通事故に遭うかもしれない。手前の未来なんか考えて何になる。今、この瞬間を生きるしかないではないか。


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今日が人生最後の日だと思って生きよ
還暦を過ぎると、明日は目が覚めないかもしれないと、時々だが思うことがある。故飯山さんのように、野崎博士らを横瀬古墳に案内し、しかも元気に古墳の頂上まで歩いた当日の夜、人生の最後を迎えるとは思いもしなかったことだろう。それを思うに、自分も死の当日を普段と変わることなく過ごし、一気にあの世へ逝きたいものだと、つくづく思った次第である。ともあれ、今日が最後だと思えば、この一日を徒や疎かにできない。


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まさに、人生は冥土までの暇潰し
ここで謂う「余得」とは、自分だけのために生きるのではなく、他者のために生きよという意味だ。具体的に言えば、以下の通りである。


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人は一人で生きているにあらず、他者のために生きている

人は一人で生きてはいけない。換言すれば、人と人との繋がりがないのなら、人は生きるに値しないのだ。この繋がりは、家族、社会、国家、地球、太陽系、銀河系、銀河集団、宇宙、そして究極的には宇宙システムへと行き着く。

番組を見ながら、何度も頷く自分がいたが、これは自分が人生の黄昏にいるからで、だからこそ自省録を著したマルクス・アウレリウス・アントニヌスの死生観に、心から同意できたのだろう。拙稿「人の一生」にも書いたことだが、もし、今の自分が人生の春・夏・秋に生きていたとしたら、多分これほどまでに同番組に共感を覚えることはなかったはずだ。反面、本当に自分は冬の時代にいるのだと改めて思い知らさせたのも確かで、夕暮れ時のような一抹の寂しさを感じた。

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鬼塚英昭の天皇観
先週の日曜日(4月21日)、久しぶりに上京してTOEIC時代の同僚と赤羽で呑んできた。二年ぶりだったので多くを語り合ってきたのだが、特に印象に残ったテーマは、同僚の一人である先輩が取り上げた「孝明天皇暗殺説」だった。今の小生は巷で噂になっている、孝明天皇暗殺説を全く信じていないので、念のため先輩に「情報源は?」と訊いてみたところ、案の定「鬼塚英昭」という答えが返ってきた。その一言で、先輩の孝明天皇観が手に取るように分かった次第である。

落合莞爾や飯山一郎といった先達は、孝明天皇は暗殺されたのではなく、「お隠れ」になったと主張しており、小生もその通りだと思っている。鬼塚氏については、旧ブログの「『瀬島龍三と宅見勝「てんのうはん」の守り人』」と題した記事で取り上げているが、同氏の孝明天皇観は鹿島曻が著した、一連の書籍を根拠としていることは、同記事で簡単に紹介した。

また、孝明天皇は伊藤博文に暗殺されたという噂は、故鹿島昇氏の『裏切られた三人の天皇 明治維新の謎』が噂の出所となっており、ネットでの孝明天皇暗殺説もほとんどが同書に由来していると云っても過言ではない。当然ながら、鬼塚氏も鹿島昇天皇観から一歩も出ていない。小生も長い間にわたって鹿島昇天皇観に囚われていたが、それを打ち破いてくれたのが落合莞爾氏であった。ともあれ、孝明天皇暗殺などと根本から間違えているため、鬼塚氏の田布施に関する記述についても眉唾物であると云わざるを得ない。

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それから、上掲の拙記事にコメントを寄せてくれた國體奉公衆という人が「田布施」について言及しているので、併せて一読されるとよいかもしれない。田布施については、いずれ飯山史観カテゴリで取り上げる予定である。

先輩と分かれた日の翌日、お礼も兼ねて電話を入れたのだが、その時に『飯山一郎最終講義』を贈ると約束し、以下のように電話口で述べた。

小生は鬼塚の語る「孝明帝暗殺説」は信じていません。近く、そのあたりについて近く二人で語り合いましょう。その事前知識として、『飯山一郎最終講義』を贈りますので一読していただければ幸いです。

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そして、以下のようなことも付言しておいた。

同書は主に金正恩についての本なのですが、実は孝明天皇といった皇室の話にも根底で繋がる内容です。

金正恩の母親は巷で噂になっている高英姫ではなく、拉致された横田めぐみさんであり、そのめぐみさんの母親・横田早紀江さんに流れる、高貴な血こそが拉致の真相です。単刀直入に言えば、金王朝を樹立するためでした。金正恩は凡人には到底理解の及ばぬ政事家であり、そのあたりは故飯山一郎さんが「金王朝の “深い謎”」で実証済みです。


先輩も初耳の話ばかりだったためか、「ホォ…」、「エッ!」と、受話器の向こうで非常に驚いている様が手に取るように分かった。小生は普通、金正恩について人前で語ること滅多にない。話しても信じてもらえないし、時間の浪費になることが分かっているからだ。このあたり、「海面下に沈む氷山を観察しないことには、大手マスコミが流す表層的な国際政治しか目に見えて来ず、本当の世界の潮流が分かるはずもない」と、前稿「米中の新冷戦?」にも書いた通りである。

しかし、先輩とは付き合いは35年以上に及んでおり、TOEIC時代の同僚の中では最も人物として信頼がおけ、多様な世の中の意見・意見を一旦は受け止め、その上で咀嚼して己自身の血肉にする人なので、最終的にどのような孝明帝観に至るのかは分からないものの、飯山史観を編集していく上で何等かのヒントが得られると思い、近く幾度かお会いすることにした次第である。

さて、肝心の飯山史観の編集、ここのところ大分滞るようになってしまった。そのあたりを反省し、再び編集作業に注力していきたいと思う。

米中の新冷戦?
NHKの再放送番組、「アメリカVS.中国“未来の覇権”争いが始まった」を見た。最初に、同番組の主テーマであったブロックチェーン、アメリカと中国はブロックチェーンについて、どのように捉えているのか簡単に確認しておこう。

アメリカの例として、『Wired』のスコット・サーム編集主任は以下のように語っていた。

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同編集主任の語る「GAFA」については、最近の放知技でも一時話題になった。特に、mespesadoさんが放知技で行った投稿にあった、e-コーマスやGAFAについての考察は鋭く、再読をお勧めしたい。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/170/

