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人生は冥土までの暇潰し

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人生は冥土までの暇潰し
亀さんは政治や歴史を主テーマにしたブログを開設しているんだけど、面白くないのか読んでくれる地元の親戚や知人はゼロ。そこで、身近な話題を主テーマに、熊さん八っつぁん的なブログを開設してみた…。
祝サイクル安打!
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6月14日(米国現地時間6月13日)、大谷翔平選手が日本人メジャーリーガー初のサイクル安打を達成、小生も最後の打席で単打を大谷が打つ瞬間をテレビで興奮しつつ見た。NHKのアナウンサーが「日本人初のサイクル安打」と、ドジャースの元投手で解説者を務める斉藤隆に伝えると、「そうですかぁー!」と斎藤は驚きの声を上げていた。小生もすでにイチローあたりが達成していたものとばかり思っていたので、斎藤同様に驚いたwww 早速ネットで確認してみたところ、サイクル安打にリーチをかけた日本人選手が過去に大勢いたのを知った。
サイクル安打にリーチをかけた日本人メジャーリーガーは10人。大谷翔平は2度目のリーチで達成

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大谷と言えば、日本ハム時代から同投手を見守り続けてきた身として、160kmを超す剛速球を投げる投手としての印象が強いのだが、昨秋、肘手術をしていたこともあり、今季は打撃一本に絞っていた大谷、復帰した当初こそ不調だったものの、六月に入って徐々に本来の調子を取り戻しつつある。そんな大谷を見ていると、つい投手としても凄いということを忘れてしまうほどだ。斯様に小生が大谷の活躍に注目しているのも、投打で活躍する大谷の凄さもさることながら、息子たちが同年代であることも、大谷に関心を抱くようになった理由の一つだ。そして、何よりも岩手の田舎出であるだけに、素朴で人間性も素晴らしい。

そんな大谷を的確に評している野球評論家として、最初に頭に浮かぶのが三冠王を三度達成した落合博満だ。小生は落合の一匹狼的なところが気に入っているのだが、野球を見る目も確かなものがある。以下、落合の大谷評…



もう一人、的確に大谷を評価している野球解説者に、ノムさんこと野村克也がいる。野村も小生の好きな元プロ野球選手の一人だ。そのノムさん、最初は「野球を舐めている!」と、大谷の二刀流に猛反対していた。ところが、しばらくして大谷が投打で本物であることが分かると、親子以上の年の差がありながら、「大谷さん、すみませんでした」と頭を下げたあたり、なかなかできることではなく、改めてノムさんを見直した次第である。



どうやらノムさん、同じく元プロ野球選手の張本勲とは犬猿の仲のようだ。そのノムさんについて言及した面白いツイッター記事をメスペサドさんが本スレで紹介していた。

禿同!

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天武天皇 04
■殷
ツラン→ツングース→→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


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現在、存在が明らかにされている中国最古の王朝。本来は商といった。巨大な殷王の地下墓である殷墟が発見されている。

前16世紀中ごろ、殷の湯王が、夏の暴君桀を滅ぼし、王朝を建てた(このような武力による政権交代を、放伐という)。都は河南省の二里崗遺跡の城郭がそれに当たると考えられている。以後、何度か遷都を繰り返し、次第に黄河中流中原に支配権を拡大していった。前14世紀の19代の王盤庚のとき、河南省安陽県の殷墟の地に遷都し、以後最後の紂王が前11世紀に周に倒されるまで続く。甲骨文字によるとこの都は大邑商と言われ、殷も当時は商といった。殷は高度な青銅器製造技術を持ち、甲骨文字を使用した。

世界史の窓 殷


最初に、殷の出自を裏付ける史料をネットで探してみたのだが、意外と少ないことが分かった。それはともかく、殷の出自について一番分かりやすく解説していると思ったのが、「るいネット」の以下の記事であり、殷の出自は遊牧民族だと明白に書いてある。

殷帝国の動物犠牲の中の羊の多用をみては、殷族はもと遊牧民として中国に流入した一種族である可能性を窺わせるものである。これを裏付けるものに、上記殷族の主用食糧の大麦も西アジア原産種であるという点である。
殷(商)王朝の出自


ここで思い出すのが、飯山一郎さんの以下の記事だ。

 百済国の先祖は “扶余国”.“扶余国” からは“高句麗国” も出ている.
 “扶余国” の先祖はユーラシア東部の遊牧民 “ツングース族” だ.

◆2009/02/11(水)  日本は,百済の継承国家である!


また、以下のような記事もある。我々日本人と豚の関係が分かり、興味深い。

遠い昔.中国東北部 (満州) の広大な平原で…,
モンゴル族系の扶余族は,ツングース族 と混血して 扶余国 を建てた.
扶余国の王子一派は,さらに南下し,渤海沿岸で馬韓国を吸収して 百済国 をつくる.

◆2009/05/02(土) われわれの先祖は豚を飼う民族だった.


扶余国のルーツはツングースであると、飯山さんは書いているのだが、ここで思い出していただきたいのが、最近の飯山史観カテゴリで毎回冒頭に示す以下の流れである。

ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済


つまり、赤文字で示した流れは、ツングース族の一派である、朝鮮系の流れを示しているのである。

次に注目していただきたいのが、飯山さんの以下の記述だ。

『亀卜(きぼく)』は、“神の意志”を占う秘術として、北方遊牧民の間ではシャーマン
の秘法だった。

…中略…

『亀卜(きぼく)』は、『馬韓』で、さらに高度に発達し洗練されます。
『扶余』の北方シャーマニズム(ツラン・シャーマニズム)が融合されるからです。

『馬韓』に伝えられた『殷』の『亀卜(きぼく)術』の秘法と、“ツラン・シャーマニズム”
合体
これが今後の主題となる『ツランの秘儀』であります。

◆2011/03/02(水) 金王朝の “深い深い謎” -91-


これは、殷から馬韓までの主流は朝鮮系ツングース族だということを示しているわけだが、あくまでもツングース族が〝主流〟だったということで、異民族の影響も受けていたのだ。そのあたりを如実に述べたが以下の記事だ。

しかし、「卵生説話」なら、そのメッカは南方の島嶼域だろう。それに、玄鳥による妊娠。これは燕を指すと思われるが、夏候鳥だから、南方渡来ということになる。純粋のツングースでは無いということでは。

それに、ツングース系であれば、神が憑依するシャーマンのお告げが政治の中心になる筈。それと、殷の占トは違うのでは。占トは"霊的憑依"ではなく、専門家が"知識"を駆使して天の声を読み取る仕組みである。これは西域の遊牧民の動物骨焼占トや、南海島嶼民の海亀甲羅焼占トの風習に近いのではないかという気がする。

殷の帝も蛮夷戎狄の類が出自


亀卜とシャーマニズムの合体については、別の機会に書きたいと思う。いずれにせよ、遊牧民族もといツラン民族の流れは、実にダイナミックなものだった、ということがお分かりいただけたと思う。