一方、中国はどうか? 以下に示す太一クラウドの鄧迪CEOの発言は、すべて中央の意向を反映していると思って間違いない。

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それから、NHKのチーフ・プロデューサーである善家賢氏は、取材を通じて最も印象的だったことについて、以下のように述べている。

中でも印象的だったのは、国際政治学者のイアン・ブレマー氏が、この米中の攻防を「技術を巡る“新冷戦”」と呼んだことです。ブレマー氏は、インタビューの中で「今後、世界は、アメリカと中国のハイテク技術によって分断され、グローバリズムが終焉する」とまで予言しました。今回の番組は、そんな時代の転換点をしっかりと描ければという思いで、スタッフ一丸となって制作しました。


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換言すれば、ブレマー氏は米中によるIT覇権争いの時代に、今や突入しつつあると語っているのだが、そのあたりは以下に示す鄧迪CEOの発言にも通じる。

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しかし、善家チーフ・プロジューサーが最も印象的だったとする、「技術を巡る“新冷戦”」というブレマー氏の主張、あまりにも表層的である。拙稿「釣り野伏せ」で取り上げた〝氷山の一角〟の比喩を思い出していただきたい。海面下の氷山、すなわち米中間の新冷戦の陰に隠れているDS(Deep State)について、ブレマー氏は一切言及していないのである。

一方、DSについて真正面から取り上げているのが、ブログ【文殊菩薩】(たとえば「グーグルが中国人民解放軍に協力」)や掲示板「放知技」だ。斯様に、海面下に沈む氷山を観察しないことには、大手マスコミが流す表層的な国際政治しか目に見えて来ず、本当の世界の潮流が分かるはずもない。

また、同番組を通じて中国のブロックチェーン開発を見ているうち、青州で起きたある出来事を思い出した。帰路は青州から堺のおっさんと一緒に、中国の特急席を予約したのだが、その時にパスポートの呈示を求められたのには驚いたものだ。中国では、人々の行動を隅々まで監視しているのがよく分かった瞬間だったし、咄嗟にジョージ・オーウェルの『1984年』を思い出したほどである。だから、ブロックチェーンが近未来の人間社会にもたらすものは、バラ色の世界というよりは寧ろ、以下の一米国人のコメントに近いイメージを小生は持つ。

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最後に、NHKはブロックチェーンのセキュリティが、あたかも万全であるかのような解説を行っていたが、嘘である。下掲の記事にあるように、もはやブロックチェーンも安全ではない。

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洞察歯観のすすめ(37)
歯科&音楽ウォッチャーさんから久しぶりに便りが届いた。本人の了解を得た上で以下に転載しよう。

さて、明日が締め切りの長期にわたる仕事(翻訳)も漸く一段落しそうだ。再び「古墳時代」シリーズに明後日あたりから筆を進めたい。

※ ウォッチャーさん、秋ごろ、東北に行きませう!!!

つい最近のこと・・・
馴染みの珈琲店で、文庫本を片手に暇潰しをしていたところ、カウンター席でカレーを食べながら、熱心に雑誌を読むサラリーマン男性がおりました。別段なんということもない光景なのですが、サラリーマン男性がカレーを食べ終え、読んでいた雑誌をカウンターの上に置いたとき、表紙のタイトル・・・
「歯医者のウラ側」という文字が目に入りました。雑誌はプレジデント。珈琲店を後にして、早速、大型書店に飛び込んだところが、すでに売り切れ。その後、古本屋を2~3ハシゴして、何とか一冊手にすることが出来ました。

「あなたは騙されていないか?大損していないか?歯医者のウラ側 徹底解明!」
と大きく書かれた・・・なかなか刺激的なタイトル。

特集記事の目次を見ると・・・
「決定版 頼れる歯医者、危ない歯医者の見分け方」
「患者500人調査 歯科治療の満足度 ホンネ公開」
「あなたの歯医者と比べてみよう 症例別 治療の相場、原価、期間を全リサーチ」
等々、興味をそそる内容が満載のようで・・・。

古本屋で、この歯科特集記事を見つけたとき、店主が
「この号は、結構売れてるみたいですね。」
と、話しておりました。

一読して・・・少々気に掛かるところを紹介してみます。
先ずは、*歯医者の選びの方*
信頼できる歯医者を見つける、3つのポイントとして、次のように記されていました。
***口の中で起こる問題は幅広く、それに対応するには高い専門性が必要となる。歯科矯正やインプラントはもちろん、虫歯でも表面だけ削る治療と、歯の神経の処置まで必要な治療としては、必要になる知識も技術も異なる。したがって、本来ならば治療ごとに歯科医を複数、見つけておくのが理想なのだが、それは実際問題として難しい。そうであれば、まずは信頼できるかかりつけの歯科医を探し、その歯科医から必要に応じて専門の歯科医を紹介してもらうのがベストだろう。
では、どうしたら信頼できるかかりつけの歯科医を見つけられるか。そのポイントは、
1=「これから実施する治療について、ちゃんと説明する」その際に、
2=「X線写真やCT画像など客観的なデーターを示す」
3=「患者が質問することに対して誠実に答える」
この3つに尽きる。***
次に、*患者500人調査*というところで、患者の体験談が紹介されていまいました。
1=「治療完了までにかかる期間が長い」「*ついでに治療が必要な歯*の治療が続き、一年ほど通った」
2=「待ち時間が長い」「治療が痛い」
3=「医師が不機嫌なときは、治療が雑」
4=「痛かったら手を上げてと言われて、手を上げたが、治療をやめるそぶりもなかった」
5=「許可を取らずに、すぐ削る。すぐ神経を抜く歯医者がいる」
6=「何の説明もなく、銀歯にされそうになった」

そう言えば私も・・・と、思い当たることがあるのではないでしょうか?
記事(患者500人調査)によると、不満の第1位は、「治療期間が長すぎる」となっておりまして・・・
チェックインしたところが、その後、なかなかチェックアウトできない・・・そんなことを歌ったヒット曲がありましたが、歯医者も、チェックイン(治療に通い始め)たところがチェックアウト(治療終了)が何時になるやらわからない。そのような迷宮デンタルも、ちらほらと、あるのでしょう・・・。
医師から何ら説明もないまま(患者の承諾なし)に削られ、ギンギラギンに光る銀歯にされたり、されかかったり・・・このような体験をされた人は沢山いるのではないでしょうか。はてさて、このような行為を治療と言って良いものやら・・・この銀歯と呼ばれるものですが、銀歯であるから銀(シルバー)で出来ているのかというと、そうではなく、これは、「金銀パラジウム合金」という金属が使われています。(保険治療で認められているもの)

合金ですから複数の金属が合体しているわけで・・・その組成は、
金=12% 銀=50% 銅=16% パラジウム=20% その他=2%
pdと記して、パラ 金パラ 12パラ等と呼ばれています。
金銀パラジウム合金。この合体金属の中に、ほんのわずかながら、正体のよくわからない、その他の金属があり、少々気になります。ユダ金でも紛れ込んでいるのではないかと・・・!(金属を扱う技術者に聞いたところ、ガリウムイソジウム イリジウム 亜鉛 等が混じっているとのこと)
(患者の)許可なく削られそうになったら、躊躇せず医師の手を止め、治療台から遠ざかることです・・・かと思えば治療中の部位の他に、あっちも、こっちも痛んでいるところがあるから、ついでに治しておきましょう・・・と、治療中、口を開けたままの状態の時に医師が囁きかけてきたことはありませんか。うっかり、されるがままにしておくと、口腔内破壊テロの餌食にされてしまうかも知れません。このようなところは即刻中止すべきでしょう・・・信頼できる、かかりつけの歯科医があれば、このようなことにはならない?のかも知れません。とは言うものの、大いに信頼を寄せることの出来る歯科医を見つけ出すのは、宝探しのようなもので、おいそれと見つかりません。
、とりあえず自宅から近いから。職場のすぐ側にあるから、少々の不安や不満を抱えながらも(新たに歯医者探しするのも面倒だし)我慢して通ってます・・・という人も意外と多くいるのではないでしょうか。

記事の中で、信頼できる、かかりつけの歯科医を見つけるべく3つのポイントを上げておりますが、この3つのポイントとは、治療が始まる前段階のことで・・・
[治療を受けるため歯科医院へ行き、受付で受診したい旨を告げ、予診表を受け取り、必要事項を記入した後、担当医と対面。この時、医師は患者が記入した予診票をもとに、患者の病苦についての訴え「主訴」を聞き取り、患者の訴えに対して治療を考える。治療に入る前に、医師は自分の目で患者の口腔内を確認(診査)する。患者に治療内容・計画をわかりやすく話し、患者の了解を得た上で治療が始まる]
・・・といった場面を、ポイントとしたのでしょう。

さて、3つのポイントを確認するには、歯科医院へ行って医師と対面してからのことになりますが、その前に、もう少し歯医者探し(絞り込み)のヒントになるようなものはないかと考えてみますと、電話応対、受付の対応の善し悪し。待合室の様子なども注意しておきたいところです。
電話で問い合わせをしたとき。受付で話をしたとき。スタッフの対応が、どうも良くない。チューニングが合いそうにない!と、そう感じたら、その時点で止めたほうがいいでしょう。なかには、どういうわけか、ドクターやスタッフの態度が高飛車なところもあります。以前、ある医師が、
「患者はどこか悪いからこそ、病院や、歯科医院を訪ねるのである。弱みを背負っているからこそ、時間を割き、お金を払ってまで、医者や歯医者の対して腰を低くし、頭を下げるのである。ところが、そのような患者の立場をわきまえていない医者も多い。患者が頭を下げるからといって、自分が偉くなったような錯覚をし、横暴な態度や言葉遣いをする・・・」
と言っておりましたが、電話対応、受付での対応が雑なものであれば、行ってみたところで、患者の「主訴」など、まともに取り合ってはくれません。
スリッパ、イス、ソファーが、使い古しのまま、加えてトイレ掃除が手抜き・・・このようなところはNGです。履き替えようと手にしたスリッパがヨレヨレわかめになっていたら、気持ちの良いものではありません。治療内容もヨレヨレかも知れません。受付に足を運ぶことなく、帰るべし!
狭い待合室の壁に貼り付けてある数々の「紙=ペーパー」!なかには、(ちょっと豪華な額縁で飾ってあるものも)ありますが、そこには、医療界におけるドクターの華麗なる活躍と資格等が紹介されてあります。その上、ご丁寧に、有名文化人やタレントなどと笑顔のツーショット写真まで飾り付けてあるところも・・・。「私は、ちょいと名の知れた凄いお医者様なのよ」と、自慢しているようにも見えますが、まあ、看板・肩書きというのも大事なのかも知れませんが・・・それが医者の腕やセンス。人間性とは、何の関係もありません。
看板といえば、・・・街中、街道沿い、駅など、多少遠くからでもよく見える、大きくカラフルな看板を見かけます。看板デザインや、謳い文句をよくよく観察したことがありますでしょうか・・・?大きな看板をあちらこちらと数掲げているようなところは、少々注意が必要かも知れません。街中のあちらこちらで、目にする医療看板。ちょっと足を止めて眺めていると「ゼイリブ」という映画を思い浮かべたりします。大きく目立つ派手な看板デザインの下地には、何やら医療とは別なメッセージが刷り込まれているような・・・(まあ、気のせいと言えば、気のせいかもしれませんが・・・)
ビジネス・ファーストなところも、少なからずありますから。

特集記事にある、「信頼できるかかりつけの歯科医を見つける3つのポイント」=患者の「主訴」をしっかりと聞きとり、治療内容・計画を示してくれるであろうところ・・・ここにたどり着くまで,大変なエネルギーを必要とします。根気と鋭い五感。それに、霊感
ヤマカン 第六感もフルに活用して、善し悪しを嗅ぎ分けるしかなさそうです。

この先、冥土へ引っ越しするまで・・・歯歯のんきで、暇潰ししたいものです。

ーーボーナス・トラック --
古本屋を後にしての帰り道、ふと・・・ある医療ジャーナリストだったか、歯科医であったか忘れましたが、受診時に受付に出す保険証について、下記のような話していたことを思い出しました。