天武天皇 03
■ツングース
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済

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ツラン民族圏

ツランの主要な一民族であるツングース民族とは、どのような民族だったのか、「世界史の窓」HPから「ツングース系」という小項目の全文を引用しておこう。

アルタイ語族に属し、中国東北地方で狩猟生活を送っていた民族。その中の女真が金と清を建国した。

 漢民族から見て北方民族に入る民族で、トゥングースとも表記。アルタイ語族に属するツングース語を用いる諸民族をツングース系と総称する。現在の中国の東北地方(旧満州)から南シベリアにかけての森林地帯で、部族に分かれて半農半狩猟生活を送っていた。古くは高句麗を建国した貊族、7世紀末の渤海国を建国した靺鞨族もツングース系とされる。最も有力となったのは女真で、12世紀に金を建国し、中国の北半分を支配した。金は1234年にモンゴルに滅ぼされたが、後の17世紀に満州族と称して清を建国した。


続いて、故飯山一郎さんがHP記事で、ツングースについて言及した記事が幾本かあるが、そのうちの一本を以下に紹介しておく。

遠い昔.中国東北部 (満州) の広大な平原で…,
モンゴル族系の扶余族は,ツングース族 と混血して 扶余国 を建てた.
扶余国の王子一派は,さらに南下し,渤海沿岸で馬韓国を吸収して 百済国 をつくる.
やがて,百済国の末裔(大海人皇子)は日本国をつくる….(cf. 飯山一郎の古代史).

われわれの先祖は豚を飼う民族だった.


掲示板「放知技」にも、飯山さんのツングースについての投稿がある。ここで、ツングース族はウラル・アルタイ語族に属することを思い出すに、ウラル・アルタイ語族についての飯山さんの貴重な投稿が幾つかあり、なかでも重要な指摘は以下だ。

「日本語は、BodyとHeartは南島語から…,
HeadとSpiritはアルタイ語から形成された複合言語である」
ということになります.

そして…,
日本語の「アルタイ語化」は,天武天皇の御代から開始されるのです.

http://grnba.bbs.fc2.com/reply/13047287/9/


つまり、過日の拙稿「天武天皇 01」にも書いた通り、「北(ツラン民族)や南(黒潮民族)といった各方面から日本列島に渡来してきた」ことから、南島語とアルタイ語の複合語である日本語が誕生、それが天武天皇の御代以降、「アルタイ語化」した日本語となったわけである。

ここで、母語についてだが、拙稿「和僑」で以下のように小生は書いた。

ここで、人の思考行動形式を支配している根源的なもの、それはその人の母語であると亀さんは思っている。そのあたりを教えてくれたのが、同時通訳の泰斗・故國弘正雄であった。國弘先生の資料が見つからないので朧気な記憶で書くが、「人の生涯の母語は小学校2~3年生ころまでに決まり、その年齢を過ぎると後はどんなに努力してもバイリンガルには成るのかせいぜいで、一部の天才を除き、絶対にバイカルチャーには成れない」というものである。これは亀さんの体験からもその通りだと思う。英語と日本語のバイリンガル、時には数ヶ国語を自由に操る知人友人には数多く出会ったものの、未だにバイカルチャーの人間と出会ったことはない。


母語については、天童竺丸さんの考察も見逃せない。

 今日相互に大きく異なる言語のグループとして、「膠着語」「孤立語」「屈折語」の三つが挙げられる。
「孤立語」とは他の言語と関係を有しない独りぼっちの言語という意味ではなく、文章の中で単語が何時も同じ形で孤立し(それ自身が語尾変化したり他の要素を付加しないでも)文法上のさまざまな意味をもつことを特徴とする言語集団の謂である。支那語やチベット語、タイ語などがこの言語グループに属する。
 いわゆる「てにをは」をくっつけてやらなければ、文法上の意味が明確にならない言語が「膠着語」である。膠でくっつけるように小辞をつけて意味を明らかにする言語というほどの意味である。ツラン民族の言語の特徴はこの「膠着語」である。
「屈折語」とは、動詞も名詞も実際に文章の中で使われるときは、その文法上の意味(役割)によって語形を屈折(変化)させる言語集団である。津田氏の話に出てきた印欧語族は、この「屈折語」のグループに属する。

ツラン魂は健在なり 2


加えて、日本語が北(ツラン民族)と南(黒潮民族)との複合語であるという観点に立てば、同じく天童さんの「わが産土は吉備である」(『みち』平成30年9月1日号)という記事は重要だ。残念ながら同記事の電子化はされていないものの、拙稿「北満州と日本列島 04」に転載したので、関心のある読者は一読願いたい。以下、転載した記事の一部を再掲しておく。

日本語祖語は北方言語と南方言語が渾然一体化を遂げた奇跡の言語であった。構文(シンタックス)は言葉そのものを活用・屈折させニュアンスを表現する印欧語系統の屈折語ではなく、助辞を補うことによって言葉と言葉の関係を明確にするという膠着語の系統を引き、北方ツングース語と密接な関係にある。そして語彙には南島祖語(原始アウストロネシア語)に系統を曳く夥しい言葉があって、濃やかな感情表現には接頭辞強調による段階変化(例えば、あか、まっか、まっかっか)をそのまま採用している。


北朝鮮の正体
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小生は掲示板「放知技」のメインスレに、秋嶋亮(響堂雪乃)氏が一年ほど前に著した、『北朝鮮のミサイルはなぜ日本に落ちないのか』について投稿している。

そして先ほど、手隙の時に同書を引っ張り出し、「プロローグ」を一読、さらにページ全体にサーッと目を通し、それから第一章から腰を据えて目を通し始めたのだが、タイムアウトになったので最初の二小節(「1.誰も戦争になると思っていない」および「2 アメリカによる拉致事件は北朝鮮よりも多い」)に目を通したところで、残りのページの通読を止めた。残りのページは何時読めるか分からないのだが、思うところがあり、未読ながらも同書から受けた印象を以下に書いておこう。

■DS観の違い
数年前、初めて秋嶋氏の本を目に通した時、秋嶋氏と小生のDS(Deep State)観、すなわち彼我の世界権力観に大きな隔たりがあるのを知った。秋嶋氏のDS観を如実に示す文章を、上記の二小節から取り上げてみよう。

拉致被害者の家族がホワイトハウスに陳情に行く、そしたら大統領が「自由を脅かす敵は許しません」みたいに頼もしく答えるシーンが放映されるじゃないですか。そうやってアメリカは「正義の国」、北朝鮮は「悪の国」というイメージを刷り込んでいるわけです。いずれにしろ北朝鮮の拉致事件がアメリカのプロパガンダに利用されていることは間違いありません。
p.27


同書の残りのページを読了しないことには何とも言えないが、少なくとも秋嶋氏には、トランプがDSと対峙しているという視点が欠落している。このあたり、放知技の読者であれば、小生の云わんとすることがお分かりいただけることだろう。ある意味、トランプも安倍晋三も世界権力の一角を占めていることは間違いないにせよ、少なくとも国益という観点から見れば、国益を軽んじているDSと、国益を重んじるトランプの違いに秋嶋氏が目を向けていない点が気になった。

このあたりから察するに、秋嶋氏はトランプも世界権力に組み込まれている、あるいはDSとトランプの立ち位置は、両建構造(ヤラセ)と考えている節があるが、本当にそうなのかといった判断は、同氏の『北朝鮮のミサイルはなぜ日本に落ちないのか』を読了した段階で行いたい。一方、小生はトランプが世界権力と対峙しているとする立場だ。

ここ数年に至って世界権力への対抗勢力として、プーチン、金正恩、トランプ、安倍晋三、習近平らが台頭してきたのは、現在進行中である大転換期の前触れである。
世界権力と童話


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13日、ホルムズ海峡付近で攻撃を受けて火災を起こし、オマーン湾で煙を上げるタンカー(AP)

■歴史の闇
もう一点、秋嶋氏の書籍にサーッと目を通してから、最初の二小節を精読して腑に落ちなかったのは、秋嶋氏が故飯山一郎さんと長年の付き合いがありながら、北朝鮮についての洞察に深みがないという点だ。横田めぐみさんは金正恩の御母堂、とまで書いてくれとは言わないまでも、金正恩と胡錦涛の深い関係といった、飯山さんが遺してくれた「金王朝の “深い謎”」について、多少は言及して欲しかったと思う。

ともあれ、同書に接した放知技の読者であれば、単に周知の事実が並んでいるだけなので、物足りなさを感じたのではないだろうか。たとえば…

平壌空港から横田基地の直行便が出ている
p.20


90年代のアルゼンチンやブラジルやチリなどでも軍事政権により十数万人が拉致されました
p.24


といったことが書いてあるのだが、これは放知技の読者にとって〝常識〟の部類に属す。

これでは、残りのページにも目を通そうという気力が無くなるというものだ。尤も、副島隆彦のような御仁の著した『米軍の北朝鮮爆撃は6月!』などと比較すれば、秋嶋氏の本の方が数百万倍も優れているのは言うまでもない。ご参考までに、副島の『米軍の北朝鮮爆撃は6月!』は以下の拙稿で酷評済みだ。
メスペサド理論(1)

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■社会学の重要性
秋嶋氏は同書の「プロローグ」で、実に大切なことを書いている。それは、社会学について言及した以下の行である。

これまで地政学や軍事学などが綴った北朝鮮論は極一面を捉えたものに過ぎず、その全体像を暴き白日のもとにさらす仕事は社会学を道具として初めて可能となるのだ。
p.6


全く以て同感である。社会学、すなわち社会科学の重要性を教えてくれた、IBDの石上社長に改めてお礼を申し述べたいと思った次第である。

 社会科学は、人間の過去の営みによって自然的に作られた社会の仕組み、政治、産業、技術、経済、法律、価値観、嗜好、思想、文化等がどのように仕組まれて形成されているか、それらがどのように機能しているのか、並びに、どのような社会が人間に取って最も有益であるのかを明らかにし、それを実現できるようにすることを目的としています。そのため、社会科学は、人間社会を対象として分析し、その中に隠されている真実を見抜き、それを法則、原理、原則という形で言語表現し、それに基づいて将来を予測してゆきます。但し、社会科学においては、一時的な便宜性よりも普遍的な正義を求め、知識のみに振り回されない人間の信義の確立を求め、部分的な繁栄よりも人類の採るべき道を追求してゆきます。
従って、社会科学は、哲学に限りなく近い存在ということができます。

「異文化ビジネスのすすめ」第2号


天武天皇 02
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小生は『飯山一郎最終講義』に、「飯山史観を後世に遺す」と題する追悼文を寄稿、飯山史観に基づき、以下のような日本人のルーツの大枠を示した(p.145)。

ツラン→ツングース→扶余→百済→日本


今の時点で読み返してみるに、大分端折ってしまった感が強い。そこで、これを詳細に示そうとしたら以下のようになった。

ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済→済州島→九州宮崎→志布志・種子島→大阪・難波→奈良


前稿「天武天皇 01」で「天武天皇は百済国の王子」と書いた手前、ツランから百済まで(済州島以降は略)、参考となりそうなHPやブログを引用しつつ、上に示す日本人のルーツのラフスケッチを描いてみることにしよう。

■ツラン
ツラン→ツングース→殷→箕子朝鮮→北魏→北燕→邪馬台国→馬韓→扶余→百済

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ツラン民族圏

ツランについて語る前に、ホモサピエンスがアフリカを脱出した当時まで、一気に時計の針を戻してみる。

脱アフリカ組のホモサピエンスの一部が、コーカサス山脈を越えてシベリアに進出しているが、この集団が後にツラン(太古シベリアの諸民族を総称)となった。そのツランを構成する民族は大きく分けて三つあり、モンゴル民族、トルコ(テュルク)民族、そしてツングース民族だ。そして、最後のツングース民族こそ、百済国のルーツだ。
北方モンゴロイドの拡散(ツングース族、モンゴル族、テュルク族の起源)

もう一点、忘れてはならないのがツランを誕生させたシベリアで、そこは、人類文明の策源地となった。このあたりについては、拙稿「ツランの原郷」を参照されたい。

その他、旧ブログの拙稿「ツランという絆」では、ツランに関する様々な史料を紹介した。

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※ 『大興安嶺探検』(今西錦司編集 朝日文庫)については、拙稿「歩く思想家」を参照のこと

ツランから百済までの日本人のルーツについて、一気に書き上げるつもりでいたが、どうも無理なようなので、項目ごとに書き分けていきたいと思う。よって、次稿は「■ツングース」について筆を進めよう。

自省録と合気道
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JBpressの一本の記事(以下)に目が留まった。拙稿「今を生きる」で自省録について書き、さらに「世界権力と童話」で合気道について書いた身として、この両者を結びつけた同記事に興味深く目を通した次第である。
古代ローマの人生訓と合気道精神はこんなに似ている

一読して、前稿「今を生きる」を思い出させる記述が多いと思った。そう思った記述として、「いまこの瞬間こそ重要」、「すべてが瞬間ごとに変化していること」などがある。さらに、「宇宙ではすべてがつながっている」という記述に接し、合気道の修行時代を懐かしく思い出した次第である。また、本の題名は忘れたが、図書館で借りた合気道の本に載っていた、イラストも同時に思い出したのである。それは、縁側に腰を下ろしている植芝盛平翁のイラストだったのだが、何気なく庭を眺めていた植芝翁が、宇宙との一体感を悟った瞬間を描いたイラストで、その時、涙が翁の頬を伝わったという。そのイラストが忘れられないのは、当時の自分には分からないまでも、翁の氣が小生に伝わったからではと、今にして思う。

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同記事の筆者である佐藤けんいち氏は、小生同様、若いころに合気道の修行に励んでいたとあり、留学先のアメリカで合気道を指導していた体験をもとに語った、以下の言葉は印象深い。

私の個人的な関心ではあるが、合気道という20世紀の日本生まれの武道が、意外なことに『自省録』を貫く精神に相通じるものがあることを見ていきたいと思う。


加えて、佐藤氏の以下の言葉、同じく合気道の修行をしてきた身として、心から同意する次第である。

逮捕術に使用されているため、合気道が女性警察官にとっては必須のスキルとなっていることは、比較的よく知られていることだろう。たしかに護身術としても有用だ。だが、単なる「術」ではない。あくまでも基本は「道」であり、きわめて思想性の強い武道なのである。


この「道」についてだが、英語道を提唱しておられた松本道弘師範に、「道」についての多くを教えていただいており、改めて自分は合気道から英語道へと、道を追い求めてきたのだなと思った。尤も、この道は果てしなく、日暮れて道遠しといった感が強い。