***私たちは医院で受診する際、何の躊躇もなく受付で受診を申し込み、保険証を提出する。当たり前のように行われるやり取りだが、この時点で病院と患者の間で、医療契約が結ばれている。保険証とは、その患者が病院(保険医)との間で取り交わされる契約の受益者(被保険者)であることを示す証書である。歯科医院で保険証を提示することは、この保険証の適用範囲であれば金額や治療の内容(材料や治療法)は歯科医師の裁量にお任せします。という意思表示をしたことになり、これを準委任契約という。この制度は昭和36年に制定され、病院で提示する保険証が治療内容に関して医師にすべて任せるという意思表示が含まれている。今でこそ、インフォームドコンセントの重要性が語られるようになったが、昭和36年当時は同一症状に対して行う治療は、どこの歯科医院でも同じであるという前提で十分な説明もなく、お任せ治療が施されていた。***


##今宵の音楽アルバム・メニュー##

「三木稔の音楽 第1集 序の曲 天如 古代舞曲によるパラフレーズ」 日本音楽集団
「フェノメナ」 ベスト・オブ・ゴブリン (クラウディオ・シモネッティ&ゴブリン)
「モガリ・イヴ」 JINMO

上記
3枚のアルバム。共通して楽しめるのは、女性の声(ヴォイス)。聴けば聴くほどに、チェックアウト出来ない摩訶不思議な世界へと引き込まれるかも知れません。

##「古代舞曲によるパラフレーズ」 YouTube上 アップされています。




古墳時代 09
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大彦命

欠史八代という言葉がある。ウィキベテアによれば、「欠史八代とは、『古事記』・『日本書紀』において系譜(帝紀)は存在するがその事績(旧辞)が記されない第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人の天皇のこと、あるいはその時代を指す」とある。それはともかく、欠史八代最後の天皇である開化天皇の兄に、大彦命なる人物がいるが、その大彦命が安倍氏族の始祖ということになる。

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ちなみに、大彦命の生年や没年は不明のようだが、弟の開化天皇の場合、誕生が孝元天皇七年(紀元前208年)、そして崩御が開化天皇60年(紀元前98年)とある。つまり、大彦命は〝弥生時代〟(縄文時代)の人である。

この安倍氏族だが、『日本人なら知っておきたい名字のいわれ・成り立ち』という本に、「開化天皇」あるいは「安倍晋三」が登場している(赤線)ので注目していただきたい。ちなみに、同書はグーグルが全文を公開している。

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昨年の三月上旬に故飯山一郎さんに再会した折も、開化天皇(の兄)が安倍氏族の始祖と聞き及んでいるので、このあたりは間違いないだろう。

ここで、時計の針を一気に南北朝時代に進めるが、掲示板「放知技」に飯山さんが投稿した、以下の記述に注目していただきたい。

東京皇室よりも京都皇統の高貴な御意思が優先される…

このことを↑↑新天皇になられる御方は熟知しておられるので…

天皇家(東京皇室)は安泰でしょう.芽出度いことです.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16422161/896/


ここで、「東京皇室」あるいは「京都皇統」といった言葉に、戸惑う読者も一部におられるかもしれない。このあたりについては、落合莞爾氏が余すところなく本に書き尽くしているので、数冊目を通すとよいだろう。要は、雲上人の世界は〝二系統〟があるということだ。ここで謂う「東京皇室」とは、今月退位される天皇陛下、そして翌日即位される皇太子殿下と、日本人なら誰もが知る皇室を指す。一方の京都皇統だが、一般のマスコミにはその存在が全く公開されていないので、京都皇統に関心のある読者は、落合氏の本に当たるといいだろう。

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この東京皇室と京都皇統だが、世間には「家格」という言葉があるように、雲上人の世界も「皇格」とでも言うべき違いがある。どちらの皇格が上かという点については、飯山さんの以下の記述の通りである。

日本の天皇家が百済王朝の末裔であることは確かなことであり…

百済王家の「序列」で言えば…

南北朝の乱→下甑島→田布施→大室家→明治天皇→東京皇室よりも

百済王家→大内藩→長門→安倍家→安倍晋三のほうが「上列」という意識が安倍晋三にはあるようである.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16117851/756/


つまり、東京皇室は後醍醐天皇の南北朝以降の流れを汲むのに対して、安倍氏族は大彦命を始祖にもち、その後は百済王家、すなわち天武天皇の生きた飛鳥時代以降の流れを汲んでいるということだ。こうした点も含めて、安倍氏族の方が現皇室よりも、〝皇格〟が上ということになるわけであるが、このあたりについての話は、現在の古墳時代シリーズを終えてから本格的に筆を進めることにしよう。

【追補】
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阿倍仲麻呂、安倍晴明も安倍氏族の一員…

【もふもふさんへ】

裏コメント、ありがとうございました。ここ数年、大変な時期を過ごされたようですが、気を強く持って、これからの人生を歩んでいってください。愚生も毎朝目が覚めると、今日も生かされていることを天に感謝するのだし、もしかしたら、明日は二度と目が覚めないかもしれないと、今日が我が人生最後の日のつもりで生きています。それでも、飯山史観を完成させ、下の息子が専門学校を終えるまでの、後三年ほどは頑張って生きていきたいと思います。死…、飯山さんの投稿を思い出しました。

飯山一郎,人生の晩年に…

 大好きなニッポン,ニホン,日本…

 その日本の秘密を解き明かさない限りは…

 しねない!と…

 悲壮な気持ちに打ち震えながら…

 洪城郡一帯を,これから,歩き回ります.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16034724/311/


祈りの御歌
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一民間人だった正田美智子さんは御成婚前の二か月間にわたり、宮中についての様々な講義の他、憲法や語学(英・仏)に加えて「和歌」も学ばれている。歌会始の儀を例に挙げるまでもなく、歴代の天皇は和歌を通じて人々と交わり、自らの心情を伝えてこられたのであり、和歌の伝統を護るということは皇室の一員として大切な務めであった。その正田美智子さんへの和歌の講義を任されたのが、母性を詠う歌が多かったことから〝母の歌人〟と呼ばれていた、五島美代子その人であった。その五島が、最も力を入れて指導したのは、「本当の心持ちを詠む」ということだったと云う。すなわち、その五島の信念は、「歌は生きることそのもの 歌を詠むことで困難を乗り越えられる」だった、ということを最近放送されたNHKの「天皇 運命の物語」(第4話)で知った。

『祈りの御歌』(竹本忠雄 扶桑社)という本がある。同書については拙ブログでも度々言及してきた。例えば、『百人一首』に隠された10次魔方陣について小生は取り上げており、旧ブログ「『百人一首の暗号』」では以下のようなことを書いている。

最後に、『百人一首の暗号』を通じて和歌の奥の世界に関心を抱いた読者には、『祈りの御歌』(竹本忠雄著 扶桑社)を推薦します。

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歌会始の儀は毎年NHKが生中継しており、今年の天皇陛下の御製と皇太子殿下の御歌について、小生は掲示板「放知技」で以下のように書いた。

■天皇陛下
贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に


今朝、偶然見た朝のニュースで、今日が阪神大震災24年と知った。あの日、サラリーマンとして最後となった会社での昼休み、食堂に入り、そこに設置してあったテレビに何気なく目を移したところ、大変なことが阪神で起こったことを初めて知った。爾来、24年もの歳月が流れたのかと、実に感慨深いものがあったが、同時に昨日の陛下の御製に思い致した。

御製は阪神大震災を詠われたものだったが、その後も東日本大震災、熊本震災と、多くの地震が祖国日本を襲ったのは記憶に新しい。なかでも、東日本大震災は、フクイチの爆発、そして放射能漏れという大惨事により、一時は民族滅亡の瀬戸際まで立たされたし、それなりの覚悟を愚生はしていたものだ。このあたり、今でも放知技の読者には生々しい記憶として蘇ってくるのではないだろうか。

幸いにして国難を乗り越え、今日の安倍総理の外交に代表されるように、日増しに日本の未来は明るくなりつつある。そうした状況であるが故、〝安心して退位できる〟という陛下の心のうちを、「初夏の光」という御言葉から汲み取った次第である。

■皇太子殿下
雲間よりさしたる光に導かれわれ登りゆく金峰の峰に


金峰という言葉が耳に飛び込んできた時、奈良の吉野山から山上ヶ岳までの連峰を指す金峰山(きんぷせん)が、咄嗟に脳裏に浮かんだ。続いて連想したのが、飯山史観と深く関与する熊本の金峰山であった。しかし、直ぐに詠まれたのは奥秩父連峰の盟主、金峰山と知った。

古の伝えによると、日本武尊が東征の折、同連峰の金峰山に鎧をおさめたとあり、秩父山地の入り口に居を構える身として、思わずギクッとなった。ちなみに、同山は修験の総本山である、和州(奈良県)金峰山から蔵王権現を分祠されている。

ともあれ、殿下の御言葉「雲間よりさしたる光」に、今日現在の日本、そして世界の実態を指していると思うのだし、そうした中での「登りゆく」という御言葉に、新天皇になられる殿下の秘めた決意のようなものを読み取った次第である。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16074479/425/


令和と万葉集
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本日、菅官房長官による発表があり、新元号が「令和」と決定した。続いて、安倍総理の新元号にまつわる談話があったのだが、その講話の全文を本稿の最後に引用しておこう。安倍総理は談話で出典となった『万葉集』について言及、数時間も経たない内にウィキペディアが、「万葉集」の項目に新元号「令和」を追記していた。

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ちなみに、掲示板「放知技」で小生は以下のようなことを書いた。

今度の新元号は記紀といった日本の古典から、採用する可能性もあるという政府の発表は意味深長だ。

…中略…

当時の日本のリーダーの感想が、ダジャレで終わってしまったの至極残念だが、元号について語るのは菅官房長官ではなく、安倍総理(>>21)だ。その意味で、小生は正午の安倍総理の説明に注目している。そして、新元号の出典が記紀ということになれば、新元号に込められた意味は何かを探りたく、明日の総理の説明に耳を傾けたいと思う。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16699469/28/


ともあれ、従来通りに四書五経が90%以上の確率で、新元号の典拠となるだろうと予想していたのだが、嬉しいことに予想は外れ、新元号の典拠は国書『万葉集』だった。しかも、記紀でなかったので安堵したものである。何故なら、記紀は純粋な日本の古書ではないし、モデルが『百済史』や『扶余史』だからである。そのあたりは、故鹿島曻氏の一連の著書、あるいは藤井輝久氏の『天皇系図の分析について』を紐解けば、自ずと納得していただけよう。同様な事実を、飯山一郎さんもズバリ指摘しているので、『飯山一郎最終講義』や拙稿「日本建国の秘密」を参照していただきたい。

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だが、新元号の典拠となった『万葉集』、実はこれも純粋な日本の古書ではない。その論拠は、上掲の『天皇系図の分析について』の第二三章、「天智天皇と天武天皇の正体」に書かれており、特に以下の小節に目を通せば一目瞭然だ。

3. 万葉集の並行改竄… p.947~
4.「朝鮮語」だった大伴家持の万葉集の草稿… p.950~
5. 『万葉集』は日本独特のものではなかった… p.961~
6. 万葉を修したとされる平城天王子とは誰か… p.995~


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ともあれ、記紀や万葉集については、現在編集中の「飯山史観」の「天武天皇篇」で触れる予定なので、今回は割愛させていただくとして、肝心なのは本日の安倍総理の談話の内容である。安倍総理が記紀や万葉集の由来について知ってか知らずか、言及しなかったのは流石だった。尤も、小生は政治家ではないので、現在編集中の「飯山史観」を、今の日本の若者に向けた羅針盤、見取り図にしたいと思っているのだが…。ともあれ、以下の安倍総理の想い(殊に下線)、心から同感!