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最後に、個人的に最も強く惹かれたのが以下の文章…。

大本教の教祖・出口王仁三郎のもとで、約8年にわたってスピリチュアルトレーニング(=精神修行)を行っていた植芝盛平(1883~1969年)には、『合気神髄』や『武産(たけむす)合氣』という言行録が没後に出版されているが、言霊学(ことだまがく)をはじめとする「古神道」(こしんとう)関連の思想が濃厚に流れ込んでおり、慣れていないと違和感を覚えるだろうし、独自の概念とロジックが展開しているので、正直いって理解するのは簡単ではない。

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大本教、出口王仁三郎、そして言霊と、JINMOさんが世界戦略情報誌『みち』に連載中のテーマそのものである。ミュージシャンであるJINMOさんが、どのように出口王仁三郎を描くのか、どのように言霊について言及するのか、今から非常に楽しみだ。

天武天皇 01
四回続いた「蘇我一族」シリーズを終え、今回から新シリーズ「天武天皇」に着手する。いよいよ、飯山史観の山場を迎えたということになるのだが、本来は、 推古朝、舒明・皇極朝、孝徳朝、天智朝のそれぞれについても詳述しなければならないところ、専ら蘇我氏だけに焦点を当てて書いただけで、次の天武朝に移る形になってしまった。結果、飛鳥時代(古墳末期~大和時代)を端折ってしまったのだが、このあたりの穴埋めは、後に飯山史観を一本の電子ファイルに纏める際、流れが分かるように多少は加筆する予定である(この飯山史観カテゴリはあくまでも作業日誌)。現実として、仕事(翻訳)に追われている身の故、なかなか調査や執筆に多くの時間を割けないためなのだが、このあたりは平にご容赦願いたい。

では、早急に天武天皇シリーズを開始させていただく。

■はじめに
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百済国の王子であった天武天皇が、唐による暗殺から逃れるため、済州島から九州へ命からがら日本列島に逃れてきた、というのが飯山史観の要諦なのだが、これは、飯山一郎さんの主張していた「外圧と占領説」、第四回「7世紀.豪族・古墳文化の日本列島に,百済国が侵入」に相当する。このあたりは、栗本慎一郎の史観、そして世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長の史観と最も異なる点であろう。

それ以前の日本列島、すなわち旧石器時代から縄文時代を経て、古墳時代(古墳時代シリーズ)、そして飛鳥時代(蘇我一族シリーズ)については、今まで47回にわたり飯山史観カテゴリとして書き連ねてきた。そして、飛鳥時代については前稿「蘇我一族 04」で述べたとおり、北(ツラン民族)や南(黒潮民族)といった各方面から日本列島に渡来してきた、諸豪族が犇めいていた日本列島に蘇我氏が登場、諸豪族の統一が実現したあたりを中心に書いたのだが、さらにその後に至って日本列島に流れてきたのが百済系天武天皇の一団であった。それが、日本の歴史の始まりとなったわけである。蛇足ながら、その時期から現代までの概要を示すとすれば、以下のようになろう。

大化の改新(乙巳の変)で中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原氏)という“一神教派” が天下を取り、それが壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)という“多神教派”の天下となった。そして公になっていないが三度目の乱が起こって再び藤原氏による体制=“一神教派”の天下に戻り、それが今日に至っても続いている
扶桑国王蘇我一族の真実


上掲の拙稿「扶桑国王蘇我一族の真実」で、世界戦略情報誌『みち』の天童竺丸編集長の「巻頭言」を一部紹介しているが、重要なので改めて以下に再掲しておく。


みち330号(平成23年01月15日) ツランの足跡 ─ 遙かなるツラン
みち329号(平成22年12月15日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 6
みち328号(平成22年12月01日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 5
みち327号(平成22年11月15日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 4
みち326号(平成22年11月01日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 3
みち325号(平成22年10月15日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 2
みち324号(平成22年10月01日) ツランの足跡 ─ 大化改新から壬申の乱へ 1


冒頭の「ツランの足跡 ─ 遙かなるツラン」にある以下の記述…

罽賓国からやってきた塞族の僧たちは、文明の新たなる発展を報告するためはるばるとツラン文明の本部・司令塔であった日本列島の扶桑国へと訪れてきたのである。


実は、前稿「蘇我一族 04」に引用した栗本慎一郎の言葉に繋がるのである。

日本史は今後、世界史のキーになるというのが私の予想だから、日本史家は今後も視野を広げて研究を続けていただきたいものだ。


それから、巻頭言は「大化改新から壬申の乱へ」と題したシリーズであるのに注目していただきたい。本当に大化改新と壬申の乱があったのかどうか、このあたりについては本シリーズでスポットを当ててみたいと思う。

ともあれ、今後の天武天皇シリーズで描いてみたいのは、天武天皇の正体、すなわち天武天皇のルーツ(ツングース→扶余→百済成立)、そして天武天皇が日本に及ぼした影響であり、今回の「天武天皇」シリーズの次は、南北朝時代、すなわち「南北時代」シリーズに筆を進める予定だ。その間、飯山さんの「外圧と占領説」の第五回、「9世紀.奥羽地方に獰猛なアテルイ族や突厥族が侵入(外圧)」も挿入したいと思っている。

では、次回から本格的に「天武天皇」シリーズに筆を進めることにしよう。

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天武天皇と額田王

蘇我一族 04
今回で「蘇我一族」の第四弾となるわけだが、先程、今までに書いた蘇我一族01~03を読み返して気づいたことがある。それは、蘇我氏の出自、さらには蘇我氏が日本列島に及ぼした影響という、肝心なことを未だ書いていなかったということである。

そこで、栗本慎一郎の『シリウスの都 飛鳥』を叩き台に、飯山史観というフィルターを通して観た、蘇我氏の出自と影響について書いてみよう。栗本の本を選んだのは、蘇我氏について書かれて本は数多くあれど、遊牧民族(蘇我氏も遊牧民族に属す)の視座で書かれた歴史書は意外と少なく、そうした少ない本の中でも、栗本の『シリウスの都 飛鳥』が最も優れていると思うからだ(他に、『シルクロードと唐帝国』(森安孝夫)がある)。

最初に、『シリウスの都 飛鳥』の構成を確認しておこう。以下のように四章から成っている。

第一章 経済人類学と古代社会論
第二章 なぜヤマトが大和になり日本の首都になったのか
第三章 飛鳥京と日本古代王権の革命
第四章 蘇我氏はサカ族である!?


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どれも章名からして興味深い章である。そして、改めてサーッと再読して気づいたことがある。それは、各章の要諦が同書の「前書き」と「結語」に集約されているということ。だから、時間のない読者は「前書き」と「結語」だけ読めばポイントは掴めると思う。しかし、できれば各章を精読することをお勧めしたい。その最大の理由は、読者が教科書や歴史学者が著した蘇我氏についての本から得た既成概念と、大きくかけ離れた栗本史観が至る所で炸裂しているからであり、栗本の蘇我氏観を頭ではなく、肚で分かるためには同書の通読が欠かせないと思うからだ。尤も、栗本の著したほとんどの本に目を通してきた読者であれば、「前書き」と「結語」だけでもよいかもしれない。

■最後に登場した蘇我氏
最初に、蘇我氏が歴史上に登場する以前の日本列島をおさらいしておこう。ここで思い出していただきたいのは、拙稿「古墳時代 11」で紹介した、飯山さんの「「外圧と占領説」だ。

ここで思い出すのが、故飯山一郎さんが行った投稿、「外圧と占領説」だ。出世外人さんの日本史図式と対比させる意味で、「日本の歴史は,外圧と占領により大変化する」とする飯山さんの外圧と占領説を念頭に、以下のようにまとめてみた。

 *第1回目は:紀元前1万5千年前頃.日本列島に土器文化人が侵入

 *第2回目は,紀元前5千年頃.定住稲作民族が移住

 *第3回目は,西暦紀元前後,古墳文化をもつ豪族たちが侵入

 *第4回目は,7世紀.豪族・古墳文化の日本列島に,百済国が侵入

 *第5回目は,9世紀.奥羽地方に獰猛なアテルイ族や突厥族が侵入(外圧)

 *第6回目は,19世紀.英国が「カラー革命」を策謀し,英国による間接支配開始

 *第7回目は,20世紀.大東亜戦争に敗北した日本は,米国の占領下に入り,以後70年間,米国の植民地・属国

 *第8回目は,米国の支配下から脱するため,ロシアとの同盟関係に入る.← いまココ.

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第3回目,「西暦紀元前後,古墳文化をもつ豪族たちが侵入」という記述に注目していただきたい。当時、北(ツラン民族)から、あるいは南(黒潮民族)から、さまざまな民族が日本列島に渡来(あるいは漂流)し、やがて各地に豪族が誕生、その後は豪族間での合従連衡の時代がしばらく続いた。そうした豪族が犇めく時代から統一に向かう日本列島の時代に突入しようとするときに登場したのが蘇我氏だった。このあたりを栗本は『シリウスの都 飛鳥』(p.7)で、「五世紀末以降、突如日本政治の表舞台に現れて、七世紀中葉には内部の裏切りにあって滅ぼされてしまった蘇我氏」と書き表している。

■蘇我氏の出自
蘇我氏とは何者だったのか…。その蘇我氏の出自を栗本は『シリウスの都 飛鳥』で明らかにした。

五世紀末以降、突如日本政治の表舞台に現れて、七世紀中葉には内部の裏切りにあって滅ぼされてしまった蘇我氏が最初に出てきた場所は、今日のイラン高原東部のシースタンで、紀元前三世紀から紀元四世紀までサカスタンと呼ばれていた場所だろう(いくつかの事実に基づく「推定」である)。
『シリウスの都 飛鳥』p.7


このように、栗本は蘇我氏の出自をイラン高原東部のシースタンとしているわけだが、聖方位といったゾロアスター教の色合いが濃い蘇我氏の時代といった事実からも、栗本のシースタン説を受け入れてよいと思う。一方、蘇我氏にとっては先住民であった他の豪族は、北(ツラン民族)や南(黒潮民族)からと、各方面から日本列島に渡来(あるいは漂流)してきた人たちだった。たとえば、九州を始原地とする古墳群から、シベリアに点在するクルガンを築造したツランの面影が見て取れる。

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蘇我一族 01


■蘇我氏の宗教
蘇我氏の宗教について、栗本は以下のように述べている。

蘇我氏や聖徳太子はおそらくは、一般にスキタイと呼ばれる遊牧民の特定の一角にあった人たちでミトラ教的価値観を持つ人たちであった。
『シリウスの都 飛鳥』p.3


ミトラ教、すなわちゾロアスター教のルーツである。

そのサカスタンの地は、ササン朝ペルシアの時代にも宗教的中心地であり、太陽信仰の中心地であった。ということは、世界に広がった太陽信仰の最初の中心地だった。蘇我氏が奉持した仏教は、弥勒信仰、大日如来信仰であって、インドにはない無量光信仰であるのはこういう理由なのである。
『シリウスの都 飛鳥』p.8


蘇我氏のルーツが、まさにササン朝ペルシアにあることが分かるだろう(拙稿「蘇我一族 03」参照)。

ここで、ゾロアスター教以外に仏教についても栗本は言及している。ここで思い出すべきは、もう一方のインド仏教で、飯山さんの仏教伝来説を思い出してほしい。

大隅半島に仏教を伝えたのは、朝鮮半島からの王仁(わに)博士と世間一般では思っているようだが、この仏教伝来もいずれ見直さなければならない時期が到来するだろう。

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志布志の旅 02


なを、ミトラ教と言えばウィキペディアの「ミトラ教」に書いてある通り、「古代ローマで隆盛した、太陽神ミトラス(ミスラス)を主神とする密儀宗教」と見做すのが一般的だ。しかし、ゾロアスター教の元となったミトラ教の始原地は、栗本同様、インド・イランだったと小生は考えており、以降、その線で筆を進めていく。

■天皇制の起源
小生は「古墳時代 14」で以下のように書いた。

天武天皇は百済国王子(大海人皇子)で、初めて天皇を名乗り今日の日本を築いた人物であった。


ここで注意していただきたいのは、天武天皇が天皇と名乗るまでは、天皇制のプロトタイプ(原型)が既に日本列島で完成していたということである。

つまり、栗本の言葉を借りれば、「天皇制のあり方を含む日本文化の基盤は蘇我氏の悲劇」に由来しているということだ、換言すれば、天皇制のルーツは蘇我氏にありと栗本は言っていることになる。しかし、蘇我氏よりも遥か昔の人たち、すなわち、飯山史観で言うところの第3回目,「西暦紀元前後に日本列島に渡来した古墳文化を持つ豪族」が、天皇制のルーツであったと小生は睨んでいるが、このあたりは今後の検討課題としたい。

■蘇我氏が日本列島に及ぼした影響
蘇我氏の出自が分かったところで、具体的に蘇我氏が日本列島に及ぼした影響とは、一体全体何だったのか、このあたりは「前書き」に詳述されているので、少々長くなるものの以下に引用しておこう。ちなみに下線は、飯山史観というフィルターを通した時、〝?〟と思われる箇所だ。このあたりは機会があれば言及していきたい。

蘇我氏が日本にやってくる前に、最低、縄文時代中期から日本列島に先行して存在する太陽信仰のネットワークが二つあった。青森の三内丸山社会の存在はその証拠の一つだ。その時代にはすでに驚くべき規模の土木工事も行なわれていて、「王国」と呼ばれるべきものが存在した。このことは、文字と文明の関係についての(王国や文明なら必ず文字を持っているに違いないという)旧来の呪縛が解けさえすればすぐにでも分かってくることだと思う。

日本列島内の太陽信仰のネットワークは二つできた。最初北日本のものが先行していたが、縄文時代晩期(紀元前)には大和の三輪山を基点にするネットワークが成立した。この新しい中心となるのが三輪王朝である。三輪王朝になると九州の諸勢力も加わった連邦的政権ができていたと思われる。いやむしろ、そのことがあったために、北日本ネットワークは三輪山ネットワークに吸収されていったのだろう。