本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。

新しい元号は「令和」であります。

これは万葉集にある「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」との文言から引用したものであります。

そしてこの令和には、「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という意味が込められております。

万葉集は1200年あまり前に編纂(へんさん)された日本最古の歌集であるとともに、天皇や皇族貴族だけでなく、防人や農民まで幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化、長い伝統を象徴する国書であります。

悠久の歴史と香り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国がらをしっかりと次の時代へと引き継いでいく、厳しい寒さのあとに春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が明日への希望とともにそれぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め、令和に決定いたしました。

文化を育み、自然の美しさを愛でることができる平和な日々に、心からの感謝の念を懐きながら、希望に満ちあふれた新しい時代を国民のみなさまとともに切り開いていく、新元号の決定にあたり、その決意を新たにしております。

5月1日に皇太子殿下がご即位され、その日以降この新しい元号が用いられることになりますが、国民各位のご理解とご協力を賜りますようお願いいたします。政府としてもほぼ200年ぶりとなる歴史的な皇位の継承がつつがなく行われ、国民こぞって言祝(ことほ)ぐことができるよう、その準備に万全を期して参ります。

元号は皇室の長い伝統と、国家の安泰と、国民の幸福への深い願いととともに、1400年近くにわたる我が国の歴史をつむいできました。日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるものとなっています。この新しい元号も広く国民に受け入れられ、生活の中に深く根ざしていくことを心から願っています。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1904/01/news090.html

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東アジアの形
過去に幾度か取り上げたことのある「行政調査新聞」が、東アジアをテーマとする興味深い記事を書いている。
人類文明の転換期 …その最前線は極東

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極東

日本列島に住んでいる一人として、東アジアの将来に普段から関心を寄せているだけに、興味深く同記事に目を通した。また、今後も数回にわたり極東シリーズを続けるらしく、同記事の最後に「次号の予定」、「その先の予定」、「更にその先の予定」と、連載シリーズの形で取り上げていくとある。

さて、極東シリーズの初回に相当する上掲の記事に目を通し、思ったことが幾つかある。一つは、同記事が言及している「史上最大変革期」についてだ。記事の冒頭にある以下の記述に目に止まった。

私たち人類がこれから迎えるのは、史上最大変革期となる


行政調査新聞の言う、〝史上最大〟変革期とは、具体的にどのような変革を指しているのかと思い、読み進めたところ、「国債・株券・有価証券すべて紙切れになる」(金融界の崩壊)の他、「民族や宗教の対立」を取り上げ、そうした「現状を破壊するエネルギーは、世界中に満ち溢れている」とし、現状破壊の後、「真っ先に新しい世界に突入していくのは東アジア」と結論付けている。

しかし、行政調査新聞の言う「史上最大変革期」とは、「私たち現生人類の祖先である新人が世に現れてから20~25万年が過ぎた」時点から、「数年あるいは数十年」の近未来までの、ほんの二十数万年を取り上げているのにすぎないのだ。一方、藤原肇氏の「マクロメガの視点による重大事件年表」の場合、宇宙の始まりから遠未来までに目を向けている点、両者の間には大きな隔たりがある。

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マクロメガの視点による重大事件年表

何故に時間軸、タイムスパンを気にするかと言えば、タイムスパンを広げて同紙の言う「史上最大変革期」を考察しないことには、多くの重要な点を見落とす恐れがあるからだ。その一つが、「物質→生命→精神」という視座である。ここで改めて上掲の重大事件年表を眺めれば、「物質の歴史」、「生命の歴史」、そして「精神の歴史」といった記述が目に飛び込んでくるはずだ。この「物質→生命→精神」だが、本日発売の世界戦略情報誌『みち』でも、JINMOさんの興味深い記述があった。

我々は物質の時代に於いて、物質構造の核として「原子核」の発見に至った。そして生命の時代に於いては、第二の核と言うべき「核酸」(DNA)に至った。そしてこれから明確にしていく精神の時代に於いても、我々は第三の核の発見に到達するだろう。言わば「精神核」である。
『みち』平成31年4月1号


このあたり、拙稿「宮中祭祀」で取り上げた、安西正鷹さんの以下の言葉に相通じるものがある。

・これは空疎な精神論ではない。物質世界と精神世界に跨る半霊半物質的な、新しいジャンルの科学理論に基づく考えである。すなわち、来るべき新しい文明の精神哲学ともいうべき量子力学に基づく真理なのだ。
歌とシャーマン


安西さんは、精神哲学」の根底は量子力学としているが、やはりJINMOさんも以下のように量子力学について言及していた。

まだ発見されていない精神核とは如何なものであろうか、渡辺博士と私は推論を交わし合った。そして渡辺博士は精神核に至る重要項を三つ挙げられた。それらは量子力学、脳科学、地球外知的生命体探査である。
『みち』平成31年4月1号


このように、JINMOさんの言う「精神核」、安西さんの謂う「精神哲学」、どちらも共通して量子力学を取り上げているのは興味深い。

ここで指摘しておきたいことは、「精神核」あるいは「精神哲学」を識っているのと識らないのとでは、「史上最大変革期」の捉え方が大きく異なってくるということだ。

それから、JINMOさんは「シンギュラリティに於ける2045年問題」を取り上げ、「神に至るシンギュラリティ」という視点で、実に興味深い考察を展開していた点を追記しておこう。

行政調査新聞の記事に戻る。「史上最大変革期」を冒頭で述べた後、同紙は現実の世界について言及、「米中貿易戦争は中国共産党潰しが目的」、「台湾合併を視野に大中華実現を目論む習近平共産党」、「中華人民共和国建国宣言の天安門に招かれた日本人」、「2つの故宮博物院に別れた宝物」といった小節が並んでいる。

そして通読しながら、「アレ?」と思ったのは、「軍産共同体」寄りの視点で書かれた記述が垣間見られたということだ。たとえば、「米中貿易戦争は中国共産党潰しが目的」という題の小節で、米中貿易戦争の真相を以下のように指摘している。

米中貿易戦争は、米中間の経済問題が本質なのではない。
深奥に米国側の「中国共産党潰し」の狙いが存在している。貿易不均衡を翳しながら、トランプ米国は「習近平共産党」を破壊しようと企んでいる。
中国は共産党が一党独裁する共産主義国家である。


トランプ米国が習近平共産党を破壊とあるが、果たしてそうなのだろうか…。実は、トランプと習近平の共通の敵こそ軍産複合体、すなわちDS(Deep State)であり、DSはトランプと習近平を叩き潰そうとしている。これは何も米国や中国に限った話ではなく、ロシア、北朝鮮、日本も同じ立場にあるのだが、ここでは掲示板「放知技」に投稿されたmespesadoさんの投稿を引用しておこう。