こうしたネットワークがあったことが、日本列島が中国や朝鮮とは違う強力な太陽信仰の受け入れ土俵としてやはり太陽信仰を持つユーラシアの遊牧民から重視されたのである。ユーラシアにはおりしも自分たちの存在基盤に揺らぎを感じていた人々がいた。彼らは、日本列島に新たな希望を求めて渡来してきたのである。そして、そのほとんどは日本列島内では太陽信仰における先進地帯である北日本にやってきた。九州ではない。応神、仁徳及び北陸系の王朝はいずれも北日本を拠点にして成立したと考えられる根拠はこれである。

そしてそれらの土台があったところに何度にも及ぶ渡来人の波のなかでほぼ最後にやってきて北日本の王となったのが、蘇我氏一族だった。わずか二百年足らずの栄華から滅亡に至った蘇我氏に関連することどもには、ゾロアスター教的要素と言うよりも、そのはるか前からユーラシア全域での大宗教運動だったミトラ数的要素が多く見出される。作家・松本清張をはじめ、多くの考察者が日本古代社会にゾロアスター教的あるいはユダヤ教的なエッセンスの数々を見出し、その奥底を追究しようとしたが、実はゾロアスター教やユダヤ教をはるかにさかのぼるミトラ教的要素を考えると、もっと多くのことどもが明らかになってくるのである。少なくとも私は三十年の考察の結果、そのような結論に至りつつある。蘇我氏は同時期に中国で次々に建国した旧遊牧民に対して、基底は同じ遊牧民としての共感や、逆にそれゆえに特別な対抗意識を持ったことも見出される。飛ぶ鳥の飛鳥の都における仏教の諸要素はとりあえずかつて(匈奴幕下時代)の同僚鮮卑族が作った北魏をならったものだが、聖徳太子はその鮮卑出身の隋には対抗意識丸出しの国書を送っている。飛鳥京の後にできた平城京は、北魏の平城からその名を受け継いだものだが、飛ぶ鳥の飛鳥の都にはそのアスカという音といい、飛ぶ鳥に託したシンボリズムといい、鮮卑が漢化していくはるか前からユーラシア遊牧民にあったミトラ(信仰)に関わる文化からきたものが大きいと思われる。このミトラと太陽の信仰(及びそのネットワーク)の要素がこれまであまりに軽視されてきたのが遺憾である。

 さらにそこに不思議な「後ろの正面」としてシリウス信仰の基盤を見るというのが本書の題名の意味である。

それを示す一つに、縄文晩期からのネットワークに突然、大きな変更が加えられたという事実がある。それは本書で私が「聖方位」呼ぶ特別な方位であって、それが宗教的に重要なものに登場し始める。そしてやがて、北日本から近江にかけて、太陽のネットワークからシリウスのネットワークへという改変が起こされ始める。

われわれがよく知っている蘇我氏の隆盛の後、六四五年のクーデターによって一族本家は滅亡し、支持勢力は四散した。だが、彼らが作ろうとした日本王権つまり天皇制はそのまま双分制や上天思想の要素を根幹に残して成立していった。つまり、王権や律令国家の基礎は蘇我氏が作って今日に至るのだ。また、北日本を中心にして、金属鉱山関係者、水利事業者、運搬事業者、山岳信仰関係者、遍歴の商人など、非主流に回った蘇我氏や聖徳太子の一統が残されたのである。蝦夷の将軍アテルイ、奥州藤原氏、北関東の王・平将門は、いずれもその関係者またはその後裔である。鹿島神宮を信仰する北関東武士団もその流れである。それがなければ、鎌倉や江戸が政府の中心になることはなかった。つまり、蘇我本家は滅びても日本文化に大きな影響を残したのである。それを私は上天思想と本書で検討する双分制だと考えている。この他に妙見信仰や閻魔大王、牛頭天王への尊崇、蘇民将来護符の信仰など関連するものを挙げれば切りがない。つまり、蘇我氏や聖徳太子(もちろん、もし実在したならばだが)は日本文化の基層を決定したのである。

……中略……

ともあれ、中大兄皇子と藤原鎌足が構築した古代初期や縄文時代晩期に関わる歴史像は大きな嘘であった、という結論は明らかだ。真実の再構築には、ポランニーの経済人類学が新たに知的ツールとして投入されるべきだと思う。
『シリウスの都 飛鳥』p.8~12


栗本の云うポランニー経済人類学は重要であり、栗本史観のキーワードの一つだ。よって、今後は折に触れて取り上げていくことにしたい。

■最後に
蘇我氏の出自と影響について長々と書いたが、一つだけ再度強調しておきたいことがある。それは、「限りなく真実にたどりつこうという人たちにだけ本書を贈る」と、栗本慎一郎が『シリウスの都 飛鳥』(同書p.7)に書いているように、飯山史観も既成概念にとらわれないものであるだけに、真実に近づきたいという読者だけを対象に書いている。よって、以降の「飯山史観」シリーズを読むことは、日本史に関する従来説に安住したいという読者には苦痛を伴うと思われるので、かかる読者には拙ブログの飯山史観シリーズを読み飛ばすようお勧めする。その方が、精神的な苦痛を受けることもない。

それから、小生が飯山史観の編集に取り組んでいる理由の一つが、『シリアスの都 飛鳥』のp.7に書いてあったので紹介しておこう。

日本史は今後、世界史のキーになるというのが私の予想だから、日本史家は今後も視野を広げて研究を続けていただきたいものだ。


まだまだ蘇我氏について書かねばならないことが残されていると思うし、しばらくは蘇我氏族について続けたいと思っていたが、飯山史観最大の山場である天武天皇シリーズを、一刻も早くスタートさせたいという気持ちが強まったこともあり、今回を以て蘇我氏族シリーズを一応終了させ、次稿以降からは天武天皇シリーズを開始することとしたい。


世界権力と童話
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過日、NHKのダークサイドミステリー・シリーズで、「あなたの知らない童話の闇 夢か悪夢か本当か?」という番組を放送していた。内容は、シンデレラ、ハーメルンの笛吹き男、ヘンゼルとグレーテルといった、グリム童話に隠された闇世界についての話で、童話の闇世界は前々から関心のあったテーマだった。何故なら、グリム童話の場合、その闇世界についての書籍もいろいろと出版されているし、ネットでも話題になることが多いからだ。たとえば以下のネット記事…
闇の支配者の洗脳ツール「グリム童話集」

上掲の記事は、童話が闇の支配者の洗脳ツールだったと主張する、オドオドしい内容になっているが、その出典が故飯山一郎さんに完膚なきまで叩きのめされたカレイドスコープ…(爆) 同ブログについては、拙ブログでも時々登場してもらっている。たとえば、「えっ! 第三次世界大戦が勃発するのォ~?(笑)」といった記事だ。

第三次世界大戦についての上稿に安西ファイルが登場しているが、この安西ファイル、世界戦略情報誌『みち』の「世界情報分析」(藤原源太郎)の代わりとして、最近になって連載されるようになった。そのため、今までのように安西ファイルを拙ブログに転載するわけにはいかなくなったので、安西ファイルを拙ブログで取り上げる機会が激減したという訳である。

ところが、最新号の『みち』(六月一日号)の安西ファイルに、カレイドスコープが登場していたので取り上げないわけにはいかなくなった。そこで、「ピノキオ」と「アンジー」に絞って同号の安西ファイルを紹介したい。