(長谷川幸洋)氏は、今度は北朝鮮軍とDSとの関係の「闇」に考えが及んでいない
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/276/


Mespesadoさんの場合は北朝鮮の話であるが、中国の話というのなら、以下の記事で凡その背景が掴めよう。

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「中国軍でなく米軍に協力」=グーグルCEOがトランプ氏に

それから、同紙の今後のテーマを確認するに、米国や日本が登場するようだが、ロシアのプーチンと北朝鮮の金正恩が登場するのか否か、登場するとすればどのように同紙に二人のリーダー像が描かれるのか、大いに関心がある。何故なら、近未来の極東はプーチン、そして遠未来の極東は金正恩を中心に、動いていくことが予想されるからだ。このあたりの詳細は、飯山さんと野崎博士の対談本、『飯山一郎最終講義』を参照されたい。

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さて、本日の改元発表まで数時間、どのような元号になるのだろうか…。極東の一部である日本はどのような道を歩むことになるのか、安倍総理の新元号の背景についての説明、固唾を呑んので見守りたいと思う。

古墳時代 08
今日(3月18日)は春の彼岸入り、明日あたりから再び仕事に追われる身なので、本日中に菩提寺へ行ってくるつもりだ。この「墓参り」だが、飯山(一郎)さんが実に興味深いことを書いている。

仏教とは無関係の”墓参り”

……中略……

 では、この“墓参り”という宗教行事は、一体どんな宗教なのか?
 この意味を本当に知っているのは、実は、美智子皇后であると思う。

 ★”お盆”を考える


お盆と彼岸は違うものの、同じ墓参りということで取り上げてみるのだが、同記事で注目すべきは、「墓参りは仏教と無関係」という飯山さんの言葉だ。ならば、墓参りは何の宗教と関係があるのか、というヒントが上掲記事の結語、「美智子皇后」という言葉に隠されている。

墓参りと関係する〝宗教〟について、飯山さんと直接語り合う機会はなかったものの、多分、その宗教とはシャーマニズムのことを指しているはずだ。そのシャーマニズムについては、以下の拙稿で輪郭を掴んでいただければと思う。
巫女・雅子妃

■『日本書紀』の背景(コンテキスト)
前稿「古墳時代 07」で約束した通り、『日本書紀』の背景について筆を進めてみたい。昨秋発売された『飯山一郎の最終講義』に、飯山さんが『日本書紀』について少しだが、触れていたのを朧げに思い出したので再読してみた。

■『日本書紀』は世界一!
  さて……、人が文章を書くのは動機や目的があるからですよね? 落書きだって、それを書く動機や目的があるワケで。
  であるから、文章を読むときは、「この文章を書いた動機は何か?」「この文章を書いた目的は何か?」とチェックしながら文章を読み進める。
  すると、文章の表面に書かれた美しく耳ざわりの良い話が、実は読者をダマすために創作された「感動の物語」だった!なんてことが見え てくる。
  その「読者をダマすために創作された物語」の〝見本〟として、世界一壮大な「物語」が、じつは、日本にある。
  それは、いったい何か?
『日本書紀』だ。『日本書紀』というのは、当時世界一の大帝国だった〝大唐帝国〟を見事にダマしきった、壮大な「歴史物語」なのです。

『飯山一郎最終講義』p.11

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下線で示した「見事に唐帝国を騙しきった『日本書紀』」という、飯山さんの結語を理解するには、飯山史観、特に天武天皇の正体について識る必要がある。天武天皇については、今の古墳時代シリーズを終えた後に筆を進める予定だが、一足先に飯山さんの大まかな天武天皇観だけでも確認したいのであれば、「飯山一郎の古代史」に掲載されている、天武天皇に関した記事に目を通すといいだろう。たとえば、「天武天皇は,済州島の御方である!」といった記事だ。

『飯山一郎最終講義』で、注目して欲しい行がもう一ヶ所ある。

『日本書紀』の表面ヅラの文章(テキスト)は流し読みしながら、『日本書紀』を書いた動機や目的、そして当時の国際環境や背景(コンテキスト)を徹底的に分析しながら『日本書紀』を読み進める。その結果、飯山一郎は、『日本書紀』の秘密だけでなく、古代の日本人が「日本国」と命名した、その国名の秘密をも知ることができました。
『飯山一郎最終講義』p.17


前稿にも書いたことだが、「コンテキスト」を把握することの大切さが、この飯山さんの文章で改めて確認できよう。

それにしても、コンテキストを読み抜き、誰にも真似のできぬ分析力(インテリジェンス)を発揮し、驚くような数々の結論を示してみせた飯山さんには、過去のHP記事や放知技への投稿などを読み直すたびに舌を巻くのだし、まさに巨人という形容が相応しい先達であった。そして、巨人と謂えば、堺のおっさんや小ボンボンさんの投稿を思い出す。

多くの教えを残した飯山氏の功績は、時間の経過とともに薄れるばかりか

いっそう深く、より鮮明になりつつある。

巨人を理解するには時間が必要なのである。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16492748/998/


>飯山先生の巨人ぶりがどのように形成されてきたのか

確かなことは…常人とはつねに真逆の道を進んで歩んだ。この一言に尽きると思います。

また、ろくに学校に通わずともほぼ独学で、渉猟した書籍の数は3万冊にも及んだとも。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16507984/210/


再び『飯山一郎最終講義』に戻るが、小生が寄稿した飯山さんへの追悼文の題は、「飯山史観を後世に遺す」というものだったが、これは単に過去の物語として『飯山史観』を遺すということだけではなく、現在、さらには将来に向けた一種の羅針盤、見取り図にしたいと思ったからだ。その意味で、以下の飯山さんの文章、目に見えぬ形で愚生の背中を押してくれているような気がする。