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■ピノキオ
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(ピノキオを模したタイのプラユット首相の似顔絵を描いた仮面と、プラユット首相に予定通り選挙実施を要求するタイの反政府デモ隊)

安西ファイルは年始に『The Economist』誌の表紙について、多角的に論評するのを常としている。今年も「英国誌『エコノミスト』の正体」シリーズで取り上げており、『みち』四月十五日号より連載中だ。何故に、毎年『The Economist』誌の表紙を取り上げているのか? このあたりは拙稿「二人の武士 02」にも書いているが、本稿でも再掲しておこう。

英国の政治経済誌『エコノミスト』(The Economist)の特集号「世界はこうなる」に関し、『エコノミスト』の特徴を詳しく見ていくとともに、同誌がなぜ世界寡頭権力のプロパガンダの道具なのか、歴史を遡りつつ、この雑誌を編集・発行した者たちの狙いを暴くことを通じて解明していく。


小生も『みち』校正の手伝いをしていることもあって、『The Economist』誌シリーズすべてに目を通しており、なかなかの力作だと思っている。何故に力作なのかは、実際に『みち』を手に取っていただくとして、最新号で取り上げていたピノキオを最初に取り上げてみよう。安西さんはピノキオについて多岐にわたり、目に見えぬ闇についての鋭い論評を展開しており、特に鋭かったのが以下の行である。

ピノキオに関するHP「The Vigilant Citizen」に収められている中にある「ピノキオの密教的解釈」なる解説によると、「作者のカルロ・コッローディはフリーメイソン会員」であり、「グノーシス流に解釈すると、ジュゼッペ爺さんはデミウルゴス、青い妖精はノウス、ロバに変身するのは女神イシスが登場するアプレイウスの『黄金のロバ』」だという。さらに「クジラに呑み込まれるのは、旧約聖書の『ヨナ書』。いずれも秘教的にはイニシエーションの諸段階を意味する」と分析している。


グノーシス、フリーメイソンといった、実に興味深い言葉が並んでいるではないか…。冒頭のNHKの番組も童話に潜む闇世界の一部を紹介しているが、安西ファイルは更に童話の闇世界に迫っていた…。

また、個人的に鋭い指摘だと思ったのは、「名曲『星に願い』の背後にあるシリウス信仰」という小節である。シリウス信仰については、拙稿「古墳時代 13」でも取り上げた。

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それから、野呂芳男の論文『女神信仰と「ピノッキオの冒険」』も、実に示唆に富むものであったことを追記しておこう。そして、野呂の論文についての行は、キリスト教の深奥に迫る上で必読だと思った。何故なら、野呂論文はピノキオ物語が反カトリック的であることを明らかにしているからである。さらに詳しく書きたいのだが、著作権侵害だと天童編集長や安西さんに叱られそうなので、このあたりで止めておく(爆)。
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■アンジー
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(大淫婦バビロンを描いた絵画。7つ首の獣(黙示録の獣)に騎乗する女性として描写されている。左はロシアのエングレービングによる1800年代の作品。右は、マルティン・ルターが1534年に翻訳した新約聖書における、ハンス・ブルクマイアー作の木版画(1523年))

安西さんがアンジーを取り上げているあたりで、あのカレイドスコープの登場だ(笑)。どのようにカレイドスコープについて書かれているのか、以下に目を通していただきたい。

HP「カレイドスコープ」を主宰するダンディ・ハリマオ氏は、アンジーを「バビロンの大淫婦」(大淫婦バビロン)ではないかと見立てているが、これは言い得て妙だ。大淫婦バビロンとは、キリスト教の『新約聖書』の一節『ヨハネの黙示録』のアレゴリー(寓意像)であり、大いなるバビロンともいわれる。『ヨハネの黙示録』によれば、「悪魔の住むところ」であり「汚れた霊の巣窟」である。女の姿で表されておりきらびやかな装身具を身につけ、手に金杯を持つが、その杯は姦淫による汚れに穢されているという。大淫婦は殉教者の血を流すが、神のさばきによって滅ぼされる。


詳細は安西ファイルに譲るとして、エコノミスト誌の表紙と絡めて、小生が注目したのは以下の記述であった。ナント、ダ・ヴィンチが登場しているではないか! 確かに、表紙にはダ・ヴィンチが描いた「ウィトルウィウス的人体図」が…。そのダ・ヴィンチについて、安西さんは次回のまほろば会(六月)で取り上げるという。

現代のお金の仕組みのルーツは「古代バビロニア(バビロン)」にあり、「マネーメイキングスター」のアンジーが悪魔に魂を売り渡した虚像であることを鑑みるに、「2019 世界はこうなる」の表紙のイラストにアンジーが選ばれたのは、決して偶然ではないことがわかる。

彼女は闇の勢力が仕立て上げた偽物の女神であり、闇の勢力は、彼女をモデルにして世界中の女性たちをますます魔女に変身させるための広告党として大々的に売り出すことを、堂々と宣言しているのである。

女性信仰はグノーシスと親和性が高く、レオナルド・ダ・ヴィンチとも深い関わりがある。次回はいよいよ、「2019 世界はこうなる」の表紙のなかでも中核的なイラストとなっている「ウィトルウィウス的人体図」を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチに関する話へと駒を進めていくことにしたい。


過日、「ダ・ヴィンチの素顔」と題する記事を書いた身として、安西さんのダ・ヴィンチ論について思うところがあったら記事にしたいと思う。

【追記1】
冒頭で取り上げた『みち』の最新号(六月一日号)の巻頭言で、悪霊が取り上げられていた。「悪霊どもが跳梁跋扈する時代」と題した記事であり、天童竺丸編集長は以下のように書いている。

●「令和」になって一ヶ月が過ぎた。この短い期間に、平成までの時代にも確かにあったがさほど顕著でなかったさまざまな動きが形を採って現われ、誰の目にも明らかになった。その最大のものは、先の登戸小学生殺傷事件に見られるような無差別大量殺戮である。米国で繰り返される銃乱射事件がもはや海の彼方の奇異な現象として呆れるわけには行かなくなった。


加えて、天童編集長は悪霊と日本人について以下のように書いた。

ところが、明治維新、大正デモクラシー、敗戦を経て、日本の人心はますます殺伐となってきた。まず家族が崩壊し、地域が崩壊し、学校が崩壊し、そして人間が毀れた。その毀れた人間に、手ぐすね引いて好機を窺っていた悪霊どもが取り憑いたのである。


暗澹たる思いをした読者も少なからずいると思うが、一方で悪霊に立ち向かう術、そして明るい日本の未来についても、天童編集長が結語で述べているので安心していただきたい。

ところで、今回の事件に絡んで気になるブログ記事を一本紹介しておこう。
外務省職員殺人事

トランプ訪日の最中に起きた事件で、小学生の女の子の他、外務省職員が犠牲になった。そのあたりの背景について、きのこ姐さんが書いているが、果たして、あの事件は故意だったのか、あるいは偶然だったのか…。



【追記2】

同じく『みち』の最新号(六月一日号)の「寄絃乃儀」シリーズで、JINMOさんが出口王仁三郎について取り上げていた。ここでも邪神が登場…。

艮の金神は「猛悪の祟り神」とさえ称される邪神であるが、出口王仁三郎はこれを実は鬼門に封印された国祖・国之常立神(国常立尊)であり、他の神々によるクーデタにより邪へと貶められたが、やがて救世主である六六六(或いは五六七)として復活を実現すると主張した。