歴史とは、過去と現在と未来のために生かしてこそ価値を発揮するのであり、それこそが本物の歴史観です。
『飯山一郎最終講義』p.17


そうしたニュアンスを込めて、小生は掲示板「放知技」に投稿した。

堺のおっさんやmespesadoさんによる放知技への投稿、あるいは野崎博士によるブログ記事は、国際政治・経済の優れた解説になっていることから必読で、これらを丁寧に追っていくことは、あたかも大海を航海する上で不可欠な羅針盤を手に入れたようなもの、つまり、今後の世界の潮流をほぼ確実に見通すことができる、見取り図を手に入れたに等しくなります。
だから、「現在」についての見取り図は「放知技」、特に本スレで、「将来」についての見取り図はブログ【文殊菩薩】で、「過去」についての見取り図は飯山さんが遺してくれた過去の記事や投稿、殊に飯山史観に関係するものを、それこそ眼光紙背に徹して(行間を読むつもりで)いけばE-のではないでしょうか。

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/12492283/355/



古墳時代 07
前稿「古墳時代 06」で、亀さんは以下のように書いた。

飯山史観の古墳時代という「料理」を作る前に、昨日集めた記事や投稿という「食材」から、どのような「料理」ができるのか、今から楽しみだ。


ところが、未だに何の「料理」を作ろうかと、具体的な「料理」を決められないまま、三週間が流れてしまったwww。それはともかく、以下のpdfファイルは、放知技で検索した古墳時代についての投稿から、これはと思うものをピックアップしたものだが、これに飯山一郎さんから直接受けた講義内容と組み合わせつつ、思いついたテーマを徒然なるままに書き連ねていきたい。
http://www.nextftp.com/tamailab/etc/houchigi_kofun.pdf

ここで、上掲のpdfファイルを見た読者は、「検索に使ったキーワードが少ないのでは?」、あるいは「仲哀天皇、北魏、馬韓、卑弥呼、シャーマニズムといった、他にも重要なキーワードがあるのに、何故使わないのか?」と思ったことだろう。しかし、放知技の投稿すべてが古代史についてのものではないし、意外とpdfファイルに示す若干のキーワードだけで、重要な投稿が相当数ヒットする上、ダブっている投稿も多いのだ。ともあれ、飯山さんの頭の中にあった古墳時代観については、上掲のpdfファイルに挙げた飯山さんの投稿で大凡がわかると思う。

それから、拙稿「古墳時代 05」では、古墳時代について以下のようなテーマを取り上げたいと書いた。

・外圧と占領
・応神天皇の出自
・墳丘墓(クルガン)と古墳
・武士の誕生
・志布志ハブ港
・唐仁古墳群
・原田古墳
・横瀬古墳
・ツランの影響
・太陽信仰と聖方位
・熊襲と隼人
・知覧 


上掲の一部のテーマに加えて、その後思いついた様々なテーマについても筆を進めていこう。そこで、今日のテーマは「熊襲と隼人」。

■熊襲と隼人
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「熊襲と隼人」というテーマに基づいて古墳時代に思いを巡らすと、飯山さんの投稿(2018年1月4日)が脳裏に浮かぶ。つまり、『日本書紀』の「応神天皇紀」以前は「熊襲」と呼んでいた集団が、いきなり「応神天皇紀」以降は「隼人」と呼称するようになったという飯山さんの投稿である。しかし、それ以上に重要なことは、「仲哀天皇を射殺したのは譽田別尊(ホンダワケのミコト)を酋長とする熊襲族」とする、同投稿にある飯山さんの記述だと思う。

大隅半島まで熊襲征伐に遠征して来た仲哀天皇を「賊矢」で射殺したのは…
譽田別尊(ホンダワケのミコト)を酋長とする熊襲族であったことは間違いない.

ホンダワケは,政治と軍事は武内宿禰(タケノウチの宿禰,弥五郎どん)に任せ…
高麗人,百濟人,任那人,新羅人らの来朝時は,権威的な外交を行っていた.
河内王朝の統治構造は,仁徳天皇陵の如き「権威」を高揚させる政治であった.
しかし,その河内王朝を打ち立てた「軍団」が,熊襲族であったこと!
このことを↑↑『日本書紀』は巧妙に隠しているが…
応神天皇紀からは,「熊襲」が一切出てこず,代わりに「隼人」がデビューしたことは…
ウラ側の事情(「熊襲隠し」)が,逆に,ミエミエになっているwww

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16340424/49/


念のため、日本書紀全文のデータベースで確認したところ、「熊襲」でヒットしたのは、「景行天皇~成務天皇」、「仲哀天皇紀」、そして「神功皇后紀」の3件のみだった。以下は、最後の「神功皇后記」に登場する熊襲についての記述である。

然後、遣吉備臣祖鴨別、令擊熊襲國、未經浹辰而自服焉。


次に、「隼人」で検索すると8件ヒットした。最初にヒットした「神代下」を除き、続く二件目の「履中天皇~反正天皇」から先は、全て応神天皇の御代から以降である。そこで問題は、応神天皇の御代以前について書かれた「神代下」の以下の記述である。

始起烟末生出之兒、號火闌降命。是隼人等始祖也。


因みに、手許の『日本書紀』(宇治谷孟 講談社学術文庫)を紐解くと、同書p.59に登場する「隼人」に注(2)と記されており、p.89には以下のような解説があった。

(2)隼人 大隅・薩摩の地方に住んでいた種族で、宮門の警護や歌舞に従事することが多かった。


飯山史観について多少なりとも知る読者であれば、「神代下」にある「隼人」、もしかしたら当初は「熊襲」と記してあったのでは…、といった勘が働くことだろう。そうした読者であれば、上掲の飯山さんの投稿の冒頭にある、以下の記述が理解できるはずだ。

>応神天皇(ホンダワケ)が、実質的な日本の国家構造を作られた


という堺のおっさんの発言に対して、飯山さんは以下のように応えている。

このことは↑↑『日本書紀』と『古事記』を,眼光紙背,注意深く読めば見えてくるはずだ...


「眼光紙背」…。この言葉に接すると、飯山さんの別投稿(2017年9月16日)を思い出さずにはいられない。

世の中,ほとんどの人々は,文章(テクスト)の表面の意味にとらわれて,文章の背
景(コンテクスト)を読まない.
だっから,テクストだけでなくコンテクストをキチンと読める人だけがE~おもいを
するワケで.www

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16216140/411/


次稿では、コンテキストと絡めて、『日本書紀』が成立した背景について少し言及してみよう。