出口王仁三郎と言えば、咄嗟に思い出すのが合気道の開祖・植芝盛平だ。小生は高校生の時に合気道の修行を始めているが、合気道と大本教の関係は一般に信じられている以上に深い。そのあたりのさわりを示した動画があるので紹介しておこう。



【追記3】
拙稿「二人の武士 02」で登場させた安西正鷹さんと野崎晃市博士の二人だが、カレイドスコープの記事を引用することの多い安西さんは、世界権力の存在を信じていることが分かるのであり、その点は野崎博士も同様だ。たとえば、ブログ『文殊菩薩』の「英国メイ首相が辞任か」という記事にあった、以下の記述に注目していただきたい。

メイ首相もドイツのメルケル首相と同じく、小さなころから将来は首相となるべく某組織により育てられた傀儡に過ぎない。


天童竺丸編集長も同様で、『悪の遺産ヴェルファイア』の終章で、「世界権力の正体を明かす」を書いている。

確かに、お三方の見立ての通りだと小生も思うが、一方、ここ数年に至って世界権力への対抗勢力として、プーチン、金正恩、トランプ、安倍晋三、習近平らが台頭してきたのは、現在進行中である大転換期の前触れである。

若者は嫌いだ
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NHKで「シリーズ 山田太一の世界」という番組をやっていたので見た。山田太一作「男たちの旅路」の第一部(1~3)という、今から43年前のドラマの一挙放送であった。1976年2月28日に初回放送とあるから、小生が新宿の朝日新聞専売所で働きながら、昼間は専門学校に通っていた頃だ。雨漏りがしそうなオンボロアパートの一室で、テレビのない生活を送っていたこともあり、「男たちの旅路」という番組については、今日に至るまで全く知らなかった。ちなみに、当時の小生は23歳であった。

この「男たちの旅路」についての山田太一のインタビュー記事がある。以下に一部を引用する。

 「男たちの旅路」は昭和51~57年、NHKの土曜ドラマ枠で全13話が放送された。警備会社を舞台に、特攻隊の生き残りのガードマン、吉岡(鶴田浩二)と、陽平(水谷豊)や悦子(桃井かおり)ら戦後世代の若者たちの衝突や交流を描き、世代間のギャップや社会問題を浮き彫りにしていった。

吉岡(鶴田浩二)が葛藤しながら若者に説教したり、自身の思いを告白したりする場面が今も強烈な印象を残す。山田さんは脚本執筆前、鶴田の自宅を訪れ、熱心に特攻隊の話をする鶴田の姿を見て物語の着想を得たという。


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何故に鶴田浩二は特攻隊にそれほど拘っていたのか? そのあたりを山田自身が語っている。

鶴田さんの演技には重みがあった。戦時中、同年代の特攻隊員が飛び立っていくのを間近で見ていた鶴田さんだからこそ、説得力があった。


特攻隊…、小生は数ケ月前に「知覧と特攻隊」と題するブログ記事を書いているが、その時に以下のようなことを書いた。

特攻隊を描いた映画は数多くあれど、「紙屋悦子の青春」より優れた特攻隊の映画はないように、個人的には思う。それは、当時の時代背景だけではなく、若くして散った青年らの心のうちを、余すところなく描いている映画だったからだ。


今日の平和な日本を思うに、特攻隊の若者たちを含め、外地あるいは内地で散っていた若者たちの心境を、今でも時折思うことがあるのだし、そのたびに胸が痛む自分がいる。それでもなを、戦争の実体験がある鶴田の世代と、その子供にあたる小生の世代との間に横たわるギャップは、途方もなく大きいと気づかされるのである。そして、この両世代間を較べるに、人間としての重みが全く違う。

たとえば、「男たちの旅路」に登場する、チャラチャラ感一杯の陽平演じる水谷豊を見ていると、やはり水谷が出演していた「傷だらけの天使」というドラマを思い出す(同ドラマについては、拙稿「兄貴ィ~」で取り上げている。)のだし、そうしたチャラチャラ男を演じる水谷を見るたびに、水谷と同世代である当時の自分を見ているような錯覚に陥ること、しばしばであった。

ここで、山田太一、水谷豊、桃井かおりが「男たちの旅路」を振り返るという、貴重なビデオが残されている。



自分が、友が、明日には確実に死ぬという、今の日本人には想像すら及ばぬ体験をしてきた鶴田浩二の世代が「大人」とすれば、鶴田の子供に相当する小生の世代は未だに「子供」である。そのあたりは、上掲のビデオに出てくる水谷の、「当時の鶴田さんと同じ五十代になったけど、未だに大人になったという実感がわかない」という言葉が如実に物語っている。それが、口から突いて出る言葉が甘っちょろい理想論ばかりの若者への、「若者は嫌いだ」という鶴田演じる吉岡の言葉となった。

戦争への悲惨さについて現実感が一層薄れた我々の子供世代の場合はどうか? そのあたりは、戦争発言で問題となった丸山穂高衆院議員が好例である。戦争体験のある親を持つ小生世代からみれば、そのまたこどもの世代に相当する35歳という丸山議員を見るにつけ、まさに戦争の悲惨さが一層薄まってきていることが感じ取れるのだ。
丸山議員の“戦争”発言に「ああ、きたか」 平成最後の夜、82歳のヤマタクが語ったこと

丸山議員のような戦争観を持つ若者は一部だけと願いたいが、今の平和は誰のお蔭なのか、平和な日本を当たり前のように受け止めている若者に、一度は鶴田世代の言葉に耳を傾けて欲しいと思う。
神風特攻隊――現代の若者たちはどうみているのか

小生は今の若者に対して、鶴田のように「若者は嫌いだ」などとは、口が裂けても言えない。何故なら、戦争観については今の若者と五十歩百歩と思っているからで、事実、実際に空自に三年間身を置いた下の息子の方が、小生よりも遥かに平和の尊さを身体で分かっているからだ。

ともあれ、令和の御代に突入してからというもの、世界の動きが急に慌ただしくなってきた。これは、戦争以上の壮絶な体験、文字通り五百年、千年に一度という大転換期が確実に迫っていることと無関係ではない。そうした大苦難を今の若者に乗り越えて欲しいと切に願うのだし、大変な時代を生きていくであろう若者のため、この上は飯山史観という一つの羅針盤を一刻でも早く遺さねばと思う。

【追加1】
戦争だけではなく、日本経済の実態についても、今の若者に深く知って欲しいと思う。その意味で、掲示板「放知技」の重鎮mespesadoさんの以下の投稿、日本経済の実態を一層深く把握するためにも、一度は目を通すといいだろう。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/587/

ちなみに、mespesadoさんは文末で以下のように語っている。

今回の5月18日の山形県で行った講演の中身である。ただ、その講演は2

時間という長い講演だったので、オカネの誤解を解くためのエッセンスの部

分だけを抜粋したのが今回の書き込みの内容です。


mespesadoさんの講演が一冊の本になって上梓されているので、一度手に取っていただけたら幸いだ。

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【追加2】